第11話 飯田 3 

父親は大きなため息をつきながら、わかりましたと言った。過保護ここに極まれりって感じだな。賭けに勝った俺は、とりあえず夜も遅いし、蚊もブンブン飛んでいるので、保証人になってもらおうと書類を出した。いつものように飯田に金額をまとめた借用書を作り、それに署名をしてもらった。そして俺はこれからのことを大まかに説明したのである。




ありがとうございます。この書類を社長が見れば、十分に親御さんの誠意は伝わると思います。お金に関してですが、そちらのタイミングで構いませんので。会社に来てもらうのもいいし、家に集金にきてくれでも構いません。私共も飯田くんや親御さんだけに負担をかけようとは思っていません。これから飯田くんを保証人にしたやつを探します。それがそちらの望んだ結果になるかどうかは約束できませんが、最大限努力することをお約束します。じゃあ飯田くん、帰ろうか。




息子を連れて帰るのですか?と聞く父親に俺は、




こればっかりは息子さんの協力ないと、私共だけではどうにもなりません。向こうの家族に話すなら、やはり飯田くんが居た方が話しやすいですし。こちらとしても親御さんに協力してもらったので、悪いようにするつもりはありません。それから、一つ言っておかなければいけないことがあります。こちらに来る道中で飯田くんからどこで保証人になってるかを聞いたんですが、ちょっとタチ悪い所があったんで、気を付けてくださいね。そこは本職さんが来ると思いますんで、全部終わらすなら早めに終わらした方がいいと思いますよ。サファイアファイナンスってとこなんですけど。では失礼します。




そう言い残して俺と飯田は、車に乗って実家をあとにした。待ってた業者が連れて行くんかい!というような顔をしてたのは少々滑稽だったな。




帰りながら店長に報告をと思ったのだが、電波が届いてねぇ。どんだけ田舎やねんと思いながらも、報告はもうちょい後にするかと、俺はアクセルを踏んだ。帰ってる最中に、俺はふと疑問に思ったことを飯田に聞いてみた。




お前、両親のことをいつもあんな呼び方してんの?




はいと力なく答える飯田に、まぁいいんだけどねと俺は返し、もう一度頭の中を整理した。今、平成だよな・・・?




そして俺たちはまた2時間かけて帰り着いた。すでに23時前だ。道中店長への報告は済ましたし、飯田を送って行くだけなんだけど、一応騙したやつの家行ってみるかなぁと思い、飯田に持ち掛けてみた。一緒に行くと言ったのでとりあえず連れて行ってみた。




現地に着くと家の中は真っ暗。まぁこんな状況で、自宅にのほほーんと居るやつはなかなかおらんわな。飯田に声をかけらせて、俺は周辺を見回った。新聞受けを見たら夕刊は入ってたので、おそらく今日の朝まではいたんだろな。もう遅いし、蚊に食われたとこがかゆいし、じめじめしてて汗が気持ち悪いし、はよ帰りたいなぁと思った矢先に、俺たちの乗ってきた車の後ろに軽四がきた。




どこの業者かな?と眺めてると、出てきたのはスーツ姿ではない、ゴルフをするような恰好をした、熊みたいにデカイ二人組だった。胸のあたりにはでっかいトムとジェリーが踊ってるんだが。瞬間的に俺は悟った。サファイアだ。目が合ったので、俺はお疲れ様ですと頭を下げた。おうと応じたその生き物は、ワレどこのモンや?と聞いてきた。ヤマダですと俺は返したが、少々ビビっていたのは内緒だ。飯田を見るなり、ちょっと話させてくれんか?と聞いてきたので、まだ社長のとこに連れて行かないといかんのですが、少しならいいですよと俺は応じた。




飯田は俺に恨めしそうな顔を向けながら、サファイアの乗ってきた車に乗せられた。次の瞬間、




おらああああああああああ、われええええええええ、どうするんじゃこらあああああああああ




などという怒号が聞こえてきて、ちっちゃい軽四がドッタンバッタンと揺れ出した。絶叫マシンを彷彿させるほどの揺れだ。アホなカップルが車でアレするより揺れてるな。しかし熊みたいな生き物と、狭い軽四の中で過ごすのは勘弁だな。社長のとこに連れて行かなきゃならんと言っておいたから、攫われることはないと思うんだけどね。待ってる間、俺はもう一人のやつと話をしてたのだが、情報という情報は持ってなかったな。まぁおそらく親が整理するんではないかなという情報は与えておいたけど。




そうこうしてると飯田は車から出てきた。この世の終わりみたいな顔というのか、真っ白に燃え尽きたというのか。まぁそうなるわな。ウチの車に飯田を乗せて、俺はサファイアの二人とさらに話をした。サファイアは坂本を探しているらしい。飯田の同僚の方には飯田が保証人として入ってるが、スナックのママさんの方には坂本しか入ってないらしい。そしておもむろに名刺を俺に渡してきた。まぁどこにでもある、普通に代紋や組の名前が入った、それらしい字体をした名刺だったんだが。




坂本見つけたら知らせてくれや。礼はするから。




そう言い残して彼らは去って行った・・・。




嵐は去った。飯田はまだガタガタ震えてた。今までに会ったどの恐怖よりも怖かったんだろう。耐性ないと無理だわな。少々耐性がある俺でもチビりそうだったからなぁ。その日はもう帰ろうと促し、自宅まで送って行った。途中で話をしたが、




あそこはヤバいからおっとぉに泣きついて、自分が関わってる分を早く終わらした方がいいよ。どうせ明日業者から呼び出しがあるだろうから、おっとぉと相談して、いつ頃終わらせれるかを明言出来れば、そこまでムチャなことはしないと思うし。とりあえず明日は全部の用事が終わったら、一回会社に出てきてな。




そう言って俺と飯田は別れた。




翌日出社をして、店長に昨晩あったことを報告した。サファイアとのやり取りも言ったんだけど、一応社長にも報告してもらうようにお願いした。名刺を見せたら店長は知ってたらしく、あーこいつらかと言ってた。父親が払ってくれるなら、別に危ない橋渡らんでもいいんじゃね?と店長に言われたのだが、俺の気が済まないというか、一応父親とも約束したんで、他の事が無ければ探してみますと言っといた。




いつものように17時を迎え、延滞者リストに沿って催促の電話をかけて行ってた俺は、飯田から電話がないなぁと思いながらも、仕事に忙殺されていた。まぁ様々な言い訳をしてくるやつばかりなので、飯田のことだけ考えてればいいってわけでもないからね。




一通りの連絡を終わった俺は、タバコを吸いながら来る客を待ってた。店長は飯田はどうするんだ?と聞いてきたが、




本人から連絡ないんで、動きようがないです。飯田が出てきたら、坂本の実家へでも連れて行ってみようかと思いますけど。連れて行ってやったら、本人も父親も自分たちの立場に納得してもらえると思いますし。




そう言うと店長もそうやなと応じてくれた。父親が全部終わらしてくれると思うけど、一応約束したしな。




結局その日は飯田から連絡なかったんで、こちらから連絡した。まぁ業者さんとドライブ中らしかったんで、明日でも出てきてと言うのに留めて、俺は集金に向かった。




翌日もいつも通り業務を済ました俺は、集金がないことがちょっと嬉しかった。まぁ持って来るのがちょっと遅いやつはいたけど、店長と将棋をしながら待ってた。そこにすいませんと言いながら、飯田が飛び込んできた。今いいとこなのに・・・もうちょいで勝てたのに・・・もうちょいで俺の晩飯が・・・なんてことは思わずに、飯田を座らして話を聞いた。だいたいの業者は保証人をつけろと言ってたが、その都度父親に電話をかけて、近日中に終わらすことを聞いたら、引いてくれたそうだ。とはいえ、昨日の朝一でサファイアの恐怖を父親に伝えたことによって、すぐに送金してもらい、サファイアで自分が関わってた分は全て終わらしたそうだ。おっとぉ、仕事早いな。とりあえず上司である坂本の実家に行ってみるつもりだけど、来る?と聞くと、飯田は行きますと応じてくれた。




店長に持ってくる人への対応を任して、俺と飯田は車に乗って、坂本の実家に向かった。車で20分くらいのとこだから、飯田の実家に比べりゃ屁でもない。坂本本人がいるとも思えんけど、まぁ飯田が納得すりゃいいかな、くらいにしか考えてないんだけどね。




現地に着くと、ちょうど晩飯の時間。いい匂いさせやがるなぁ。とりあえず呼び鈴を鳴らして、出てきたやつと話してみた。どうも坂本の兄さんみたいだな。事情を話し、飯田が騙されたことを伝えると、そんなもん知らんと言ってきた。まぁそりゃそうだな。兄さんの話を聞くと、まぁいろいろやり切った後みたいだ。親はもう母親しかいないが、親父が生きてた頃から、散々やり散らかして、もう縁は切ってるらしい。まぁそれはそれでと思ったが、妙に兄さんの態度がおかしい。話してる最中にもチラチラ家の中を見るのだ。ひょっとしたらと思ったが、飯田にはちょっと聞かれたくないので、ちょっと離れたとこで兄さんに話をしてみた。




ひょっとして弟さん、ここにいるんじゃないですか?まぁ居ても居なくても俺は全然いいんですけど、飯田さんが弟さんに騙されたと言ってるんですよ。このままだとおそらく刑事事件になると思います。私もあらかた飯田さんから話を聞いてますんで、これって美人局みたいなもんですよね。刑事事件に発展すると、それはそれで面倒にならんですか?もし弟さんに会わせてもらえないというのなら、私共が飯田さんに入れ知恵しますんで。詐欺に強要、恐喝も付くんじゃないかなぁ。そうなると今度は犯人隠避もお兄さんに付いちゃうかもしれないですね。そうなると、お母さんも悲しんじゃいますよねぇ。もちろん協力してくれるなら、黙っときますけど。どうします?




適当なことを並べ立てただけなんだけど、兄さんはうろたえだした。こりゃビンゴだなぁと思いつつ、まぁ今は何も言うつもりはない。とりあえず飯田に話をさせてあげたいだけというのを強調した。そうすると兄さんは諦めたように中へ入って行き、坂本本人を引っ張ってきた。俺は坂本に向かって、




坂本さんひさしぶり。話は全部聞かせてもらってるから、飯田さんと話だけしてね。俺は何も言うつもりはないけど、ツレのスナックのママもいるなら、今出てきてもらってね。隠し立てするとためにならんよ。




坂本も諦めたようにスナックのママさんを呼んだ。やっぱ一緒に居たのか。カマかけて正解だったな。まぁ出てきたとこで俺は話出来んしな。破産の申し立てをしてる人間に取り立てはご法度だしな。だから俺は言葉を選びながら、慎重にしか話が出来ん。飯田が言いたいことを、全部自分自身で話してもらうしかない。助け船くらいしか出せんけど。




とはいえ、坂本と飯田では役者が違う。そこにママさんの援軍があれば尚更だ。ちょいちょい坂本が飯田を強い言葉で責めてるが、俺はその度に、もうちょい誠意をもって話をしなさいと、たしなめる程度のことしか出来なかった。しかし、坂本とママさんの言動が腹立つ。もう破産したから俺らには関係ないの一点張り。やれやれだぜ。飯田も父親に迷惑をかけたという負い目から、頑張ってはいるんだけどなぁ。そこで俺は一計を思いつき、店長に電話をかけた。現況を伝え、店長も俺に賛同してくれた。




そして俺はあるところに電話をかけた。今来てるとこの住所を伝えて、俺は飯田の元に戻った。飯田も粘るが、のらりくらりと言い逃れをする坂本にはちょっと届かんかなぁ。ママさんがそれを見ながら、ニヤニヤしてるのが少々ムカついたが。まぁ俺としては時間が過ぎてくれればいいだけなんだけど。そしてその時を迎えた。


飯田が坂本に食い下がって話はしているのを、俺は半笑いでそれを眺めめながら、その時を待った。




来た。ちっちゃい軽四が猛スピードで家の前に滑り込んできた。降りて来たのは、そう、サファイアの二人。




こらあああああああああああ!さかもとおおおおおおおおおおおお!


ワレ、何こんなとこで隠れてんのやああ!覚悟せええやああああ!




と凄みながら降りて来た。俺はまぁ知ってたから全然気にならなかったんだけど、飯田の方がまたビビってた。いや、お前終わらしたって言ってたやん。坂本とママさんはその場で押さえられた。サファイアの片割れに、




おう!すまんな!恩に着るわ。なんかあったら訪ねてこいや。飯田さんも昨日終わらしてくれたんやってな。ありがとな。




ご想像の通り、俺は先日会って名刺をもらったサファイアファイナンスのやつに電話をかけたのだ。




先日会ったヤマダですけど、坂本見つけましたよ。ツレのママさんも一緒にいますわ。自分らは坂本と金の話出来ないんで、よかったらどうですか?




そう持ち掛けると、すぐ行くと言うので住所を教えて来てもらったという寸法だ。




俺は、お疲れ様です。頑張ってください。と言い残し、目が点になってる飯田を促して、さっさとその場を離れた。この後、あの二人はどうするんかねぇ。サファイアの二人は、元々法の外にいる人間だからなぁ。破産がどうとかこうとか関係ないもんな。警察行ったら行ったで、自分らの悪事を隠すことも出来んなるしな。どっちにしても詰んでるわ。俺は店長に電話をかけて、サファイア着いたんで引き上げますと報告して、飯田に声を掛けた。




悪い事は言わんから、これが終わったら田舎に帰りや。いままであったことを教訓に、田舎で生きていく方がいいと思うぞ。街はいい人ばかりじゃないから。これに懲りたら父親の言うことをちゃんと聞くんやで。




なんで俺は年上の男を諭してるんだろと思ったが、まぁ考えるだけムダだな。だってこいつの頭の中、お花畑だもん。飯田はあの二人はどうなるんですか?と聞いてきたが、



俺もしらんわい。まぁ最終的にあの兄さんが始末つけるんじゃないかな。もっとも普通の利息のままならばという条件はつくけどね。




そう言うと飯田は申し訳なさそうに聞いてきた。




それでボクが被る分はどうなるんです?坂本さんたちが払ってくれるのではないのですか?




俺は深い溜息を一つついて、呆れたように言った。




あのね、俺らは法律上、坂本たちには取り立て出来んのよ。すでに破産の申し立てをしてるから。それはキミも一緒。坂本が払いたいと言うのなら払ってもらうことも可能だが、自分が話してわかるやろ?あの払う気の無さ。後で来た二人組はキミもわかってるように本職さん。だから法律がどうとかこうとか関係ない人。あの人達の力を借りて坂本から金取るんなら、どうぞ自分1人で行ってきてね。俺は関わり合いたくないから。キミの被る分は気の毒だけど、お父さんに構えてもらって支払うしかないのよ。




そう言うと、飯田は押し黙った。こいつ、ナニ調子に乗ってんねんと、ちょっと俺は不機嫌になった。そのまま飯田の自宅まで送って行き、降ろしてさっさと帰った。




その後、坂本とママさんがどうなったは知らない。おそらく兄さんが金構えるしかないとは思うんだけど、それを拒否った場合は、あまり想像したくないかな。




それから一週間ほどして、飯田が父親を伴って支払いにきた。銀行でお金を借りてきたという。ウチで最後だというけど、書類を返して全ての手続きが終わった後に聞いてみた。これからどうするのかを。




飯田は仕事を辞めて、田舎に引っ込むとのこと。田舎の方で仕事を探して、もう街には出てこないと言ってた。まぁこんな調子コキは出てこん方がえぇかもね。俺は結婚でもして、お孫さんを見せてあげてなとエールを送った。それと坂本達がやったことは詐欺にあたる可能性が高いので、一度弁護士さんに相談したら、いくらか取り返すことが出来るかもしれませんよと入れ知恵しといた。




父親には一応頭を下げといた。力及ばすこういう結果になったことを俺は詫びた。父親は晴れた顔をして、上司を探してもらえただけでもありがたいです。二度と会うことはないかと思いますけど、お体だけは気を付けてくださいねと言われた。70越えたじいさんに体のことを気に掛けられるとは・・・・少々凹む。




ありがとうございましたと、お互いが頭をさげ、飯田と父親は会社をあとにした。出ていく時、2人の会話が聞こえた。




おっとぉ、何か食べて帰ろう




そうだな・・・・




裏から出てきた店長に俺は聞いた。




今って平成っすよね・・・?




店長はボソっと答えた。




あぁ・・・まぎれもなく平成だ・・・・

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