第19話 裕子 6

以前裕子の境遇と似通った方と飲む機会があった。その方は友人に騙されて借金を背負うこととなり、そういうお店の経験ナシでお風呂屋に放り込まれたらしい。自分の決断なのか、追い込まれてそれしか道がなかったのかの違いはあれど、まぁ興味をそそる方である。その方は当時すでに5年ほど働いてたみたいなんだけど、自分の好奇心というか興味本位で話をいろいろ聞いてみた。


自分が放り込まれた時はどうやって逃げようかしか考えなかったそうだ。しかし監視もあるからそうもいかず、そのまま働いたそうなんだけど、1週間ほど働くと慣れていくんだそうだ。人間置かれた境遇には段階的にだが慣れていくもんだし、住めば都である。重みのある言葉だ。以下はその方から聞いた話である。


第一段階・・・自分の境遇を呪い、自分を騙したやつをコ〇したい衝動に駆られる。この世の終わりみたいな感覚になる


第二段階・・・諦める。簡単に言えば思考停止。どうしようもないという諦めしかない


第三段階・・・腹据わる。この境遇が変わらんのやったら、ここで生きて行こうじゃないかという決意 


第四段階・・・いかにお客さんに気に入ってもらえるかを考え出す。指名あればあるほどいいし


第五段階・・・慣れる。心にも余裕が出来だして、お客さんとの雑談にも耳を傾けれるようになり、どうやってあしらい、またどうやって手を抜くかを考え出す。お客さんの顔が金に見えだす(笑)


話を聞くに第五段階まで到達するには、個人差はあれど早い人で3日ほど、遅くても2週間くらいでいくらしい。ちなみにこの方は1週間ほどだったそうな。借金終わったら普通は抜けるもんじゃないの?と聞いたら、99%は借金終わってもそのまま続ける。いくつか理由はあるみたいなんだけど、この仕事は若い時しか出来ない。あと最大の理由はやはりお金である。金銭感覚がおかしくなるらしくって、今日全部お金なくなっても、明日仕事に出れば破格のお金を手にすることが出来るのである。これも慣れと言えば慣れか。そりゃどこぞのアルバイトしても一ヶ月で20万にもならんけど、この仕事なら一ヶ月80~100万くらいは稼げるし。ダラダラしながら5年も行ってるけど、いつまで経って貯金が出来ないと言ってた。まぁ一度狂うとなかなか元の金銭感覚には戻れんということか・・・・。ちなみに俺は風俗に勤めてる女性を尊敬している。理由は女性にとっての究極の肉体労働であり、突き詰めると男には出来ない仕事だからである。


本題に戻そう


あれから1週間ほどが過ぎた。俺は日々の業務に追われながらも裕子のことは気にかけてた。店長もなんとなくだが気になってる風ではある。ちょくちょくお風呂屋店長が電話かけて来てくれるのだが、まぁ俺が今更どうこう言うつもりもないし、元気でやってくれることを願うばかりだ。


その日は珍しく、朝出社する時間にお風呂屋店長から電話があった。今日から写真パネル出すからね。ここからが勝負だから。わかったといい電話を切るも、やはり心配なものである。会社に着き、店長にその話をしたら、そうか、これからはどんな客がくるのかわからんなるわな・・・やはり店長も心配してる感じだった。


さらに一週間経ち、だんだんとお風呂屋店長からの電話も少なくはなってきてるが、そろそろ一度会っておこうと思い、お風呂屋店長から休みの日を聞きだし、その日は監視の男に電話をして部屋に会いに行った。会ってみてビックリした。垢ぬけたというかなんというか、まだ20歳そこそこなのに艶があるというかなんというか。まぁ小娘には違いないんで、食指が動くことはないんですけど。


とりあえず部屋の中に入り、監視の男を追い出して差し入れのケーキを渡した。そしてこの2週間の間に起こったことを話した。うんうんと頷きながら話を聞いてくれた。仕事の内容には触れずに体調のことだけ聞いて、次会う時はメシでも行けるようにお風呂屋店長に頼んでみるねと言うと、笑顔でハイ!っと元気に返事がきた。最後にどうしようかと思ったけど、一応聞いてみた。彼氏への言伝あるなら預かるけどと。必ず帰るんで待っててくださいと伝えてください。っと、健気な言葉を預かった。まだ心は折れてないみたいだ。ホッと胸をなでおろすと部屋を後にして、外で待ってた監視の男を一睨みして、お店にいるであろうお風呂屋店長に会いに行った。


差し入れのケーキを渡して、裕子の状況を聞いた。お風呂屋店長はニコニコしながら、


あの子凄いわ。天性の物があるんじゃないだろうかって思うくらい客受けいいで。新規で入ったお客さんも半分以上がリピになるし、ほんまえぇ子を紹介してくれたわ。人気もあるし、今月はムリでも来月トップいけそうな勢いだわ。


その話を聞くと少々複雑ではあるが、前向きに捉えるように努力した。

一週間後くらいに休みあれば、ちょっといろいろ話しときたいんでメシ連れていっていい?そこまで時間かけないから。


承諾をもらうと俺は店を出た。


その足でそのまま彼氏の家に行き、彼氏と会った。言伝を預かってきたと言うと家の中に入れてくれたのだが・・・。なんだこの部屋は・・・。汚部屋になっとる。とりあえず座って言伝を伝えるとちょっと笑ったような顔をしたが、また何考えてるかわからん顔になった。これは裕子より彼氏の方が先に心折れるかもしれんなと思ったが、もう走り出したものは止めれんし、ちょこっとだけ励まして家を出た。裕子の変わりようにも驚いたが、彼氏の変わりようにも驚いた。まぁ裕子が借金終わるまではこのままでいくしかないのだけど。


さらに一週間が過ぎ、約束通り裕子をメシに連れて行った。この一週間のうちに起こったことを伝えた。両親は破産の申し立てをした。おそらく親戚のおっさんがお金だしてさせたんだろね。裕子はもうあの親は関係ありませんとキッパリ言った。今後はワタシが保証人になってるとこの話だけ持ってきてくださいと言われた。なんかごめん・・・。そして裕子はおもむろに封筒を取り出し、50万出来ましたのでお預けします。これで一件終わらしてくださいと。すげぇ・・・3週間でバンス分を返済しながら50万貯めるなんて・・・。


それからは裕子から連絡がある度に、お金を預かりにいくスタイルにして、俺が親戚に成りすまして返済していった。やっぱりあの嘘ついてるであろうという業者は、裕子を保証人にしてなかった。書類を見せろと言っても出してこなかったしな。最後はキレて帰ったし。意味わからん。自分の仕事の怠慢を俺にぶつけるんじゃねーよ。


そして裕子が働きだして2か月ほど経ったある日、お風呂屋店長から呼び出しがあった。店に出ていくと、そこには裕子とお風呂屋店長がいた。この2ヶ月の間に協力業者以外はすでに終わらしており、残りは協力業者だけになってた。そしてさらにはバンスも全て終わらしたとのこと。お風呂屋店長曰く、超異例の早さだそうだ。そしてめでたく(?)お店でもナンバー1になったそうな。それはそれで少々複雑なんだが。それでバンスどうするという話になったけど、裕子の意向も聞いておきたいというので、俺を呼んだらしい。


裕子はバンスはもう嫌ですと言った。なんかあったん?と聞いたが、監視の男がキモいんだって。いつも舐めるように見てくるし、着替えも覗こうとするし、お風呂もおちおち入れないという。あーねー・・・・。んじゃこれからはバンスなしにして、部屋だけ借りようかという話になった。これによってお金が貯まるスピードは格段に早くなる。ただ彼氏への連絡だけは取れないようにしたいが、まぁこれは監視いなくなったら、抜け出すこともできるしなぁ。そう思いつつも今更いらんこともせんやろということで言い聞かせるだけにした。俺への連絡はお風呂屋店長を通じてという形にはなったが、まぁそれも仕方ない。携帯持たしたくないしな。とはいえ、持とうと思えば持てるし。いろいろ言ってたらキリないからな。


それからは連絡あった時だけ部屋に行き、お金を預かって協力業者に払っていった。会うたびにキレイになっていくというか、小悪魔チックになっていくというか。このころになると、自分から進んで客の話をしだした。俺聞いてもわからんけど、誰かに話すだけで気が楽になるというなら、ナンボでも付き合いましょう。


更に2か月半が経ち、協力業者も全て終わり残すはウチだけとなった。まぁまぁ利息もかさんでいるが、それでも今の裕子なら2週間ほどで終わらせれるんじゃないかと思ってしまう金額だ。他の業者の分は終わらすと同時に、あずかっていた書類(借用書等)を全部渡した。よく頑張ったねってことでまた御飯に連れて行った。もはや数か月前の面影はなく、そこにいたのはすさまじくいい女に成長した裕子であった。しかしこのじょにーの食指は動かない。何度でも言うぞ!俺は熟女好きだ!


そして更に1ヶ月後・・・裕子は見事530万を返し切った。実際に払った金額は700万近いだろう。メドである半年を待たずして終わらしたのである。全てが終わる数日前、一度お店に呼び出されて行った。裕子は借金が終わり次第、退店すると宣言した。お風呂屋店長も惜しいけど仕方ない。最後まで頑張ってねと言われ、仕事に戻って行った。


そして完済の日、俺は全ての書類を持って裕子の部屋に向かった。裕子の部屋に着き中に入れてもらうと、まずはお疲れさまでしたと裕子をねぎらった。ちょっとだけ話をしたが、裕子は前日の仕事が終わり次第退店となり、今日中に部屋も引き払うという。最終日は凄かったらしい。出勤から勤務終了までずっと予約が入ってて、来る客来る客みんなが花束持って来てたそうだ。もちろんもらった花束はお店側で処分してもらったらしいけど。予約を入れれなかった客は花束だけ店に預けて帰ったそうだ。


そして清算の話に移り、お金を確認して書類を全部渡して無事終了となった。そこから店長に報告し帰ろうとすると、よかったら彼氏の家まで乗せて行ってくれませんかと頼まれた。ここまで頑張ってきたんだから、それもよかろうと思い荷物を運んだ。荷物はここに来た当時とほとんど変わらん量だった。服なんかは店で借りてたみたいだな。来た時と同じように荷物を後部座席へ積み、裕子を助手席に乗せて走り出した。途中お店に寄り、部屋の鍵をお風呂屋店長に渡した。


この数か月間、すさまじいことが起こったが、たかだか20歳ソコソコの小娘がこの荒波を乗り切ったのである。運転しながらも感慨深くなり、裕子と話をしてると不覚にも涙ぐんでしまい、それを裕子にからかわれる始末である。歳取ると涙もろくなっちゃうねぇ。自分も見習わないかんとこもあるなぁなんて思ったものである。


彼氏には俺がたまに家に行ったり、電話をかけたりして様子は見てたんだけど、まぁ相変わらずだったな。仕事も行ってんのかどうかもわからんくらい、部屋の中荒れてたし。まぁいきなりいって驚かそうと裕子は言ってるが、たぶん裕子の方が驚くだろう。


そうこうしてるうちに車は彼氏のアパートの前に着いた。荷物を部屋の前まで運び彼氏に電話をかけた。鍵開けてって言うとドアが開いた。裕子が優しくただいまといい、彼氏に抱きついていった。俺は荷物を玄関に放り込んで、ドアをそっと閉めた。中から二人の大号泣が聞こえる。二人とも、よく頑張ったな・・・。


今回のことはいろいろ思うことはあれど、自分に一番近い大人、親にこういった状況へ追い詰められていったのはやりきれんな。やはりお金というものは怖いものである。しかし、この大波を若さで乗り越えた人間がいたのもまた事実。二人には幸せになってほしいものだ。そう思いつつ、俺は帰路についた。


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