第9話 飯田 1 

学校でいじめがあるように、社会に出てもいじめがある。仕事の邪魔をされたり、陰口叩かれたり、パワハラ、セクハラとまぁいろいろある。する側は自分より力や立場の弱いやつにするのがまぁ定番だろう。自分より立場の強いやつにはしないよね。上司が部下に,、先輩が後輩になんて話はどこにでもある話である。




飯田はそろそろ40を迎えようかとしてるサラリーマンである。うだつの上がらない、と言えばわかりやすいかもしれないが、見た目もパッとしない。着てるスーツはいつも同じで、ネクタイはヨレヨレ、ワイシャツもアイロンかけてないだろうなぁって感じのやつだった。もちろん花の独身である。花かどうかはわからんが、華のないのは見てわかる。リフォーム関係の会社に勤めて営業をしてるらしいが、こういうのが来たら、話を聞きたくなくなるのは俺だけではないはずだ。




ある日、ウチで借りてる上司に連れられて飯田は来た。この上司、名を坂本というのだが、まぁかなりの博打好きである。競馬競輪、ボート、麻雀、なんでもござれなボンクラである。ウチはこのまま保証人を連れてこなければ、切るつもりだったところを飯田を連れて来たのである。




飯田の第一印象は、ちょっと小太りな田舎もんって感じ。ちょっと小汚い感じで、正直いい印象は持ってなかった。店長は月の借り入れは多いが、支払いは遅れてないからまぁいいだろって感じで、とりあえず言っていく先が欲しかったのもあり、保証人に採用した。坂本は飯田が保証人に通ったことで他店へも連れて走り、サクっと5件ほどの保証人となったのである。




そこまで気にすることもなく、俺は毎日を過ごしてたのだが、ある日から飯田の勤めてる会社の人間から、借り入れの申し込みがボチボチくるようになったのである。店長もちょっとおかしいよなと思いつつ、申し込んできたやつに借りるには保証人が必要と伝えたら、全員が飯田を言って来るのである。二人くらいならまぁまだなんとでもなるんだけど、それが5人、6人になるとそうも言ってられないのである。借りていく理由はおそらく小遣いが欲しいからってとこなんだろうが、飯田はいいように使われてる感じだったな。飯田の他にも保証人が必要と伝えると、同じ会社のやつ、それもウチで借りてるやつを言って来るので、全員を括ることには成功した。まぁ額面自体は全員で40万ほどだが、他所のことも考えるとちょっと気を付けとこうとは思った。




飯田は仕事してるんかいのぉ?との疑問が湧いてきたんだが、集金時には飯田を見かけることもあった。飛び込みで営業してるんだろうけど、その辺にある家の玄関で話し込んでるのを見たことがある。カバンやファイルを持ってるので、おそらく仕事はしているのだろう。それならそれでいいやと思い、声はかけたことないんだけどね。




そんなある日、飯田があるスナックのママさんを連れて来た。どんな関係だろ?と思ったが、客で行ってたとこだと飯田の説明があった。直感的になんか隠してそうな感じがしたので、店長と相談の上、ママさんには一旦帰ってもらった。飯田だけ残して話を聞いたが、ママさんの運転資金ですとしか言わない。こりゃ確実になにか隠してるなとは思ったが、本人が話してくれなきゃ何もわからん。結局そのママさんには10万貸すことにしたのだが、支払いは飯田が来るという。ますますもって怪しく感じ出した。




書き換えしたりしながら月日は経っていくのだが、どうにもこうにも腑に落ちない気持ち悪さは続いた。会社の同僚や上司は自分らが使ってるから、書き換えの時も自分らが来る。もちろんママさんも自分が使ってるのだから自分が来るのはわかるのだが、それ以外は一切顔を見せない。ママさんの支払いは一貫して飯田が持ってくるのである。ママさんの店も様子を見に行ったことはある。丁度知り合いが同じ雑居ビルで店やってたので、そちらからも話を聞くことが出来た。築30年を越えるビルで、中は迷路のように入り組んでる。大阪梅田駅の近所にある飲食店街をイメージしてもらえるとわかりやすいだろう。家賃は中心部にありながらも激安で、店自体も15~20人くらいは入れるらしい。店自体は20年ほど前からあるみたいだが、5年ほど前から経営者が代わったみたいで、それからは付き合いはないと言ってたな。噂ではちょっとボッタクリみたいなことをしてるって聞いたことがあるらしい。こんな話を聞き、俺のモヤモヤは募っていくばかりであった・・・。




いつもの日常をいつものように過ごしていたある日、ある老人がウチの会社に訪れた。ちょっとオドオドした感じの老人だったが、借り入れですか?と聞いても違いますと。落ち着かせるために椅子に座ってもらったが、キョロキョロと落ち着きがない。用件を聞くと、飯田の件で来たと言う。店長にお伺いをたてると、じょにー、お前話聞いてみろと言われたので、老人の前に座って、飯田の件とやらを聞いてみた。




老人は飯田の父親だった。父親はバスで片道2時間かけて出てきたという。飯田が保証人になってる分を全部払いに来たと。どうしてそうなったかを相手のペースに合わせて、ゆっくり話を聞いていくと・・・・




飯田が保証人まみれになるのはこれで3回目だそうだ。過去2回は以前勤めてた会社でやられたらしいが、これも父親が始末したみたいだ。勤めてた会社でちょっとした失敗を上司に咎められ、それで抵抗出来なくなり、上司のいいように使われたそうだ。上司はお金をそこそこ借りてたみたいだが、自分が借りれなくなると飯田を保証人に仕立て上げ、支払い出来なくなると立て替えることを強要したらしく、飯田がこれ以上無理ですと言えば、俺も払えないから、お前のとこに業者いくからねと放置したそうだ。それで仕方なく飯田はお金を借りてその支払いを立て替えてたが、そのことが会社内の噂となり、上司と共謀した同僚もそれに乗っかって、飯田を使いだした。飯田がこれ以上はどうしようもないと父親に泣きついてきて、会社に知られることを恐れた父親が始末したと、まぁこんな感じ。




上司共はこれで味を占めて、ほとぼり冷めた頃にまた飯田を使いだした。同じような状況に陥り、最終的に飯田が行き詰ったことで会社側に知られることとなり、関係者は全員クビになったそうだ。飯田もクビになったってのは驚いたがね。上司や共謀してた取り巻き達は、仕事を失ったことにより破産をして、結局飯田の父親がまた始末をしたという感じ。過去2回の合計金額は、飯田の給料から支払ってきた金額も含めると700万を越える。お人好しにもほどがあるやろ。




そして3回目。ってことになるんだけど、ウチの金額自体はそれほど大きくなく、50万程度。まぁ他所も合わせて300万ってとこなんだろうけど、日払いってのがキツいみたいね。俺としてはいくつか引っかかることがある。とはいえ、支払いにきてるので嫌とも言えない。店長とも話し合ったが、今回は支払ってもらうことにした。父親は古びた鞄から封筒に入ったお金を取り出し支払った。父親がお金をおぼつかない手つきで数えてる時に気づいたが、異様に日焼けをしている。手続きが全部終わった後で聞いてみたのだが、老後の資金を全部使ったので、交通整理員の仕事をしているとのこと。飯田の申込用紙をみると、すでに70代半ば。これはキツいな。母親も持病があるというが、生活が立ち行かないのでパートに出てるそうだ。飯田はこのことをわかっているんかね。にしても、ちょっとこの父親の過保護にも驚いているけど。やはり親というものはこういうものなのかね。




全ての手続きが終わり、一通り話をした父親は二度と保証人にはしないでくださいと懇願して去って行った。ウチも商売なんで約束は出来ませんが、検討はしておきますと言うに留めたけど。まぁこればっかりはなぁ。世間の人の中には、父親が困って懇願してるんだから、聞き入れてあげればいいと言う人もいるだろうけどね。俺としては聞き入れてあげたい気もするが、いちいちそういったものを拾い上げていくと、ビジネスは成り立たないのよね。隣にカレー屋さんが出来て、俺はカレーの匂いが嫌いだから店閉めてくれと言っても、閉めてくれるわけがない。それにこいつが保証人で貸す貸さないを決めるのは、上司である店長が決めること。意見は聞かれるかもしれんけど、それも踏まえての判断である。気の毒だとは思うけど、ウチに懇願するよりは息子である飯田本人に言い聞かすべきだと思う。たまに聞くが、どうしてこんな風に育ったのかねと親がボヤいたとこで、育てたのは親本人だからな。成人になって、そこまでやる必要もないとは思うけど、やはり世間体が大事なんだろうなとは思う。ウチのオカンも世間体は大事と言い切ってるし。しかし世間へいい顔する為に、迷惑被るのは俺なんだけどね。親の世間体を守るために、親が迷惑被るならまだいい方だと俺は思う。




今回の整理で、上司である坂本も取り巻きの同僚も、スナックのママさんもおそらく味を占めて、また同じことをしてくることが推測されるが、それを跳ねのけることが出来るかどうかは飯田本人の資質だろう。ただ俺の引っかかってる部分もあって、そのことは店長にも話をしてるんだけど、これから先、どうなるかはわからんね。そのことに関してはまだ俺の想像でしかないのだけど。




しかし、それから数ヶ月後、俺の懸念は的中するのである・・・・




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