第8話 辻さん 4

その日は普段通りに起床をし、彼女が作った朝ごはんをモグモグと食べながら、TVを観てた。とりとめのないニュースが流れる中、スーツに袖を通し出社準備を整えた。彼女と行ってきますのチュッを交わし、エレベーターを降り、会社の車で出社する。いつものように事務員さんが先に出社してて掃除をしてた。おはようと声をかけ、新聞の社会面にだけ目を通す。この社会面に名前が出てるやつを、自社のブラックリストに書き込むためである。犯罪を犯したやつは、金貸しても大体トラブル起こすんだよね。今すぐに役立つものではないが、将来に役立てる為って感じで、社長も俺の先輩方もずっとやってきてることである。




そんなこんなで業務開始。集金の姉さんを送り出し、支払いに来る人やお金を借りに来る人を淡々と捌きながら、今日も例のグループのことでワイワイするんやろなと、少々憂鬱な気分になった。業務をこなしてるうちに一本の電話が入った。取るとピーヒャララララっとFAXの音。FAXに転送するとジジジジっと音を立てながら紙が排出されてきた。電話番号を確認するといつもの弁護士で、あーまた誰か破産するのかーと排出されるのを待ったんだけど、なんと・・・辻さんと先日娘を保証人に付けた母親(以下オカン)以外、総勢8人の破産受任通知。なかなかの超大作である。滅多にお目にかかれる代物ではない。店長が一言・・・あいつらやっぱり話出来てたんやなとつぶやいた。なぜそんなことがわかるのかと聞いたが、まぁ洞察力と長年のカンというやつらしい。俺も経験積むとそうなるんだろうか。とりあえず辻さんともう一人取り残されたオカンに連絡をとるが、辻さんは携帯を持ってないので当然のように連絡が取れない。オカンと連絡はとれたが、業者さんとドライブ中らしい。店長と話し合った結果、取り残されたやつではおそらくどうにもならんから、娘一本で行こうということになった。娘ついてりゃどうとでもなるとは思うけどね。辻さんはどうします?と聞いたが、明日になったら結果はでると言われた。辻さんもやっぱ破産するんだろうなと考え、とりあえずオカンの娘に連絡を取り、他に保証人になってないことを確認した。




街中を揺るがす大騒動になった。ひっきりなしに店長へ電話が入る。店長は俺が全く別な保証人付けてきてるから大丈夫というのを自慢してた。ちょっと俺もうれしかったな。あとはどう幕引きを図るかってとこなんだけど、オカンが出てこないことには話が進まんな。その日の業務を終えたが、辻さんとはずっと連絡が取れずにいた。オカンの方は18時くらいには行けると言ってたから、もう少し待つ。辻さんが心配だが、もうどうにもならんとこまで来てるからなぁ。二人生き残っただけで総額2000万を超える負債を払えるわけもないしな。仕方ないと言えば仕方ない。そんなこんなで18時なったが、オカンは来なくて電話を掛けたら、もう少し待っててと言われた。早よ来ないと娘んとこ取りにいくよと言うと、わかった、今からすぐ行くといい、10分後には会社へ現れた。来れるなら早よ来いよ。




昨日今日の話を聞いてみたけど、ダンナにはどうしても内緒にしたいという意向があり、業者連れで友人諸君に保証人なってくれと頼みには行ってたみたいだが、全員に断られたらしい。これからどうする?と聞いてみたが、本人はもうどうにもならんと弱音を吐いていた。そこに店長が来て話をしたが、アンタ破産したらどう?と、俺も驚く提案をした。破産したら娘のトコ行くんやろと言われたが、アンタがウチをちゃんと払ってるうちは行かんことを約束するし、なんなら破産の費用をウチが出してあげてもいいよ。その代わり、事ここに及んではダンナに黙っとくことは出来んから、ちゃんと話すこと。ダンナにも一筆入れてもらうことが条件。まぁ2,3発は殴られるかもしれんけど、それくらいのことはしたんだから諦めろ。なるべくそうならないように俺らも一緒に話してあげるから。娘さんが保証人になってるし、そこまで無碍には断らんと思うよと・・・なんということでしょう。オカン陥落。




その後は急いで会社を閉めて、店長と俺、オカンの三人で自宅へ向かった。道中、娘さんにも連絡をとって実家で落ち合うようにし、ダンナさんが帰ってきて話し合いを始めた。ダンナさん、公務員だけあって冷静に話を聞いてたけど、顔が紅潮していってるのがよくわかる。こちらも誠意をもって説明をし、オカンが総額2000万を超える保証人になってること、ウチは280万あること、それに娘さんが保証人に付いてること。そして、会社で話した条件を持ちだして、とりあえず300万からのお金を右から左へってわけにもいかないだろうから、メドがつくまで分割にしていったらどうですか?と話した。ダンナさんはしばし沈黙をした。考えてる最中にも店長の電話がなる。情報が欲しい他店の人が探りを入れてきてるんだろうけど。そんな時ダンナが口を開いた。よろしくお願いしますと・・・ダンナ陥落。まぁ他に道がないわな。早速書類を作り、ダンナにも保証人になってもらい、書類完成。あとはどう破産させるかだけど、やはり弁護士に頼むのがいいかな。っということでFAX送ってきてた弁護士に電話した。お客さんいりませんか?と。詳しい話をしたいので、とりあえずまだ事務所にいるから来てと言われて、俺が事務所に向かった。店長はそのままオカンの自宅でダンナといろいろ話をして、暴挙に出ないようになだめててもらう。




弁護士事務所に着き、先生と話をしたんだけど、最初の問題は費用の面だけ。その費用についてはウチが持ちますので、受任してくれるのなら先に20万払います。それならと言うが、顔は笑ってた。店長に電話をし、話まとまりましたので、明日10時にオカンを連れて行くことになりましたと伝えると、俺は車に乗り込み店長を迎えに行った。あとは言い含めるだけだな。




オカンの自宅につくと、店長が絶対やってはいけないことと、これだけはやっといてということを説明してた。やってはいけないことは自分が払っていくということを弁護士に言ってはいけない。これは破産した場合は財産を債権者へ債権額に応じて、平等にわけなければいけないことが法律で決められている。つまり、ここ払って、ここを払わないってのはダメらしい。これがバレると破産取り消しになるのかどうかはわからんけど、免責には影響あるそうだ。まぁダンナさんが払うってことにすれば問題ないし、弁護士も依頼人の利益を考えたら黙っておくんだろうけどね。これだけはやっといてということは、明日も業者が朝から来ると思うから、業者にはFAX弁護士に頼んで破産しますというのを公言しておいてくれと。これはちゃんと受任してもらう契約を交わしてからでなければダメなんだが、まぁ仮の約束はもう出来上がってるし、10時に行ってお金のやり取りした時点で、FAXを流してもらうことまで決まっているからほぼ問題なし。ダンナにも娘にも誰がきても追い返すことと、事と次第に寄っては警察を呼んでくださいと伝えた。明日は9時くらいには迎えに来ますんで、準備しといてくださいねと話を締めくくり、オカン宅を出た。車に乗り込む間際にダンナから、何から何までありがとうございましたと感謝の言葉が出たけど、正直俺らは俺らの利益で動いてるから、そこまで感謝されると妙にむずがゆい。




店長を駐車場まで送って行くと、帰りに辻さん宅を覗いといてと言われたので、辻さんの住む市営住宅に車を走らした。また軽四いっぱ並んでるんだろうなと思ってたが、予想に反して1台もなかった。玄関まで行き、呼び鈴を鳴らしても誰かいる気配もない。隣に住む人に話を聞いたが、ちょいちょい業者らしき人が訪ねてきてたみたいだけど、いないとわかると帰っていったみたいだ。現状を店長に報告すると辻さんを抑えてる業者はいないとのこと。県外に嫁いだ娘がいるから、そっちに逃げたかなと思いつつも、本人いないんじゃどうしようもないな。店長もおいてくれと言ったんで、俺は帰路についた。




翌日の朝はなぜか早く目覚めた。それも尋常ではない時間にだ。目覚まし無しで朝の4時に起きるなんてまずない。なんか嫌な雰囲気があった。虫の知らせというかなんというか、言葉では言い表せない空気がまとわりつく感じだ。俺が起きて落ち着かない様子をしてると、彼女も起きてどうしたのと問いかけてきた。ごめんね、起こしちゃってと断りを入れて、シャワーを浴びにいったんだが、シャワーを浴びても嫌な雰囲気は払しょく出来なかった。いろいろあったから、ちょっと疲れてるんだろなくらいにしか考えずに、シャワーを浴びて出ると、彼女も起きて朝ごはんを作り出した。朝も7時になり、彼女の作った朝御飯を食べながらいつものニュースを観てるが、心ここにあらずって感じで、何がどうというものでもないが、なぜか胸騒ぎがした。店長に電話をして、ちょっと気になるんで、オカンのとこに早めに行きますと伝えて、スーツに着替えて自宅を出た。




8時前にオカンの家には着いたが、案の定業者さんが待ち構えてる。どこの業者さんか確認したら、辻さんに死ねって言った業者さんだった。オカンの家に電話を入れて、業者が待ち構えてることを伝え、ダンナさんを仕事に送りだしたらすぐに出るから準備しといてと言い、ダンナさんには一応俺が話しかけるけど、無視して怒ったそぶりをしてそのまま仕事に行ってと小芝居をしてもらうことにした。どこの業者さんが来てても別にかまわんが、邪魔だけはしてほしくないかな。妙な胸騒ぎはこれだったんだと納得して、ダンナとオカンが出てくるのを待った。




ダンナが出てきて車に乗り込んだとこを業者さんが話しかけたが、無視されてた。俺も話しかけたが、打ち合わせ通り無視してもらった。そしてオカンが出てきたが、当然のように先にきた業者さんが連れて行こうとするが、昨日から約束してたんだからこちらがもらうよと伝えたが、業者さんも引かない。喧嘩するつもりもないから、本人に決めてもらおうってことになったが、当然のようにオカンはこちらの車に乗った。ついてこられると面倒なんで、業者の車を巻きながらちょっと目的地から離れた喫茶店に入った。オカンは顔に絆創膏といくつかのアザみたいなものがあった。ダンナにシバかれたんだろうな。まぁそれだけのことはしたんだから仕方がない。二人でコーヒーを飲みながら、昨日の話のことを念を押した。失敗すると破産も免責も出来なくなるし、嫁入り前の娘にもしたくないことをしなきゃいけなくなるからねと(法律上のことです)。




時間になり途中銀行に寄って、自分の貯金から20万おろしてから弁護士事務所に向かった。着くと顔見知りの事務員さんが応接室へ通してくれて、いろいろ書類をもったFAX弁護士が来た。20万を支払い領収書を貰うと、すでにFAXに流す書面は出来上がってて、前もって作ってた本人が借り入れしてるとこと保証人になってるとこのリストを事務員に渡した。事務員が匠の技ともいえる手つきで続々とFAXを送っていく。あとは当人と打ち合わせてくださいといい、俺は事務所を出て出社した。道中、店長に電話をかけて、全て計画通りに行きましたと伝えた。会社に着くと珍しく社長がいた。気を使って給料日と月末くらいしか出社しないのに。まぁこの大騒動の説明を店長から受けてたんだろうけど、ようやったなと一言だけお褒めの言葉を頂戴した。褒めてもらうなんてことは、勤めてた間に片手で足りるくらいしかなかったもんな。




昼ご飯時になり、事務員さんに弁当を頼んで買いに行ってもらってる間に、社長の電話が鳴った。うん・・・うん・・・うんと頷いてるんだが、何かあったのかな?と思ったが、その電話が終わると店長と共に裏に呼ばれた。まだ未確認ながら辻さんは亡くなったそうだ。もう少し時間が経てばハッキリしてくるだろうけど。現状ではこれしかわからん。そう言われると俺はマジすか!と思わず口走ってしまった。それから昼ご飯を食べ終わって30分くらい経った頃、また社長の電話が鳴った。




うん・・・うん・・・わかった・・・知らせてくれてありがとう。




そう言って社長は電話を切った。俺と店長はまた社長に呼ばれた。確定情報で辻さんは亡くなった。俺は首を吊ったのか、手首でも切ったのかと思ったが、どれも違った。地元でもアレが出るという通称おばけトンネルの脇にある広場で、ダンナと抱き合って焼身自殺をしたそうだ。自殺の中でも一番苦しむと言われる焼身自殺を選ぶとは・・・。夕方のニュースでもそのことは報じられた。事情を知ってるだけになんとも言えんが、さすがに同情する部分はあるな。




辻さんが亡くなって数日後、仕事終わりに寄ったパチンコ屋で、この騒動の中さっさと破産したやつがシレっとパチンコを打ってた。一方は破産するからと言って、のうのうとタバコ吹かしながらパチンコを打ってる。もう一方は破産するとはいえ、300万の支払いをしていかなければならない。さらにもう一方は苦しみながら焼け死んでいった。なんともやり切れん世の中だね・・・




後日談になるが、オカンは無事破産をして、免責も下りた。ちょいちょい家の方に手土産を持っていき、ダンナさんとコミュニケーションを取りながら、なるべく完済させないように努めた。だって利息欲しいじゃん。その利息でメシ食ってんじゃん。完済までは2年かかった。というか、それだけの時間をかけらしたんだけど。娘ともちょいちょいコミュニケーションを取り、付かず離れずの距離を保ちながらいった。余談だが、完済した1年後くらいに、その娘が結婚すると知らせがあった。わざわざダンナが電話をかけて来てくれたのだが、よかったねぇとお祝いの言葉を送らせてもらったのだが、なぜか結婚式に来てくれと言われた。断ったのだが、社長も店長もおもしろそうだから行ってこいってな感じでなぜか出席。もちろん知らん奴ばかりでおもしろくもなんともなかったけど。お祝いは一応儲けらしてもらったってことで3万包んだが、これは社長が出してくれた。




この騒動で改めて連帯保証人の怖さが身に染みた。破産のハードルが下がってきてるって感じもするけど、まぁ世の中の弁護士が破産を勧めるからな。破産がダメとは思ってないが、やはり破産すると少なからず他人に迷惑をかけてることを認識するべきだと思う。こちらはよく暴利を貪ってるとか言われるが、それなりのリスクがあるってことも理解していただきたい。最初から騙しにかかってくるやつもいるしな。目先の金に釣られて、道を見誤ってはいけないとしみじみ思う。辻さんの笑顔をもう見れないのが、重ね重ね残念でならないな。辻さん、お疲れさまでした。ゆっくりおやすみください・・・

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