第27話 米子 2

ある日の昼下がり、米子は懲りずに増額してくれと言ってきた。以前にも言ったように娘さんと会って、ちゃんと話出来たら増額してあげるよと伝えたんだけど、それでは困ると電話口で喚きだした。困ると言われてもこっちの都合もあるし、米子には内緒にしてるが、娘の書いた保証書の額面は30万だから、増額するなら書き直してもらわないとアカンしな。じゃあ書き換えは?と粘ってきたが、書き換えしたのはつい一週間前。さすがに減ってないわな。そう伝えると払えんなっても知らんからね!と捨て台詞を吐いて、電話をガチャ切りしてきた。さすが捨て台詞ひとつを取っても、昔のヨゴレはやっぱ違うのぉと、ちょっと感心してもうた。思っててもなかなか言える言葉ではないしな。


店長と話したが、まぁ娘いたらどうとでもなるし、放っとこうってことになり、淡々と業務を捌いていった。そして17時になり、いつものように延滞客に対しての督促を始めた。米子はその日の延滞者リストに載ってはいたが、家電しかないので一応かけてはみたものの、まぁ出るわけねーわな。そのうち会社の電話がジャンジャン鳴り出した。店長宛てに他業者からの問い合わせだ。話しぶりから察するにやはり米子のことっぽい。娘が付いてる以上絶対安全とは思っているが、これを他業者に知られると面倒なんで、ちょっと他の管理があるんでそっちの対応してるから、米子は後回しになると誤魔化してた。仲がいいとはいえ、この辺の駆け引きはどこもしてるのである。それに気づくかどうかは聞いてきた人次第である。まぁ嘘はついてないからね。


19時には来る客は全部来て、あとは集金が3件。これも行ったらすぐ払ってくれるんでそこまでの問題はない。連絡取れてないのは米子だけとなった。店長に米子どうします?と聞いたが、放っといてもいいけど、一応集金終わったあと見に行ってくれと言われた。まぁこれも他業者へのアピールプレイとでも言うべきか。まぁ帰り道なんで手間もかからんから寄っていきますといい、俺は集金に出た。




集金も滞りなく済んで、帰り道の途中にある米子の店に寄ってみた。遠くからでもわかったが、業者さんの軽四が5,6台止まってる。なかなか盛況だのぉと車を停めて店の方に行ったら米子がいた。以前にも書いたけど、この業界は早い者勝ちである。先にガラを押さえた業者が交渉権(?)獲得である。順番待ちしてる業者さんに仲のいい方がいたんで、とりま状況を把握するために話しかけてみた。まぁ見ての通りだけど、米子は先に来た業者さんと喧嘩腰で喚いている。やるのぉ。このエネルギーを商売に活かせばよかろうに。


順番待ちの業者がチラホラと帰りだした。まぁ会話を聞いてたら自分の番がいつくるかもわからんし、自分の番が来ても話がまともに出来そうもないわな。仲のいい業者さんも帰ると言い残し、車で去って行った。先に米子を押さえてる業者さんもなかなか攻めあぐねてる感じだな。まぁ金ない、無い袖は振れん、あったら払う、無いもんは無い。堂々巡りだわ。まぁ俺は今後の勉強のために業者と米子の会話を聞いてたが、これはキレない業者の方がえらい。金ないし、今日は払う気もないから帰ってと米子が喚きだした。帰らなかったら警察呼ぶと言っておる。業者は警察と聞いて、明日持ってこいよというセリフを吐いて帰って行った。他に業者はいなくなって俺だけになったが、その時丁度店長から電話がかかってきた。どうだ?と聞かれたが、米子に聞こえるように業者に逆ギレかましてますと言った。店長も電話の向こうで笑っていたが、それを耳にした米子がさらにヒートアップ。アンタらもさっさと帰って!帰らんと警察呼ぶで!と叫んでた。近所の人が何事かと出てきてたが、俺は店長からの電話を切って、子供を諭すように米子に話しかけた。


お前はウチお金を借りてるのよ。わかる?ウチも慈善事業してるわけでもないし、お前にやったわけではないのよ。借りたものは返さないかんのよ。子供でもわかる理屈よ。それすらも理解できんのなら、金なんか借りずに山奥行くか、無人島で暮らしとけ。借りる時は神様仏様と言っといて、返す段になったら開き直るって、人としてどうかと思うぞ。いつまでも突っぱねて開き直ってたら大丈夫と思ってるかもしれんけど、そのうち痛い目みるよ。今日は帰るけど、明日はちゃんと持ってきてね。


そう伝えて俺は車に乗り込み、店長に報告を入れてその場を離れた。店長も笑ってはいたが、こりゃ誰が来てもキレるわ。


次の日も米子は来なかった。17時越えてまたジャンジャン問い合わせの電話が鳴る。まぁ店長もいい加減うんざりしてきたみたいだけど、昨日と同じく他に管理があるからと煙に巻いた。今日は集金もなく、19時過ぎには来る客は全部来たんで、ちょっとパチンコでも行ってこようと車を走らした。22時頃、ちょこっと負けて帰路についたが、米子はどうなってるやろと思い、途中寄ってみた。




当然業者さんと思われる軽四は止まってなかったが、なぜかダンプが一台。なんだろ?と思い、車を停めて米子の店の前に行ってみると、知り合いの業者さんと米子がやり合ってた。そして唐突に米子が叫んだ。


好きにしいや!


その一言が業者さんに火をつけた。わかった!好きにさせてもらうわ!今からあのダンプでお前の店に突っ込むからな!


そう言うと業者さんがダンプに乗り込み、ぐるっと回ってきて十分な助走距離を取った。やべぇと思い、俺はそこから離れた。スピードを上げてホンマに突っ込むってとこで急ブレーキをかけた。米子はその場にへたり込んで震えてた。ダンプから降りてきた業者さんが米子に話しかけると、ポケットに隠してた1000円札を何枚か差し出してた。持ってるやん。まぁそりゃそうだろうけど、業者さんを舐め切ってるな。業者さん激おこですやんけ。明日はちゃんと持ってこい!持ってこないとホンマに突っ込むぞ!と脅し、その業者さんは去って行った。一部始終を見てた俺は米子に近づき、半笑いになりながら、


ほれみろ。わかったやろ。開き直ったら引いてくれる業者さんだけちゃうわ。今回は収まったけど、次はどうなっても知らんぞ。これに懲りたらあまり業者さんを小馬鹿にするようなマネはやめて、明日から頑張って払っていき。そしたらまた業者さんも貸してくれるやろ。


俺はへたり込んで茫然としてる米子にそう言い残し、さっさと自宅へと車を走らした。途中店長に報告を入れると、なかなかイキがえぇのぉと感心しておられた。まぁ次は捕まる覚悟でくるんやろなぁ。


次の日からなぜか米子はおとなしく支払いをしていった。仕事もまともにやってない米子がなぜ金を構えてきたのか不思議に思ったが、まぁ何も言わずにおこう。またグダグダ言ってきたら面倒だしな。しかしそれも長くは続かなかった。1週間ほどしたらまた支払いに来ないのである。社長もあーやっぱりねーって感じで言ってたから、昔もこんなんだったんだろう。こりゃ苦労するわ。店長から帰りに見る程度でいいから覗いといてと言われ、集金の帰りに寄ってみると、またダンプな業者と米子がやりあってた。今度は普通に軽四乗ってきてたけど、どうするのかとワクテカしながらやり取りを見ていた。


今日は無い!逆さに振っても何も出ない!そこまで追い詰めるのなら好きにしいや!


出た!待ってたぜ、その決めセリフを。俺は二人を見守った。んじゃ好きにさせてもらうけど、あとでグダグダ言うなよ!とセリフを残し、ダンプな業者さんは軽四で走り去った。その後、俺はまたやっとんのかいな。あんたら意外とウマが合うのかもなと、まぁとりとめのない話をしながらダンプな業者さんを待った。取り立て行為をしてこない俺になんかあると米子は思ったらしいが、俺は単純にダンプな業者さんが何をしてくるのか、興味があるだけだった。


30分ほどしてダンプな業者さんの軽四が来た。あれ?乗ってるのはダンプな兄ちゃんじゃなくて、その部下。ダンプな兄ちゃんはどうしたんだろ?と思ってたら、轟音を立ててその後ろにでっかいクレーン車が来た。何をするつもりだろうと思ったが、おもむろにダンプの兄ちゃんがクレーン車から降りると、おもむろにでっかくて頑丈そうな長い鎖を持って米子の店の中に入り、無言で店の大黒柱にその鎖を巻き付けだした。まさか・・・。


米子はアンタら何する気ぞね!と叫んだ。ダンプな兄ちゃんも負けずに、好きにしたらえぇ言うから、お前の店の大黒柱引っこ抜いて潰すんじゃ!やべぇ、本気だ。警察呼ばれたら面倒だと思うけど、舐められるのはもっと嫌なんだろなぁ。とはいえ、ここまでしちゃあかんと思うけど。間に入りまぁまぁとなだめて、米子にいくらでもいいから早く出してあげんとこのままじゃ済まんで。ダンプな兄ちゃんももうちょい冷静に話しようや。まぁ知らん兄ちゃんではないから、出来ることなら犯罪者にしたくねぇしな。しかしクレーン車まで構えてくるとは恐れ入った。本職でもここまでしねぇわ。米子はなけなしの千円、それもポケットに突っ込んでたヨレヨレの千円を差し出し、この場は収まった。米子の様子を指さして笑いたい衝動には駆られたが、そこはグッと我慢。俺はダンプな兄ちゃん達が帰ってから、米子に明日持ってきてねーと言ってその場を離れた。帰り際、店長に事の顛末を報告すると、電話口からでもわかるでっかい声で大爆笑してた。これはいいネタになりそうだな。まぁウチは米子とまともに取り合う気はないんで、払ってくれればいいし、払ってくれなきゃ娘で行けるし、どっちでもいいって感じだし。


そんなことを繰り返しながら、米子の支払いが滞りがちになって、早や2ヶ月ほど経った。払ってもらったり払ってくれなかったり、まぁ減ったら書き換えしたりしてあげて、ダラダラって感じでやってた。他の業者さんが当然のように書き換えストップしてるからなかなか金も回らんけど、ウチだけは減った分だけガンガン書き換えしていた。ダメな客ってのはわかってるんだけど娘ついてるしね。それなら高水準で残金残しといた方が利息もかさむからね。


いつものように仕事を終えて、いつものように米子の店に寄って、いくらかあれば貰ってこようと思ったけど、その日の米子は少々ご機嫌ナナメ。グダグダ文句ばかり並べ立てて、自分が悪いと思ってないトコがタチ悪い。挙句の果てに、


アンタらが安易に貸したからこうなったんや。アンタらが貸さなかったらこんなことにならんかった。利息も高いし違法じゃないの?警察呼ばれたくなかったらさっさと帰って!


こんなことを言って来る始末。いろんなとこから話は聞いてたが、最近は昔使ってた忘れ去られた古の呪文、警察召喚をまた使えるようになったらしい。まぁ呼ばれたとこで怖くもないけど、警察くるとビビって帰っちゃう業者さんもいるっぽくて、それで味を占めたらしい。まぁ俺もあまり舐められるのは好きではないので、呼んだらえぇやんと煽ってみた。呼んで解決するならそっちのほうが早いやろ。


そうすると米子は電話をかけ始めた。まぁ手の動きからして110番だね。どうなるかなと少々ワクワクしてきたのは内緒だ。来るまでにとりあえず店長に報告の電話。警察呼ばれましたというと、楽しんで来いとの返事。わかりましたーと元気に返事をして、俺は警察が来るのを待った。


日本の警察は優秀ねぇ。最寄りの警察署からあまり離れてないけど5分ほどで来たわ。パトカーから降りてきた若い警察官に米子がアレコレと吹き込んでいたが、警察官の方もまたかよって感じでハイハイと頷いてる。俺の方にきて名前と住所と業者名を聞かれたが、ちょっとおちょくってみようと俺の中にいる悪い虫が騒ぎ出した。


免許証出してと言われたが、その前に警察手帳を出してホントに警察官か確認させてください。最近は凝ったニセモノがいるって話なんで。ハイハイとチラっと見せて中身は見せてくれなかったんだが、俺もチラっと免許証を見せた。それじゃ見えんのやけどと言われたが、俺もあなたが出した警察手帳が本物かわからんし、よしんば本物だとしてもそれが貴方の警察手帳かわからんでしょ。自分がチラっとしか見せないのに、俺にはちゃんと見せろってちょっと変な理屈ですね。ひょっとして一般市民を見下してるのではないすかね?それとも親に自分を晒す時は少ししか見せなくていいみたいな教育でも受けてきたんすか?仕事だから仕方ないのはわかるんだけど、もう少し口の利き方、気をつけたほうがいいすよ。


若い警察官はちょっと不機嫌な感じになり、パトカーに乗ってるちょっと年配の警察官に相談にいった。まぁこれ以上ゴネても仕方ないのはわかってるんだけどね。そうこうしてると年配の警察官が降りてきて、俺に話しかけた。


よく見ると昔から知った警察官で、なんだお前か、なんだアンタかとちょっと変な雰囲気になった(笑)経験の浅くて若い警察官とコンビ組まされてるみたいなことを言ってたが、ここは俺の顔を立てて若い警察官に経験積ませてあげてと頼まれた。しゃーねーなーとつぶやき、免許証を出して聞かれたことには素直に答えた。まぁお互い気持ちはわかるけど、問題を起こさないように。っとまぁ上からモノ言ってこられたのは少々腹たったけどね。年配の警察官に大変やねと言うと、まーねーと言い残しパトカーは帰って行った。


ちょっと米子は蚊帳の外になってたが、さてどうする?払う?払わない?それともまた警察呼ぶ?と半笑いで迫ると、クシャクシャになった千円を震えながら差し出してきた。あるならさっさと出して手間取らせんなよ。ちゃんと払ってりゃ書き換えもしてやると店長も言ってたんだから。明日は持ってこいよと伝え、家路についた。一応店長に報告も入れたが、毎回毎回呼ばれると面倒ね。


そんなことを繰り返しながらさらに数週間が過ぎた。米子は普通に一週間くらいなら払わなくなった。たまにひょっこり現れて、ごめんごめんと言いながら1000円を払っていく。全然足りんのやけどね。面倒と言えば面倒なんだけど、他の業者に聞いても入金はないみたいだし、そろそろかなぁと考え始めた。まぁ俺も他のやつの管理もあったりして、米子のとこにあまり行かなくなってきてたんだけどね。店長と相談もしたけど、いつまでも延滞者リストに出てくるのもうっとうしいなってことで、俺のタイミングで全部取り上げることに決まった。


ある日、米子の店に行ったら業者さんは誰もいなかった。もう行ったとこで払ってくれないのがわかってるからである。どこの業者さんもダラダラ支払いに切り替えたんだろうな。そんな中、俺は店の前から米子を呼んだ。まぁいつものように金ない金ないと喚き散らしてたが、今まで甘い顔してたけど、払わんのなら全額返済してもらうよと伝えた。無いもんは無いの一点張り。俺は少々大げさにため息をつき、んじゃ好きにするけどえぇか?と聞くと、好きにする?何をする?殴るのかね?じゃあ殴りや!っと喚き、店の中に入って大急ぎで電話を掛けだした。また警察かよ・・・。


5分ほどして警察が来たが、パトカーから降りてきた警察官もまたアンタら業者かという感じでうんざりした顔をしてた。降りてきた警察官に米子は駆け寄って、


お巡りさん助けて!この人が今から私を殴る言いよんねん。殺されたらたまらん!よう見よってよ!


と喚き、どうぞ殴ってくださいと言わんばかりにホレホレと顔を突き出してきた。誰もそんなこと言ってないやろ・・・。段々ムカついてきたので、来た警察官に、ホントに殴っていい?と聞いた。


やめとき。気持ちはわからんでもないけど、さすがに目の前でやられると、捕まえんわけにはいかんから。こんなことで新聞載ってもしゃーないやろ。


まぁそりゃそうだ。ただバカにされたのは気に食わんな。んじゃ好きにするけど、あとでいろいろ言わんとってな。と言い残し、車に乗り込もうとすると米子はやれるもんならやってみぃと凄んできた。警察官もあきれてた感じだけど。警察官に頭を下げ、好き勝手にするべく店長に電話をかけた。お前のタイミングでと言われてたので、今日今から動きますと伝えるとOKが出た。

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