第7話 辻さん 3

夏のある暑い日、それは始まった。ドミノ破産の口火を切ったのは介護士のおばさんだった。会社に出勤すると、いつもの弁護士からそのFAXは届いていた。長々といろいろ書いてたが要約すると、破産させまーす。取り立てやめてねー。家族にも近づかないでねー。って感じ。頭くるけど仕方ない。とりあえず保証人全員と連絡を取ったが、当然のように数人とは連絡が取れない。言伝頼めるとこは頼んで、電話をもらうようにした。辻さんにも連絡を取ろうとしたが、携帯電話なるものを持ってなかったので、俺の紹介した仕事場に電話をかけて言伝を頼んだ。介護士のおばさんの額面は15万、残高12万。1人頭8000円程度だが、これが十数件あると10万コース。その日の支払いもヒィヒィ言いながら支払ってる連中には、まぁまぁキツイ金額である。そんな金持ってないだろなぁ。とりあえず8000円持ってきた保証人は、お咎めなしで数日中に代わりの保証人を立ててもらうこととした。




そして昼になり、昼飯食べて業務を事務員さんと代わった時にまたFAXが鳴った。いつもツルんでた3人が同じ弁護士に駆け込んだらしい。こいつら、電話では午後には行けるからねーとか言ってたくせに。よく平気でそんなことが言えたもんだと少々腹が立った。これで残り12人・・・。午前中8000円払っていったやつにも連絡をいれて、用事が済み次第、またこちらに來るように伝えた。まだ来てないやつにも催促の電話をした。来た順番に店長が話をしたが、どいつもこいつも埒あかねぇ。街中の街金がひっくり返るんじゃなかろーかというような騒動になった。祭りや!店長は合間をみて他店に情報交換の電話をいれてたが、その間に俺が客と話してるが、メソメソ泣くやつ、プンスカ怒るやつ、茫然としてるやつ、ワケワカメな言い訳するやつ・・・っとまぁ様々。信頼してても保証人にはなるのは怖いと言われてるのに、目先の金に動かされてなったから自業自得だわな。中には今から家行って引っ張り出してくると鼻息荒いやつもいれば、家族に貰ったらえぇやんと無責任なやつまで。力づくで引っ張ってこれるならやってくれ。家族に貰えるなら勝手に貰ってきてくれ。本人が支払う意思がないから破産するのに、引っ張ってきて何すんねん。家族が払ってくれるなら、そもそも破産なんてことはせんやろ。普通に考えたらわかるのに、この方たちはそういう方向にしか考えが及ばない人種である。連帯保証人の意味合いをコンコンと説いて説明するが、書類がある以上、どんなことをしても払ってもらわなければいけないし、責任を逃れる術はない。自分のやったことがいかに重大なことか、そこで知ったやつも多かった。




そんなこんなで辻さんがやってきた。一緒に保証人になってる他の2人と連れ立って。説明をしてたら辻さんも他の保証人と同じような言い訳をしだした。そこまで知ってる人ではないと。いやいやいや、まさにんなこと知らんがなである。書類を書いてもらう時に念は押したはずだし、目先の金に目がくらんだのも辻さんだ。ホンマにえぇかね?と書いてる最中に何回も聞いたし、困った時はお互い様やからねーと言ってたのも辻さんだ。懇々と話をして説明して、やっと理解してもらったが、そこに辻さんの笑顔はなかった。辻さんには自業自得ということを理解してもらったが、さてここからどうするかという話になった。とりあえず保証人を連れてきてもらうことにした。まぁ大谷グループがバックにいるから、探すのにそこまで手間かからんやろという店長の読み。そこからまともな保証人にたどり着くまで、手繰っていくしかない。その日は全員に1人保証人を連れてこいという話をして、保証人連れてくるまでは自分の支払いと飛んだやつの分を頭割りで2000円持ってくるようにした。もちろん保証人連れてきたやつから順次支払いを下げていくようにすると話をした上でだ。話をした全員がうなだれて帰っていくのを見るのは、話をしてるこちらとしてもちょっと堪えるものである。




目まぐるしく状況が変わる中、17時を迎えた。保証人になってるやつで来てないのは2人。1人は遅れると電話あったが、もう1人は朝から連絡が取れない。店長からの指示で、すぐ連絡取れてないやつの自宅に車を走らせた。しかし、娘が出てきて昨日から帰ってきてないとのこと。一応娘にも話をしてみたが、母親のことで自分は何もしたくありませんと言ってきた。こいつもおそらくダメだなと思いつつも、俺は諦めが悪い。それでも食い下がって娘との話を続行。話を聞くに借金で整理すること、実に三回。総額1500万にものぼるらしい。娘の給料やボーナス、娘の名前での借り入れ、いろいろやった挙句ってやつだな。完全に毒親だ。まぁ鉄板のパチンカスだというのは知ってるがね。可哀そうだとは思うが、こちらも回収せないかんので、なんとか保証人になってもらえんかと交渉すれど、けんもほろろに断られる。それでも粘り強く話をしてる最中に、店長からの電話があった。母親がトンだと。その直後に娘の携帯に電話があり、ふんふんと頷いてるが、相手はおそらく母親。電話が終わった娘に、それはそれはキツい言葉を浴びせかけられて、家のドアは閉じられた。店長に電話をいれ、娘に電話があって、そこから態度が急変したんで、おそらく破産するってことを知ったんだと思います。そう伝えると店長はため息を一つついた。帰社しろという指示に従い、俺は車に乗り込んだ。帰社すると、遅くなると言ってた保証人が会社に来たが、他社にこのあと引っ張られて保証人をつけにいくことになってるらしい。これはちょっとマズいなぁと思いつつもどうしようもないので、金だけ支払わせてとりあえず明日出てこいという約束に留めて解放した。初日で5人かーとちょっと疲れたが、明日はどうなるかわからん状況なんで、来てた保証人の家行ってちょっと話して、あわよくば家族の誰かに保証人なってもらおうと会社を出た。




家にいくと本人がいて説明したが、本人ガックリ。そりゃ1人2人ならまだなんとかなるんだろうけど、いきなり5人となるとねぇ。家族には内緒というから家から離れて話したけど、ここまでいくと慰める言葉も出てこん。兎にも角にも保証人を付けてもらわなければ一括。しかし一括なんて現実的ではないことはわかってる。だから1人でいいから保証人を付けてくれ。そしたら悪いようにはしないから。口説いて口説いて、一時間口説き続けてやっと陥落。ある意味、飲み屋のおねぃちゃん口説くよりしんどいわ。家を出て一人暮らしをしてる娘がいるから話してみると言った。早速その娘を喫茶店に呼び出した。ウチだけでも残高280万あるのだから、こちらとしても必死である。お母さんが悪いわけじゃない。娘さんに迷惑はかけないとお母さんも言ってるし、こちらとしても嫁入り前の娘さんの人生を壊すこともしたくないから。と必死で口説いた。なんとも色気のない口説き方である。2時間ほどかけてやっと陥落。仮の借用書にそいつを署名させ、娘を連帯保証人にした。額面280万ということで最後まで渋ったが、他から出来る限り取るという条件でまとめた。娘ついてりゃトバすこともないやろ。書類を書き終わり、本人にも娘にも一応念を押した。




お母さんが仮に他にもあって、どこか保証人になってと言われても、なったらいかんよ。他店でなったのが分かった瞬間に、全部娘さんから一括返済してもらいます。お母さんも他にはないと言ってるからね。それからお母さんも娘さんのことを思うのなら、これ以上の負担を娘さんに掛けたらいかんよ(他へ娘を保証人に付けたらわかっとるやろなの意)。




まぁこれくらいなら許される嘘だと思うけど、ウチだけの保証人で置いときたいという欲求が駄々洩れだな。まぁ娘に直接いくことはないと思うし、プレッシャーにはなるよね。娘の帰り際、もし困ったことがあればすぐに電話してと、俺の電話番号を教えた。本人にもキッチリもう一度念を押した。




わかってると思うけど、他に娘付けたらその足で娘のとこいくからね。助けてくれた娘さんに感謝せないかんよ。わかってますわかってますと言ってるが、ホンマにわかっとんかいな。店長に電話を入れて、まとめて娘に保証入ってもらいましたと伝えると、店長はそうか!ようやったと、ことのほか喜んでくれた。会社に帰って話を聞くと、おそらくこのグループ潰れると思うとのこと。まぁ一人二人生き残ったとこで払える金額じゃないわな。




店長が社長に電話で報告すると、社長も喜んでいたらしくって、ちょっと俺もうれしくなった。いい仕事したな。会社を閉めて集金した帰りにチョロっと辻さんとこ覗いといてといわれ、辻さんが住んでいる市営住宅に向かった。敷地に入ると見たことあるような軽四が7台・・・・こりゃ詰んだな・・・・。




翌日の早朝、出社準備をしてると店長から電話があり、辻さん宅を覗いてきてと言われて出社前に寄ってみた。敷地には相も変わらず軽四が4台ほどあり、車中に待機してる人もいた。その中の一台に声を掛け、少しばかり情報を聞き出した。とはいえ、そこまで重要な情報ではないが。昨晩からずっとこんな調子だという。他で固めといてよかったと安堵すると共に、ちょこっと辻さんとも話したいと思い、車中で待機してる業者さんに了解を取り、シレっと辻さん宅を訪ねた。玄関前には俺の嫌いな業者がいた。とりあえずお疲れ様ですと声は掛けたものの、まぁまぁの不機嫌な顔で返された。うまいこと話が進んでないんだろうな。話を聞くに辻さんは玄関先で対応して、家には絶対入れないんだそうだ。そりゃ家の中で騒がれたらたまらんだろうけど、近所の目もあるぞ。とはいえ、この市営住宅にはそんなのがゴロゴロいるから、今更住人も驚かんだろうしな。またか・・・くらいにしか思わんやろな。




辻さんは俺の顔を見るなり、助けてくれと泣きついてきた。助けてくれと言われてもねぇ。俺はこの状況を助ける術は持ち合わせてない。保証人なった辻さんが悪いんだし、それに後から俺が話をしてたら、先にきてる業者さんに迷惑かかるんで。とりあえず全部終わったら、会社に顔出してねと伝えてその場を後にした。下に降りて車に乗り込もうとしたら、他の業者さんに話しかけられた。待ってる業者さんもこの状況なんで、少しでも情報が欲しいといったとこか。しかし情報らしい情報は得られなかったし、話しようにも先にいた業者さんが睨みきかせてたんでと正直に話した。その場で店長に電話で報告をして、車に乗り込み出社をした。




その道中に電話がなり、電話番号をみると昨晩保証人につけた娘からの電話だった。お母さんがスーツ姿の人を連れて会社まできて、保証人なってと言われてると。おいおい・・・昨日の今日でコレかよ。娘には絶対なったらアカンよと伝え、どうしても帰らんなら仕事中やからと無視するか、上司に相談の上、警察呼んでもいいと思うよと入れ知恵した。とりあえず店長に電話して、そのまま娘を救出するべく娘の会社に向かった。




娘の会社に着くと軽四が2台。これまたちょいちょいウチの邪魔する業者さんだわ。俺が着くと母親の方はバツが悪そうに隠れ、一緒に来てた業者さんにもキッチリ話をした。保証人になるならないは娘さんの自由だけど、その娘さんが助けてくれとこちらに電話してきたわけです。この意味わかりますよね?と言うと、無言のまま母親を車に乗せてどこかに走り去った。娘さんには何かあったらすぐに電話してねと言って、俺も出社した。




出社した後、店長としばしの作戦会議。店長の得た情報と俺が現地で集めた情報を擦り合わせて、この先どうするかを話し合ったんだが、どう転んでも保証人になってもらった娘しかない。嫁入り前の娘だからヘタなことはしてこないと思うけど、一斉に弁護士行かれるとめんどいな。その日は普通に業務をこなしつつ、騒動の渦中にいる人達とも話をしてが、こんな騒動になると保証人なってくれるやつもおらんわな。




17時にそろそろなろうとしてるけど、辻さんはまだ来ない。家に電話かけると辻さんはまだ家にいた。はよお金持ってこないと全額請求になるよと伝えたら、すぐに行きたいけど業者が放してくれんと泣いていた。そんなの無視してはよ払いに来てと言って電話を切ると、店長がもう無理だろなぁとつぶやいた。そこに金あるなら業者が取り上げるもんな。あの状況で払いに来ることは不可能だろう。結果辻さんは18時前にやっと来た。カバンの奥底に隠してあった、なけなしの2000円を払っていったけど、大丈夫かな。まだ行かないかん業者もあるみたいなんで、とりあえず明日でもゆっくり話しようと放したけど、妙に変な雰囲気あったな。その日は集金にきてくれという客もいて、自転車で集金に回ることにし、颯爽と自転車をこいで進んだ。そうや、ワイは風になるんや・・・。道中で辻さんが業者にえらい剣幕で怒鳴られてた。辻さんが俺を見つけるとこれまた泣きついてきた。そうは言われても困るんだが、まずは業者さんと誠心誠意話しなきゃダメだよと言い残して、そのまま集金に回った。帰り道、辻さんと会ったとこを通ってみるとまだやってた。かわいそうだとは思うけどどうにもならん。そんな状況を横目にしながら通り過ぎてると、辻さんを捕まえてた業者さんが一言怒鳴った。


死ね!


おいおい・・・それ言ったらすべて終わっちゃうぞ。うまくいかんで焦るのはわかるが、そこまで追い詰めても出てこんもんは出てこん。まぁ話術のスキルがないとこうなりがちだがな。会社に帰り、集金終了と辻さんの報告を入れたら、店長がなぜか天井を仰いだ。どうしました?と聞いたが、そのうちわかると言われて煙に巻かれた。その時は何のことやらわからなかった。そして翌日、衝撃的なことが起こるのである。

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