第17話 裕子 4

まずは俺の彼女に買ってきてもらった下着を渡した。ちょっと着替えてきますと、彼氏の買って来た服と共に風呂場に消えていった。待つ間、彼氏とこれからどうするかを話し合ったが、彼氏は僕が支えていくし、僕も払える範囲で払いますと男らしいセリフを吐いた。まぁ世間知らずな面があることは否めないが、こういった前向きな青年は嫌いじゃないぜ。話している最中に裕子は風呂場で着替えて出てきた。彼氏がしまむらで買ってきた服は、なかなかのセンスで裕子がまぶしく見えた。


ありがとうございます。下着のサイズ、ピッタリでした。彼女さんにお礼を言っておいてください。あと生理用品まで入れていただいてて、お心遣い感謝します。


生理用品までは気が回らなんだ。俺の彼女も気が利くやんけ。えぇ女やろ。誰かに自慢してぇ。


この幸せそうな感じを壊したくはないが、仕方がない。ではそろそろ本題に入るねと言うと、一瞬で二人の顔がこわばった。とりあえず今日あった出来事と裕子と彼氏が置かれた立場を説明した。


裕子さんのお父さんとお母さんは破産をした。正確にはこれから破産の手続きに入るというやつです。今日FAXで弁護士さんから受任の通知が来ました。これによって業者さんは連帯保証人である裕子さんに即全額返済を求めることができます。こちらで把握してるだけでも12社600万(ウチ含む)、残金はざっと計算しただけですが530万ほどです。あくまで今日の時点ですので、これを放っとくと当然のように利息がかさんでいきます。ウチは昨晩に話が出来てますので、道筋が出来るまで待つつもりですが、それもいつまでもってわけではありません。ある程度の方向性を近日中につけてもらわなければなりません。実際働いて返すと言ってもこの金額は正直厳しいですね。ザックリの計算ですが500万に対して利息が一日15000円つきます。月に換算すると45万。普通に働いて返せる金額ではありません。彼氏さんの協力があったとしてもこの45万を返済していくのはほぼ不可能だし、これはあくまで利息だけなんで元金は減りません。その辺をよく考えて、自分がこれから先どうしたいのかを答えていただきたい。


裕子と彼氏は厳しい顔をしながらも、自分の立場を理解してる感じだった。20歳越えると知らなかったでは済まないし、親に騙されたとも言えない。二人がじっと考える時間が静かに流れて行った。しばらくして裕子が口を開いた。


昨日からずっと考えましたが、私は悪いことをしたわけではないのだから、破産はしたくありません。破産する親と一緒のことは出来ない。あんな人間にはなりたくない。だから働いて返します。彼氏にもこれ以上迷惑かけたくないから、私が絶対働いて返します。


裕子の意気込みは伝わった。しかし俺も仕事なんで、どうしても現実的に考えざるをえなかった。


うーん、心意気、覚悟は素晴らしいと思うんだけど、現実的にはなぁ。でもどうやって返す?普通にアルバイトで返せる金額ではない。夜の水商売でもこんな給料をもらってる人はいない。何の資格も人脈もない、二十歳ソコソコの小娘がこれを返済していく仕事って、そうそう無いよ。


そう伝えると、おそらく自分で考えて結論を出してたのだろう。腹据えた女の顔を裕子はしてた。覚悟のある顔だ。それを聞くと彼氏は泣き崩れた。涙を流しながらも気丈に振舞う裕子を何とか助けたいが、店長は何と言うかなぁ。なんとなくこれなら大丈夫のような気もするが、俺もサラリーマン。なんとなくでは上を納得させることは出来ないのである。


ちょっと部屋の外に出て、店長に電話をかけてみた。裕子本人の意向を伝えた。それを聞いた店長はじょにーはどうしたい?と聞く。俺は冷静に現状を分析して、自分なりの答えとした。


ウチの分に関しては彼氏いるので大丈夫だと思います。問題は裕子が他の業者に捕まって、彼氏を保証人に付けられることだけなんで、これを避けるには監視がどうしても必要になってきます。しかし、ウチも四六時中付いておくってわけにもいけないんで、本人さえそういう所で働いてもいいというのであれば、そういった店の寮とかに入れるのがいいとは思いますけど。


ふむ・・・としばし店長は考えこんだ。しばらくして店長は


じゃあお前が望むように絵を描いてみろ。責任は俺が取ってやる。その代わり、俺とお前はどうなろうがいいけど、社長にだけは迷惑かからんようにしとけよ。俺も腹くくるけど、お前も腹くくっとけよ。


俺はわかりましたと応じ、電話を切った。彼氏の部屋に戻ると、まだ彼氏は号泣中。それを裕子が大丈夫だからといって背中をさすってる。いや、普通逆じゃね?俺が戻ると、


どこかお知り合いのお店とかないですか?できれば知らない店に行くよりは、今まで親身になってお話してくれたじょにーさんの知ってるお店の方が、少しでも安心出来るのですけど。


裕子にそう言われ、俺はカメムシにちょっとだけ劣る程度しかない脳みそをフル回転させ、これからのことを頭の中で描いた。知り合いはいる。若い時飲み屋へ勤めていた当時に知り合った人だけど、現在はお風呂屋店長さん。たまに飲みにもいく間柄だ。それに頼んでバンス(前借り)させてもらおう。その金で何件かを終わらして、その間に稼いだお金でまた返済をさせる。バンスが終わるとまたバンスしてもらってまた何件か終わらす。これを繰り返していけば半年一年くらいで終わるやろけど、俺は女衒師じゃないからなぁ。まぁウチはウチの分だけ終わったらいいんだし、他のとこのことまで考えなくてもいいんだけど、今回は裕子の意向もあるからそうもいかんしな。


ただバンスすると寮に入らなくてはいけない。お店側も商売なんで逃がすようなことはしない。当然四六時中監視がつく。買い物も自由に行けないし、当然遊びに行くことも出来ない。4日出勤して2日休みを延々と繰り返して、店と寮の往復だけとなる。まとめて休めるのは生理の日の数日だ。6畳一間の部屋で監視の男と二人っきりで過ごす。俺の経験上、こうなった女は100%彼氏と別れる。外部との連絡も遮断されるからだ。あと監視につく男というのはだいたい借金もつれで、どうにもならんやつが多い。男の方も女に逃げられたら女の借金は、監視の男が全部払わないかんなるから必死である。しかし四六時中一緒にいるとなぜか男と女の関係になるのである。監視の男には商品(監視対象の女の子)には絶対手を付けるなと言われてる。それでも手を付けるのである。まぁ四六時中一緒にいたらねぇ。ストックホルム症候群と似たような症状になるのかもね。これは昔からよくある手である。


とりあえず、今日のところは裕子の覚悟がわかったので、これで帰るとしよう。彼氏は俺が帰るまで泣き通しだったが、裕子が優しく抱きしめてるので大丈夫だろう。明日の夜にもう一回来るから、その時までにこちらはこちらで段取りつけとくけど、心変わりしたならいつでも言ってねと言い残し、俺は彼氏の部屋を出て、帰路についた。


翌日出社すると店長はすでにいた。昨日少ない脳みそで考えた計画だが、店長に全て話した。ついでに付け加えるなら、全部ウチでまとめた感じの書類を作っておくことにした。まぁこれはいざって時用なんで、使うことはないと思う。支払いはどうやってしていくの?と聞かれ、それは裕子が業者に電話をかけて残金を確認し、そのお金を俺が預かり振り込むことにした。完済した借用書については、居酒屋のポストにでも入れてもらって、俺が回収するという手はずだ。その時当然のように張り込むだろうけど、完済してもらってる業者が何を言ってきても怖くねぇし。なるべく目立たない夜中に取りに行くようにしようと思う。電話に関しては非通知でかけても大丈夫だろうし、お金払ってくれるんなら業者としても万々歳だよね。社長への説明はお願いしますと頼んで業務に戻った。


そうこうしてると彼氏から電話があった。今日は会社に行く気分にはならないんで、家にいます。何かあれば連絡くださいと。店長に話すと、いつから動くか聞かれたが、覚悟が固まってるうちにすぐにでもと返答した。じゃあ今から動けとゴーサインをもらったので、前述したお風呂屋店長さんに連絡を取り、近くの喫茶店で待ち合わせした。


会って久しぶりと挨拶を交わし、本題に入った。


1人お前のとこで面倒みてもらいたい。ただ経験がそこまであるようには思えんから最初からキツいのは勘弁してやってくれ。あとわかってると思うけど、金絡みなんで、そのことだけは頭に置いておいてくれ。


俺がそう言うと、お風呂屋店長は全てを察したように


お前からの頼みじゃ断れんな。お前、こういう話嫌いだもんな。それを俺にしてくるってことは、お前にもそれなりの事情があるんだろ。わかった。任せとけ。仕事に関しては心得てる。キツいことさせてさっさと辞められる方が、俺らにとっても損だからな。お前の紹介だから丁重に扱うよ。


そしてバンスの話に移った。普通にバンスすると、最初は50万までなんだそうだ。もちろん状況に応じてなんだろうけど、そこまでリスクを冒すことも出来ないってことなんだろうね。2回目からは100万とかになるみたいだけど、まぁとにかく続くかどうかが心配である。うーんと考えてると、お風呂屋店長は


そんなに金必要なの?いったいいくら?


そうと聞かれて俺が530万と答えると、お風呂屋店長はコーヒーを吹き出した。それは厳しいなと言われたが、んなことはわかっておる。まぁ働きながら返すってのとバンスで何件か終わらしていくんで、その辺は仕事が続けば問題はない。初手で何件か終わらしたいのよねぇと俺が言うと、わかったと応じてくれて、経営者にも掛け合ってくれるそうだ。その代わり寮に入ってもらうこと。監視が付くことを了承させられた。ではそれでいこうとお互いが頷いた。


今晩中に準備出来次第、俺がそちらに付き添っていくようにする。寮や監視に関してはお前に任すけど、他との連絡は遮断してもいいが、俺がお金を預かって支払いに行かないかんので、俺と連絡だけは取れるようにしといてくれ。


そう言うと、これも了承された。とりあえず細かいことは後で詰めるとして、大まかなことを決めて店を出た。


もうそろそろ昼になろうかという時間なんだけど、彼氏に連絡してそちらに行くことを伝えた。途中で配達ピザの店に寄り、お持ち帰り用で3枚買った。まぁ腹も減ってるから食いながら話そう。彼氏の部屋に着き上がらせてもらうと、裕子は昨日と同じ顔をしてた。腹は決まってるみたいだ。逆に彼氏の方は魂がすっかり抜け落ちてるようだ。まぁ普通に生きてりゃ、経験しなくてもいいことだもんな。気持ちはわかる。


ピザをテーブルに出し、食べながら本題に入った。知り合いの店にコンタクトをとって、一応働けるメドが出来たこと。前借り出来るお金はまだ本決まりではないものの、経営者にも掛け合ってくれて、それなりの金額を出してくれそうなこと。日々働いたお金からそれを返済していくこと。業者への支払いに関しては、裕子が電話をかけて残金を聞くと言ってたが、それはちょっと難しいかもしれんから、俺が親戚を装って電話を掛けて聞きだす。その後銀行からの振込で完了。完済した分の借用書はお店のポストに鍵を付けて、俺が回収して渡すようにすること。裕子は俺の言葉をかみしめるように熱心に聞き入ってた。彼氏はまだ魂が抜けてた。しっかりしてくれよ。


ここからが二人にとって厳しい話になる。一つでも条件が飲めない場合はこの話は無かったことにすることを宣言した上で話を始めた。


① まずこの話をまとめるにあたり、530万の借用書を作ってもらう。そして彼氏に保証人として名を連ねてもらう。これはあくまで仮の措置なんで、裕子さんが働いて完済した暁には目の前で破棄します。これはバンスに対してと、待ってもらう業者さんに対して安心感を与える為の処置と思ってください。


わかりましたと言うので、早速書類を仕上げた。まだまだこれから話すことは二人にとって厳しくなるからなぁ。早めにこの書類を作っときたかった。


② 寮に入ってもらいます。これもバンスするのであれば当然の措置です。また監視も付きますので了承してください。


③外部との電話、手紙のやり取りは全て遮断されます。つまり借金が全部終わるまでは彼氏と連絡も取れないし、会うことも出来ません。俺だけは他の業者への支払い等があるので、会うことを許可してもらっています。その時に言伝くらいは預かることができますが、手紙などは俺の立場もあるんで預かることは出来ません。渡された時点で破棄します。


④給料に関しては一日働いたお金を帰り際に渡されます。その時に決まった金額を引かれています。それがバンスの返済分ということになります。また必要経費もその時引かれてますので、明細を確認してください。必要経費は部屋代、光熱費、お店で使うタオル代、お客さんに出す飲み物代、自分の飲食費などがそうです。変にピンハネなんかはしない店なんで、その辺は安心できるかと思います。以上、何か質問ありますか?


だいたいどのくらいの期間で返済し終わりますか?と言われた。


正直そんなもんわかりません。売れっ子になれば月に200万くらい稼げると言われる業界なんで、それは自分次第としか言いようがない。バンスが終わったらまたバンスして、1件1件終わらしていくしかないし、日々稼いだ金を貯めといてある程度貯まったら、それでまた終わらすようにするって感じかな。まぁ半年が一つのメドかと思うけど。あとの細かいやり取りに関しては、お店の人から聞いてもらうしかないかな。


俺から伝えることはこれくらいと言うと、裕子はわかりましたと力強くうなずいた。時刻は13時をちょっと回ったところだ。お店に行ってすぐってわけではないけど、たぶん翌日にでも病院に連れて行かれてメディカルチェック受けるだろうから、保険証だけは持参してくださいねと言うと、唯一の身分証明書なんで持ってますと言った。彼氏はうなだれたままだし、俺からかける言葉もない。言伝預かれば伝えるつもりはあるけど、大丈夫かなぁ。


19時頃にもう一回来ます。それから店に向かうので、準備しといてください・・・


そう伝えると部屋を出た。その瞬間に彼氏の大号泣が始まった。まぁそうだろなぁ。そして車の中からもう一度お風呂屋店長さんに電話をかけて、20時までには行けることを伝えた。お風呂屋店長さんも経営者に掛け合ってくれて、本人見てからになるけど、俺の紹介ってことで200万までならいいという言質を貰ってくれてた。


裕子にとっても辛く厳しい日々が始まるんだろうけど、それは自分で選んだ道だ。破産した方が楽なんだろうけど、それをせずに、いばらの道を選んだ裕子は今何を思う・・・

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