第14話 裕子 1

裕子はある居酒屋の一人娘である。出会った当時は19歳で、親の手伝いをしたり、外でアルバイトをしたりしながらお金を貯めて、服飾の専門学校にいくことを夢見てる、かわいらしい女の子だった。両親はそこまで流行ってもいない、常連だけで生き永らえているような居酒屋を経営してて、単純にウチの客である。貸付金額は50万だが、他にもまだ6件くらい同じ規模の借り入れがある。運転資金として貸してるが、内情はまぁ火の車であり、超自転車操業である。


俺が集金業務を覚えるために一ヶ月ほど通ったことがあるが、集金時は店舗の鍵を預かり、その鍵を使って入り、決められた場所に置いてあるお金を集金するのである。その際に他の業者さんの置き場所もチェックしといて、入金を滞りなくしてるかの確認もしておくのである。もちろん他業者のお金を取るのはご法度であり、ルール違反だ。また店舗前に集金らしき車がある時は、出てくるまで待つってのも暗黙のルールである。まぁお互いが揉めないようにしてるだけだが、この世界、何事も先着順である。


裕子と初めて会った日は、どうしてもウチの分だけお金が足らなかったらしくって、店開けてその日の売り上げで払うから、22時ころ取りに来てくれと言われたからだ。店長もまだ追い込む段階ではないということで、その日だけはその時間に集金へ行った。店に入ると常連らしい客が二人いて、ワイワイと酒を飲んでいたが、そこから離れたカウンター席にちょこんと俺は座った。裕子がおしぼりを持ってきて、ご注文は?と聞かれたが、メシ食いにきたわけではないしなぁ・・・・とりあえずビール・・・っと言うわけにもいかず(車で来てる)、焼き鳥の盛り合わせとウーロン茶を頼んだ。まぁメニューを見る限り、値段はリーズナブルだから、そこまでぼったくられることもないやろと思い頼んだが、当たりはずれが少ないからという思いもあったりする。焼き鳥を一生懸命焼いてた大将(裕子の親父)がゴメンって感じでこっちに手を合わしてきた。まぁ悪いおっさんではないと思うんだけど、経営手腕はうーんって感じだなぁ。


とりあえずその常連が帰るまで金ないみたいだから、焼き鳥の盛り合わせでなんとか凌ぐしかないけど、俺も腹減ってるんだよな。お客さんの経営してる所ではなるべく飲食をしたくない。してもらわなくてもいいサービスをしてくるからだ。まぁ少しでも機嫌を取って、お金を回してもらおうという気持ちはわからんでもないが、そんなことされても俺の心は動くことはない。めんどくさいことはなるべく避けたいので、すべて断ることにしている。そうこうしてると大将も手が空いたみたいで、いろいろ話を聞いてみた。なぜ脱サラして居酒屋を始めたかってのが、ちょっと料理に自信あって、俺ならうまくいくんじゃね?という変な自信があったそうだ。当時は飲み屋もそうだけど、居酒屋とかも何の計画性もなく始めるやつが多くて、内装は潰れた店のやつをそのまま使って、看板だけ変えて営業始めるってやつが多かったな。当然運転資金もそこまで持ってるわけでもなく、ドンドン潰れていったけど。


居酒屋というか、飲食店って難しいのよねぇ。そこでしか食べれない物があればまだしも、どこぞの親父が思いつきでやって、どこででも食べれるものが出てきたとこで、そこに通おうとは思わんかな。厨房の奥から、チーンとレンジの音が聞こえてきたら尚更である。俺も居酒屋一緒にやらないか?と知り合いに誘われたことあったけど断った。話だけは聞いたが、基本ノープランである。夢を持つのは勝手だが、皮算用が酷すぎた。共倒れになるのは目に見えてたし、自分の過去を考えると、とてもそんな冒険はしたくないかな。ちなみに俺を誘った知り合いは、俺が断ると別なやつを誘って始めたが、半年と持たずに潰れた。


話がそれた。元に戻そう。


しばし大将と歓談してたが、その常連も帰るってことでお会計を言ってきた。それに合わせて俺もお会計を済まそうとしたが、大将は今日はいいよと言ってきた。一応客からの饗応は絶対受けてはいけないと厳命されているので、キチっとお支払いはさせてもらった。まぁ焼き鳥の盛り合わせとウーロン茶2杯だったから1500円もしなかったけど。その常連の支払ったお金から、一日分の5000円を俺に支払ってくれたわけなんだけど、俺は領収書を切って、明日は決めた場所に置いといてねと言い残し外に出た。、時計はすでに23時を回っていた。こんなの毎日って嫌だなぁと思いつつも家路についたのであった。


翌日の昼間、決められた時間に行ってみるといつもの場所にお金が置いてあった。よかったよかったと安堵し、償還表にハンコを押してお店を出ようとすると、ふいに裕子が店に入ってきた。まぁ裕子も親が借金もつれなのは気づいてるとは思うけど、にこやかに、


昨日はありがとうございました。迷惑をかけて申し訳ありません。またよろしかったらまたお店に来てくださいね。


と言われた。あーやっぱ知ってるんだなと思ったけど、出来ることならもうあの時間には行きたいくねぇな。まぁ普通のおっさんなら、若いおねぃちゃんいるからと鼻の下を伸ばしていくかもしれんが、このじょにーは熟女好きである。小便臭い小娘なんぞ、アウトオブ眼中である(キリッ)。


焼き鳥美味しかったです。また時間あれば寄らしてもらいます。と言ったものの、正直焼き鳥は微妙だったしな。スーパーの前で売ってる焼き鳥屋とそう変わらん。これじゃ流行らんってのは素人の俺がみてもなんとなくわかった。


そんなこんなで数か月が経ったある日、集金業務をしてるオバさんが家庭の事情で休みを取ったので、代わりに俺が集金に回ることとなった。その日はなんとなくダルーい感じがしてたんだけど、まぁ仕事だからしゃーない。一日中車乗って集金に回るんだけど、走行距離はだいたい一日150km前後、っとまぁちょっとした長距離トラックくらいの距離走るからなぁ。ケツも痛くなるから、車好きじゃないとなかなかしんどい。まぁこの集金業務、他店もやってるんだけど結構人気がある。給料もいいし、会社によっては正社員待遇もあり、他の仕事は続かんけどこの仕事は続くって人が多い。基本若いおねぃちゃんをどこも雇ってるんだけど、まぁまぁ元ヤンが多い傾向がある。


普段は行ってないので普通に忘れてて、自分が覚えたてのころに書きなぐった虎の巻を引っ張り出して、それを見ながら走ってた。いくつか行ってみると思いだしてくるもんだね。午前中の後半には次ココ、その次はこの道通ってココって感じでスムーズに行けだした。とりあえずトラブルもなく午前中は終了。滞りなく完璧に集金出来た。昼飯食って、午後の部スタートである。


午後の一件目は普通に置いてて、二軒目は例の居酒屋だ。まぁここんとこ書き換えしてくれとうるさかったし、営業的にも厳しかったんかねぇ。最近は集金出来なくて会社まで持ってくることも多かったから、入ってないかもしれないなーなんて思いつつ、現場に着いた。


預かってた鍵を使って中に入ろうとしたが、店の戸は開いてた。大将が仕込みでもしてるんかなと思って、こんにちわと声を掛けて入ったら娘の裕子がいた。掃除をしてるみたいだけど、浮かぬ顔をしている。どうしたの?と聞くと、両親は金策に走ってるとのこと。あーそろそろやべぇかなぁと思ったが、裕子は気丈にもあとで持って行かしますと言ってきた。店長にその場から電話をして会社に持って行くそうですと伝えたけど、店長は様子はどうだ?と聞いてきた。ありのままを伝えて、次の集金に向かうが、どうにもこうにも気になってしょうがない。とはいえ、まずは目先の集金を終わらさんといかんしね。迷い(?)を振り払い、俺は車に乗り込みアクセルを踏んだ。


集金を一通り終わらして会社に帰ると16時を回っていた。持ってくると言ってたやつはほぼ持ってきたけど、裕子の両親はまだ持ってきてない。金策がうまく行ってないんだろなぁと思いつつも、集金してきたお金とリストを事務員さんに渡し、しばしタバコを吸いながらのコーヒータイム・・・。


17時になろうとしてる時、裕子の親父が飛び込んできた。明らかにこりゃやべぇって感じで来たんだけど、入金にきた以上どうにかすることもない。とりあえずありがとうございましたと帰したけど、なんか気になる。店長も払いに来た態度が妙に気になったみたいで、もうすぐなんらかのリアクションがあるかもなぁと言っていた。


そして数日経ったある日、裕子と両親が親戚らしきおっさんと一緒に会社にきた。整理するんだそうだ。店長もゴネることなく全額支払いをしてもらった。借用書を返す時にいろいろ親戚のおっさんと話したけど、総額で300万ほどあったそうだ。まだ嫁入り前の娘がいるってことで、一回だけ親戚で助けるってことになったらしい。裕子も両親もうなだれているが、まぁ一回区切りをつける意味ではよかったのではないかなと思う。娘もこれからってところだし、頑張ってほしいものだと思う。書類を渡しての帰り際、裕子は深々と頭を下げて行った。なんて出来た子だ。俺に息子がいたら嫁になってほしいくらいだが、あいにく俺には息子はいねぇ。それに俺は熟女好きだ。とりあえず一件落着。全員が帰った後に


んんん?・・・・・・・300万・・・・・・足りんじゃん・・・まだ隠してんな・・・・


店長が確認の為に方々に電話を掛けた。やはり2件ほど残ってるみたいだ。なんで全部言わんのかねぇ。親戚のおっさんも言ってたが、この娘がいなかったら放ってるって言ってたし、それがなんでわからんのかねぇ。店長も言ってたけど、一ヶ月もせんうちに帰ってくると思う。


案の定・・・・2週間ほど経ってまた貸してくれと言ってきた。まぁ断る理由もないし店長も貸してやれと言ったから貸したけど、裕子の心境を考えるとやりきれんな。まぁ俺も親では苦労してきたからなぁ。


そこからは早かった。2か月経たないうちに元通りになった。どうしてそこまでお金が必要なんだろ?と思ったけど、その理由はすぐに分かった。いつも支払いが滞りがちのやつがいて、いつも決まったパチンコ屋にいるからそこに行ったんだけど、そいつはすぐに見つかった。本人は忘れてたと言ってるが、まぁあわよくば明日まで待ってもらおうって魂胆なんだろな。


パチンコ屋へ行くと必ず全部のシマを見て歩く。ウチの客が来てるかどうかのチェックだが、これが意外と後々役にたつことがある。どこのパチンコ屋に誰がいるかってのを覚えとくのである。大体常連なんで、店員にあいついた?とか聞けるのである。シマを回ってると眺めてると、裕子の両親が並んで打ってた。まぁ声かけることはしないが、もう店開ける時間だろ。一言言ってやりたい気持ちはあるが、今日の支払いはしてるから何も言えねぇ・・・。その後店長に集金完了と裕子の両親が打ってましたと伝えると、今度は早いかもしれんなぁと言ってたな。


集金に行ったパチンコ屋で裕子の両親を見た帰り、辺りはすでに暗くなっていたが、ちょっと気になることがあって両親の経営する居酒屋に向かった。店の前に車を止めると看板は点いてないが、店内からは灯りが漏れてる。まぁパチンコ打ってるのはわかってるから、おそらく裕子がいるのだろう。


トボけた感じで店に入って行くと、カウンターに裕子がうつ伏せになって寝てた。俺が入ってきたことでビックリして飛び起きたが、目をこすりながら両親はまだ仕入れから帰ってきてないという。そりゃそーだわな。だってパチンコ打ってたもん。っと言えるわけもなく、そうなんだ、残念と言って店を後にしようとすると裕子が話しかけてきた。


またそちらでお金を借りてるとは思いますが、ご迷惑をおかけします。


消え入りそうな声でホントに申し訳なさそうに言う。いや、アンタが悪いわけでもないんだけど、さすがにバツが悪い。まぁ俺的にはただのお客さんだけど、娘が最後の切り札になると睨んでる。だからちょっとでも接点を持って、出来れば手なずけておこうと思った。俺もなかなかのワルよのぉ。もちろん深い仲になるつもりはサラサラない。ちなみにウチの社内ルールでは客、または保証人、またはその家族に手を出した場合、ウチにある借入額を全額肩代わりすることが決まってる。だから手は出せんし、出すつもりもない。何度も言うが、このじょにーは熟女好きである。


大変だと思うけど、頑張ってね。愚痴くらいならいつでも聞くからと伝え、俺の携帯の番号を教えてみた。そしたら嬉しそうにいろいろ相談に乗ってくださいと言ってきた。まぁこんないい娘がいるのにあのバカチン共はパチンコかよと思ったが、まぁそれはそれ、これはこれってことで割り切ったんだが。


電話番号を教えて以来、裕子からはちょいちょい電話があった。たわいもない話から両親が仕事に身が入ってないとグチもこぼすようになってきた。なんとか支えてあげてねと頑張るように諭してみたものの、まぁボチボチ限界が来てるかなぁと感じるようになってきた。もちろん裕子と電話でやり取りしてることは店長には報告済みで、社長にも話は通してある。社長も店長も、娘はかわいいからなぁと言ってるが、俺が手を出さないことも知っている。あえてもう一度言わしてもらおう。このじょにー、熟女以外は興味ナシ!


そんなこんなで一ヶ月ほど経ったある日、裕子の親父から100万に増額してくれと打診があった。現時点での借り入れを聞いたが、まともに聞いても本当のことは言わない。まぁ隠してるのはバレバレである。借り入れしたい人がよく勘違いをしてるのだが、借り入れを聞くのは借り入れの多い少ないを知りたいのではない。この人は正直に話すか、都合の悪いことは隠すのかを知りたいのである。借り入れ少ないから借りれるとかではないのよね。


100万に増額となると保証人が欲しいとこだが、店長が娘20歳になってると思うけど、お前なんかあった時に追い込める?と聞いてきた。正直微妙と答えた。なぜかというと、追い込むことに躊躇はないが、娘を放って逃げるって選択肢をとる親というのは極々少数である。一般常識に照らし合わせると、自分が破産する時は娘も一緒に破産させるわな。せーので逝かれるとゲームセット。店長も思案してたが、ウチだけの保証人としてならOKって言っとき。まぁどうせ娘連れて走るだろうから、そこまで長持ちはしないと思うけど、と半ばあきれた顔を見せた。まぁ裕子がまだ若いからね。良心があるなら親戚なりなんなり泣きついたら、もう一回くらい助けてくれるやろと思うけど。一回助けてるから先々どうなるかは不透明である。増々裕子との電話のやり取りが重要になってくるなと気を引き締めた。親父にはとりあえず娘ならいいけど、ウチだけの保証人にしといてねと言うと、夜にでも裕子に話して明日出ていくと声が弾んでいた。この親父、救いようがねぇな。


その夜帰宅してメシ食ってると、案の定裕子から電話があった。親父から保証人になってくれと言われた。名目は親戚のおっさんにお金返さないかんからってことで了承はしたものの、本当でしょうか?と聞いてきた。内情も知ってるし、どうせパチンコに使うことはわかってるんだけど、そのことは伏せて話をした。20歳そこそこの小娘が背負うにはあまりに大きい借金だが、そこは家庭の事情なんで、俺みたいな人間が立ち入るべきではないと思うし、立ち入ったとこでどうにもならん。とりあえず明日また話聞いてみようと思う。


余談だが、この電話によって俺は同棲してた彼女と喧嘩した。女からの電話で根掘り葉掘り聞かれて、仕事の話だと言ってもなかなか納得してもらえなくて、その日は抜魂なく就寝。くそぉ・・・



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