第26話 米子 1

米子。名前である。地名ではない。よねこと読む。齢80手前のばぁさんであり、まぁヨゴレである。ヨゴレの基準には個人差があるが、俺の基準では返済遅れて当たり前、すぐ開き直る、払いが悪い、管理(取り立て)が難しいetc.。簡単に言えば手間かかるめんどくせぇ客って感じかな。強い人にはコビを売り、弱いものにはマウントを取りにくる、まぁハッキリいってクズである。


米子は雑貨屋を営んでた。品揃えはすこぶる悪く、噂だと卸業者と支払いでトラブルになり、取引停止なったとか。現金決済じゃないと仕入れもできんらしい。なんでこの仕事を続けてるかわからんけど、それでもダンナが生きてた頃からやってるみたいで、すでに40年ほど続いてるみたいだ。


ある日そんな米子が金を借りに来た。ファイルはあったが、超昔のやつで、まだ社長が現役で走り回ってた頃のやつだった。店長がまだ入社する前のものだったらしく、俺も知らんと言ってた。まぁ店長の判断だからいいんだけど、借りに来た時はすこぶるコビを売ってきた。俺も初対面だったが、ちょっと気持ち悪く感じたものである。店長も方々問い合わせたが、現役世代の人間では知ってる人はいなかった。社長にも電話をかけたが、間の悪いことにつながらず、信用情報だけを頼りにするしかなくなってた。カタカタと音を立てて出てくるレシートみたいな紙がそれを物語る。俺もみたが、ほとんどの借り入れをトバしておる。詳細に見ていくとわかるんだけど、全部月払いのやつだな。だいたい同じ時期に支払いが止まっているので、この時期になんかあったんだろう。幸い日払いはないみたいなんで、お試しって感じで30万の申し込みのとこを10万貸してみた。毎日集金にする約束だったが、一度も決めた時間に集金が出来ることはなかった。


一度、夜に集金へ行って、店に入り品物をみたことがある。賞味期限の切れてる金ちゃん焼き豚ラーメン、これまた賞味期限の切れてるパッサパサの割きイカ、いつの時代のやつだよと思ってしまうメンコ、明らかにホコリをかぶってる麦わら帽子、昔はアイスや氷菓子を入れてたであろう冷凍庫が古新聞置き場になっとる。海が近いとあってちょっとした釣り具もおいてあるけど、誰がこんなの買いにくるんやろと不思議に思ったもんだ。


それから1週間くらいして米子が増額を申し入れてきた。ちっと早くないかと思ったが、どうしても仕入れたいものがあるから貸してもらいたいと電話で懇願してきた。店長にその旨伝えたけど、保証人が要ると一蹴。電話を切って5分後、また米子から電話。


嫁に行ってる娘を保証人につけるからいいでしょ?


それならと娘と一緒に来てと言ったが、娘はこんなところに出入りするのは嫌と言い、私が用紙を預かって書いてきてもらうと言い出した。それなら俺がついていって書いてもらおうと話したが、それも嫌と言いだした。うーん、偽造する気満々みたいね。まぁ正確には偽造にあたるかどうかはわからんけど、これに乗るか断るかは店長の判断。意見を求めらたが、あきらかに貸す時の原則に反していることは店長も重々承知だと思うのであえて言わず、危険だとは思いますとだけ伝えた。


そして店長はこの誘いに乗って、20万の額面にパワーアップ。理由は貸してナンボだし、支払い滞った時に娘を括るのも出来るやろ。あとはウチが貸すことによって、他の業者が貸す方に回るはずだから、しばらくは持つやろ。まぁまぁ安易な考えではあるが、貸した以上取ることを考えないかんのが俺の仕事だ。米子は喜々として用紙を持って帰った。その日の内に帰ってきてお金を借りる手続きに入ったがその最中、間の悪いことに社長が来た。米子と社長は顔見知りだった。まぁ昔貸してたんだから当然か。手続きを済まし米子は帰って行ったが、その後社長に俺と店長は呼ばれた。


結局貸したか。あれは昔俺らが取るのに超苦労したやつでな。当時5万貸してたけど、1日500円が払えんいって喚いて、なんかあったらすぐ警察呼んだりするんよ。まぁ貸付に俺は口出すつもりはないけど、かなり苦労すると思うよ。ヤ〇ザが来ても一歩も引かんしな。あいつが持って帰った保証書持ってきてみ。ほれ明らかに娘が書いたもんじゃないやろ。まぁ頑張れ。


米子が持って帰った保証書には娘の名前は入ってるが、米子本人が書いてるのはまぁわかってる。1人の人間が二人分の筆跡を誤魔化そうとするとき、だいたい字が震えるのである。右利きのヤツが左でペンを持って書く時もだいたい震える。右利きのやつが右で書いても、筆跡を意識しすぎて震えるものである。まぁ貸してしまったものはしゃーない。しかし社長がヨゴレって言うのは余程のやつやな。昔と今のヨゴレは質が違うと言ってたが、店長と俺がそれを思い知るのは、少々先の話になる。


そうこうしてると米子は味を占めたのか、30万にしてくれと言ってきた。一回やって上手くいったら、図に乗るのはどこの人間も一緒やね。店長もその誘いに乗り、前回と同じように保証書を持たして帰らした。すぐにお金が欲しいのだろう。片道15分かかる道のりを往復15分で帰ってきた。バレバレですやん。まぁそんなこんなで30万の額面になり、この先どうなるもんかと心配にはなってたが、規定のルート集金には一回もならなかったが店長の読み通り、他の業者でも借りにいくようになってた。


一度も集金にならず、米子は毎日せっせと払いに来る。まぁ本人がそれでいいのならそれでもいいが、店はどないしてんねん。聞いてみると一応シャッター閉めてるらしいんですけど、支払いに行かないかんからと言う。いや、商売の妨げにならんように集金にしてるんやん。さすが昔のヨゴレは最近のとは一味違うな。


ある日調子に乗って米子はまた増額を申し出た。味をしめてるんやろな。どうせまた用紙を持っていかしてくれると思ってたらしいけど、これ以上になるとさすがに店長も放っておけなくて、実際本人と会って確認せないかんことがあると言ったら、ガチャ切りした。自分の言うことが通らんかったら機嫌悪くなるのは子供もおばはんも一緒やね。


方々から米子の問い合わせが来るようになった。それだけ借りまくってるんだろな。店長もそろそろカタにハメとこうかと言いだした。あとはそのタイミングだけなんだが、それがなかなか掴みづらいのよねぇ。米子が支払いを忘れてくれたら、それだけで大義名分は揃うのだがねぇ。


そんな中、1ヶ月ほど経ったある日、ついにチャンス到来!17時になっても米子は支払いに現れなかった。すぐに書類を携えて俺は米子の店に走った。まぁ他のトコは入金してるみたいなんで忘れただけなんだろうけど、こっちもこのチャンスを待ってたのよねぇ。店の前で米子が帰ってくるのを待ってるが、帰ってこない。米子は携帯なるものを持っていない。だから連絡取るには店の電話しかないんだが、当然のようにシャッターの閉まった店に誰かいるわけでもなく・・・いつ帰ってくるかわからん米子を待つしかなかった。


しばらく待ってると、シャッター横にある扉をガチャガチャしてる女性が現れた。鍵を出して扉を開けて入って行こうとしてたんだが、鍵を持ってるってことは身内かと思い、車から飛び出して話しかけた。話してみると米子の娘だった。お母さんと法事の話があって電話したんだけど、出ないから心配になってきたとのこと。大チャンス到来ですやん。そして俺はコンコンと説いた。米子がウチから金を借りてること。今日支払いに来てないこと。連絡取れないこと。全額返してもらわないといけないこと。あとは米子が偽造してくれた保証書が役にたった。娘のダンナが公務員なのはわかってるんで、それをネタに揺さぶった。


娘は保証人になってないし、こんなのも書いてないと言う。そんなことはわかっとるんだけど、母親が偽造したのはこっちも百も承知。娘は知らぬ存ぜぬを通してたが、まぁそれを押し通すなら、こっちもやることをやるだけだし。


娘さん本人が書いてないとおっしゃるのなら、そうなのでしょう。だとすると、偽造以外の何物でもないですね。それではこちらのも顧問弁護士(そんなのおらんけど)に相談しまして、刑事告訴するようにしますね。まぁダンナさん県庁にお勤めと聞いてたんで、いろいろ聞かれるかと思いますけど、恨むならお母さん恨んでくださいね。この件に関しましては当方に責任があるとは思いませんので、何があっても文句は言わないでくださいね。


それは困ります。と娘は言うが、困るのは実害被ってるのはこちらである。どうしても突っぱねるなら、出るとこ出るのは仕方がない。穏便に済ます方法もありますがと誘い水をかけると、食いついてきた。そこでその方法を教えることとなった。


これが偽造であることは間違いないんで、これを届け出れば大事になります。娘さんがこの用紙をちゃんと自分で書いてくれれば、ワタシも社長に報告できますし、一括で返済ということも言いません。もちろん書いたからと言って、すぐ娘さんに書いたから返せなどというムチャを言うつもりはありません。この場を収める為のこちらからのお願いと理解してください。借りたお金は返さないかんですし、それは借りた本人がするべきであると思っています。穏便にことを収めたいのは娘さんだけではなく、ワタシも一緒ですので。


家の人には内緒にしてくれます?と聞いてきたので、とりあえず心の中でガッツポーズ。


もちろん。よほどのこと、例えばお母さんが居なくなって、娘さんも連絡取れなくなってとかなら、自宅に伺うしかありませんけど、それ以外なら大抵のことを大目に見れると思います。お母さんのことやから、ちょっと忘れてるだけだと思いますけど、社長はお母さんのことを知らないんで、やはり延滞に出てきたらうるさいんですよね。自分も何やかや言ってもサラリーマンなんで。


わかりましたと娘は陥落した。早速保証書を取り出し、さっさと署名、捺印させた。米子が帰ってきて見つかると面倒だからな。お母さんにはこのこと伝える?と聞くと、黙っといてくださいと言われた。自分が保証人になってることがわかると払わない可能性も出てきますんで。ずっとそういった話は突っぱねてきてたんで、あれ払って、これ払ってとなっちゃいそうなんでと。なるほど、やっぱその類の人間か。では黙っときますので、娘さんもお母さんとダンナさんにはくれぐれも黙っといてくださいねと言い聞かし、俺はその場を離れた。


会社に帰って店長に報告すると、これで絶対イケるな、ようやったとお褒めの言葉を頂戴した。これで誰にも知られることなく、ウチの焦げ付きはなくなった。絶対の自信が持てる仕事だった。あとは米子がどこまで踏ん張ってくれるかなんだけど、まぁ周辺の業者が貸してるってこともあってしばらくは持ちそう。調子に乗って50万とか貸してるとこもあるんだけど、大丈夫かねぇ。


翌日米子は電話をかけてきて、昨日は仕事が忙しくて払いに行くのを忘れてたと言ってきた。嘘つけ!まぁそうかそうか、これからは気をつけてねと店長は言ってたが、結構笑いをこらえてたな。減ってる分もあるから、ついでに書き換えしたろか?というと、その10分後には会社に現れた。こいつ店ほっぽって、その辺の喫茶店にいたというのが、アホでもわかるくらいのスピードで来た。まぁ平気で嘘がつけるって、これも才能かねぇ。


そんな中、仲のいい業者と飲む機会があった。社長も店長も俺も出席したんだけど、いろいろ話してるうちに米子の話題となった。社長が現役の頃、他の社長さんも現役で走り回ってたらしいが、やはり印象に残るのはデキの悪い客、ヨゴレの客である。米子はその中でもとびきりのヨゴレだったいう話だ。口々に米子取るのは苦労したなぁと言ってはいるが、社長がこいつらまた米子に貸してるんよって言っちゃって、他の社長からもアレに貸したか?すごいなと言われたんだけど、そのあとウチも貸してます、ウチも貸してますと他社の若手社員から声が上がり、各々の社長からアレに貸したんかーと呆れられてた。店長はまだ娘のことを社長には言ってないみたいなんで、まぁ機会があれば話しとくやろ。




その後散会となり、社長と店長と俺は三人で飲みなおしってことで別な店に行ったが、やはり社長から米子のことについて説明を求められた。店長はかくかくしかじかと説明して、娘付いてるから額面内でガンガン回していきますと胸を張った。まぁ他の業者さんの前で話すと俺も俺もとなっちゃうんで、このタイミングになったんだけど奥の手は隠すものです。奥の手を晒すなら更に奥の手を持つ。社長が娘から取れると聞いてきたが、ダンナが公務員だし娘も内緒にしてくれって言うくらいなんで大丈夫でしょと言うと、そうかー、まぁお前らがそう言うのなら俺は何も言わんよと。いや、結構言ってますやん。


その日はちょこちょこ飲んで帰ったんだけど、次の給料日、給料が2万上がってました。いい仕事して給料上がるのは気持ちいいね。


それから数ヶ月、やはり予想通り、米子は支払いに困り、窮することとなっていった。まぁ仕事してないも同然だもんな・・・・。


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