第61話 恵子 3

2人を帰して、俺は店長に呼ばれた。




「あのダンナさん、ちょっと舐めてるとこあったかもしれんな。ちょっと考えたらわかりそうなもんだが、世間知らずなんかね。さてと、これからちょっとめんどいな。」




店長の言わんとしてる事はわかる。恵子のグループから1人抜ける。つまり現状が変わるという事だ。残るメンバーが書き換えを言ってきた時、どうするかって問題が出てくる。もちろん保証書もあるからどうとでもなるんだけどな。ただウチが1人抜けた状態で書き換えをしても、他所もそうしてくれるかどうかは別な問題である。他所が止めたらウチだけでは支えきれないからねぇ。一回グループ内の借り入れを把握してからって事になりそうだな。




次の日からしばらく様子を見てたが、なんとなく空気を察してか、みんなが書き換えを言ってこなくなった。まぁこのまま終わっていくならそれもいいだろうが、そうすると詰んでしまうヤツも1人2人いる。俺は最終的には恵子の息子に期待してるんだが、どうなるんかねぇ。




そうこうしてる内に信子が書き換えを言ってきた。まぁこちらとしては、保証人が揃うなら出来るよとしか言えないんだが、信子は少々困った顔をして話してきた。




「この前終わらした人と連絡取れないのよね。携帯変わってるし、家も知らないし、仕事も辞めちゃってるし。」




まぁそうだろな。自分の分終わったから、次に他の人間の保証人になるなんて事はほぼない。職場に残ってるのならまだ可能性はあったかもしれんけど、仕事も辞めてるとなると、その決意のほどがよくわかる。一切の連絡を絶ち切って、終わるのをひたすら待つんだろう。まぁ保証書あるんで、ほぼ無意味なんだけどね。




俺は信子に保証人を差し替えたらどうかと提案した。もちろん以前使った誘い水も忘れずに、保証人を連れてきたら、その人にも出してあげることを前向きに考えるよと言った。まぁ残ったメンバーでもほぼ問題ないが、保証は厚めの方が安心する。転ばぬ先のマットレスやな。まぁ早めに連れてこないと詰んじゃうやつが出てくるからなぁ。信子もそのうちの1人だけどね。俺の予想では店長がしびれ切らしてやっちゃうかなぁって思うけど。




2週間ほどして、グループ全員が額面の半分を切ったくらいで、俺の予想通り店長が折れた。とはいえ、一応全員揃ってってのが条件だけど。こうなると謎の連帯感を醸し出してくるオバさんたち。シフトをうまい事組み替えて一緒に来たと、なぜか信子が胸を張って言ってきた。そんなことを聞き流しながら、一人一人に借り入れの聞き取りをしていった。一応信用情報で問い合わせているから、1人でも嘘ついたらこの話ナシにするよと言ってからだけど。まぁこれを言うとだいたい正直に話してくれる。信子が10件と多くなってきてたのは気を付けないかんとこだが、だいたい5~6件ってとこだな。そんな中でも恵子は3件と少な目だった。しかし保証の事を考えると、誰か1人トベば即ゲームセットって状況なのは間違いない。




とりあえずお金を渡して、全員を帰した。その金を掴んで何人かはそのままパチンコに行くんだろうけど。まぁこれは持論だが、借りたお金で博打しても勝てない。懲りない人達よねぇ。




なんやかやと過ごしていくうちに、とうとう信子が増額を言ってきた。額面を揃えてたのを自分だけ増額してくれと言ってきたのだから、おそらく詰まってるんだろなと考えたが、そこは慌てず、他に保証人が必要と言って断った。よしんば信子がダメになっても、これだけいたらどこかで止まるだろうと楽観視してるだけなんだけどね。




支払いに来る度、信子は顔色が悪くなっていった。信子の分を預かったと言って、グループの人間が払って行く回数も増えた。顔見る限り、預かったのではないのだろう。立て替えているのだ。しかも立て替えたお金も返してないんだろうな。信子の分を支払っていくやつの顔が、少々怒ってる顔に見受けられる。しかも、ブツブツ愚痴を言っていくんだから、まぁほぼ確定だろうな。そろそろギブアップしそうだな。




そして一ヶ月ほど経ったある日、グループ内で信子ともう一人が引き金を引いた。裁判所から破産申し立ての通知が届いたのである。俺はすぐに恵子へ連絡を取った。仕事中なのか、電話に出ることはなかった。急いで職場に行ったら、普通に働いてた。終わるまでは2時間ほどあるが、ここで手放すわけにもいかんので、ちょっと聞きたいことがあるのでと伝えて、駐車場で待つことにした。他に出社してるやつにも声を掛けて、終わったら落ち合うようにした。




最初に出てきたのは恵子だった。車に乗せて、信子ともう一人が破産した話をした。話を聞いた恵子は顔色を失ってた。オロオロとうろたえてるのがアリアリとわかる。まぁ可哀そうだが、こればっかりは自己責任としか言えん。話をしてるうちに、声を掛けておいた2人も出てきた。二人の携帯にはジャンジャン業者から電話が掛かってきてたが、まずはこっちの話を聞いてもらうようにして、電話の電源を切ってもらい、車に乗せて移動した。店長に3人捕まえた事を報告して、こっちが片付いたら夜に終わらしたやつのとこに行ってみようって事になった。連絡取れてないやつには店長から連絡とってもらうようにした。




さぁ、ここからが本番だ・・・。




俺が捕まえてる3人。恵子、佐和子、美知恵である。三人ともワイのストライクゾーンど真ん中なんだが、まぁここは仕事を優先しなきゃな。3人のうち、恵子を除く2人にはダンナも子供もいる。とりあえず、話を進めるか。




「誠に申し上げにくいことですが、信子さんともう1人が破産の申し立てをしました。あの2人は独身で身内も近所にいなくて、失うものがないからだとは思うんですけど、3人はそうもいかないと思います。現状を説明しますと、ご自分の分もそうですけど、グループから2人抜けてる状態です。つまり全額一括で支払っていただかなくてはなりません。これはご自分の分だけを対象としてるわけではなく、グループ全体の分を支払ってもらいます。」




ここまで話すと3人共震えていた。これからどうなるんだろうという不安があるんだろうな。そんな中、佐和子が話してきた。




「そんな一括で払うなんで無理です。払えるならそもそも借りることなんかはしません。それに他にも保証人がいるはずです。どうして私たちだけ責められなければならないのですか!」




まぁ気持ちはわかる。店長から連絡が無いのだから、残りの2人には連絡ついてないのだろう。連絡ついてないのは、おそらく別な業者に捕まってると考えられる。とはいえ、いい大人が責任逃れをしてるのはちとハズいな。連帯保証人がどういうものかから説明していくしかないのかねぇ。




「あのね、気持ちはわかるんだけど、それは通じんのよ。連帯保証人っていうのは、文字通り連帯して保証する人なのよ。その責任は借主と同等、見方によったら借主より責任は重いのよね。書類があり、最後にも念を押してるよね。それがいざ責任を取らなきゃいけない立場になったら逃げようとする。それはどこの世界でも通用せんよ。何かあった時は一括で返すってことも説明してたはずよ。一括で支払って貰えれば、こちらはありがとうございましたしか言わんし。自分らの言い分だけ聞いてたら、こっちも仕事にならんしね。社長にはこうなった時には全額回収してこいと言われてるし。俺もサラリーマンなんで、逆らう事は出来んよ。一括が無理なら、分割ってことに出来ないわけでもないんだけど、これには条件が付いてくる。社長が全額回収って言ってるのを分割でもいいよって言ってもらう必要があるって事。それなりの材料が必要って事やね。材料ってのは抜けた2人の代わりに保証人を入れるってこと。これなら社長にも納得してもらえると思う。とりあえず、各々が1人ずつ入れてもらうのが条件となる。連絡取れない2人は、別な業者さんに捕まってると思うから、同じ事言われてるんじゃないかな。自分の頼みやすい人にとりあえず話してもらえるかな。こっちも悪いような話にするつもりないんだし。」




3人は相談を始めた。各々が1人ずつってのがミソであり、話を持っていきやすいんだよね。もちろんまとめたやつに入ってもらうけどね。この状況をいち早く抜けだそうとしたのは美知恵だった。ダンナには絶対言えないから、30年来の親友に話してみると言ってきた。とりあえず連絡取ってと言うと、すぐに携帯の電源を入れて連絡しだした。残った2人もいろいろ思案してるみたいだが、まだ踏ん切り付かないってとこか。残高50万弱なら、なんとかなりそうなもんだけどね。




美知恵の親友とやらはすぐに繋がった。詳しい事は会って話すと言って、とりあえず相手の家の近所まで移動した。落ち合う前にある程度の話の擦り合わせをして、書類を作っといた。美知恵の親友とやらと落ち合って、話を始めようとしたが、美知恵が一向に話をし始めない。なんだよこいつ・・・。仕方ないので俺が話を始めた。




「こんなとこに呼び出して申し訳ありません。美知恵さんが話しにくそうなんで、代わりにお話をさせていただきます。美知恵さんはウチでお金を借りて頂いてましたが、不都合が起きました。その不都合というのは美知恵さんの借り入れに対して入って頂いていた保証人が連絡を取れない状況になりまして。普通そういった場合は一回全額支払っていただかないとダメなんですけど、今までいいお付き合いをして頂いていた美知恵さんに一括で返してもらうのも酷かと思いまして。話し合った結果、どなたか代わりになる保証人を入れていただければ、この問題は不問にすると社長も言ってます。50万ですので、そこまで多額というわけでもありません。ダンナさんでもこちらは別にいいんですけど、ダンナさんにバレたら離婚されると言うので、こちらに伺った次第です。聞けば30年来のご友人って事みたいですので、一番相談しやすかったんだと思いますが。いかがでしょうか?」




美知恵の親友はしばらく考えだした。即断らんってことは可能性があるな。しばらく考えて質問をしてきた。




「もし美知恵さんが支払わない場合は、私が支払わなければならないですよね?」




俺はこの言葉を待っていた。当たり前のことを確認するってことは、俺の中では打率10割である。俺はここから畳み掛けるように話をしだした・・・。

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