第69話 中田 2

中田は自身が妊娠させたマダムを連れて来た。その名を直美という。見た感じ上品な感じで芯が強そうだな。顔立ちもよく、バランスの取れた体型だな。とても子供を産んでるようには思えん。俺にとっては内角高めのホームランボールだな。




まぁそんなことは置いといて、とりあえず申込用紙を書いてもらった。書き始める時に夫にバレませんよねと念を押してきたが、たぶん大丈夫だと思いますよとしか言えん。中田が逃げて自分が払えなきゃ、そっちに話持って行くしかないから。ダンナの仕事はっと・・・会社勤務か。それなら問題ない。子供も2人いるが、自分は主婦という。これはこれで面倒なんで、使ってる化粧品の代理店をしてるってことにした。こんな人が中田みたいなゲスの毒牙にかかるとは、うらやまけしからん。そう思いながら店長に申し込み用紙を見せた。信用情報上も問題ナシ。俺は書類の作成に取り掛かった。打ち合わせ通りに中田に全部まとめた借用書を書いてもらい、直美に連帯保証人として名を連ねてもらった。それと保証書の作成。また直美の名前で20万貸すことにしてたので、その分の書類。これには中田しか保証人になってないので、中田に何かあった場合は直美が責任取ることになるが、直美本人はそんなことは露とも考えてないだろう。まぁ最終的にここの分を全部払ってくれたら問題ナシ。洋子はほとんどのとこへ保証人として入ってるだろうから、あまりアテにはならんしな。




お金を渡す時に中田と直美に脅しをかけておいた。




「直美さんはそこまでお金が必要な方とも思えませんので一言言っておきますが、今回のことは中田さんの申し出もあり、事情も説明してもらっておりますので、あくまで特例としてお金を出したことを忘れないでください。中田さんも直美さんを他所連れてったりしないように。仮に直美さんの名前が信用情報から出てきた時は、即刻回収に伺いますので。バレないと思っても、直美さんの名前は信用情報に登録しますので、他所が借り入れなり保証人なり問い合わせた瞬間、問い合わせをした業者名がこちらに知らされることになってます。つまり、どこに連れていってもこちらに知られるってことを忘れないでくださいね。中田さんもウチだけってことにしといてくださいね。他所連れて行ったら、すぐに直美さんの自宅に伺いますよ。」




とりあえずこんなもんかなとお金を渡して帰ってもらった。翌日からは中田がその分を払っていくことになる。店長は裏で聞いてたみたいで、よくそんなにポンポンと嘘が言えるもんだなと笑ってた。今度俺も使ってみるわって言ってたけど。まぁこんな言い方でもしとかないとすぐ連れまわるからなぁ。念には念を入れてってことやね。自分の性格は石橋を叩いて渡る。ではなく、石橋を叩いて壊すほど用心深い。




数日後、無事処置したことを中田は報告してきた。いや、別にそんな報告いらんし。それにしてもこういった話はあまり聞きたくないのぉ。女性の身体にいいことはないだろうし、何よりお腹にいた子供のことを考えるといたたまれないな。二人共、なんらかの供養はするようにしてもらいたい。




しばらくして中田は洋子の分の増額を言ってきた。洋子の分はいじりたくないのがホンネだ。その辺は店長も同じ意見だった。洋子の分を増額すると、その分に関して書類の書き直しがある。まぁこれは百歩譲っていいとしても、問題は直美の方である。一度中田の名前にまとめた分に署名してるので、この分の額面が変わってくるのである。それを書き直しとなると、ウチはともかく中田が直美に何と説明するのかがわからん。その辺は中田が考えることなんだが、今はちょっと中田の様子を見ておきたいとこなんだよな。でもお金は貸さなきゃビジネスにならないしってことで、洋子ではなく、直美の名前の分を増額することを提案した。額面30万ならそこそこの手取りもあるから、しばらく凌げるのではないかなと思ったが、これでもたった二日分程度にしかならん。まぁその辺は中田が考えるじゃろと思い、店長の言ってたことをそのまま中田に伝えた。中田は急いで連れてくると言って出ていった。たぶん今日の分の支払いがないんだろうな。




直美を連れて来た中田だったが、妙にヘコヘコしてるな。直美は見た感じご機嫌ナナメ。まぁそりゃそうだろな。自宅でくつろいでたとこを呼び出されて、金借りに連れてこられてるんだからな。直美じゃなくてもだいたいの人間が不機嫌になるわ。話は聞いてますか?と聞いてみたが、ハイハイとめんどくさそうな返答しかしてこない。ここにいることの責任の重さをあまり理解してないみたいね。まぁそれならそれでいいや。グダグダしても始まらんので、書類を作り上げて差額を渡してとっとと帰ってもらった。その後店長と話をしたが、まぁ金回せるだけ回して、洋子と直美で始末つけようかという話だが、洋子はあまりアテに出来んわなぁ。そんなことを考えながら、その日は終わって行ったのであった・・・。




中田はあちこち借りながらも踏ん張っていた。こっちとしてはもうそろそろかと思っていたが、予想外の踏ん張りに店長も頑張るなぁと言ってた。ウチの方針としては金を回していく方向なんで、書き換えを言ってきたら無条件でやるようにしてる。そして新年を迎えた。新年を迎えると中田は息を吹き返す。秋だと進級までだいぶ期間があるから、教材自体売れないのである。売れても受験生用の特別なテキストくらいか。しかし年越しすると、進級は目の前である。そこから新しい学年の教材が売れ出す。今まで教材を売ってたとこに新しい教材を売り付けれるチャンスである。教材がまともに売れるのは6月までと言ってるくらいだから、中田にとっても稼ぎ時だろう。




中田は完全に息を吹き返した。書き換えは言って来るものの、その頻度は減ったのである。その辺はよかったと安堵した。が、お金に余裕があるわけではないが、心に余裕が出来てきたんだろう。またイケナイお遊びをしてるんだろう。洋子、直美とも続けて、更に遊んでるってどんだけ体力あんねん。うらやましいやんけ!そしてまた1人貸してあげてくれと打診してきた。店長とまた長い時間電話でやり取りして、結局一緒に出てきてってことになった。




中田はまた綺麗なマダムを連れて来店した。名を理恵という。もちろん中田が教材売りつけた先の奥さんで、当然のようにダンナさんも子供さんもいる。洋子に貸した時のように申込用紙を書いてもらって、その最中に店長は審査。ダンナさんは市役所勤務か。まぁこれなら問題なかろうってことで店長がGOサイン。書類を仕上げてレッツ20万。もちろん中田の分にまとめたやつの分に保証人として入ってもらいましたけど。それとウチだけの保証人ですよと言い聞かすことも忘れずに。帰すと早速今回の事情を店長のとこへ聞きにいった。




「今回は二人で温泉旅行行きたいからってことにしてるらしい。20万ってのは残った金を支払いに回すためだろ。一応聞いてみたが、理恵と直美は顔見知りらしい。子供が同級生で同じ校区だからな。だからこの二人が会うことは絶対だめってことだ。まぁ支払い云々に来ることはないが、その辺はちっと気をつけておかなきゃいかんかもな。外で見つかったら、それは俺らの責任でもないから知らんけど。まぁあのバイタリティは見習いたいわな。」




しかし、なんとうらやましいことか。しかも俺のストライクゾーンと同じ女性を連れてくるとこなんかは何故か悔しい。追い込む時は全力でお相手することをお約束しよう。やられたらやり返す・・・やられてなくてもやり返す・・・俺好みの女性ばかり連れまわしやがって・・・八つ当たりだ!こう見えてもワイは若い頃、携帯買っても説明書を見ないやつと恐れられた男。目にものを見せてやる。




そうこうしてるうちに新学年を迎える春になったわけだが、その時点では絶好調な中田ではあったんだが、ちょっとした事件があった。チームの一員であるやつが自殺したのである。ほとんどが中田の使ってる分だったので、支払い自体はそこまで影響はないものの、問題は教材の売り上げだった。それなりに売ってたやつらしく、それをカバーする為にチーム全員で顧客のとこを回ってるみたいだ。他所の教材売ってるとこに取られたら、そこから先の売り上げは見込めなくなるんで、とにかく速やかに顧客を確保しなければならない。それにしたがって、だんだんと中田が支払いにくる時間が遅くなっていった。来た時に自殺した動機を聞いてみたが、中田は心当たりはあるんだろうがしゃべろうとしなかった。そしたら俄然知りたくなるものである。お客さんの中にも他の教材を売ってるやつがいるんで、そっちに聞いてみた。




「教材売ってたヤツが自殺したみたいなんだけど、そんなに厳しいの?辞めたらいいだけじゃないの?」




と。そいつが言うには・・・、




「売り上げ低い時は確かに辞めたいって思う時もあるんだけど、この仕事って季節ものだからね。ある一定の時期売れて、それ以外はほぼ売れないと考えてるし。売れてる時期だけやって、売れない時期は別な仕事してるやつも多い。俺自身もシーズンオフの時はタクシー乗ってるし。俺は死のうと考えるまで追い込まれたことはないが、売り上げ額で貰える割合もあるのかもね。たぶんそいつ自爆戦術でもやってたんじゃないの?」




ん?自爆?




「自爆戦術ってのは売り上げを上げる為に自分で買うこと。おそらくチーム全体でそこそこ上の売り上げだったんだろ。それを維持する為に自爆することはよくある話だ。チームでやってるやつらは大体決め事があって、売り上げの何%かをチーム率いてるやつに納めるのよ。まぁ上納金みたいなもんだな。その代わり必要なサポートを受けれるようにはなってるんだろうけど。サポートってのは単純に援軍に来てくれることが多いんだけど、あと少しってとこまで来ると、最後の一押しで上司連れてくるってケースはよくある。当然それなりのスキルを持ってるやつがチーム率いてることが多いんで、だいたい話がまとまる事が多いし、上司まで連れて行ったら、お客さんの方も断りにくいのよね。んである一定の売り上げを上げると、その上納金の割合が下がるんだろうな。あと一件二件売ればそこに手が届くって時に自爆するって話はよく耳にする。俺みたいに一匹狼でやってるやつは、そういうことをするメリットがないけどな。まぁ売り上げ上位だと、そこを維持するのに結構神経使うって聞くぞ。もちろん自分でチーム作ることも可能だし。その辺はネズミ講に似てるのかもな。まぁ売り上げが下がるとチーム内での発言力もそうだし、受けれるサポートも売り上げ上位の人間優先だからな。下位になるとそのサポートをいつしてくれるかもわからんし。だから亡くなった人はそのサポートないと困るんだろうと思う。自爆って麻薬みたいなもので、その時売り上げも上がって周囲からチヤホヤされるのよね。それをまた味わいたいが為にまた自爆する。それを繰り返すうちにドツボにハマっていくのよね。売り上げ上がっても、自分のトコに在庫あるから、それを捌かなきゃ自分の収入には結びつかんからな。自爆する度にその在庫が膨らんできて、貰ってるお金だけじゃ追いつかずに借金重ねて、最後はアボーン。だいたいこんな感じで終わる。たぶんチーム率いてる人に自爆してるのは内緒にしてたんだろう。そうなると相談する先が無いから、余計追い詰められるのかもな。保険屋さんなんかはノルマ果たす為に似たようなことやってると思うよ。」




その話を聞いた俺は大きなため息をつき、一言言った。




「俺の知らない世界はまだまだ多いな・・・。」


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