第6話 辻さん 2

年金支給日は基本偶数月の15日である。土日祝日だと前倒しになると思うんだけど、まだ俺は貰ったことがないからわからん。その日はまったくの平日で、前日にも辻さんに念を押しといた。他の業者さんの話も聞いてみたが、やはりおこぼれ頂戴的な業者はいたみたいだ。まぁそれでもとりあえず15万は貰いにに行くけど。


4時起床。横で寝ている彼女にチュッとしてみる。うーん、可愛すぎるぜ!変な欲求がでてきたが、叩き起こしてまですることでもないし、仕事もあるからここはグッと堪える。夜は目いっぱい可愛がってやんぜ!とまぁ、アホなことを考えながら準備をし、スーツに袖を通して辻さん宅に向かった。その途中でコンビニに寄り、朝めしとちょっとした茶菓子を買っていく。まぁ辻さんへのプレゼントだな。


辻さんの住んでる市営住宅に着くと、なぜかパトカーが止まっていた。ちょっと遠巻きに見ていたが、辻さん宅の前で制服警官が話をしておる。これはひょっとしてヤバい状況か?下から様子を伺ってると辻さんからの着信があり、どうも抜け駆けしようとした業者がいて、玄関先から帰らないから警察を呼んだそうだ。もう帰らしたから入ってきていいとのこと。そう言われてもこんな時間に警察官がいるところへ、おはようございますとスーツ姿のやつが堂々と入って行けるほど、俺は度胸も据わってないし、貸金業規制法というものもあり、ここで出ていくことはちょっと勘弁。しばらくしてやっとパトカーが帰ったので、辻さん宅を訪ねることが出来た。辻さん宅に招き入れられると、お茶をいれてくれたので買ってきてた茶菓子を出して、しばし話をした。ダンナさんもちょっと憔悴してる感じだな。大丈夫か、コレ。来てた業者さんの名前も聞いたが、あーあそこはやるよなぁって感じのとこ。朝4時に来てウダウダ言ってたらしいが、アポも取らずに来るとはちょっとアカンなぁ。捕まっちゃうよと思いつつ、入ってくる収入のこと、仕事のことなどを話した。実は辻さんさえよければ、仕事を紹介しようと思ってる。知り合いの飲食店で雑用、まぁ洗い物要員が欲しいと言ってて、時間は二時間ほどだが時給は1000円くれるとのこと。今まで勤めてる中華料理屋さんと、時間が被らないように設定してもらった。そのことを話すと辻さん夫婦の目がウルウルしだした。ありがとうありがとうと礼を言われるが、礼を言われる筋合いではない。俺は回収しか目指してないので。まぁそんなことは露にも出さずに、頑張ろうね。そのうちいいことあるからね。と辻さん夫婦を励ました。


7時になり、辻さんも朝食をとるというので、俺もコンビニで買ってきた朝ごはんを食べながら9時を待った。唐突にピンポーンと呼び鈴がなった。誰だろと辻さんが玄関あけるとまた別な業者が来てた。オイオイ・・・まぁ気持ちはわからんでもないが、今日は諦めろや・・・。部屋の中から俺が顔を出すと、バツが悪そうな顔をして、用事終わったら会社に顔出してねと言って帰っていった。で、9時に出掛けようと待ってると更に2社来た。仕事熱心だねぇ。これは家居ても落ち着かんなと思い、8時過ぎに辻さん夫婦を車に乗せて出発。途中パチンコ屋の駐車場で車を止め、缶コーヒーを買ってあげてしばし雑談。あそこの業者は嫌いだの、あそこの会社の事務員はキツいだのといろいろな会社の情報をしゃべってくれる。俺は絶対と言っていいほど他の会社に行くってことはないから、聞き流してたが。他所の業者さんと飲む時のネタにでもしよう。


そんなこんなで9時が来た。郵便局へ行き、とりあえず全額おろさす。二人合わせて23万・・・まぁ二か月でなんで、普通に生活するにはキツいかのぉ。そこから15万を受けとり、残りを辻さんが財布にいれ、そのまま知り合いに電話を入れ、面接に向かった。俺の知り合いなんで即採用。時間は13~15時。支払いにも支障はない。ってことで翌日から来ることで話はついた。話がまとまったことにより辻さんも安堵して、頑張って払うからねと張り切っていた。辻さんが次行こうとしてる会社の前で降ろし、ダンナさんを自宅に送っていって俺も出社した。


実はこの知り合いの店ってのは、昼の皿洗いを欲しがってるのは本当なんだけど、この条件で見つけ出してきたのには、それなりの理由がある。


①支払いの時間と勤めてた中華料理屋の仕事に支障のないようにする


②給料日払い(2時間だから2000円)


③ウチの支払いは一日2000円


④もし無断欠勤した場合は飛ぶ可能性大なので、他の会社より先に動ける


①については言わずもがなだが、②については知り合いに日払いにしてくれと交渉した。俺の仕事も知ってるので理解してもらってるし、レジ周辺に近づけなければ問題ないけど、一応注意しといてねと忠告もしてある。③は②でもらった給料をそのまま払いに来てもらえれば問題ナシ。まぁ④に関しては、知り合いにもなんか変わったことあればすぐに知らせてほしいと伝えてある。


翌日から辻さんは皿洗いで稼いだ2000円を握りしめて、いつもの笑顔で支払いに来てくれて。一時はどうなることかと思ったけど、まぁまだ働いたらなんとかなる金額だったからよかったわ。これで辻さんも懲りたやろし、他の業者もいらんことしなきゃ、このままいけるだろう。辻さんも他が払えんなってもココだけは払うからねと物騒なことを言う。まぁそれはそれでうれしいんだけど。元気で最後まで払いきってくれるだけでいいんだけどね。そんなこんなで、また普段の日常にみんなが戻っていった。俺も辻さんのことを忘れるほど、仕事に忙殺される日々に戻った。まぁなんやかやで雨降って地固まる、一件落着ってとこかな。


月払いのことを月賦というが、対して日払いは日賦という。銀行系でお金を借りる時がだいたい年率14~18%とかだな。月払い系が40.004%。日払い系は109.5%だった時代。そんな俺は日払い系。利息高すぎだろって思う人も多いかもしれんけど、実はそうでもない。なぜか?リスクが高いからである。この日払いに借りに来る人っていうのは99%、銀行系はおろか月払い系でも借りれない人である。つまり借りれるとこを借り切ってから落ちてくるのが日払いである。一日の支払いは一件だとたかが知れてるんだけど、これが十数件となるとそうもいかない。一日に3~4万払ってる人はザラである。彼らの思考回路はとにかく日々お金である。普通の人とちょっと違うのは、働いて稼いで払うという思考はあまり持ち合わせていない。誰かから借りて払うという思考を持った人がほとんどだった。その日をとりあえず乗り越えることを目標にしてる感じかな。自分がその日の支払い分を借りるために、200万ほどの保証債務を背負うなんてことは日常茶飯事である。


辻さんは書き換えが出来なくなり、しんどいというようなことは言ってた。全部回収に動くなら書き換えストップすればいいんだけど、それだと持ちそうもない。こっちも仕事を世話してる手前、なんとか生き残ってもらわないと困るしな。店長と話し合った結果、とりあえず残高を減らして、そこそこの残高になれば、情報を集めて保証人でもつけて書き換えしようかなという方針に決定。


そんなある日、何気なく会社の窓から外を見てると、辻さんが4人くらいで横断歩道を渡っていた。嫌な予感がしてたのですぐに店長に報告すると、店長はそれを見るなり電話をかけ始めた。5件くらい電話をかけて、何人かの客の名前を書いたメモを渡され、ファイルを出せと言われたのでそれに従った。出してる最中に、アレ?こいつら・・・っと思って振り返ると、店長は俺の顔を見て、ご名答というような顔をした。


こいつら、大谷グループだ・・・


大谷グループ・・・・。このグループは簡単にいえば保証人の仲介をしてるやつらである。そのトップが大谷というチンピラみたいなやつで、保証人を仲介したらその大谷にもお金が入るという寸法である。もっとも保証人になってもらった人にもお礼と称してお金を渡さなければならず、自分の手取りは5~6割ってとこかな。それでも借りに走らないかん理由があるんだろうけど、さすがにこの手取りでは潰れていくことは目に見えている。店長が電話を掛けたことによって、だいたいの状況が把握できた。大谷グループの総勢は200を超すと言われてたが、その中でも細分化されたグループがあり、辻さんの入ってるグループはだいたい20人前後だった。全く接点のない人間同士をくっつけるのであるから、まぁ出会い系みたいなものかもしれんな。


翌日、辻さんが保証人付けるから書き換えしてくれと言ってきた。ここからは駆け引きである。ウチで借りてる人をいろいろ言ってきたけど、ここで借りてるからこの人だけじゃダメだよと店長が言う。結果、30万の額面だったやつを15万に落として、保証人総勢15人になった。いずれもウチで借りている面々で、相保証とする為に書類が膨大な量になった。保証人になる人は辻さんの保証書だけ書けばいいんだけど、辻さんはそうもいかない。各々の保証人にならなければならないので、その書類の枚数だけでも15枚。この労力に対して、辻さんが手にする金額は3万ちょいである。そこからお礼だのなんだのと取られたらいくらも残るまい。書類を書きあげ、手取りのお金を手にすると、支払いあるからと走って出ていった。ちなみに辻さんは額面15万になり手取りを3万ちょっと得たわけだが、背負った保証債務は300万を超える。店長としばし話し合い。これでなんとかなるとは思わんけどね。どっかで止まればいいなというけど、まぁ止まらんやろな。どこかにチャンスが落ちてるだろうから、それを見つけて拾い上げるしかないな。あとはグループの残高をどれだけ減らしていけるかってとこか。普通に生活してたら絶対出会わないであろうという人間を結び付けてしまうとこが怖いんだよな。事実今回の件にしても、辻さんについた保証人は飲み屋のママ、看護師、介護士、ただのサラリーマン、食堂の女将、ちょんの間勤めのオバハン、立ちんぼ、旗振りとまぁ職業も様々。他所のとこも含めりゃ、確認できてる分だけで2000万~2500万くらいこのグループで借りてるみたいだからな。こういう場合、せーの!で一斉に逝くことはまずない。大概ちょっと頭のいいやつからトンでいく。ちょっと頭が回るから先が見えるんだろう。で、だいたい取り残されるやつが出てくるものである。そんなこんなで一波乱あったが、これで辻さんの破綻は火を見るよりも明らかとなった。こんな人のいい婆さんが破綻していくのは忍びないが、俺の3倍近く生きてきてる歳だろうから、わかってるやろしな。自業自得としか言えんもんなぁ・・・














が、それから数か月・・・俺も店長も予想もしなかったことが辻さんに起こった・・・・

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