第58話 中川 2

来ないもんは行かなしゃーない。17時に何も連絡ないのがすべての答えとは思うけど。店長も半分諦めてたわ。とりあえず会社の後始末を店長にやらして、俺は車に乗って出発。とりあえず仕事場行ってみるかなー。まぁ結果はほぼ見えてるんだけど。




車走らせてる最中に店長から電話があった。




「おそらく他のとこは動かんと思うから、出来たら今日中に頼むぞ。」




と。頼むぞと言われても、本人か弟いないとどうにもならんのやけど。とりあえず繋がることはないであろう、中川と弟の携帯に電話を掛けながら現地に向かった。




現地付近に着いたが、集金みたいに短時間しか道端に置いておくわけにもいかないんで、近くのスーパーに車を置いた。歩いて5分ほどの場所だが、デブにはまぁまぁ遠い。途中でビバークせな遭難するかもしれん・・・。




仕事場に着いて一応集金場所を見たんだけど、まぁ入ってるわけないっすよねー。置いてあるちょっと大きめの冷蔵庫を開けてみると、そこそこの数の牛乳が入ってた。生産日を確認する為にいくつか手に取ったが、一番新しいやつでも1週間前のやつだった。こりゃ飲める代物じゃねーな。ってことはそれから先は入荷してないってことか。デスクに置いてある請求書、領収書も見てみたが、1週間前までの請求書と領収書しかない。現金決済でやってたんかね?それも配達とかのレベルの量ではなく、小売りレベルの量だわ。そしていろいろ家探ししてみたが、目を引くようなものはなく徒労に終わった。ちっと気になったんだけど、顧客名簿みたいなやつがあった。顧客の住所と名前と連絡先。あと契約書(?)みたいなものがファイルしてあったんだけど、ほとんど赤ペンでバッテンしてたわ。こりゃもっと前から仕事らしい仕事してなかったんやろな。一応店長に報告したが、まぁ溜息しか返ってこんかったわい。




元来た道を戻りスーパーに車を取りにいったのだが、デブにはきついな。しばし車で休憩した後、中川の自宅へ向かった。申し込み用紙に書かれていて、行けるアテはあと2つ。自宅とオカンの里。オカンの里には中川からすればいとこが住んでるみたいだけど、どうかな。とりま自宅で誰かいないと話にならんし。




地図を見ながら自宅をやっと探し当てた。家には電気が点いてるから、誰かいることにホッとした。オカンがいるのだろう。早速ピンポンを押してみた。男の声で誰や?という声が聞こえたが、あきらかに中川の声ではない。弟の声ってこんなんだっけ?まぁ弟いるなら、そっちの方が話早いと思い、とりあえずドアを開けてもらった。




そこに立っていたのは中川本人ではなく、もちろん弟でもなく、イカツイおっさんだった。それも全身にお絵かきしてる方。とりあえず話を聞かなくちゃと思ったんだけど、ちょっと頭が混乱して正常に戻るのに少々時間を要した。




「なんや、ワレ。なんぞ用か?」




「ここは中川さんのお宅じゃないですか?」




「ここはワシの家じゃ。中川なんぞ知らん。」




話していくうちになんか引っかかるものがあった。知らんと言うし、関係もないとも言ってるが、妙に饒舌である。なんとなく言い訳じみてるというかなんというか。うまく説明できないんだけど、こいつはたぶん中川のことを知ってるように感じた。知ってると仮定して、なんでこいつがここにいるのか?を考えてみると・・・・グルなのか?そのメリットは?いろいろ考えてみたけど、結論には至らなかった。偏差値2の頭で考えてもアカンな。ここで一度車に戻って店長に報告した。店長曰く




「やられたな。噂では聞いたことあったんだけど、実際あるとは思わんかった。【住所の名義貸し】だわ。グルってのは間違いないな。たぶんいくらかお金払ってるんやろ。怖いとこ以外なら家行った時、全身に墨入れてるやつがいたら大概引くやろ。それが狙いだわ。免許証の更新の時に、そこの住所に一瞬だけ移して住民票を取る。それを持って免許の更新。終わった後に住所を元に戻す。こんなとこやろな。そしたら免許の住所には移した方の住所が載るから、向こう何年間かはそれがそこに住んでるような身分証明書になるわけだ。まぁ免許証の住所なんて、誰も疑わんからなぁ。だからこういった商売が成り立つんやろな。でもそれをやると後々自治体の手続き等で面倒が起こりがちだからな。実際やってるやつがいるとは思わんかった。その家で中川のいるとこのヒントが拾えんのなら居ても仕方ないな。いとこの家行ってみてくれ。」




あーなるほどなと感心してしまった。当時はそういうとこでまぁまぁ緩かったからなぁ。ちなみにある方法を使うと全く別人に成りすますことも可能だった時代。まぁこの知恵を仕事に回せんもんかねぇとは常々思う。




地図を見ながらいとこの家とやらに着いた。なかなか立派な家だ。屋根にしゃちほこ付いてるな。まぁ気を付けていこう。話になるとも思えんけど、仕事を放るわけにもいかんしね。訪ねてみるとちょっと洒落たゴルフウェア着た男が出てきた。中川のオカンの名前を出して話をしてみた。しかし出てきた男の顔は困惑していた。その男が言うには、




「その中川さんって方、ウチとは全く関係ないですよ。昔にも同じようなことを言ってた方が居てですね。あれは親父がまだ生きてたから10年以上前か。その時にも中川さんの里はこちらですか?と聞いてきたんですよ。もちろんウチは親戚でもなんでもないんで。」




そういうと家の中へ引っ込んでいった。残された俺は少々途方に暮れてしまった。車に戻り、店長に報告。店長は大きなため息をつき、




「少々嘘をつく、騙しにきてるってのはなんとなくわかるもんだが、ここまで用意周到にしてたのは初めてだったな。こりゃ捕まえるのは骨だな。とりあえず明日住民票あげてみよう。可能性は薄いけど、それしか思いつかんし、申し込み用紙見ても行くとこないやろ。まぁ今日はおいてくれ。」




店長の落胆具合もなかなかのもんだな。ここまでキレイにやられることってなかったもんなぁ。明日の住民票に一縷の望みを託そうと俺は現場を離れた・・・。




翌日、とりあえず出社して店長と話し、中川たちが住むとこの役場へ向かった。道中いろいろ考えたが、性善説というのはアテにならんなと改めて思い知ってしまった。現在で言う性善説というのは、昔とは意味合いは違うみたいだが、昔の性善説に興味がある方はまぁググってくれ。しかし腹立つなぁ。




いろいろ考えたりしながら役場に着いたわけなんだが、住民票は現在と違って簡単に閲覧、取得できた。申請理由のとこに「債権回収の為」と書き込めばいいだけ。まぁゆるい時代だったと思う。にしても、田舎へ行くと結構めんどいもので、嫌がらせのようにいろいろ聞かれることがある。違法でもなんでもないんだから、さっさと出してくれたらいいのにと思うこともしばしば。役場とは妙な規則を自分たちの解釈で作り出したりするからなぁ。




ワイの経験で実際にあったことなんだが、昼休みに会社へ提出する為、自身の住民票を取りにいったことがある。役場にいくとやたら混んでたんだけど、まぁ順番待ちかくらいに思って、申請用紙に書き込み提出したのさ。そしたら、




「昼休みなんで13時からになります。」




と言われた。なんでやねん?と聞いたら昼休みだからと言うが、




「こっちも昼休みにしか来れないから来てるわけで、その辺でダラダラお茶飲みながらダベってる職員にやらせたらえぇだけちゃうの?」




と言うと、規則ですのでと取り合ってくれない。腹立ったからちょっとお前の直属の上司呼んでくれんかと言って呼んでもらい、ちょっと話してみた。




「昼休みだから業務が出来ないっておかしくないすか?」




「いや、規則なんで・・・。」




「入口からここまでそんなこと書いてなかったぞ?それなら昼休みで業務出来ないからと出入口締めときゃいいだろ?それに全員が一斉に昼休み取るってえらい非効率だと思うけど。くだらん規則を親の仇取ったようにふりかざすのもいいけど、さも当然のようにこんなことしてると信頼がなくなるよ。」




「昔からの規則なんで・・・・。」




「そっか。それならいいや。んじゃそこでダベってるやつとお前の名前、全部教えろや。知り合いの市会議員にこんなことしてるけどいいの?って聞いてみるから。」




「いや、それはちょっと・・・・。」




「その規則が一般市民の感覚かどうか、聞いてみんとわからんやろ?それとも自分が胸張って名乗れんようなことをしてるのか?」




「わかりました・・・・今回は特別にお出しします・・・・。」




「俺だけ出してもいかんやろ。順番あるし。そこで待ってる人たちのもさっさと出してや。それが終わるまでは待ってるから。」




「わかりました・・・・。」




っとまぁこんなことがあったんだけど、役場って立場弱い人間には押し付けてくるのに、立場強い人にはネコネコするのねって思っちゃった。




ちと話がそれたな。とりあえず中川の住民票はゲットした。店長の話してた通り、中川は誕生日前に住民票を移して、また元に戻してるな。世帯全員のが見れんのは少々悔やまれるがしゃーない。借用書に載ってる分しか取得させてくれなかったのよね。




とにかく元の住所がわかったんで店長に報告すると、




「別件の管理が急遽出たから一旦帰ってきて。社長に頼んで自分が行こうかと思って電話してみたんだけど、県外でゴルフ中ってことだから、会社空けれんのよ。」




わかりましたと答え、車をすっ飛ばして会社に帰った。まぁ帰り際にちょろっと中川宅の様子は見てきたけど、居そうもないな。勝負は夜か。




会社に帰って別件に走り、無事始末してきたんだけど、時間はすでに19時を回ってた。会社に戻り店長に報告すると、すぐに中川宅に走った。この時点ではまだ他社は一部しか動いてないらしい。一日のアドバンテージがあるから、なんとかものにしたいんだけどなぁ。




中川宅に着くとすでに20時を過ぎてた。ちょっと離れた広場に車を置いて歩いたんだが、街灯も少ないし、家は2階建ての長屋みたいな市営住宅。申し訳程度に庭があるタイプで、子供の頃遊びに行った同級生宅を彷彿させた。玄関から呼び鈴を鳴らしても中は真っ暗で、人の気配はない。グルっと迂回して庭側からも見てみたが、まったく人の気配しないな。とりあえずこんばんわーと声を掛けながら、庭に入って行き様子を伺った。ほんのりと洗剤の匂いがするから、最近までいたのは間違いなさそうだ。こんばんわー中川さーんと声を掛けながら、縁側の引き戸をドンドンと叩いてみた。何度か繰り返し、中の様子を伺ってたが、当然のように中からの返答もなく、俺はうーんと考え込んでた。しかし急に何かの違和感を感じて、後ろを振り返った。そこには薄暗い街灯に照らし出された10人ほどの人間が立っていた。思わず声を上げそうになったが、気を取り直し敷地を出て声を掛けてみた。




「ここに住む中川さんって知りませんか?」




と聞きながら、立ってた人間の容姿を観察した。寝巻にジャージってことは近所の人間なんだろう。しかし、金属バットを持ったやつが2人いる。これは少々やべぇなぁと思いつつも話を続けるしかなかった。が、後ろに何人か回られたんで、完全に囲まれた。




「勝手に他人の敷地に入って何してるの?」




「警察呼ぼうぜ。」




と口々に言ってるが、俺としては警察呼んでくれた方が逃げやすいからいいんだけど。一応断り入れて入りましたよと言うと、勝手に入って云々、不法侵入云々とうるさかった。このままだとちょっと雰囲気やべぇと感じて、逃げることにしたんだけど、なかなか機会を掴めずにいた。そこに電話がかかって来た。取ると店長からだ。ナイスタイミングと思いつつ、話をしながらその場を離れた。電話で話してる最中も何か言ってきてたけど、返答できないのは当たり前だし。電話で話してたら大人数の前で話すわけにもいかんからね。余裕あるような感じで話をしながら、歩いてその場を少しずつ離れ、そいつらが見えなくなった瞬間にダッシュで逃げた。あの時のダッシュは国体に出れたんじゃないかと言っても過言ではないくらいのロケットスタートだったな。車に飛び乗りすぐにその場を離れ、落ち着いたとこで店長と話をした。かくかくしかじかとありのままを報告すると、大きなため息の後に一言、おいてくれと。完全に行くところが無くなったからなぁ。




翌日出社して店長に報告し、話し合いもしてみたが、しばらく放置してみることとなった。まぁ長期延滞ツアーリスト入りである。しかし昨晩は生きた心地しなかったな。あれだけの人間に囲まれると、よっぽど腕に自信のある人じゃないと平常心でおれんわい。しかも金属バット2本とか。恐怖でしかなかったな。金額的にはそこまで大きくはないものの、やはり腹立つんで追いかけていこうと思う。もちろん店長もそうなんだけど。




その日から客に対して、異常なほどの確認をしていったのは言うまでもない・・・。


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