第63話 恵子 5

ふむ。カマかけただけだけど図星と見た。こいつを保証人入れたとこで面倒事になりそうな気もするなぁ。まぁそれは後で考えよう。




岡林は平静を装いながらも、目線があちこち動き出し、手は身体のあちこちを触るようなしぐさを見せた。落ち着こうと必死になってる様子だが、額にはジトっと汗が滲んでいた。




スーパーでやったらアカン事って何だろなぁ?っと、俺は考え出した。まぁ不倫はアウトとして、他何あるかなぁ?まぁ普通に考えれば、お金の事だわなぁ。っとなるとだ、業者からマージン貰ってるか、はたまた仕入れ伝票をイジってるってとこか。まぁどこまでがアウトかわからんけど、会社にとってはどっちにしてもアウトっぽいな。ちと揺さぶりかけてみるか・・・。




「岡林さんね。ここにいる顔ぶれを見て貰ってもわかるように、お宅の従業員なのよ。他にもお宅の従業員にお金貸してるのよね。それを踏まえて話をして欲しいのよね。信子さんが支払いに来た時に、いろいろおもしろおかしく話していってたのよ。岡林さんと佐和子さんの事もね。もちろん、岡林さん個人の事も話をしていったわ。だからさっき、不倫だけじゃなくていろいろやってるやろって言ったのさ。もちろん、俺もそんな話を鵜呑みにしてるわけじゃないし、俺が証拠を持ってるわけでもない。けどね、具体的な名前を出して本社にチクることは出来るのよ。そのチクり方が具体的なほど、会社は調べるやろしな。岡林さんもそんな具体的な事は外部の人間にはわからんやろとタカをくくってるかもしれんけど、内部の人間ならおるやん。目の前に。さて、この方々にも探らせんようにクビにするかね?俺はどうでもいいし。この方々がこの先、どんな人生送ろうが俺の知ったこっちゃない。よしんば、仮にこの2人をクビにしても、他にもいるからねー。もっとも、自分の権限だけで全員クビにしちゃったら、それこそ仕事回らんようになるだろうけど。」




そこまで言って、俺は岡林を観察した。これほど表に出てくるやつも珍しいな。着ているワイシャツが汗でびっしょりだ。ちょっと匂いもしてきたな。鼻の利く俺には少々キツいもんがある。そんな中、佐和子が話をしだした。




「ワタシは将来、岡林さんと一緒になれると思った。だから、困ってる時も助けてきた。仕事も一生懸命してきたつもりだし、岡林さんの要望にも応えてきた。でもね、あまりバカにしないでね。このままでいったら、どちらにしてもワタシの人生メチャクチャだし、ダンナにもバレて離婚されると思う。なんでワタシだけ、こんな目に合うの?遊びだった?ルール違反?それを勝手に持ち込んできたのは岡林さんでしょ。それなら責任取ってもらうわよ。決して許しません。」




あ、ちょっとアカン人の考えに寄っちゃったな。まぁ修正しとかんと、佐和子が暴走するのもちょっとめんどいな。岡林はフルフルと震えながら、話を聞いていた。まぁどっちにしてもこの一連の話が会社に知れたら終わりだもんなぁ。




「岡林さん、もうちょっと佐和子さんの心情に沿って話するべきだったね。佐和子さんの顔を見る限り、これは覚悟の出来た女の顔よ。女性が腹を据えたら、なかなか考え変わらんからね。さっきも言ったように、自分の言動から他人の人生をメチャクチャにするんなら、それ相応の覚悟を持っとかんとね。自分が何をやってきたか、それで誰にどんな影響を与えてきたか。それを知らん顔するなら知らん顔するだけの度量がいるわ。都合悪くなったら逃げるって、家庭を持ってる世帯主としてもどうかと思うし、上司としてもアカンやろうし、何より人間としていかがなもんかと思うぞ。まぁいつまでもくっちゃべってても仕方ないから、さっさと決めて。俺まだ恵子さんとの話が残ってるし、他にもこの件で話に行かなきゃならんとこもあるから。俺だって、ここにいる佐和子さんや恵子さんだけに、責任を被せるつもりはないから動くんだし。さっさと決めてくれんかね。」




岡林は絞り出すように保証人になると言ってきた。




「佐和子さん、こう言ってるけどどうする?」




佐和子は覚悟を決めた顔から幾分か軟化してきて、なってもらうと答えた。




とりあえず、岡林の前で佐和子に全額まとめた額面50万の借用書を作った。それを見せながら、岡林に明日は仕事何時からと聞いた。岡林はちょうど休みだと言った。俺はそれを聞き、この場で保証人になってもらうことを断った。




「岡林さん、一晩よく考えてみてね。佐和子さんの言った事、俺の言った事。一晩考えて、それでも佐和子さんを助けてあげようという気になったら、ウチの会社に出てきて。名刺渡しとくし、裏に地図あるから。このスーパーからも車で10分くらいのとこにあるし。明日は9時から開けてるから、なってくれるなら開店と同時に出てきて。もし一晩考えて、佐和子さんを助ける気が無くなったなら、別に出てこなくてもいいし、連絡もいらない。そうなったらそうなったで、こちらはこちらのやれることをするだけだし。佐和子さんもそれまでは暴走しちゃダメよ。それとね、俺んトコ、こういう事態になって他店で保証人になった人は保証人になれない決まりがあるのね。つまり、佐和子さんがもう一件なってと言って来て保証人になったら、その時点でなれないからね。この場合もやるべき事をやるようにこちらは動くから、そのつもりでいてね。佐和子さんも他に付けようとしないようにね。他に付けた時点でゲームセットになるからね。」




岡林は明日出ていきますと言ったが、まぁこいつは正直どうでもいい。佐和子はおそらく家に帰った時点で終わるだろう。業者がわんさかいそうだしね。




俺は岡林を店に戻し、佐和子にも充分言い聞かして、職場に置いてある自転車を取りに行かして、俺の手から離した・・・。




2人を帰した後、とりあえず店長に電話を入れた。陽はもう西に傾き、沈みかけていた。俺は佐和子と美知恵の件を報告したが、佐和子の件で岡林をなぜ保証人にしなかったのかを聞かれた。




「岡林の性格というか、土壇場で逃げそうだったんですよね。ここで書類に書いて貰っても、弁護士入って来ると脅迫されたなどと言われて、それだけで蹴られそうですしね。それよりは一晩考えてもらって、というか、一晩恐怖に晒されてと言った方がいいかもしれません。どっちにしても岡林は詰んでいますし。明日出てきたら、本人の意思で来たことになります。来なかったら、佐和子が暴走するんでそれはそれでいいかなと思いますし。クーリングオフみたいなものです。訪問販売ならクーリングオフは効力ありますけど、来店なら効力ないでしょ。だから明日来てもらうのが一番いいかなと思った次第です。もちろん来なくても、美知恵の方で1人確保していますし、これから恵子の方も行くんで、どっちに転んでも大丈夫かなって思っています。ところで残りの人間と連絡つきました?」




店長はため息を一つついた。




「それが全然連絡つかんのよ。あの終わらした夫婦も連絡つかんしな。まぁ順当に考えたら業者に捕まってるやろな。まぁそれはそれで仕方がない。もうそこでしか終わらす手段はないと思って、カッチリ固めといてくれな。」




俺はわかりましたと応じて、車に戻り恵子と話をした。




「さて、恵子さん。お待たせしました。みなさん、恥を忍んで保証人を付けるようにしてくれたんだけど、誰かアテありますか?」




まぁ俺はこの時点で息子一本に絞ってるんだけどね。そもそもが県外出身だし、そんなに交友関係が広いタイプでもないだろうから、息子にしか言えんだろうなとタカをくくっていた。しかしいつまで経っても恵子はしゃべろうとしない。どうしたの?と聞いてみたら、ボソボソとしゃべり始めた。




「保証人になってもらうほど、深い付き合いをしてる方がいないんです。」




うーん、人が生きていく上で人と関わりを持たずにってのは基本無理なんだがなぁ。佐和子を明日にした関係かもしれんけど、粘ってりゃなんとかなると思われてもいかんのやけど。




「じゃあどうする?このままダンマリでやり過ごす?それならそれで、やるべきことをやらなきゃならなくなるけど。いい大人が駄々コネても仕方ないやろ。美知恵さんだって、佐和子さんだって、2人共ちゃんと話をしてたじゃない。それを自分だけってのもちょっとムシが良すぎると思うんだけど。」




恵子は黙ってしまった。なんとなくだが、言ってることは本当だろうと思う。最初にお金を借りに来た時から、交友範囲を広げるタイプではないとは思ってる。今までもそうしてきたのだろう。今の職場に入って、表向きは仲間っぽい人もいたんだろうけど、あくまでお金を借りる上での付き合いだけだろう。信子みたいに小うるさいオバさんもいるだろうけど、そこまで深い付き合いをしてるとも思えんし。なんせ恵子らを放って、さっさと自分だけ先に手を挙げちゃったからなぁ。




「恵子さんさ。このままここで居ても仕方ないと思うんだけど。こう言ったらなんだけど、見た目も悪くないから、彼氏とかいないの?それに県外出身ってのはわかってるけど、こっちに親戚とかいたりしない?最悪息子さんに頼むことだって出来るでしょ?」




恵子は震えながら答えた。




「彼氏は今までいたことはないです・・・。親戚は居ますが、二度と関わり合いたくありません。息子には絶対言いたくないです・・・。」




そこまで言うと、恵子は号泣しだした。いきなりの事だったんで、俺は慌てた。女性が泣くことにあまり免疫がない俺は、アタフタしてしまった。とりあえず、人に見られるのもちょっと恥ずかしいからと、車をちょっと移動させた。道端にあった自販機で缶コーヒーを買ってあげて、恵子が落ち着くのをしばらく待った。




時間だけが経って行く。辺りは薄暗くなっていた。時間がもったいねぇなぁと思いつつも、恵子でカッチリ固めときたかった俺は、そこから動くことが出来なかった。落ち着くまでの間、恵子の言葉を考えてみた。彼氏がいない?息子いるのに?親戚は近くにいる?息子に言いたくない?なんで?俺の中で疑問が湧いてくる。とにかく落ち着くまではどうしようもないな。しかし、聞いていい話なんだろうか?俺の中で聞いてはいけないという予感と、聞きたいという好奇心が激しく葛藤していた。




小一時間ほど経っただろうか・・・。やっと泣き止んでくれた。俺はコーヒーを勧めながら、穏やかに聞いてみた。




「話するのが嫌かもしれんけど、昔何かあったの?信用してくれとは言わんけど、そこに何か解決策があるかもしれんし。よかったら時間掛かっても良いから話してくれんかな?決して悪いようにするつもりはないから。」




恵子は意を決したように話をしだした。俺はその話を聞き終わった時に、聞くんじゃなかったと激しく後悔した。恵子の話は聞くもおぞましい話であった・・・。

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