第16話 裕子 3

裕子は彼氏のアパートに着くまでずっと泣いていた。まぁこれから先は恐ろしい現実しか待ってないからなぁ。泣きたい気持ちもわかるがこちらも仕事だ。まだ若いんだから大丈夫だよと諭すも、たぶん人生狂うことになると思う。夢であった服飾の専門学校に行くことも叶わないだろうということも薄々わかっていると思う。


彼氏のアパート前に着くと雨が降り出した。あたかも裕子の心情を表すかのような土砂降りだ。裕子はおもむろに携帯を取り出して、彼氏に電話をした。詳しいことは会って話するから、ちょっと外に止まってる車まで来てくれないかと伝えると、すぐに彼氏は出てきた。


お互い初対面な俺と彼氏は、簡単な自己紹介をして本題に入った。


今まであったこと、先ほど親から言われたこと、これから起こるであろうこと。彼氏もまだ23歳。大学をでて社会人2年目ってやつで、そこまで給料もあるわけでもないから、当然助けれるだけの貯金もない。とりあえずウチの100万をどうするか?って話だけしてみたけど、なかなか真面目で裕子を守ろうとしてるのが、言動からも見て取れる。いい男だ。現状を説明して今は全額を払ってもらわなければいけない状況を打破するために保証人が必要と説明して、裕子からも絶対迷惑かけないからお願いと言われて、渋々ながらもサインした。一応彼氏の方の家族構成を簡単に申込用紙に書いてもらうと、親父は某市の市会議員・・・うーん、どっちかなんだよなーこういう立場にいる奴って。ただ彼氏の親父と裕子は面識もあり、結婚を前提にって話をしてるみたいなんで、まぁ大丈夫やろ。


書類が全部仕上がって店長に報告。とりあえずウチの分は大丈夫と思いますと言うと、ようやったなとお褒めの言葉を頂戴した。今後の話もちゃんと詰めといてねとの指示をうけ、狭い軽四の中三人でまた話し合う。


これから先に起こることは想像に難くない。先ほどからひっきりなしに親父から電話が入っている。これだけ電話かけてくるってことは、アテがあったのだろう。このまま裕子と連絡取れないなら、明日なんらかの行動に移ることは簡単に想像できた。俺はめんどくさいんで、無視しとけと言って電源を切らした。親父共が行動に移る=破産するってことだから、今ある500万を超える借金は裕子が払わなくてはいけなくなる。当然裕子も破産するということも考えられるが、裕子は絶対破産したくないという。あんな人間(クソ親父共)に負けたくないから、同じことをしたくないと。うーん、それはそれでちょっと困るんだけどなぁ・・・ウチの利益だけ考えたら破産してくれた方が俺としては楽なんだけど。


裕子にも話したが、破産にはそれなりのメリットもあるが、それなりのデメリットも存在する。メリットに関してはTVなどで弁護士共も言ってるだろうから割愛。


問題はデメリットの方だ。そこまでデメリットってないやろと思う人もいるかもしれないが、このデメリットってやつは忘れた頃にやってくることの方が多い。因果応報というやつやね。いくつか例を挙げらしてもらうと


①新しく入った職場でバレた


②娘が結婚しようとした時に相手方が調べてバレた


③なぜか近所中に破産したことがバレて居づらくなった


④結婚した後でローンが組めないのを怪しまれて、調べられてバレた


まぁ挙げていけばキリないけど、こういった事例はいくらでも聞く。名誉棄損だーとか騒ぐ人もいるだろうが、人の口に戸は立てられぬものである。もちろんこれを跳ね返すメンタルの持ち主もたまーにいますが・・・・。この因果応報というやつは潜伏期間が長ければ長いほど大きくなって返ってくる傾向がある。ひょっとしたら10年20年という時間を経て、自分の人生に多大な打撃を及ぼす時もある。ある知ってる人は破産して17年間ずっと黙ってて、何かの拍子にそれが表に出てしまい、ソコソコのトコに勤めていたがその会社を辞めざるを得なくなり、その17年間の間に結婚もしてたがそれも破綻。可愛い中学生の娘にも罵倒され、今は日雇いで食いつないでる。


彼氏にも聞いたが、裕子が破産をしたとして、君はいいかもしれないが、親に説明できる?と聞いたら出来ないと言う。まぁそうだろな。これが現実である。とにかく、しばらくは自宅に帰ることも店に行くこともやめといた方がいいかなと提案して、その日から彼氏の家に泊まり、外に出ないようにしてもらった。情報は俺が彼氏に電話するんで、その時話すようにして、裕子の携帯は電源を落としとく。着替え等については彼氏に買ってきてもらうようにしたが、さすがに下着とかはアレなんで、俺の彼女に電話した。事情を話し、電話を裕子に代わってサイズを聞いた。俺に再度代わって、明日には用意しとくと返事をもらう。いやー下着のサイズなんぞわからんからなぁー。ありがたやありがたや・・・


とりあえず何とか形になったんで、彼氏と裕子が部屋に入ったことを見届けて帰路についた。途中店長から電話があり、今後の方針を話し合ったが、本人がどうやって返していくかを考えてもらうしかない。俺らが考えて押し付けるよりは、自分の足で立って決めてもらった方が、最後まで行けそうな気もするし。


帰宅すると彼女が晩御飯を作って待っていた。仕事大変だねと言いつつも機嫌がいい彼女が可愛かった。風呂入りながらも明日からどーすっかなぁと思案してたが、いい考えが浮かばない。身内である親ですらアテには出来んしな。まぁ明日になって裕子や彼氏の心変わりはないと思うけど、人の心は移ろいやすい。そんなことを心配してもしゃーないから今日は寝よう。っと彼女が寝ているベッドに潜り込むと彼女は起きていた。そして・・・抜魂・・・・。


翌朝起きると朝食のいい匂いがしていた。純然たる日本人の俺は、当然のようにごはん党である。白米、味噌汁、焼き魚、白菜の浅漬け、卵かけご飯用の生卵。食べるたびに幸せを感じる。彼女も朝から鼻歌なんか歌っちゃって機嫌がいい感じ。出社時間になったので、彼女に昨日頼んだものをもう一回念を押す。昼休みに会社近くの下着屋さんで買うから、取りに来ていうありがたい言葉に感謝しつつ、俺は会社に向かった。


会社に着くと、早速店長から昨晩のことについての説明を求められた。包み隠さず話したけど、ネックは彼氏の親父の市会議員だけだな。まぁまだそこまで当選回数を重ねてるわけでもないので、潰しにかかるよりはスキャンダルを怖がるだろうと思い、結論としては彼氏いるなら大丈夫だろってことで落ち着いた。


昼が近づくにつれ、店長にちょいちょい電話がかかってくる。裕子の親父が連絡取れなくなって、集金も置いてない。娘にも連絡が取れないと言ってるらしい。娘の件は親父の動きがハッキリするまで伏せとこうということで、他社には黙っといた。店長もおそらく今日がゲームセットの日やろねとつぶやいておった。


そうこうしてるうちに昼になり、昼ご飯を食べてると俺の携帯が鳴った。彼女からだ。下着買ったから取りに来てと言われて、店長に断りを入れて昼ご飯をいそいで掻きこみ取りに行った。彼女に会うと朝と同じで機嫌がよろしい。そういや会社の制服姿は初めて見たな。お前かわいいなと言うとちょっと照れた顔して、仕事頑張ってねという言葉をいただいた。ワイの彼女、かわえぇやろ。


会社に帰ると店長からやはり親父はダメっぽいなと言われた。いろいろ情報が集まってくるにしたがって、いよいよゲームセットかという雰囲気になってきた。集金の時間になり電話が入った。やはり置いてないとのこと。ほぼほぼ確定と思いながらも連絡を取り続けてた。店長に言われ以前見かけたパチンコ屋にも行ってみた。店員にあの親父来てないかと聞いたが、昨日までは見たんだけど今日はまだ見てないなぁと。店員同士でもいつも朝から来てるのにどうしたんだろうと話題にはなってたみたい。


ついでに店の方も見に行った。もうすでに3台の軽四が止まってた。当然のようにいるわけもなく、業者さん同士で情報の交換を行っていた。自分もそれに加わり、とりあえず情報をと思ったが、目新しい情報は聞きだせなかった。車に戻り店長に電話すると、いつものFAX弁護士から連絡があり、裕子の親が親戚のおっさんに付き添われて破産の申し立てをするべく依頼をしにきたそうだ。ゲームセット確定!そして裕子は置いてきぼりとなった・・・・。普通は娘共々ってのが一般的なんだけど、なんだ?このクズ親父共は。娘に連絡取れんからといって、さっさと自分たちだけ破産するかよ。おそらく裕子が出ていった後、全然連絡取れないから、親戚のおっさんに泣きついたんだろう。親戚側にしてももうどうにもならんし、これ以上は金も出したくないだろうし、このままだとひょっとしたらとばっちりがくるかもしれんと考えて破産するようにしたんだろう。それにしても毒親というものはなかなかのもんだね。ウチもなかなかのもんだったけど、裕子の両親も結構なクズだわ。


帰社すると弁護士から、クズ親父共(裕子の両親)の破産受任通知のFAXがあった。まぁクズ親父共のことは後日弁護士から聞くとして、まずは店長と作戦会議だ。裕子のガラを押さえてるのはウチだから、これは絶対的有利。問題は裕子がこれから先をどう考えているかだなぁ。500万越えの借金を背負って普通にバイトで払っていけるとも思えんしな。とりあえず今晩彼氏と連絡取れたら、裕子とも会って話してみようってことになった。親とは連絡取れてないだろうし、よしんば取れてても彼氏の存在があるからヘタなことは出来んと思うし。


その日の業務が終わり、彼氏にワン切りかまして折り返しの電話を待った。電話がかかってくる前にやることは山積み。来てない人への連絡、催促、集金の段取りとまぁ多岐に渡るんだが、やってる最中に俺の携帯が鳴った。仕事が終わったというので彼氏の家に向かうことにした。集金等は店長にお願いして、俺は車を走らした。


彼氏と会い、促されるままに家にお邪魔した俺は、キレイに片付いてるなぁと感心した。裕子が外に出れないから掃除したそうだ。いい嫁さんになるのぉと軽口を叩いたが、これから話すことを少々躊躇してしまいそうな裕子の笑顔がそこにはあった。


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