第20話 裕子 7

裕子は頑張って払いきったんだが、そこまで出来るのなら親の借金を払ってあげればいいじゃない。親は破産する必要なかったんじゃないのか?そう考える方もいるかとは思いますが、はっきり言ってこの親はクズです。昨今でもちょいちょいクズ親エピソードは聞きますが、それを通り越したたクズです。弁護士からFAXが来た約1ヶ月後、裁判所からクズ親父共が破産の申し立てしましたと通知が来ましたが、その間にもどこで金を構えたのかわからんけど、パチンコ屋で見かけてます。おそらくあの時、裕子が親の言う通りにしてたら、食い物にされていずれはボロボロになってたと思います。まぁ後日談ですが、親父は自殺したそうで、オカンは身を寄せていた親戚宅をフラフラーっと出ていったまま、消息不明になったと聞いた。まぁヤミ金でも名前が挙がるほど有名になってたからなぁ。


裕子は完全に親からの連絡を絶ち、親戚のおっさんとだけ連絡とるようにしたみたいだけど、おっさんにはワタシも破産したと伝えた。これは俺の入れ知恵。その後は彼氏も立ち直ったらしく、ちょくちょく途中経過を俺の電話にかけてきてた。彼氏の元に帰って約4ヶ月後 子供が出来たとの報告を受けた。それから彼氏の親の許しを得て無事入籍。一応自分の親とは縁を切ったことを彼氏の親に話してはいたみたいだけど、父親はともかく母親がキツくあたってきたそうだ。また結婚したことによって裕子の親に住所がバレて、家まで来られたことも数回あったみたいだし。その都度警察呼んでお持ち帰りしてもらったそうだ。彼氏の母親からは認めないと言われてかなりキツかったみたい。孫産まれたら変わってくれるんやないかなと曖昧なことを言っといたけど。そうこうしてるウチに出産した。俺も写メ送ってもらったが、かわいらしい女の子だった。


子供が産まれてから少しずつ歯車が狂っていったみたいで、彼氏(便宜上こう呼ぶ)は事あるごとに裕子にあたるようになってきだした。裕子がパートで稼いだ金は汚い金だと言うようになっていたようで、ちょっとしたことで以前のことを持ちだしなじるようになったそうだ。彼氏は仕事も行ってるかどうかもわからなくなり、家にお金も入れないようで、もうお金ないよと言うと、お前がまた稼いできたらいいと言われるようになった。また俺とのことを彼氏が怪しんでる節もあったらしい。絶対ないんだけどね。そんなことがある度、俺に電話をかけてきて泣いていたのだが、なんとなく彼氏も壊れてる感はあったしな。まぁ話聞いてやることと頑張れとしか言えんわな。そして離婚を考え出し、話し合いをすることになったが、今度は彼氏一家が親もいない小汚い娘がとなじってきたらしい。過去の仕事のことも彼氏がバラし、まぁ彼氏と母親はともかく父親までそれに乗っかってきたってのが驚いた。それでも市会議員かよ。結局話し合いは物別れとなった。かといって一緒に居ることも出来ず、離婚が成立。裕子23歳の時である。後日談だが、この彼氏、2年後に破産することになる。また市会議員である義父は飲酒運転で捕まるのであった。


離婚当時、娘も2歳になるかどうかってくらいじゃなかったかなぁ。家を自分と娘でほとんど身一つで追い出されて、俺に電話をかけてきたけど、正直俺にもどうしていいかわからなかった。とりあえず何日かホテルに泊まらしたけど、いつまでもってわけにもいかんしな。ちなみにこの件に関して店長には内緒にしている。数日経って裕子はまた以前勤めてたお風呂屋で働きだした。これは俺が勧めたわけでもなく、自分でお風呂屋店長に電話をかけたそうだ。娘を託児所に預けて働くのはいいんだが、もう少し考えてから行動に移してもよかったような気もする。追い詰められてるのはわかるんだけどね。


働きだしてから、お風呂屋店長からちょくちょく電話が入るようになった。お風呂屋店長曰く、


まぁ相変わらずの感じなんだけど、以前に比べればなんとなく疲れてる感じがするね。客の方もそれを察してか、以前のようにリピには繋がりにくいね。


まぁ事情もあるから、それは仕方がないとこだが、それでも普通のアルバイトよりは破格だ。そうこうしてるうちに裕子は部屋を借り、生活を始めた。生活する上では十分な収入があったと思うが、いつまでも続けれるほど若くはない。4年ほど勤めてお風呂屋はやめた。娘が小学生にあがる頃だったと思う。またお店で知り合った男性と再婚するという報告もあった。それまでに何人か付き合ったみたいだけど、裕子からお金をむしり取ろうというやつばかりだったらしい。今度こそ幸せになってほしいものだと願わずにはいられなかった。


それから3年ほど経ったある日、めずらしくお風呂屋店長から電話があった。今裕子ちゃんと連絡とったりしてる?と聞かれたが、たまに向こうからかかってくるくらいだけどどうした?と聞きなおした。お風呂屋店長が言うには、実は裕子ちゃんだと思うんだけど、ホテル街で見かけたのよ。たぶんデリヘルとかへ行ってるんじゃないかな。マジかと耳を疑ったが、まぁ俺が立ち入る問題でもないが、次電話あった時でもそれとなく聞いてみるわと言って電話を切った。


それからしばらくして裕子から電話があった。俺もしばらく忘れてたが、最近どうだ?と聞いたら、再婚したダンナに騙されて借金負わされたと言ってきた。つくづく男運がないな・・・。それで今はデリヘル行ってると、まぁ正直に言ってくれたのはよかったが、まだそういった仕事を続けてるのはキツくないか?と聞いたが、大丈夫だよ。娘の為にも頑張る!と力強く答えた。ちなみに再婚相手とは離婚したそうだ。


それからしばらくして、俺も仕事をやめ田舎に引っ込んだんだが、バタバタしててすっかり裕子のことは忘れてた。そんな中、4~5年ぶりに裕子から電話があった。娘さんいくつになった?もうすぐ高校生になるよーとか、なんでもない話をしていたが、裕子はまた結婚するような話をしてきた。まぁ俺が何をいうわけでもないが、よかったなという言葉を送った。今度こそ・・・・幸せになれよ・・・。


それから1~2年ほど経ったある日、裕子から電話があった。ひどく疲れ切った声だったが、すぐに裕子だとわかった。結婚生活はどうだ?と聞いたが、沈んだ声で別れましたと言ってきた。なんで?と聞くと、再々婚相手は元々娘がターゲットだったらしく、一緒に住みだすと昼も夜も娘に対してベタベタしてきたそうだ。最初は単なるスキンシップかなと思ったが、一緒にお風呂に入ろうとしたり、娘が寝てる時寝室に入り込んで来たりしてたらしい。果ては娘の着替え中に部屋に入ってきて、押し倒されそうになったらしい。その時は幸い逃げて事なきを得たらしいのだが、それ以降身の危険を感じ、すぐに離婚。それから現在にいたる。そういった報告を受けたが、ホントに男運がないなぁ・・・・。まぁとりあえず男はしばらくやめとけとは言ったものの、それ以降は連絡してこなくなった。俺自身も仕事に追われて裕子のことはすっかり忘れてた。


そして裕子の娘は無事高校を卒業し、県外の就職先に行く為、長距離バスに乗った。それを見送る裕子だった。


それから一年後の春、娘が独り立ちしたのを見届けたかように、また自分に課せられた負の連鎖を断ち切り、娘に背負わせたくないかのように、裕子は自らの命を絶った。なぜこれを知ったか?娘から連絡があったからだ。小さい頃から俺の話は聞いてたみたいで、いつか会ってみたいと思ってたらしいが、初めての会話が裕子の死を知らせる悲しいものであった。


その報告を受け、俺は娘に会った。娘はちょうど俺が裕子と初めて会った時の歳だった。裕子の若い頃にそっくりだった。二人で住んでたアパートにお邪魔をして線香をあげさせてもらった。すでに荼毘にふされ、遺骨と遺影だけがあった。手を合わせていると、今まであったことが昨日のことのように蘇ってくる。娘もそういった仕事をしてるのをうすうす気づいてたみたいで、裕子に辛くあたってた時期もあったそうだが、裕子は歯を食いしばって仕事を続けてたらしい。あんなことしなければよかった。もっと話しとけばよかったと娘の後悔はあれど、これからしっかり生きていくことがお母さんに対する供養だよと諭した。娘は突っ伏して泣きだし、俺は落ち着くのを待った。


遺影の中の裕子は物寂しげに笑ってた。いつ撮ったものかはわからんが、それまでの人生がそうさせたんだろう。辛い人生だったと思うが安らかに眠ってくれ。よく頑張ったね。俺はこみあげてくるものを堪えつつ、アパートをあとにした。春の心地よい風が裕子に思えてならなかった。


裕子を中心に幾人もの人の人生が狂っていった。両親、彼氏、再婚相手、再々婚相手、そして娘。娘以外は全て自業自得である。発端は親のパチンコ狂いから始まったが、負の連鎖が20年ほどずっと続いてきた。そういう運命だった、そういう星の元に生まれたから仕方ないという言葉だけでは済まされないように思う。俺が保護した方がよかったのか、俺がもっと裕子の人生に立ち入るべきだったのか。はたまた完全に連絡を絶って、関りを持たないほうがよかったのか。裕子は俺にどうしてほしかったのか。裕子のことを思い出す度に自問自答するのである。お金は人を狂わす。俺みたいに底辺で生きてるからこそ、見えてくることもある。お金を借りるのも貸すのも人である。またギャンブルに狂うのも人である。お金借りるのが悪いとも思わんし、ギャンブルするのも悪いとは思わん。しかし自分のせいではなく、周囲の人間がお金に翻弄されることによって、こういったことも起こるのである。世間の目の届かないとこで裕子みたいな人間がいるのもまた事実である。裕子を知る人間は一言言ってくれればよかったのに、もっと話してくれてればよかったのに、気にはなっていたのよと言うが、本当にそう思ってるのかねぇ。世の中の事、全てに目を向けるのは難しいが、こういった現実があるってことを頭の片隅にでも置いていてほしい・・・。


裕子さん、お疲れさまでした。ゆっくり休んでくださいね・・・


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