第13話 幸子、順子 2

幸子も順子もそうだが、長くこういった仕事をしてる人間は粘り強い。律子の分をなんやかやとグダグダしながらも払いきって、元の金額に戻している。まぁ日銭稼げるって強みもあるんだろうけど、やはり今更逃げてどこへいく?ってことだろうな。


ある日、幸子から電話があった。自宅近くからの公衆電話からである。聞くに、昨晩、ある店に警察のガサ入れがあって、昨日と今日は仕事出来ないらしい。店長に伝えると、わかったー、そうか、もうそんな時期か・・・とつぶやいていたがw順子は?と聞いたが、順子も昨日から仕事出来てないとのこと。んじゃまぁ仕方ないから稼いだら持ってこいよと返答した。


この警察のガサ入れ、言うなれば出来レースである。よほどの違反行為、例えばクスリ売ってるとか、未成年を使ってるとかでない限りはいきなり来るものではない。まぁ警察のノルマというか、一種のパフォーマンスというか。まぁケツモチである暴力団にはその情報が筒抜けなのである。警察もそれを承知でいくのである。ただここで気をつけなきゃいけないのは、ちゃんと生贄を差し出さなければならない。Aという店にガサ入れが入ると情報が入ると、Aの店長は腹をくくる。あとは想定問答を頭に叩き込む。んでガサ入れ日時が確定すると、それ用に構えてる男女に部屋を提供して、そこに踏み込ますのである。もっとも捕まるのは嫌だろうけど、そのためにAの店長は高い給料をもらっているのである。俺の知ってるお風呂屋店長も一回捕まっている。


一緒に飲んだ時に話を聞いたのだが、その時も普通に情報が入り、いつ来てもいいように男女を呼び出し、部屋で待機させていた。この男女、必ず関係ない男女でないとアカンらしい。付き合ってたりするとあとが面倒なんだそうだ。ちなみに捕まる用の男女を構えとくというのは、男はたまたま来た客、女はたまたま今日から働きだした女を演じてもらうため。普通に勤めてる女の子でえぇやんと思う方もいるかもしれないが、女の子は警察に身柄を持って行かれると、身内等に連絡がいく場合もある。また一回持って行かれるとだいたいの女の子が危機感を持って、その店を辞めていくからである。こういった処置をするのは、お店は女の子を全力で守りますっていうアピールも兼ねている。今日の〇時頃入ると確定情報が流れてくると店は開けてるが、一切の客を断るようにしてるらしい。一般の人に迷惑かけないようにとの心遣いかねぇ。そしてその時を迎えるのだが、ガサ入れが入る5分ほど前に連絡が入る。


「今から行くんでよろしくー」


まぁ警察からなんだけど、その5分後に令状もってくるんだと。そして男女がくつろいでる部屋に踏み込んで、茶番を繰り広げるらしい。この時、男女2人は必ず裸になってないといけない。捜査員もそうなんだが、お風呂屋店長もこの小芝居具合に笑いをこらえるのが大変だったらしい。若い何も知らない捜査員だけが鼻息荒いんだそうで、ヘタに笑うとお前何笑ってんの?とお叱りを受けるらしい。んで現行犯逮捕となり、手錠をかけられ車に乗せられるんだけど、その時はこんなに来てんのか!っていうくらいのパトカーが来てたらしい。捕まったのはお風呂屋店長だけで、男女は事情を聞くため同行するように言われて、パトカー乗せられるのは計三人だけ。パトカーは10台以上来てたみたいで、コスパ悪いよなぁって思っちゃう。


捕まった後は調書を取られるのだが、この調書も取り調べ担当が勝手にストーリーを並べ立て、あとで指印を押すだけである。ある部署に回された警察官なら誰もが経験することらしいな。まぁそれで世の中回っているのなら、別になんやかや言うつもりもない。


ちなみにこの時捕まったお風呂屋店長と男女には、それなりのお金が経営者から入る。お風呂屋店長は弁当持ち(執行猶予)になるんで、それが明けるまでの生活費。男女については弁当持ちでない限り、処分保留か起訴猶予になる。常習者についてはその限りではない。それでも後々何かやった時にはこの件も突っ込まれるので、それに対しての謝礼。その時は20万ずつと言ってたな。高いか安いかはようわからん。もひとつオマケ。この男女、だいたい借金もつれである。


こんな感じでやられるらしいんだけど、大体時期が決まってて、地区に何軒かある風俗店のうち、一件だけ血祭にあげられるのである。まぁ血祭にあげられるのは持ち回りみたいで、何年かに一回、どこの風俗店でもあるみたいね。やられてもほとぼり冷めるとまた営業始めるんだけど、その時には違う店長さんでやるみたいだね。看板変えて違う経営者としてやる人もいるみたいだけど、中身は一緒ってのは暗黙の了解だね。ちなみに生贄を拒んだ場合なんだけど、昔一軒だけ捕まるのを拒んで、ガサ入れの時に何も出なかった店があったみたい。その店は徹底的に調べられて、その上の人まで捕まっちゃったらしく、潰れてしまったらしい。それ以降、おとなしく生贄を差し出すようにしてるみたいだね。


幸子から電話があった2日後、バツが悪そうな顔をしながら幸子と順子は払いに来た。まぁ目くじら立てることもないんだけど、あいつらにしたら支払いしないと書き換えしてくれなくなるってのが大問題らしい。まぁ気持ちはわかる。書き換え止められるって死活問題だもんなぁ。


そんなワチャワチャしたことがあった風俗街も、1週間くらいするといつもの活気を取り戻し、ガサ入れ食らった店もなぜか普通に営業してた。事実を知ると、なんとも拍子抜けしてしまう出来事である。


ある日、集金を自転車でまわってて、無事終わり車を取りに会社の駐車場へ行く途中、幸子はちゃんと仕事してるのかと思い、立ってる(?)とこに寄り道してみた。その近辺へ行って幸子はいねぇかとキョロキョロしてると


おにぃちゃん、遊んでいかんかね~


電信柱の影からのそーっと幸子が出てきた。マジで飛び上がるくらい怖かったんだが、ここは毅然とした態度でのぞむべしと思い、


儲かってるか?


と聞いてみたが、なんだアンタかとつれない返事。昔のように缶コーヒー買ってあげていろいろ話したんだけど、ずっと咳き込んでるんよね。身体の調子でも悪いんか?病院いかんと面倒になるでと言ったんだけど、言ったことをちょっとだけ後悔した。そういやこいつ、当然のように国保料とか税金とか払ってないわなぁ。生活保護でワンチャンあるかもしれんけど、まぁ普通に門前払いだろうなぁ。仕事せな生きていけんのやろうけど、身体は資本だろ。ほどほどにしてゆっくり休みよと言って、俺はその場を走り去ったんだけどね。言葉は悪いかもしれんけど、なんか精気がないというか、死神にでも憑りつかれてる感じがするのよねぇ。まぁ数々の修羅場を乗り越えてきたさっちゃんだから、大丈夫だろと思うけど。死ぬまでこんな仕事せないかんのもなんか嫌だなぁ・・・。


順子は相も変わらずキモイ恰好で支払いにくる。幸子はというと、支払いをちょいちょい順子に頼むようになった。どうも体の調子が良くないっぽいな。まぁ完済してくれたらそれでいいんだけど、お金借りに来るときは何故か元気になる。それが債務者全てに言えることである。


ある日幸子がまたパンパン勤めの女を連れて来た。その名を良子といった。50をすでに超えてるオバサンだ。困ってるから貸してあげてと言うが、この良子という女、言葉は悪いがくたびれているというか、少々汚い。服も洗ってない感じだし、頭もボサボサ。おまけにちょっと匂う。こんな時は鼻が利き過ぎる体に産んだオカンを少々恨んでしまう。ちょっとした匂いでも吐きそうになるからである。ついでに言わせてもらえれば、化粧品、香水の類がダメである。あとワキガの匂いには特に敏感なんで勘弁してほしい。


幸子のグループで生き残ってるのが全部で4人。全員連れてきたら10万貸してあげると伝えるとすぐに全員が揃った。まぁ全員がパンパン関連だが。書類を仕上げてお金を渡す段になっても、誰も帰ろうとしない。まぁお礼をアテにしてるんだろうけど、さっさと帰れと促したら大人しく帰って行ったけど、窓から下見るとそこで待ち構えておった。所属してる旅館に電話をかけて、勤めてることを確認した俺は、良子の前でお金を数えた。俺が息を止めて数えたのは言うまでもない。しかし、こういった仕事ってまずは清潔さを求められると思うのだが、どうなんだろな?まぁいろんな性癖持ちがいるから一概には言えんのやろうけど、一回5000円とかならアリなんかねぇ?どんなとこか知ってる俺が行くことはないけど、どんな客がくるのかは少々気になるな。


次の日から良子も毎日支払いにきた。たまに幸子が預かってきたり、順子が預かってきたりもするが、おおむね自分で払いにくる。仕事は順調なんだろろうね。旅館の風呂が壊れてて、たまにいく銭湯が楽しみだと言ってたな。普段はどうしてるんだろと聞いたことがあるが、基本濡れタオルで拭くだけらしい。なんとも突っ込みづらいことを聞いてしまったもんだ。


そして良子は2ヶ月後に逃げた。まぁある程度の予想はしてたんだけど、問題はこれをどう始末するかだな。グループ全員を呼びつけて詳細を聞いたが、ちょっと困ったことになった。幸子と順子を除く二人が結構な額を被るらしい。こりゃちとやべぇなと思いつつも、4等分して自分の分に組み込ました。なんとか踏ん張ってくれればいいんだが・・・。そして2週間後に幸子と順子を除く二人は示し合わせて逃げた。二人がこっそり荷物を運び出してるのが目撃されてたからだ。これはまいったなと思いつつも、幸子と順子を呼び出して詳細を聞いた。もう明らかに持たんやろという金額を被ったらしい。店長と話し合ったが良い策は見つからず、誰でもいいから保証人連れてこいってことで落ち着いた。順子はともかく幸子は逃げるとこもないしな。ダラダラでも支払っていってもらうしかないわな。


この日を境に二人の支払いはグっと悪くなった。まぁ他の業者のこともあるからなぁ。結構イキり立ってる業者がいるみたいで、仕事をさせてくれないと言ってたけど、こんなの引っ張って保証人付けようとする方が間違ってると思うんだけどね。ダラダラ支払いさせて、そのうち誰か連れてくることもあるだろうから、その時括ればいいのに。他所の業者が3日3晩連れまわって、結局保証人を付けることが出来なかったというオチもあったんだが、少しはこっちの迷惑も考えてくれよな。仕事させなかったらお金入ってこんやんけ。次どこかでバッティングしたら言ってやろう。


幸子も順子も必死で頑張ってたみたいだけど、ついにそれは終わりを迎えた。順子も逃げたのである。これで心折れたのか、幸子が仕事に出れないほど身体が弱ってるみたいだった。自宅でほぼ寝て過ごしてるみたいで、集金に行っても当然仕事してないからお金がない。お金がない=食いもん買うお金もない。そのうちライフラインも止められた。前々から滞納分があったみたいで、夜集金に行ってみると真っ暗な中で幸子は横たわってた。大丈夫か?聞いてみてもうんうんとしか言ってこないが、たまに近所の人が差し入れしてくれる食い物の容器が周辺に散乱してた。これはもうアカンと店長に相談したが、ギリギリまでは幸子から貰うつもりで通えと言われた。通ったトコでもう無理だとは思うけど、言われるがままに毎日足繁く通ったが、順子が逃げて以降お金を払ってくれることはなかった。


3週間ほど通っていたが、店長がもういいというので通うのはやめたけど、このままだと幸子は死にかねんな。とはいえ、俺がなんとかすることも出来んし、そこまでする義理も情もない。社長ですら、充分食えたからそこまで追い込まんでえぇよと言ってくるし。まぁ15年くらい切れ目なしでずっと貸してたみたいだしなぁ。




それから1ヶ月ほど経ったある日、幸子は亡くなった。死因はわからない。おそらく衰弱死だと思うんだけど、病気が原因かもしれない。家賃を取りにきた大家さんが第一発見者だったらしい。ライフラインも全て止められて、最後に握りしめてたのが砂糖の空袋だったらしい。所持金は全くなかったみたいだし。警察関連のことが終わって、行政の手によって荼毘にふされた。一つの歴史が幕を閉じたのであった。




社長から俺と店長はそのことを聞いたんだけど、では順子追いかけるかとなったんだが、社長も店長も俺も、無駄足になるだろうということは容易に想像できた。まぁ自分らが納得したいだけかもしれん。二人で順子のダンナがいるという家まで行ってみた。仕事が終わってから片道2時間かけて行ったのだが、着いた時にはもう21時を過ぎていた。家の周辺を見て回ってみるが、生活感がありそうなんだけど、人の気配が全くしない。うーん、ちょっと嫌な予感するよなぁと店長と言い合ったが、ぼーっと見てるわけにもいかんしな。いつもならこんばんわーって言いながらズカズカ入っていくんだけど、その日はちょっとそんな雰囲気ではなかった。呼び鈴鳴らしたり、こんばんわーと声を掛けてみたけど音沙汰ない。


庭先に入りこんで、縁側の引き戸が開いてることに気づいた俺はこんばんわーと言いながら開けてみた。その先にもう一つ引き戸があった。これを開けようと俺が手をかけた瞬間、


開けるな!


と店長が叫んだ。ビクっとしながら手を止めた俺は慌ててそこを離れた。店長がじっとその先を見つめていたが、おもむろに帰るぞと言いだし、車に乗り込みその場を離れた。


帰りの道中、どうして止めたんですか?と聞いてみたら、雰囲気が嫌だったらしい。そこの引き戸を開けたら、目の前に足がぶら下がってたら嫌だろ。あそこを開けたらそこにそれがあっても不思議ではないみたいなことを言ってた。確かに俺も雰囲気は嫌だったんだけど、それで社長は納得してくれるんかね?


店長は電話を取り出して社長に報告を始めた。それが終わると深いため息をつき、社長もたぶんそうやろなって言ってたとのこと。取りっぱぐれるのは悔しいが、それを見つけるとトラウマになりそうだし、見つけたら見つけたで通報せないかんし。その際、超めんどいらしい。だからもうこのことは忘れろと言われた。


順子がそこに居たかどうかはわからんし、その後どうなったかもわからない。


思えば幸子と順子はいつも他人の分を被ってばかりの人生だったな。それは俺が入るずっと前かららしくって、社長も店長もまだ駆け出しの頃からやり合ってたらしい。


一つの時代が終わったな・・・お疲れ様でしたとしか言えんな・・・・と社長がつぶやいた・・・・


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