第62話 恵子 4

人間という生き物は頼られると、ついつい手助けしたくなる生き物である。自分では絶対無理というラインに達するまでは話を聞いてくれる。そして、それが自分でなんとか出来るラインならやってくれる。もちろん、それまでどんな付き合い方をしてきたかも重要にはなってくるのだが。そして世間体というものを考える。恩を売る売らないは別にしても、周囲にはいい人と思われたいという願望があるのである。普通の主婦に3億円貸してくれと言っても、その後の話は聞いてくれずに一蹴される。しかし、300万なら話は聞いてくれる。が、大部分の人は貸してくれない。それが50万だと話は聞いてくれるが、貸してくれるかどうかは普段どれだけのお金に触れているかで決まる。ダンナさんの収入や自分の収入。もちろん支払いの額もそうである。この額が大きいほど、貸してくれる率が高い。しかも今回は貸してくれではない。保証人になってくれというのだ。今すぐに払えと言ってるわけではないのである。今回の場合、俺は保証人になってくれる事を100%確信した。保証人になる気のないやつは基本当たり前のことを聞かない。払わなくなったら保証人が払うのは当たり前である。おそらく、同級生など横の繋がりもあるのだろう。これを断るといろいろ言われるのが嫌なんだろうね。もっとも保証人になってくれと話を持ってくる方もどうかと思うが。




「もちろん、美知恵さんが支払わない場合は貴女に払って頂かなければなりません。しかし俺は、青春時代を一緒に過ごした30年来の友人に、そんな事をするとはどうしても思えないんですよね。仮にそうなるケースを考えてみたら、それこそ不慮の事故しか思い浮かべる事が出来ません。あくまで想像ですが、最悪のケースを考えてみますと、美知恵さんが事故にあって亡くなりました。このケースだと貴女が払う事となります。しかし、この場合、我々はダンナさんに話を持って行くが可能です。それは相続するからです。貯金もそうですが、借金も財産ですので。恥を忍んで話を持ってきた美知恵さんもそうですが、それに協力しようとしてる貴女だけに苦労を背負わすつもりはありません。こちらとしても最善を尽くす所存であります。」




美知恵の同級生は美知恵を見つめながら、ゆっくり話をしだした。




「ホントに大丈夫?ワタシもダンナにバレたら離婚だからね。親友だと思ってるから今回は協力するけど、これっきりにしてよね。もし裏切るようなことがあれば、承知しないからね。」




キタコレー!俺の頭の中に脳汁が駄々洩れになった。気が変わらない内にさっさと書類を作った。ちょっと話をと言って出てきてもらったので、印鑑なんぞ持ってない。かまへんかまへん。指印をピタっと押してもらって終了。簡単に生年月日と携帯の電話番号を聞いて、最後に俺は話をした。




「これで連帯保証人となりますが、まぁ本人さんもホントに困っての事なので、たぶん大丈夫と思います。それから注意点がありますが、もし、もしですが、万が一、この件が終わるまでは、誰かに保証人なってくれと言われても、保証人にはならないでいただきたい。一応貴女の名前は信用情報上、登録されます。もちろん表立っては出てきませんが、もし誰かの保証人になった場合、それがこちらに知らされます。最近のコンピューターは優秀ですね。この場合も全額返済となります。これも契約に含まれますので。もしどうしても、例えばダンナさんが車を買いたいとかで保証人にならなければならないケースがあります。この場合は前もって知らせて頂いて、ウチが承諾した時はオッケーになります。これは美知恵さんを通じて知らせて頂いてもかまいません。」




2人は頷いた。美知恵にはちっと念押しとくか。ちょっと来てと言って、親友から離した。親友には聞こえないとこで、俺は念を押した。




「わかってると思ってるけど、他の業者さんから言われても、あの人を付けたらいかんよ。付けた時点でまっすぐあの人のとこに取りに行くからね。支払いの事もあるから、明日会社に出てきてね。」




そう言うと美知恵はわかったと頷いた。送って行こうかと言ったが、親友と話していくのでここでいいと言われた。まぁ積もる話もあるだろう。旧交を温めて欲しいものだ。俺は美知恵と親友の2人に頭を下げて車に戻った。そして残った2人に俺は話しかけた。




「美知恵さんは保証人付けてくれたからね。明日会社に出てきて、今後の支払いの事を話し合うからね。」




そういうと、佐和子がなぜかハミ返ってきた。




「美知恵さんが保証人付けてくれたんなら、あたしたちは付けなくてもいいんじゃない?各々1人って言ってたけど、みんなに付いたのなら同じことじゃない。」




はぁーとため息をつきながら、俺は言った。




「自分らは何の苦労も無しに行けると思ってるん?各々1人っていうのはみんなにリスクを背負ってもらう為だよ。それを自分だけそのリスクから逃げようとするのは、少々ムシが良すぎるのではないかね?どうしても付けるのが嫌なら、こっから立ち去ってもらっていいよ。その場合は家に行くことになるから。ダンナにバレていいのは借金の事だけじゃなかろう。信子からしっかり仕入れといたよ。あのオバさん、聞かなくてもベラベラしゃべるからおもしろかったわ。さてどうする?」




確かに俺の中では美知恵に付いた保証人だけで充分なんだけど、リスクを背負ってもらうということを重要視した。保証人は1人でも厚い方がいい。




佐和子は観念したようで、俺に行き先を絞り出すように告げた・・・。




佐和子に言われて移動した先は職場のスーパー近く。なるべく目立たないように、ちょっと離れた所へ車を停めた。佐和子は電話を取り出しかけ始めた。ちょっと出て来てと言い、場所を伝えた。さて、どんなのが出てくるかな。




出てきたのはスーパーの主任さん。部署は青果らしい。名を岡林という。佐和子も先ほどまではイキっていたが、俺の一言ですっかり大人しくなっていた。まぁ簡単に言えば、佐和子とこの主任、不倫関係にある。まぁどこでもよくある話だ。この話は信子が支払いをしに来た時に、喜々として話していたのである。女という生き物は怖いのぉ。佐和子は岡林に対して保証人になってほしい旨を話したが、ちょっと言葉足らずなとこがあり、どうしても俺が補足しなければならないところがあった。そりゃただ保証人になってくれと言われても、ハイわかりましたと言うやつは少ない。




「岡林さん。急に保証人になってくれと言われても困りますよね。話はそこまで複雑ではないのですよ。簡単に言えば佐和子さんの借り入れに対して、信子さんともう1人が保証人になってまして、その2人が連絡取れないんですよ。おそらくですがこの2人、この先職場の方へ出てくることはないと思われます。その2人の事はどうでもいいんですが、問題は佐和子さんの借り入れから保証人が2人抜けてる点にあります。このままだと、佐和子さんは全額を一括で返さなければいけない状況です。とはいえ、50万もの大金をおいそれと右から左にってわけにはなかなか出来ないかと思いますので、代わりの保証人を1人立てて頂ければ、支払いやすいよう今まで通り分割で行こうかと思っています。いかがでしょうか?協力してもらえないですかね?」




岡林はしばし考え込んだ。俺は岡林に会った時、なんとなく違和感を覚えた。不倫してるのはわかってるんだが、この男、土壇場で逃げそうな気がしたのである。まぁいろいろ甘い言葉で口説いてたのはなんとなく想像できるが、所詮遊びなのだろう。そんな雰囲気がなんとなくしたのである。




「ちょっと難しいですね。勝手に保証人になると、嫁にも怒られますし、もし佐和子さんが支払わなければ、僕が払わないといけないんでしょう。そんな事が嫁に知られると離婚する事になっちゃいますんで、申し訳ないですが、お断りさせて頂きます。別な人を探して貰えますか。」




佐和子はその話を聞いて怒り出した。




「奥さんとは別れるって言ってたでしょ。それにアナタがちょっとお金に困った時も助けてあげたじゃない。私が助けて欲しい時には助けてくれないわけ?そんな事が許されると思ってるの?」




あー、案の定こんな話になったか。しかし岡林は涼しい顔をしながら、




「お互い遊びだったんだし、それを今更どうこう言うのもルール違反でしょ?とにかく仕事中だから戻るね。」




佐和子はそう言われて泣きだした。ふーむ、おそらく今まではこれで通用してきたんだろなぁ。しかし、俺はこういった類の男は嫌いである。




「岡林さんね。まぁお互いが不倫してるってのはなんとなく聞いてたけどさ、ちょっとひどいよね。土壇場になって逃げる男って、俺嫌いなんだわ。ルール違反?不倫してる事自体が世間的にルール違反だと思うんだけどね。まぁ第三者の俺がいろいろ言うのも変だけど、お前の感覚ってちょっと変だわ。まぁそれならそれでかまわんけど。でもね、人の口には戸を立てることは出来んのよ。他人の人生をめちゃくちゃにしておいて、のほほーんと生活出来ると思ってんの?そこまで世間って甘くないと思うよ。他人の人生をめちゃくちゃにしてもいいと言うのなら、自分の人生をめちゃくちゃにされても文句は言えんわな。自分はするのはいいが、他人にされるのはダメなんて理屈は通らんよ。まぁいいや、さっさと仕事戻ったら?」




岡林の顔は色を失っていた。




「脅かすんですか?それなら警察に行きますけど!」




こいつは保証人なってもダメだな。最後は逃げるだろうしな。イキるのはいいが、警察に行ったとこで脅したわけではないし、どうということはない。若い頃、2000円札を使う時も躊躇しないと恐れられた俺に死角はない。




「うーん、もう少し相手見てからモノ言うようにね。脅してはいねぇよ。忠告・・・っというか、予言だな。それに警察行ったら、それこそお前の家庭、めちゃくちゃになるぞ。自分に都合悪いことは隠して、物事がうまくいくと思ってんのか?当然不倫のことも調べられるし、もちろん嫁も知る事となる。まぁ俺を悪者にするのは勝手やけど、自分のやってきた事をもう少し認識するべきやったね。もっとも警察行かれたとこで、俺は困らんから呼んでくれてもいいよ。話蹴るなら、さっさと仕事戻ってもらっても全然いいし。警察にチクると言えば、誰でも彼でもビビッて言う事聞くと思うなよ。今までそうやって逃げ切ってきたかもしれんけどね。たぶんお前、過去にも不倫だけじゃなくて、いろいろやってるやろ?」




俺はその話をした後、岡林が目線を反らしたのを見逃さなかった・・・。

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