第59話 恵子 1

世の中には数奇な運命を辿る人がだくさんいる。良い運命を辿る人ばかりではない。俺の知ってる人はだいたい悪い運命を辿る人が多い。仕事柄ってのもあるかもしれないがね。運命とは自分で切り開くものだと言ってる方も多いと思う。が、どうにもならないことも多々あるのである。




ある春の昼下がり。お昼ご飯も食べて眠気マックス、うつらうつらとしてる時に、会社のドアが開いた。俺はいらっしゃいませと、寝ぼけながら声を掛けた。そこには1人の幸薄そうな女性が立っていた。お申込みでしょうか?と声を掛けると、その女性は静かに頷いた。椅子に座らせて、身分証明書をと促すと、自分のバックから静かに免許証を取り出した。俺はそれを受け取ると、いつものように裏の店長のとこに持っていき、信用情報や他店への問い合わせをしてもらった。その間に申し込み用紙を書いてもらうようにした。




名前は恵子。歳は38歳。幸薄そうという俺の印象からか、若干老けてみえるが。仕事はスーパー勤務。つらつらと申込用紙を書いていってもらってるが、同居の家族は居ない。アパート暮らしだし、見るべき財産もないのぉ。それから親族を書いてもらうとこに移ったが、一応父親が存命。しかし県外暮らし。息子が一人。21歳。ん???17歳の時の子か。見た目からは想像できんのぉ。息子は同じ市内で工場勤務だから、万が一の時には行けそうだな。そんなことを考えながら、申込用紙を一通り書いてもらった。




借り入れの欄も書き込んでもらい、俺が聞きたいことを聞いて、赤ペンで記入していった。




旦那さんは?と聞いてみたが、か細い声でいませんと答えてきた。離婚や死別ではないと言う。未婚の母ってとこかのぉ。何か事情がありそうだが、ここではなかなか聞けることではないかな。使用目的が書き抜かってたので書いてもらったが、生活費と書いた。使用目的は生活費って、あまり良くない傾向なんだがと考えたが、まぁ正直に書いてるかどうかもわからんしな。事業資金、運転資金と書いても、パチンコに使うやつなんざゴロゴロいるしな。書き終わった申込用紙を店長のとこに持っていき、信用情報、他店への問い合わせなどと照らし合わせてみた。ほぼほぼ相違はないな。ってことで、店長から10万放っといてと言われ、俺は書類の手続きに入った。




日払いはすでに1件ツマんでいたので、支払い方はわかってると思うのだが、一応説明した。か細い声ではいはいと頷きながら俺の説明を聞いていたのだが、ほんとにわかっとるんかねぇ。俺はまぁなんとかなるやろと、結構軽い気持ちではいたのだが、はてさてどうなることやら。




恵子が帰って、俺は店長に呼ばれた。なんか気になることあった?と聞かれたのだが、俺は感じたままのことを答えた。




「見た目で言えば、幸薄そうな感じっすね。借り入れは月払いの件数は多いものの、額面が10~20万程度なんで、仕事の収入から考えるとギリギリ足りないって感じでしょうか。親父が県外にいるんですが、そちらは頼れそうもないですね。近所に息子がいるんで、日払いの件数が少ないうちに括れたらいいかもしれないですね。括った上でタイミングを間違わなければ、充分回収は可能だと思います。話した印象では、むやみに件数増やす感じではないので、少額で回す方がいいかなと。ただ、旦那のことはちょっと引っかかりますね。いませんと言ってたので、未婚の母なんでしょうけど、そのいませんって言い方にちょっと違和感を感じましたので、なんか訳アリかと思います。ひょっとしたら不倫かなぁとも思いましたが、息子を産んだ歳が歳なんで、高校時代、彼氏とヤった挙句ってことかもしれませんけど。」




店長は、ふむ。なるほど。どんな違和感?と聞いてきたが、




「どんな違和感かは、ちょっと自分でもわかりません。なんかちょっと変だなって感じたのですが、言葉ではちょっと言い表せないです。機会があれば聞いてみたいとは思いますけど。」




とにかく、取引がスタートしたので、気は付けておこうとは思うが、生きてるお客さんだけでも400人を越えるので、いちいちかまっていられないのが正直なところだ。それでも頭の中にはどうしても引っかかるお客さんなんだけどね。




恵子は毎日支払いに来た。支払い時間に遅れることもあったが、遅れる時は必ず連絡をしてきて、自分が指定した時間を過ぎることはなかった。見た目通りにマジメで、手間のいらないお客さんだった。こういったお客さんばかりなら苦労はないのだけど、なかなかそうはいかんもんなのよね。なんせ、人を騙してでもお金借りたいって客は、ナンボでもいるからね。恵子がそういった客でないのを祈るばかりだ。




そんなこんなで恵子は日々支払っていくんだけど、残高はどんどん減って行った。基本的に10万借りると支払いは1日1000円。土日込みで支払うと、だいたい120日、約4ヶ月で終わる。土日除く支払いだと、だいたい半年間。もちろん、長くかかると利息も少々かさむ。まぁこの利息が高いか安いかを決めるのは、借りる本人が決めることなんで、俺は知ったこっちゃない。俺的にはむしろ安いとは思うんだけどね。




そしてある日、恵子の残高は半分まで減ったので、書き換えどうですか?と誘い水をかけてみた。




こちらから誘った書き換えに、恵子は顔色を明るくした。とはいえ、真っ暗な部屋に豆球を点けた程度の明るさなんだが。どうも7~8割方払わないと、書き換え出来ないと思ってたらしく、ありがたいですと、こちらの申し出を快諾してくれた。恵子って、裸電球下の四畳半が超似合いそうだな。




基本書き換えする時期や割合なんぞ、ウチにはない。時期や割合を持ちだす時はこちらが断りたい時だけである。真面目に支払いしていってくれてるなら、極端な話、手取りがン千円でもする。まぁこれもよく勘違いしてるやつがいる。いつ、どのタイミングで貸すかは業者の自由である。なんやかやで理由をつけて断られるのは、自分に信用がないと思って間違いないのである。大手はマニュアルがあるみたいだが、我々クラスのちっちゃいとこは、本人を見て判断することの方が圧倒的に多い。書類やデータだけではわからんことがあるからね。




書き換えをしたお金を手に取り、恵子はこちらに頭を下げながら、





「丁度家賃を払わなければならなかったので、ありがたいです。」




と感謝の意を示し、会社を出ていった。店長とも話したが、まぁ真面目なんだろうなぁとは思う。しかし真面目故に一度歯車が狂いだすと、たどり着く先は雲泥の差が出てくる。現状では単品でやってりゃ問題ないとは思うんだけど、誰かとツルみだしたら少々めんどいかもしれん。そんなことを考えながら、俺は恵子を見送った。




それから何度かの切り替えを経て、一年が経った。相も変わらず毎日払いにくる恵子だが、ある日同僚に貸してあげてくれないか?との申し出があった。正直驚いたが、どんな状況でも人間は自分と同じ境遇の人と群れたがると聞いたことがある。自分のことが理解してくれると考えてると、心が安らぐ?のだろう。まぁ俺にはわからん感性だが。とりあえず身分証明書携えて、2人で出てきてと伝えた。




それから数日して、恵子はその同僚とやらを連れてきた。スーパーで一緒に働いている女性で、名前は信子という。歳は52歳。免許証を出してもらい、申込用紙をいつものように書いてもらった。旦那も20年前に離婚。息子はいるが、東京ですでに結婚済み。親は両親とも他界。天涯孤独と言ってもいいレベルだな。しかしこの信子という女性、どっかでみたことがある。どこだったっけなぁと考えつつも、俺は聞いたことを赤ペンで書き込んでいった。一通り聞きたいことを聞いた俺は、店長のとこに申し込み用紙を持って行った。すると店長は、




「お前、あのおばさん、どっかで見たことないか?」




そう言われて、俺は座っている信子をもう一回見た。うーんと考え込んだが、喉元まで出てきてるんだが出てこない。そこで店長からのヒント。【海物語】。このヒントだけで思い出した。俺と店長がいつも行ってるパチンコ屋に、ほぼ毎日入り浸って海物語打ってるおばさんだわ。これはちょっと問題だな。パチンコするのが問題なのではない。毎日のようにパチンコへ入り浸ってる人間が、恵子みたいな真面目な人間とツルむのが問題なのである。とはいえ、こちらからそれを指摘するわけにもいかんしな。ウチで貸さなきゃ他所いくだけだろうけど、それはそれで少々シャクに触る。最終的に息子で終わらす算段だから、金額が少ないに越したことはないのだが、ここは貸しとくべきかという店長の判断で、5万だけ放ることとなった。使用目的は生活費となってたのだが、どうせパチンコに使うんだろう。これくらいの金額でやり取りする方が楽だわ。




書類を書くにあたって、恵子と信子には注意事項を話した。まぁ無駄なのはわかってるけどね。




「恵子さんの紹介ってことですので、今回は5万円融資させて頂きます。融資にあたっての注意点ですが、今回紹介という形ですので、お互いに保証人になることが義務となります。もしなりたくないのであれば、この話断っていただいて結構ですので。金額が違うということで、信子さんには少々ご不満もあろうかと思いますけど、これは恵子さんがウチといいお付き合いをさせて頂いてきた実績ですので。片方が支払いに遅れたり、連絡を怠ったりなど不義理をしますと、もう片方の方にも影響が出てくることを覚えておいてください。あとあまり過剰に借入が増えることなんかも影響してきますので。信子さんも誰か1人お客さんを紹介していただけますと、すぐに10万円までのご融資を考えさせていただきます。もちろん紹介していただいた方にも前向きにご融資を考えさせていただきますので。ご質問などなければ、手続きに入らせて頂きます。」




2人は並んでうんうんと頷いた。早速書類の作成に取り掛かり、滞りなく終わった。一応支払い方も説明してお金を渡したら、2人はニコニコしながら帰って行った。




店長にどんな感じに取れた?と聞かれた。俺は、




「恵子はともかく、信子はすぐに人を連れてくるでしょう。同僚連れてくるなら、恵子も括りやすいんで、こちらとしてもやりやすいんですけどね。まぁパチンカスの行く末はだいたい決まってますんで。走り始めたら、一回息子を括っといた方がいいかもしれないすね。」




店長もそうだなと頷いた。それから一週間ほどして、こちらの予想通りの展開になっていった・・・。




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