第28話 米子 3

今日、業者を舐め腐った米子に鉄槌を下す!


っとまぁ意気込んではみたんだが、娘んとこ行きゃ一発で終わるんよね。けどムカつくから、出来る限り大ごとにしてやろう。俺はまず会社に戻って米子のファイルを引っ張り出し、そのまま米子娘の家に押しかけた。丁度晩御飯時だったから、ダンナもいるだろうと思ってのことだ。娘の家に着いて呼び鈴を鳴らすと、はーいという声と同時にドアが開いた。出てきたのは中学生らしき息子。お母さんはいる?と言って呼び出してもらった。米子娘が出てくるとハっとした顔をしたが、家に入って話するのがマズいみたいな感じで外に押し出された。


お宅のお母さんが払ってくれません。こっちも事情をくみ取って、支払いのお金がない時は待ってあげたりしたんだけど、さすがに今日はいろいろされたんで、全額回収に来ました。


何をされたのか聞いてきたんで、かくかくしかじかと今日さっきあったことを話した。娘の落胆ぶりはすさまじいもので、ちょっと気の毒だなぁと思ってしまうほどであった。でもこっちも仕事だし、いままで充分待っては来てたからね。


いろいろ話してるうちに、心配になったダンナが玄関からひょっこり顔をだした。どちらさま?と聞かれたのだが、嫁である米子娘が観念したように話し出した。ここでは近所の目をあるんで、中に入らせてもらえませんか?と聞くと、ダンナは中にいるであろう自分の娘と息子に声をかけ、自分の部屋に行ってなさいと伝えた。


玄関に入らせてもらって、事のいきさつを話したが、ダンナは目を閉じてじっと何かに耐えてるって感じで座ってた。俺はここで畳み掛けた。


こちらとしましても充分義母さんには猶予も与えてきたのですが、事ここに至りましてはどうしようもなく、心苦しいですが一括返済を求めることになりました。30万という金額は大きいですが、今すぐ奥さんには支払ってもらわなければいけません。それが連帯保証人というものですので。またどうしても今すぐ払えないというのなら、この先は裁判になります。奥さんに請求する裁判と同時に義母さんを私文書偽造で告発します。その場合、誰が不利益を被っても私共に責任はありませんし、責任を取るつもりもありません。さあ、どうしますか?


ダンナの血圧が上がっていってるのがわかるほど顔は赤くなり、熱を帯びだした。松岡修造かっていうくらいの熱だ。まぁ現実的に夜で銀行も閉まってる時間に、30万払えってのが無理なのはわかってるけどね。ダンナも明日ならともかく今すぐは無理ですと言ってきたので対案を出した。


社長から一括返済してもらいなさいと言われております。縦社会で生きてきてるダンナさんなら上司の業務命令がどういうものかはわかってると思いますが。まぁなかなか難しい時間帯ってのはわかりますけどね・・・・。明日には返すと言っても口約束では何の役にも立ちませんので。ではこうしましょう。一括で払ってもらえないとただ単に社長を怒らすだけになりますので、社長が納得するだけの材料をいただけますか?この30万の債権に対して保証人を入れていただきたい。明日なら完済できるとおっしゃるのなら、明日完済するまでの保証人ということですね。私もダンナさんを言い分は立場のことから考えてみても信用に足るのですけど、社長はここにはいませんので、ダンナさんのことはわからんのですよ。でも書き物があれば、ダンナさんが協力してくれたので待ちましたと、社長を納得させることも出来ます。口だけではなんとでも言えますので、ここにいない人間を納得させるには、やはり書き物、証明が必要です。ダンナさんにしても県庁にお勤めなら、書類の重要性はおわかりかと思いますが・・・


そこまで捲し立てるとダンナも陥落した。ボソっと、


明日までの保証人ですよね・・・?


まぁ心配になるのはわかる。けど、これ以上はないというのを俺は強調した。


もちろん明日完済していただければ、明日まで。一週間後に完済するなら、一週間後まで。完済するまでの保証人とご理解ください。完済してもらった暁には、借用書はお返しします。またダンナさんが今から書いてもらう保証書と、奥さんに書いてもらってる保証書ですが、法律で5年間はウチで保管することが義務付けられてます(嘘)。しかしダンナさんの協力も得れたことですので、渡すことは出来ませんが、ダンナさんと奥さんが書いた保証書は完済していただけたら目の前で破ります。これでいかがですか?


ダンナはわかりましたとやっとひねり出したような小声で答えた。早速書類を出し、署名押印をし、まぁ明日までだけど一応決まりなんでってことで控えを渡した。そして明日の段取りはダンナさんの仕事次第ってことになったんで、とりあえず何時くらいに伺えばいいか、ダンナさんから電話を貰うこととなった。決めることを決めたので、俺は明日電話待ってますとドアを開け外に出た。ドアを閉めた瞬間、


おんしゃあああああああああああコラアアアアアアアアア!何やっとんじゃあああああああああ!


ドッタンバッタンと家の中から大声と音がしだした。あーシバかれとんなと思ったが、まぁ知らね。車に乗り込み店長に報告をして、その場を後にした。なんか久ぶりに絵に描いたような感じで行けたなぁと、ちょっと自分を褒めてあげたくなったな。俺はウキウキしながら自宅へ帰った。


しかし、家に帰りつくと衝撃的なことが起こってた。


朝までは普通に家の中にあった彼女の荷物が、根こそぎなくなっていたのである。そしてテーブルの上に合いカギが一個置いてて、そこにはごめんなさいと書き置きがあった・・・・松山千春かよ・・・・


まぁ思い当たる節はありまくりだからなぁ。浮気やDVなんかはしてないが、いかんせんこの仕事は夜遅いことも多いし、周辺の人からの理解も得にくい。誤解も受けやすい仕事だからな。両親が俺との交際を猛反対してたのは知ってはいたが、このタイミングで持って行かれたかと落胆した。一応携帯に電話をかけてはみたものの、着信拒否してるみたいだった。両親に反対されてまで付き合う価値のある男にはなれなかったんやな。


少しは話し合う機会が欲しかったんだけどなぁ。話し合ったとこで何が変わるわけではないのだが。女性が腹決めたら、まぁテコでも動かん。女は別れるまでに考え、男は別れてから考える。その通りだな。まぁ話出来ない以上、ウダウダしてても仕方ないんやけどね。いろいろ考えてると頭の中がグルグルして疲れたんで、その日はおとなしく寝ることとなった。セミダブルのベッドがやたら広く感じるな。慣れるまでは時間がかかるかもしれないな・・・。


朝起きると隣にいるハズの彼女がいないことに、あー逃げられたんだっけオレ、っと再確認させられ少々凹んでしまった。いつもなら味噌汁のにおいがしてくるのだが、それもない。まぁ仕事に貴賤はないと言われるが、自分の仕事を全否定されたような錯覚に陥った。とはいえ、自分で選んだ仕事だから泣き言言っても始まらんし、人類の半分は女だ!と自分を奮い立たせた。


コーヒーだけを流し込んで出社したが、やはりテンションは低め。それを見抜いたかのように店長は昨日なんかあったのか?と声を掛けてきた。


米子娘のことと昨晩彼女に逃げられたことを報告した。腹を抱えて笑いだしたが、まぁ店長流の励まし(?)だろうと思い、業務に戻った。彼女に逃げられたからといってミスしていいわけでもないし、仕事の手を抜くわけにもいかない。が、いつもならまぁいいだろと客をたしなめる程度で済ますことも少々強くあたってしまう。まだまだ自分は未熟だのぉと思い知らされるものである。


なんやかやと仕事を捌きながら、米子娘のダンナからの電話を待った。まぁ自分の立場もあるだろうから、30万ほどでそれを危うくするとも思えんけどね。とりあえずさっさと回収して1抜けたしたいものである。


昼ご飯を食べて、お腹も張り、睡魔に襲われてる時にダンナからの電話があった。夜19時くらいには帰りますので、その頃来てくださいとのこと。まぁすんなりいくとは思ってるが、最後まで油断は禁物だ。一応完済するまでは米子に黙っとくように言ってるんだが、これが米子に漏れるとめんどいことになりかねんのよね。弁護士入られると手間かかるしね。


その日も17時を迎え、俺はいつものように延滞者リストを出し、それにそって催促の電話を掛けだした。まぁ彼女のことで心中穏やかではない俺なので、催促の電話も少々強めになってしまう。イカンイカンと自分をたしなめながらも催促の電話をしていった。その日は最後にくるやつが19時過ぎなので、それは店長に任して、俺は米子娘の自宅へ向かう段取りを整えた。そして時間通りに着くように会社を出発した。


米子娘の自宅には19時を少し過ぎたくらいに着いた。ピンポーンと鳴らすとそれを待ってたかのように玄関のドアが開いた。米子娘が入ってくださいと言うが、その顔には見事な青タンが出来てた。あーやっぱ昨日シバかれたのね。玄関入るとダンナが待ち構えていた。県庁勤めとはいえ、やはり我慢できなかったのね。世が世ならアウトな事案になりそうだが。


ダンナの態度を見るに、さっさと面倒事は済ましたいって感じにとれた。俺は領収書を見て金額を伝えた。ダンナは横に置いてた鞄からおもむろに封筒を取り出して俺に渡した。封筒の中身は30万入ってた。電卓を取り出し計算し、お釣りを渡して領収書に署名を貰った。そして借用書に受け取りの署名を貰って渡した。これで米子の債権は消滅する。まぁこれはこれでいいんだが、残りは二人が書いた保証書である。こちらで5年間保管しなきゃならない(嘘)と言っておいたので、渡すわけにはいかない。代わりに目の前で書いたやつを破りますと昨日伝えたんだけど。そして保証書を二人の目の前で破った。その残骸をファイルに入れて、これで全て終了ですと伝えた。あとは今後のことを話して終わりかな。


これで米子さんの債権は全て終わりです。これによりダンナさんには米子さんに対する求償権が発生します。これは法的には認められてるものなので、ダンナさんから立て替えたお金を返してくれるよう求めることができます。あとこの先のことは自分らに何も関係なくなるので、口出すことも手を出すことも出来ません。したがって協力することが出来なくなります。ダンナさんがここまでしてくださったことに対して助力出来ないことを本当に申し訳なく思っています。相談くらいなら乗れますので、いつでも連絡ください。あと何か質問はありますか?


ダンナはこれでホントに終わりですよね?と聞いてきた。まぁ心配なんだろうけど、お義母さんの債権は、さきほど払っていただいた分で終わりましたので、安心してください。そう伝えるとホッとした顔を見せたダンナであったが、すぐに嫁である米子娘を睨みつけた・・・ヤダコワーイ。ではこれで失礼しますと腰を上げ、一礼してから玄関を出た。玄関のドアが閉まった瞬間、


おんしゃああああああああああああああああ、何やっとんじゃあああああああ!俺が働いてきた金をおおおおおおおおおおお!なんであんなクソババアの為に使わないかんのじゃあああああああああああああ!


と、ダンナのヒステリックな声が響いた。おいおい、警察呼ばれるぞ。と思いつつも、もう俺関係ないしーって感じで車に乗り込み会社に帰った。


会社に帰ると店長が日報を出してたので、米子の分が無事終了したことを伝えた。合わせて米子娘とダンナの保証書を取り出して破ってないことも報告した。米子娘の自宅で破ったのは俺がテキトーに書き写したダミーである。保証書を残すことのメリットは今までにも書いてきてるとは思うのだが、まぁ残せるものなら残しておきたいのである。嘘はついてないからね。誰もあなたたち二人が書いた保証書を今から破るとは言ってないし、それを確認しなかった二人が悪い。実際米子の債権は今回払ってもらった分で終わったのも確かだし、おそらくこの保証書が効力を発揮する日が来ない確率の方がはるかに高い。ほぼほぼ100%使われることはないと思う。しかしこれから先の世代で使うこともあるかもしれない。ほぼ役に立たないものでも、ひょっとしたら将来役に立つかもしれない、ということの積み重ねで道が開かれることもあるので。でも俺の世代では使わんだろな。だって米子に金貸しても手間かかるだけだもんね。まぁ社長の世代で苦労したヤツは今の現役世代でも苦労するもんだということがわかった。人間の性根はなかなか変わらんもんだね。


それから数日して米子が叫びながら電話をかけてきた。


アンタら、何てことしてくれたの!娘は関係ないじゃないの!関係ない人のとこに取りに行くのは違法じゃないか!娘のダンナも無関係やし、どうしてそんなことするの!アンタら訴えるからね!


まぁこんなことをヒステリックに叫びながら言ってきたのである。その時は店長が不在だったこともあって俺が応対したのだが、彼女に逃げられた怒りが沸々と沸いてきたのである。


あのね、俺も無関係なら俺も返してくれとは言わん。道歩いてる無関係なやつにアンタの借金の肩代わりしてくれと言ってるわけではないのよ。書き物あるから回収に行ったのであって、それをとやかく言われる筋合いもない。だいたい娘に迷惑かけたくなけりゃ、ちゃんと払ったらいいだけだし。それをしないお前が悪いんちゃうの?そんなお前に何を言われても、俺自身が悪いことしたと思わんのよね。それとお前、俺らを訴えると言ってたが、訴えてもいいぞ。困るのはこっちじゃなくてお前の方だし。お前書類偽造したやろ?それは娘本人に自分が書いたものではないということを確認してる。さて、書類偽造して金を騙して借りて行ったヤツと、書き物あって請求にいったヤツとどっちが悪いことしてる?自分のやったことを棚に上げて、人を訴えるとか何言ってんの?頭悪すぎるやろ。どっちが悪いことをしてるかもわからんなら人としてどうかと思うぞ。業者なら騙してもいいなんて理屈は通らんのよ。それと娘のダンナさん、まぁまぁ狂暴やから気をつけてな。


米子はしばらく黙ってたが、絶対訴えると捨て台詞を残してガチャ切りした。あーせいせいしたわ。店長が帰ってきてそのことを報告すると、俺と考えは一致していて、このことが表沙汰になったら自分も困るし、娘の方も困るやろとボヤいてた。


手間暇はかかったものの、米子の件はとりあえず終わった。自分の経験してきた中でもトップ3に入るほどのヨゴレだったな。一応自分たちが居なくなった時のことも考えてファイルには赤字で「貸禁」と書いといた。これを見て将来貸すやつがいても、それはそいつの責任なんでね。まぁもう貸すことはないだろうけど。


この辺からだろうかなぁ。自分が出来ないことややらないことを正当化して、義務を果たさずに権利だけ主張する、ワケワカメなアホが増えてきたのは。時代の流れなのかどうかはわからんけど、単純明快なことしか言ってきてないんだけどね。借りたものは返す。この一点だけ。しかし世の中は貸し手が悪いと叩かれる。こんな人にこんなに貸して・・・と。借り手の方は業者を騙そうが何しようが許されるって感じにもなってるしね。この業界に至っては騙される業者が悪いのよって言われるもんなぁ。嫌な世の中になったもんだ。


米子の件が片付いて2週間ほど経った頃だろうか・・・・米子からまた電話がかかってきた。どうせ訴えるだのなんだのと吠えるだけだろうと思ったが違った・・・



あっ、お兄ちゃん。この前はごめんねぇ~。私も娘のダンナにいろいろ言われて頭の中がこんがらがってたのよねぇ~。ところで店長はいるかしら?ちょっと店長にお願いがあってねぇ~。出来たらまたお世話になろうかとおもってねぇ~(超キモイ猫なで声)。


そして俺はお前気持ち悪いと一言だけ伝えて電話を切った。それ以降米子から電話がかかってくることはなかった。


やはりヨゴレという生き物は、強靭なハートの持ち主である・・・・


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