第4話 門田
門田は40歳ソコソコの男である。商売してるみたいだけど胡散臭さ満載で、正直何の仕事かわからん。書類上は新聞の販売店を営んでいるらしい。まぁウソだろうけど。結婚もして子供もいるが、決して家庭的には見えない容姿。俺の抱いた第一印象はチンピラ。ウチは一日2000円の支払いなんだが、こちらが把握してるだけでも一日4万程度払ってるみたい。こういう人が俗にいう多重債務者と言うんだが、いつもいつも思うんだけど、どうやってその金を工面してるのかが不思議でたまらん。そもそも一日4万も払えてるヤツがなんで借金もつれなんだと?っていう疑問はあったが、その疑問はあっさり解けた。一日4万支払える=一日4万の収入があるわけではない。4万作るのに借りたり返したりして算段するのである。それはもちろん金融業者のみならず、知人全般に対してである。業者はまず待ってくれないから、ちゃんと支払っておこう。知人のコイツはちょっとくらい待ってくれるやろ。コイツはちゃんと払っとけばまた貸してくれる。コイツはのらりくらりとかわして、返さんでもいいやろ。そういうのを見てると自転車操業という言葉がピッタリくるな。どこぞの国の瀬戸際外交を彷彿させる。支払いのお金を算段することに時間を取られて、まともに仕事が出来ないのが原因って人は多い。だから収入が減って、また借りに走るという負のスパイラル。
ある日門田が支払いに来てる最中にそっと窓を開けて下を見ると、黒光りしてるセルシオが一台。これ門田さんの?と聞いてみたら、借りてるだけと。こんな高級車貸す人って、まぁ推して知るべしだな。それから何回か支払いにきたけど、いつもそのセルシオ。帰ったあと店長に誰から借りてるんでしょうね?と聞いてみた。たぶん門田がやってる仕事ってのは運転手なんだろな。おそらくヤ〇ザの。送り迎えだけやって、あとは洗車や掃除やらせて、使ってない時は勝手に使っていいぞってシステムだろうな。付き合い始めはあんなんじゃなかったんだけどなぁ。そろそろ潮時かな。そう答えると店長はでっかい溜息をついた。 それからも門田は毎日毎日、相も変わらず黒光りするセルシオに乗って支払いにくる。見る度になぜか恰好が胡散臭くなっていく。チンピラ度数が高いな。正直こんなのと関わり合いたくねぇなぁってのがホンネである。
それから一ヶ月ほど経って、その門田から店長に電話。なにやら長時間話してる。このくらいになると小心者の俺は、妙に嫌な予感というかセンサーが働く。話の内容は聞こえないものの、店長の顔を伺うと、どうもおもしろくねぇなぁって顔してる。こんな時はだいたい俺にとって嫌な事が起こりがちである。しばらく店長は話しこんで、受話器を置いた。おもむろに、
じょにー、お前ちょっと集金に行ってきてくれ。門田が今高松にいて支払いに来れないから待ってくれって言ってきたけど、ダメだと言ったら知り合いに頼んで2000円払ってくれるみたいだから。
俺はホッとした。店長と2人で地図を開き、ココだなと指を差してるんだけど、結構デカイ家だな。敷地も広いし。カバンを持って出て行こうとすると、くれぐれも失礼のないようになと念を押された。まぁお金払ってくれるなら失礼な事をする事ももなかろう。そう思い、元気に行ってきますと声を掛け、会社を出た。そして俺は颯爽と車(軽四)に乗り込み、風を感じながら現地へ向かった。
窓を開けて走ると心地よい風が吹き込んできた。そうや・・・ワイは風になるんや!とアホなことを口走りながら、車を走らせた。1人で集金は気楽でいいねぇ。しかも払ってくれるのが確定してるって何て気が楽なんだろう。頭の中は友人が1週間ほど先に開いてくれる合コンのことで一杯だった。
そうこうしてるウチに現地到着。地図を見ながら入口を確認。ちょこっと狭い入口を通って車を止める。広い庭だなと思いつつ家に目をやると、ほぉ・・・なかなか大きい家だな。んでなぜか玄関が鉄扉。しかも監視カメラっぽいのが何台か見える。なるほど、こういうトコか。とりあえず集金しないと帰れないしなぁと半ば諦めて、呼び鈴を押してみた。ピンポーン!鉄扉の奥からバタバタと走ってくる音が聞こえる。ふいに鉄扉に付いたのぞき窓がシャコンと音を立てて開いた。そこから出てきた目は眼光するどく、あたかも蛇のごとく睨んでくる。なんや、ワレ?と凄まれたが、これで確信した。そういう所だな。
門田さんから依頼を受けた者ですけど、こちらに伺ってお金を貰ってくるように言われまして。
そう応えて相手の反応を待った。ちっと待っとれと言われ、のぞき窓がまたシャコンと音を立てて閉められた。そしてガシャガシャと扉の向こう側から音が聞こえる。ギ、ギギギギーっと重々しい音を立てながら鉄扉が開いていった。要塞かよと思いつつ中に入れてもらうと、モロ暴力団事務所ですやん。でっかい額縁に提灯、本物かどうかわからんけど日本刀チックな置物。チビりそうだった。3滴ほどチビったかもしれん。とりあえずソファーに座って待ってると、わざわざお茶を入れて持ってきてくれた。教育が行き届いてるなぁと感心しつつも、持ってきてくれた方は全身にお絵かきしてる方。で、出てくる人出てくる人、全員が歩く美術館。俺は無事に帰れるんかとちょっと不安になってきた。5分ほど待ってると偉い人っぽい方が出てきた。俺にとっては永遠に続くんじゃないかと思われた5分だったが。ドカっとソファーに腰を下ろし、サイフを取り出して2000円を渡してきた。
ほれ、2000円やったな。2000円ぽっちやし、1日くらい待ったれよ。融通利かさんと早死にするで。そうや!俺にも金貸してくれや!
1日待つとアレなんで・・・。お金は借りなくても十分やれてるようにお見受けしますけど。
そう応えると、ハッハッハー!兄ちゃんおもろいのぉ。気が向いたら遊びに来いや。っと馬鹿笑いを始めた。何がおもろいのか理解不能だが、俺が二度と来るかよと心に誓ったのは言うまでもない。さっさと領収書を切って、こんなトコとはさっさとオサラバだ。
用事も済んで例の鉄扉のあるとこを通って車に乗り込むと、でっかい溜息一つしてとりあえずの一服。たった2000円でこれだけ疲れるって割に合わんな。しかも鉄扉とか初めて見たし。映画の中だけと思ってたものがそこにあったのはビビった。やはり俺は全身お絵かきしてる人とは仲良くはなれないんだろうな。仲良くなるつもりもないけど。そんなことを考えながら、俺は会社に帰るべく車を走らせた。行く時の爽快感はどこへやらだわ。
会社に帰ってきて、店長に報告。どうやった?と聞かれても、普通の組事務所でしたとしか言えんけど。店長はやっぱりそうかと言ってたが、知ってたんかい。知ってたら教えといて欲しかったな。社長もそういったトコにじょにーを行かせたのかと少々呆れ気味。何事も経験ですと店長は言うけど、出来ることなら経験したくもないし、出来ることなら知らないまま生涯終えたかったし、出来ることなら動く美術館なんぞ行きたくもねぇわ。まぁ仕事だから仕方ないか。そう自分に言い聞かせて業務に戻った。
翌日、いつもの黒光りセルシオで門田来襲。なぜか恰好はダブルの縦じまスーツ。まんまやんけ。本人の言い訳としては、自分の知り合いの社長のお供をしてて、払いに来れなかったとのこと。何が社長やねん。歩き方はまんまになってきてるしなぁ。門田が帰った後、店長にこいつはもう切ってくれと進言し、了承してもらった。
翌日からも相変わらずな感じで支払いに来てたが、そのうちちょいちょい支払いを待ってくれと言いだした。 ウチは切るつもり満々だし、金額もそこそこ少なくなってるから待ってるんだけど、貸してくれと言ってきても待ったことを理由に断ってる。これ以上貸せるかよ。それから一か月ほどして見事門田は行方不明となり、保証人である叔母(ホントに叔母かはわからん)がグダグダになりながらもなんとか完済した。毎日会うたびに死にそうな顔してるオバはんと顔突き合わせて、500円1000円と集金するのはめんどくさかったな。ひどい時には200円の時とかあったし。ちなみに俺自身、全く心が痛むことはない。自業自得なんで。嫌なら連帯保証人ならなきゃいいし。余談だが、門田と繋がってた方々は全て逃亡か破産した。彼女、愛人、ツレ、その他諸々。ちなみに門田が嫁と子供と一緒に住んでると申告してきた住所は別な人が住んでた。結構取りっぱぐれた業者さん多いんやないかなぁ。ウチは最終的には門田の分だけになってたし、そこまでの金額も残ってなかったし、保証人で生き残ったのがそのオバはんだけだったし。そりゃこんな死にそうで、この世の終わりみたいな顔してるオバはん、どこも保証人として採用はせんわなぁ。ウチだけの保証人だったんで、時間はかかったが全額回収することが出来た。
門田の件が終わって数か月経ったある朝、いつものように業務を始めてる俺と、いつものようにコーヒーを飲みながら新聞を広げてる店長。新聞見るのも仕事だしな。そうこうしてると、じょにー!ちょっと来い!と叫んだ。何事かと思いどうしました?と裏に行ってみると、そこには新聞の社会面が広がってた。なんだろ?といぶかしげに覗き込んだが、お前の行ったトコってここか?と店長が聞く。なんか事件かなと思って、新聞に載ってあるモノクロの写真をじっと見てみると、そこには例の鉄扉が写ってた。横に書いてある記事を読んだが、銃撃されたとあった。ここですと応じ、さらにその先の記事を読み進めた。どうも何かの報復っぽいが、最近ニュースでいろいろ言ってたな。日本最大の暴力団のナンバー2だか3だか言われてた人が射殺されたって。そんな事情は知らんし、俺には関係ないわと思ってたけど、身近ってわけでもないが、知ったとこでそういうのが起こるのは怖いな。店長はよかったなと笑っているが、俺にとっては笑いごとではない。さすがに怖いわ。犯人も捕まってるらしいからいいんだけど、その犯人の名前を見て一同戦慄。某金融会社の社長の頭に拳銃を突き付けたやつだ。表には出てないけどそういう話は聞いてて、こいつが来たら即警察呼べと言われてた超要注意人物。無事塀の向こう側に行ってくれて安堵安堵。
なんかいろいろあったけど、経験したくない、経験しなくてもいいことまで経験したなぁ。まぁ明日からも仕事頑張ろう。
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