第12話 幸子、順子 1

各々の客には会員番号が振り当てられる。1からはじまり、記憶では3000くらいまであったと思う。実際その中で生きている(融資してる)客は400~500ってとこかなぁ。当然のように死んでいく(融資できないetc.)客もいるわけで。俺が入った当時は1000ちょっとだったような気がするが、それでもまぁまぁいるんだなと感心したものだった。一桁のやつは全部死んでるし、二桁のやつも2~3人しか生きてないし、三桁前半のやつも割合としては似たようなものか。当然のように会員番号の大きいやつが主力となっていくのは仕方ない。


幸子は古い客だった。会員番号は300番台で、申込用紙一つをとってもちょっと茶色く変色してきてるくらい年季が入ってる。70を越えた、もはやおばあさんである。仕事はまぁまぁ特殊なんだが、いかがわしい街の片隅で椅子に座って、エリアに入り込んでくる男に声をかけ、男の希望に沿った店に連れて行くって感じかな。まぁ昨今ある無料相談所の走りと思ってくれた方がわかりやすいかもしれないが、決して無料ではない。


順子も長年の客だが、俺が入社した時にはすでにいた。会員番号は600番台。なかなかの古株だ。齢60を越えてるが、背の高いヒョロっとしたおばさんだった。仕事はこれまた特殊なんだが、パンパン。ちょんの間勤めと言った方がわかる人が多いかな。60越えて尚現役である。


幸子と順子の仕事について少々話しておこう。あくまで俺の住む街での話なんで、日本全国津々浦々、金額やシステムは違うであろうということを先に言っておく。


このパンパン(ちょんの間、以下パンパン)は錆びれた旅館等でやる、まぁ簡単に言えば売春である。在籍してる年代も20~60代と幅広い。年代別に大体の基本料金が決まってて、20代だと13000円、30代だと10000円、40代だと8000円、50代以上になると5000~6000円となる。これはショート、つまり20分の金額であり、その間に用事を済ますので余計な手間もかからず、サクっと終わらす人にはもってこいのシステムかもね。また歴史も長く、古くは終戦直後からってとこもある。昨今ある風俗なんかとはちょっと似て非なる風俗かな。実働してる女性の取り分に関しては、経営者と折半である。


幸子の場合、この基本料金に多少自分の取り分を乗せる。まぁ若い子がいいと男が言うなら20代になるんだろうけど、こいつはそれをしない。必ず30代にあてる。それは20代だと13000円の基本料金がかかるのだが、自分の手取りを考えるとどうしても男の方には15000円と話をしなくてはならない。20分15000円ってちょっとたけーわって考える男が多いってのをこいつはよくわかってる。だから30代のとこに連れて行って3000円乗っけて13000円にするのである。もっとも客にしてみたら20代も30代もわからんだろうけどね。つまり自分の才覚で駆け引きしながら自分の手取りを決めれるのである。もちろんエリアに入り込む男が居なければボウズって時もある。冬なんかは座るところにストーブ持ちだしてるもんなぁ。あと補足しとくが一応縄張りみたいなものもある。ここからここまでしか男に付きまとってはいけないとか、ちゃんと看板だしてボーイさんが立番してる店周辺ではしないとか、まぁ暗黙のルールがある。


次に順子の場合、こいつはパンパン勤めなので、そのものズバリやるだけである。しかしこの最中にも駆け引きが存在する。こーしてくれあーしてくれという要望には全てオプションとして応えるのである。あとは時間内にワザと終わらないようにして、延長してもらうとかいろいろあるみたい。もっとも歳が歳だけにそれほど需要があるようには思わんのやけど、部屋の中は真っ暗やから大丈夫よとドヤ顔で言われた時はちょっと呆れたな。あとはこれも歳に関係してくるのだが、分泌液が少ない問題がある。現在みたいにローションがお手軽に手に入る時代ではなく、お風呂屋さんに一斗缶で業者から卸されてるくらいである。ではどうするのか?ニベアを塗るらしい。道理でこいつが普段からニベア臭いワケがやっとわかった時は妙にスッキリしたものである。


まぁ時代と共に廃れていく文化かもしれんけど、当時はまぁまぁ盛況であった。デリヘルなるものが出来始めてたくらいだったし、箱型風俗で勤めれない人が行きつく先である。ウチの客の何人かに、なんでこの仕事してるん?と聞いたことがあるが、ほとんどの人がこう言う。楽だと。あと接客しなくていいと言ってた人もいたな。


幸子は20代の頃に結婚して子供が出来て離婚して、故郷を出てこの仕事に入ったらしい。当時は現役でしてたらしいが、その頃から故郷にも帰らず、子供にも会ってないし、親の死に目にも会ってないらしい。歳を取りどうしても現役が出来なくなりどうしようかと思ったが、その頃丁度呼び込みをしてた人が孤独死をしてエリアが一つ空いたみたいなので、やるようになったっぽい。もちろんそれを束ねる暴力団の人にお金を納めての話である。


順子は故郷にダンナがいる。20代の頃に結婚して子供が生まれたが、障害を持って生まれてきた。ダンナの稼ぎだけではなんとも出来なくなり、出稼ぎにこの業界に入って来たって感じなんだけど、ダンナには旅館の仲居で働いてると言ってる。出稼ぎを始めて15年くらいして子供は亡くなったらしいけど、子供の治療云々にだいぶお金がかかり、ダンナの稼ぎと自分の仕送りだけでは足らずに親戚等からかなりお金を借りてて、それを返すために続けたと言ってたな。


実は幸子とは入社前から面識がある。俺は当時飲みに行く時は自転車で行ってたんだが、飲んで帰る時にそのいかがわしいエリアを通るのが近道だった。自転車を漕いで帰ってると電信柱の影から幸子が出てきて、


お兄ちゃん、遊んでいかんかね?


と声を掛けてくるのである。ちょっとしたホラーなんだが・・・。もっともそんな金ないし、彼女もいたから特にそっち方面は困ってもなかったから、ハイハイって感じでスルーしてたんだけど、何回かそれを繰り返すといろいろ話をするようになり、冬の寒い日は缶コーヒーを買ってあげたりもしたな。まぁ遊んでいくことは一回もなかったけど。そんなことを繰り返しながら数年が経ち、俺が入社して再会した時はお互い驚いたものであった。


幸子も順子も支払いはどちらかというと悪い方であるが、まぁ日銭を稼ぐ仕事ということでそこまで目くじらを立ててはいない。額面は10万ずつで、支払い金額は1日1000円だし。まぁあまり甘やかしてダラダラに慣れてしまうと、支払い自体をしなくなってくるから、その辺のメリハリをつけるようにはしてる。一応幸子を筆頭とするグループが存在する。まぁほとんどは順子と同じ仕事をするやつだが、まぁよく逃げる。それを幸子や順子が尻拭いをするってのが定番パターンかな。


ある日、幸子が女性を連れて来た。貸してあげてと。その名を律子という40後半の女性だ。なんでもある旅館に住み込みでパンパンとして働いてるが、どうしてもここを抜け出してアパートを借りたいみたいだ。それくらい旅館の方でバンス(前借り)出来んのか?と聞いたが、まだ働きだして2週間と日も浅いことが原因だと思われる。出入りしてた幸子に相談して、ウチに連れてこられたんだと。借りるアパートは決まってるらしくて、これまた順子と一緒だという。まぁ一回集金しにいったが風呂なし、共同トイレで家賃2万だからな。築50年は越えてるであろうという建物だし。


んじゃ順子を連れてこいと伝え、連れてくると幸子と順子と律子を相保証にして5万だけ貸し付けた。部屋借りたら一応確認にいくようにはしてたけど。律子は普通に借りて生活するようになった。問題は連絡する手段が家に訪問するしかないってのが難点だな。まぁその辺は幸子と順子が責任持つというから大丈夫だろ。とりあえず毎日500円ずつ持ってこいと伝えたが、まぁ大体幸子が預かってきたといい払っていくな。


この街金という仕事をそこそこやってるとあることに気が付く。名義貸しがえらく多いのである。名義貸しとはその名の通りなんだが、Aという客がもう借りれなくなり、私が払っていくから迷惑はかけないとBという人間に借りに行かすってやつだね。上のケースでも警戒したのがこの名義貸しなんだが、だから部屋を確認にいくと言ったのさ。この名義貸しってのはAという人間もBという人間も麻痺していくのが特徴である。


仮にAがBに名義貸ししてもらったとしよう。当然Aが払っていくのだからBに金銭的負担はない。しかし名義貸しをしてもらわなきゃ借りれない人間はすぐに行き詰まる。そしたらAはまたBに名義貸しを頼むのである。当然Bは断るのだが、Aは、では払えなくなるので、後は払っていってくださいと脅すのである。そこで関係を断ち切れる人は少ない。当然借りに行ったところではAとBは相保証だろうし、自分が一円も使ってないお金を払っていかなきゃいけないのである。もちろん業者側からしたらそんなことは知らんがなである。だからしぶしぶながら借りにいくのだろうけど、そのうちワケわからん状況になって、一緒に借りにいくことに抵抗を無くしていくのである。中には名義貸しで使われるのが嫌だから、自分で使うために借りに行くってヤツもいるくらい。んで大体ラストはアボーン。これで破産していった人は結構多い。普通のなにも贅沢してない主婦が最終的に自分の債務、保証債務合わせて1000万を越えてた時もある。本人は一円も使ってないらしいが。だから名義貸し自体は推奨してない。潰れるスピードを速めるからである。


幸子は名義貸しではない証に、今日は預かってないから自分の分だけ払っていくということもある。そんな日は律子がお肌ツヤツヤで払いにくることもある。時間に遅れることもあるが、客に入っていたと言われ、ツヤツヤの顔で支払いに来られると、お、おぅっとしか言えないのである。


順子はまぁマイペースなんだが、なるべく仕事着で来てほしくないとは伝えてる。まぁ露出がかなり多めなのである。ある夏の暑い日にニベアの匂いをプンプンさせながら、スッケスケの白いシャツに真っピンクのシミーズに真っ赤な乳バンド、もうおパンツ見えるんちゃうか?って感じの申し訳程度に丈があるミニスカート・・・。恥ずかしげもなくその恰好で歩いて払いにくるのである。顔は粉吹きまくりの化粧をして、口には真っ赤な口紅・・・。どこからどうみてもホラー映画に出てくる類だわ。遠目にはおっ!っと思うかもしれんが、さすがに60越えてるこういったオバはんを見るのはきちぃ。注意はしたものの、ちょいちょいこんな格好で払いにくる。まぁ放っとくしかないんだけど、客の手前、あまり好ましくはないんだがねぇ。


律子は所属してる旅館の中では若手な為、結構人気があるみたいだ。ちょっとポッチャリしてるが、愛嬌のある顔でもち肌だから、結構リピーターがいるみたいね。しばらくして、ちゃんと風呂のあるとこに引っ越したいと言い出して、その費用を借りに来た。まぁ店長も問題ないやろということで15万に額面を増やして、律子はその金を元手に幸子と同じマンションに引っ越した。1LDKで家賃33000円、一応フロトイレ付き。が、日当たりがほぼない。まぁ近くのコインランドリー使うみたいなことは言ってたが。


そんなことをしながら月日は過ぎていったのだが、ある日律子がいなくなった。部屋を訪ねても不在だし、当然携帯の類も持ってない。さてどうしたもんかと思案したが、とりあえず幸子と順子を呼び出した。幸子も順子も、ウチだけではなく何件か相保証しているみたいで、これは困ったとボヤいてた。幸子や順子が周辺から拾って来た話によると、1週間の内に3~4回ほど来てくれる客がいたらしくって、見た目は60手前くらい。そいつから一緒になろうと言い寄られてたらしい。まぁ普通ならスルーするんだろうけど、掃きだめから救い出してくれる、白馬に乗った王子様に見えちゃったかなぁ~。


幸子と順子は頭を抱え込んでたが、とりあえずお前ら二人で折半してねと自分の分に組み込んで終わらした。帰る時の後ろ姿がでっかい地縛霊でも付いてるのか?っていうくらい、ズゥーンと肩を落としていたわ。おそらくだが、律子が金借りた時にいくばくかのお礼は貰ってるだろうから、しゃーないわな。しばらく書き換え出来んけど、逃げることはせんやろし、払っていくしかない。頑張れとエールを送るしかないのである。

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