第67話 恵子 9

店長を送り出し、俺は会社の締めをして集金に回った。昨日というか、今朝というか、県外まで行って帰ってきたのが3時だからなぁ。超眠いから、たまにはのんびり集金行こうと、ゆっくり車を走らせた。一時間ほどで終わったが、店長を送り出してそろそろ2時間。もう決着がついててもいいように思うけど。とりあえず電話をしてみた。




「もしもーし、援軍必要ですか?」




店長はたぶん近くに誰かいるのだろう。コソコソっとした声で、




「いらんいらん。お前、昨日は遅くまで走ってたんやから、今日はもう帰っていいぞ。緊急だったら電話掛けるかもしれんけど、まぁ多分大丈夫。ちょっと面白くなってきたぞ。詳しくは明日会社でな。おつかれ~。」




店長はなかなか楽しんでるようだ。んじゃ俺も帰って風呂入って寝るかな。




その日は店長からの電話もなく、ぐっすり寝てしまった。




翌日会社に行くと、店長はすでに出社していた。おぅ、おはようと言われて、昨日どうでした?と聞いてみた。




「昨日は楽しかったわ。あの親友ってヤツおもろいな。俺が行ったら、ホントに来るとは思ってなかったらしくてな。話してたら家に閉じ籠ってしまったのよ。それでちょっと大き目の声で外から話してたら、警察がパトカーで来てな。何事かと思ったのか、近所の人も遠巻きに見物しだしたのよ。まぁ聞いてみたら、その親友とやらが恐喝されてると通報したみたいで、警察が来たのがわかったら本人が家から出て来てな。」




「この人が私を恐喝したんです!」




「っと、近所の人も見守ってるとこで大声で叫んだのよ。まぁ警察には理由も聞かれ免許証も提示して、こっちも、




お金貸してる人が行方不明になって、連帯保証人であるここの人の所に来たんだけど、話もせずに家に入ってしまって、困ってました。家には居るのに呼び掛けても返事が無かったので、何かあってはと思い、ついつい大声になってしまいました。




っと大声で言ったら、警察官も近所の人も爆笑してな。警察は民事不介入が原則だからと通報した親友を諭してる姿を見てると、ちょっと笑いがこみあげてきて、我慢出来ずに笑っちゃったのよ。そしたらその親友がな」




「何笑ってんのよ!お巡りさん、早くこの人捕まえて!」




「って半狂乱になっちゃって、さらにそれ見て笑っちゃって。そんな中、間の悪い事に、俺にとってはナイスタイミングなんだけど、ダンナが帰ってきたのよ。近所の人は結構な人数見てるわ。パトカーとお巡りさんは来てるわ。嫁は半狂乱になってるわとフルコースだわ。ダンナも警察官が説明して、やっと現状がわかったみたいでね。まぁダンナは話が理解出来たみたいで。とりあえず弁護士入れるみたいな話してたわ。まぁ破産も出来んやろからな。債務整理してくるやろ。出資法に引き直してもおそらく30万くらいは払わないかんなるやろし。いやー、なかなか面白かったわ。」




「楽しんで頂いて何よりです。」




それから数日して、弁護士から美知恵と親友の債務整理を受任した旨の通知が来た。早速履歴を提出して、相手の出方を伺ったが、全員を取引当初から引き直してきた。そして、10万しか払わんと言ってきた。ヤ〇ザよりヒドイな。まぁこれはこれで想定内だ。そして俺は弁護士に電話した。




「どうも、お世話になります。ちょっと聞きたいのですが、全員のを引き直すってどういうことでしょうか?美知恵さんのはまぁ受任してるから仕方無いにしても、他の人の分まで引き直すってのは少々横暴では?受任してない分まで突っ込んでくるのはちょっとおかしくないですかね?いつから始めたかってのは推論であって、そんな適当な事で話まとめていいんすかね?名前にキズが付かんですか?それに連帯保証人になったのは今回の分からなので、その前のやつは関係ないと思いますけど。」




弁護士も粘ってくる。




「では最初からの取引履歴を全員分出していただければ、計算し直しますよ。」




俺はニヤニヤしながら答えた。




「そんなこと出来るハズないでしょ。だって受任してない人の個人情報を駄々洩れにするわけにはいかんですし。」




弁護士は諦めたように、




「ではいくらなら納得してもらえますか?」




俺は店長と事前に話しあって、最低ラインを決めている。20万より下に行かなければいいと。それを踏まえて




「40万。分割は一切乗れません。先生、無理を承知でそちらも吹っかけてきたんだと思いますけど、あれじゃあ暴力団よりひどいですよ。しかも計算適当ですし。お互いに納得できる落としどころってのがあるでしょうに。」




高いだのなんだのと粘りの交渉が続いた。その攻防は1時間にも及んだ。こちらとしては書類を極力残しときたい。取れなかった分を恵子の父親に払ってもらう為である。




そして条件が決まった。金額は30万。即時一括。書類は美知恵の分と他4人分の借用書の返還。恵子と佐和子の分は除く。そしてこれ以上美知恵と親友さんの債務が一切ない事を示した書類への署名。これでカタがついた。弁護士費用を考えるとどうなんだろうなぁと微妙な感じもする。社長からの決済も貰って、すぐにお金を取りに弁護士事務所に向かった。お金を貰い書類のやり取りが終わり、先生が一言。




「あんたんとこ、やりにくい。」




ニカっと俺は笑って、颯爽と弁護士事務所をあとにした・・・。




美知恵との件にカタがつき、残金を回収する為に父親へ電話した。




「いろいろ粘ってみたのですが、回収できたのが30万で残りを支払ってもらうしかなくなりました。力及ばず申し訳ありません。」




父親は多少なりともホッとしたような声で、




「ありがとうございました。それだけ払っていただければ充分です。残りはすぐに娘の口座に振り込みます。」




翌日、恵子が会社に支払いにきた。全ての手続きが終わり、俺も恵子もホッとした顔をした。これからどうするの?と聞いたら、




「父親と少しずつ接してみようかと思っています。スーパーも辞めてしまったので、こちらにいるなら仕事を探さなきゃならないんですけど。父親は帰ってこいと言うんですけどね。将来の事はわかりませんが、いずれそうなるように、ゆっくり時間を掛けながら修復していこうかと思っています。」




俺はニッコリ笑いながら、




「そうやね。時間はかかるかもしれんけど、普通の親子に戻れるといいね。ひどい事を言ったかもしれませんが、こちらも仕事だったのでご理解ください。本日はどうもありがとうございました。」




お互いが頭をさげて、俺は恵子の背を見送った。こんな出会いでなければ、甘い言葉を耳元で囁いてたかもしれんな。




魚河岸に並んでセリを待ってる冷凍マグロのようなその瞳・・・。浜辺に打ち上げられて、中身カラッポのハマグリのようなその唇、そんな君の全てが欲しい・・・。




あまーーーーーーーーーーーーーーーい!




死んでますやん。中身無いですやんというツッコミはよしてもらおう。まぁ仕事だから、そんなことはしないが惜しい。そんなこんなで、恵子に関するすべての事が終わりを告げた。




が、もう一人お仕置きしなきゃならんやつがいるんだよなぁ。恵子が勤めてたスーパーの主任、岡林である。さて、嫌がらせに行くか・・・。キャー、僕って悪い子(テヘッ)。




まず俺は岡林がいるであろう時間帯に、ちょいちょいそのスーパーに顔を出すようにした。岡林は青果の主任だったので、よく野菜などの品出しをしてる。そこでわざわざ話し掛けるのである。もちろんお金の話や不倫の話はしない。わざと野菜や果物の話をするのである。つまり俺という人間を意識させるのである。ちなみに恵子の件に関わったやつ全員がすでに辞めている。




意識しだしたらこっちのもんである。岡林は俺が来るとすぐ奥へ引っ込むようになった。そしたら次の段階へ進む。他の店員を使って、岡林を呼び出して話をするのだが、ここで他の店員さんにもいてもらうのである。そして岡林との話が終わると、岡林は奥へ引っ込むのだが、絶対と言っていいほどこちらをチラチラ見ていく。んで一緒にいる店員さんに岡林の方を指さしながら、コソコソと耳打ちをするのである。この時、岡林の方に指は指しているのだが、ちょっとだけずらしてる。耳打ちしてる内容は、あの野菜ってなんであんなに高いの?とか聞いている。ただ目は岡林見てるんだけどね。盛大に勘違いしてくれればいいし。




勘違いしてくれてると感じ取れるようになったら、もうひとつ段階を上げる。今度は他の店員さんに聞くのである。それも岡林に聞こえるように。ここに佐和子さんっていなかったっけ?と。何回も何回もである。もちろん業務を邪魔しないように、一応お客さんとして買い物もしていくのである。あとは岡林が品出ししてる所に出向いて、一個だけ野菜を買って行ったりする。レタス一個とかネギ一束とかね。




あと同時進行で、このスーパーの店長を知り合いを介して紹介してもらうようにした。俺の前職は青果市場である。前の職場に聞けば、このスーパーとどこの仲卸が付き合いあるのかくらいはすぐわかる。そこから手繰れば店長まではすぐである。ちなみにそのスーパーに出入りしている仲卸の若いやつと話したが、岡林はあまり評判がよろしくない。なんでかはハッキリ言わないが、たぶんお金のことやろ?って聞いたら、何で知ってるの?って言ってたからまぁ間違いは無かろう。




あとは店長にリークするだけだな。重要な案件があると伝えて、俺はスーパーの事務所に行った。応接室に行って店長とまずはたわいもない話をする。そしてこの場に岡林を呼んだ。岡林が来た時、俺はオッスと声を掛け、




「仕事中に顔出してもらって悪かったね。仕事戻っていいよ。」




と伝えたが、岡林は顔面蒼白となっていた。まぁこんな所に店長と俺がいて、話しているのはビックリしただろう。岡林が事務所から出ていった後、俺は全ての事をリークした。それと店長にも念を押した。




「この事は本社にも人を通じて伝えますんで、何らかの処分を下さないと管理責任を問われますよ。くれぐれもよろしくお願いします。」




店長は現状でも管理責任を問われるのだろうが、そんなことは俺の知ったこっちゃない。




さて後はトドメだな。俺はスーパーの事務所にいったその日の晩に、岡林の家に電話を掛けた。もちろん電話番号が出ないようにして、匿名でですけど。




「岡林さんのお宅ですか?奥様でしょうか?旦那さんの事で少々お話があるのですけど。信用するかどうかはお任せしますが、ダンナさん不倫してますよ。同じ職場にいた佐和子って女性ですけど。職場ではまぁまぁ有名な話みたいですね。それから佐和子さんから聞いた話では、ダンナさんは奥さんと別れて一緒になってくれるみたいな話をしてたみたいですよ。それと仕事の事なんですけど、ひょっとしたらダンナさんはクビになるかもしれません。お金絡みみたいなんで、詳しいことは言えませんけど。あとはダンナさんと話してみてください。携帯調べたら、ゴロゴロ証拠出てくると思いますよ。では失礼します。」




あースッキリした。後日スーパー行ってみると岡林の姿はなく、店員さんに聞いてみたらクビになったそうだ。まぁそりゃそうだろうな。




恵子の件に関しては、親になった経験がない俺ではわからんのだが、親がもう少し守ってやることは出来んかったのかなと思う。もちろん事の発端である暴行したヤツが悪いのだが、もう少し寄り添うことは出来なかったのかねぇ。それと警察の対応もいかがなもんだろう。俺も経験があるが、警察は基本面倒臭がりである。上からの指示や世間的に大きな事件とかならせっせと働くがね。数ある事件があり、いちいち一つの事件にかかりっきりになれないのもわかるが、それにしてもである。たぶん捕まらないと思いますよってのが警察という組織を象徴してる言葉だろう。警察にとっては数ある事件の1つかもしれんが、やられた方はそれが全てである。その辺も認識して欲しいものではあるが、おそらく何を言ったとこで変わらんだろう。不祥事がある度に、サーセン、再発防止に努めます。何回再発してんねん。ガンじゃあるまいし。強い上司には媚びて、弱い市民には偉そうにする。そういった警察官が多いのもまた事実である。




恵子の叔父にあたるオッサンは死ねばよろし。まぁ恵子の父親が話を聞いたら行っちゃうかもしれんけど。まぁそこまでは知らん。しかし、そのうち因果応報という名のバチは当たるだろう。俺はそう思ってる。




父親と孫は会う事があるのかわからんけど、会った瞬間から受け入れることは難しいかもしれん。が、時間が少しずつ解決してくれたらいいと思うかな。また恵子と息子の間も少しずつでいいから、修復していってもらいたいな。息子に罪はないのだから・・・。まぁこれはあくまで俺の願望だが・・・。




恵子さん、お疲れさまでした。これからの人生、心穏やかにお過ごしください・・・。




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