第68話 中田 1

中田は教材の訪問販売を生業としてる。50をちょい超えてるんだが、独身である。端整な顔立ちでべしゃりもうまく、こいつホストか、ちょっと違う道行くなら怪しい宗教の教祖にでもなれるんちゃうかって感じだった。




中田は仕事でグループを持ってる。部下というかなんというか。そのグループで一つの地域を絨毯爆撃のようにしていき、次の地域に行く感じと本人が言ってた。中田の下に5人ほどいるみたいだが、その全員がウチで借りてる。また全員で相保証になってる。これは中田が使ってる部分もあるだろうけど、教材の仕入れは個人がすることになってるらしく、それも一つ一つ注文ではなく、10セット単位でしなければならないらしい。そうなるとまとまってお金が必要となる場合があるらしく、そんな時はウチを利用してくれてる。まぁ教材も小1~中3まであると、結構な金額になりそうだけどね。




支払いに関してはだいたい中田が全部預かってきてた。まぁ自分の使ってる分もあるだろうから、そういう形になるのは仕方ないかなとは思うけど。




ある日、中田が電話である女性に貸してあげてと言ってきた。まぁ一緒に出てきてと言ったらすぐに会社に2人できたんだけど。40過ぎのご婦人で、名を洋子という。なかなか上品な感じを醸し出す、小綺麗なご婦人だった。俗にいういい女だ(俺談)。ピアノを自宅で教えてるということらしいが、話してる時の印象としては少々世間知らずかなって感じ。




中田は店長を呼んでくれと言うんで呼んで話をさせたんだが、テーブルの隅っこで2人コソコソ話をしてた。俺はその間洋子に対して一通り聞きたいことを聞いて、申込用紙に書き込んでいったがのだが。




店長と話がまとまったのか、中田はニコニコしだした。店長は俺に、




「とりあえず2人括って10万ね。」




と指示を出した。俺はアレ?って思ったんだけど、指示通り書類を仕上げて、10万渡した。2人は足取りも軽く、うちの会社を後にした。




帰った後に俺は店長に聞いてみた。あれは中田の部下と括らんのですか?と。店長の話ではあれは別らしく、セールスしに行った先でいい仲になった人らしい。知り合いの紹介でセールスに訪れたとこで、旦那さんと子供の教育のことで意気投合し、教材を購入してもらったのだが、その後も教材云々と言い通い詰めて、奥さんを落としたそうな。なかなかのゲス具合だなぁと感心してしまったわw




当時のセールスなるものはクーリングオフがあったが、実体はまぁまぁ昔ながらの押し売りである。教材のセールスは昔からあったんだろうけど、リフォームや矯正下着、ふとんや化粧品などが代表例だろうな。中田もそれなりに長くやってるみたいだったけど、なかなか強引な手法で警察を呼ばれることもしばしばあったそうだ。




中田と洋子は他所からの問い合わせがちょいちょいあるようになった。まぁ洋子がそこまでお金必要とも思わんから、手っ取り早くお金に結び付けるなら、借りに走らした方がいいんだろうな。いいように使われてる感は否めないが、洋子自身が嫌がってないのなら別にいいだろう。それもまた人生だ。中田の容姿と口先でマジックにかかっちゃったんだろうな。イケメンってお得よねぇ。




支払い云々は滞りなくやってはいるものの、少し気になることがあった。中田が部下の分も含めて書き換えを言ってきたのだが、その中の1人を保証人から外してくれというのだ。全員の分が全部終わるか、はたまた保証人の差し替えをするかしないと外せんよと伝えたら、諦めて帰って行った。店長に報告すると、おそらく辞めたか逃げたかってとこだろう。この教材のセールスという仕事、よっぽど天性のものがないと続かんよ。ほぉ、そんなもんなのかと思ったが、まぁそりゃそうかもなぁ。問題を作る人は別にいて、販売元がいて、そこから教材を仕入れてべらぼうな金額で売りつける。俺も小学生の時に教材を売りに来たやつとオカンの攻防を見てたが、なかなかのもんだったな。




その日も17時になり、いつものように延滞者へ連絡を入れてると、中田から電話があった。外したい保証人の代わりに洋子を入れてはダメかと。店長に伝えるとそれでいいよってことなんで、翌日でも揃って出てきてね。それから今度書き換えする部下さんたちにも洋子さんの分にはいってもらわないといけないから、一応言っといてねと伝えた。電話の向こうからは中田のホッとした感じが取れたんだが、店長のいうように1人と連絡取れんなってるのはほぼ確実だな。他所も同じ形で借りてるだろうから、洋子を代わりに入れて行くんだろうなというのは容易に推察できた。




翌日全員で出てきたんだが、中田、洋子、部下4人の総勢6人。この人数の書類書き直しはまぁまぁ骨が折れる。1人につき、借用書が1枚、保証書が5枚の計6枚。借用書には自分の住所と名前を書けばいいが、保証書には保証する人間の住所と名前、そして自分の住所と名前、これを一斉に6人がやるのである。チェックだけでもなかなかめんどいが、書類でメシ食ってるのだから、この辺はしっかりキッチリやらなくてはね。まぁ6枚程度ならまだファイルもふっくらするだけだし。ちなみに保証人をつけた最高記録は37人だ。その頃は借用書にも保証人の住所名前を書かしてたので、裏までビッチリと書いてあった。これは俺と店長の悪ノリだっただけで、何人まで保証人付けれるかなーっていう実験でやったものだが。もちろんそいつのファイル入れはパンパンであった。




書類のチェックも滞りなく終わり、お金を渡し帰ってもらったが、このグループ全体でおそらく一日の支払いが10万を超える。全部が全部、中田が使ったとは思えんけど、それでも中田本人の支払いは4~5万くらいはあるだろうということは推察出来た。まぁ先のことは不透明だが、どう始末をつけるか俺自身も道筋が見えなかった。




俺の中で訪問販売というのは、どちらかというと印象が悪い部類に入る。もちろん俺の独断と偏見だが、飛び込みでなんらかの営業を、個人宅にしてくるやつにいい思い出はない。布団然り、教材然り、リフォーム然り。まぁこれには宗教の勧誘も含まれるのだが。自分のオカンが宗教に狂ってた時期があったから、その辺はどうしても生理的に受け付けないんだろうな。




中田に一度、教材販売のカラクリを聞いたことがある。世の中にはいろいろ教材はあるだろうが、あくまでこれは俺が聞いた話であることを最初に言っておく。




中田の売っている教材自体は販売元から1部2~8万ほどで仕入れることが出来る。値段は学年やグレードによって違うらしい。定価は6~40万ほどと幅広い。一応定価は決まってるが、それより安く売るのなら値段は自分で決めれる。まぁこの辺はTVショッピングと似たようなな感じだな。中田は値段を決める時に相手の反応や身なりを見て決めるらしい。その為の小道具も自前で作っている。チラシである。体験談などを載せたやつを作って、今なら30%オフとか20%オフとか、そういったチラシを複数作ってる。つまり相手を見てどのチラシを出すかを考えるのである。こいつはあまり持ってなさそうなら、ちょっと割引の大き目のやつ、こいつは持ってそうだなと判断したら割引小さ目。購入者の紹介とかなら割引率は最初の購入者よりも割引小さ目にして、紹介してくれた人に多少のお礼を渡したりと、まぁ細やかな気遣いも見せたりする。何人も紹介してくれた人には、事あるごとに贈り物をしたりするのも忘れてない。次に購入については、前回書いたと思うが10部を一括りとして頼まなければならない。つまり学年ごとに、グレードごとに頼むんだが、それを一気に売れればいいが、さすがに1人ではさばききれない。だからチームを組んでやるのだと言ってた。売れなきゃただの在庫抱えるだけだからね。購入する時の金額も結構な額になるからってのもあるんだろうけど。あとは販売元から月にいくら購入したかで、翌月購入分の割引率ってのもあるらしい。多ければ割引も大きく、少なければ割引も少ないってとこかな。




まぁそんなこんなでしばらく支払いしたり、書き換えしたりしてた中田なんだが、他所にも当然のように洋子の名前が挙がりだした。まぁウチだけでも100万超えるからなぁ。他所の大きいとこだと300万近くグループに貸してるとこもあるくらいだし。こいつ、またどっかのマダムを口説いて連れて来てくれんかなぁと願ったのは俺だけではないはずだ。そんな時、中田が支払いを待ってくれと言ってきたことがあった。




中田の言い分は構える金額を間違って、ウチの分がスッカリ抜けてたみたいで、一日待ってくれないかと電話で言ってきた。店長に電話を代わり、そこそこの時間を話してたが、結局待つこととなった。まぁ今日明日潰れるわけでもなかろうという店長の判断だ。取りやすくするために1人でも多くの保証人がいた方が俺としては楽なんだけどね。まぁ店長の判断だから仕方ない。次は必ず括ってもらおう。翌日申し訳ないと言いながら払っていったんだが、あまり申し訳なさそうな顔はしてなかったのが少々イラついたがね。




ある日中田が支払いに来たのだが、神妙な顔つきで店長を呼んでくれと言ってきた。店長を呼び、テーブルの端っこで話をしてたんだが、なんか小難しい顔をしてたな。店長はどっちかってーと呆れ顔に見えたんだけど。結構長い時間話し込んでたが、話はまとまったみたいで中田は急いで出ていった。店長の元に行き、何の話っすか?と聞いたんだが、店長はため息を一つついて話し始めた。




「あいつ若い頃に結婚してて、今は離婚してるんだけど子供が三人いるみたいなんだわ。養育費なんかは払ってなくて、今はどこで何してるかもわからんらしい。まぁそれはそれでいいんだけど。自分には子供がもう三人いるからもういいやってことで10年ほど前にパイプカットしたらしいのよ。んでこんな仕事してるから、いろんなトコで手付けまわってたんだと。ところがそのパイプカットが不完全だったらしくって、まぁ子種が漏れたんだろうな。それで妊娠させてしまったんだとさ。まぁこういう具合だ。んで相手が問題なんだよな。相手は教材を購入してもらったとこの奥さんなんだけど、そこはもう何年もレスらしくって、心当たりは中田しかいないわけだ。当然のようにどうする?って話になったんだけど、相手は離婚するつもりはないけど、ダンナにバレたらそれなりの責任は取ってもらうと言ってきたらしくってね。まぁ話し合いをした結果、処分することになったわけだ。しかし処分するにしても金が必要だろ。今支払いがまぁまぁキツくて余裕ないから貸してくれって言ってきたのよ。まぁ現状見てたらキツいのはわかってるしな。さすがにこれ以上金を突くのはちょっと躊躇してしまうんだわ。だから保証人付けてって言ったのよね。それもウチで出してる人全部に。中田もどうにかせにゃ自身の破滅を招くからなんとかしなきゃいけないんだけど、その相手に洋子の名前を見せたらすべてが終わると言い出してな。そこで俺が一つ提案したのよ。仮で中田の名前に全部まとめた借用書を作って、それに署名。さらにその相手の名前で10万出してあげるよと。そしたら行って相談してくるって出ていったのさね。」




ツッコミどころが多くて混乱したが、まぁ典型的遊び人だな。とりあえず保証人欲しいとこで自ら連れてきてくれるのはありがたいな。そう思い、俺は中田が新たな保証人を連れてくるのを待ったのであった・・・。


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