第2話 デビュー戦

前日はドキドキして寝むれなかった。遠足を翌日に控えた子供のように。面接に受かった嬉しさもあったり、やっていけるのかという不安もあったりだが、遅刻だけはすまいと目覚ましだけは入念に3個仕掛けた。今朝はけたたましい目覚ましの音に起こされたんだけど、やはり少々寝不足。とはいえ今日から新しい生活の始まりだ。気合いを入れなければ。


9時前に出社してみると、事務員さんが掃除に勤しんでいた。自己紹介をして手伝っていると、先日面接してくれた社長らしき人が来た。月曜日の朝ってことでテンションが低め。なかなか機嫌悪そうだ。今日からよろしくお願いしますと挨拶をしてるうちに開店時間になった。今日は1日仕事の流れを見といてくれという言葉に少々安堵したんだが、午前中は超ヒマ。事務員さん淹れてくれたコーヒーをすするくらいしかやることがない。


アレ?っとちょっと気になることがあった。従業員らしき男性が出社しない。なんかあったのかなと思い聞いてみると、アレが社長や。んで俺が店長。マジかああああああああああ!まぁ確かにイスにふんぞり返ってて、態度デカいなとは思っていたけど、まさか社長とは思わんかった。ってことは店長が面接するシステムなんかな?まぁ採用なったからいいか。


まずは仕事の流れをみながら、お客さんの名前、顔、会員番号を覚えるとこから始める。初日で来ないお客さんもいるので、まぁそのうち覚えるだろう。もっともコレが原因で半年ほどずっと怒られるのだが。このじょにー、物覚えの悪さは超弩級である。俺みたいな不器用な人間ほど覚えは悪いが、覚えるとなかなか忘れないものである。


雰囲気を感じながら、店長と業務について話する。基本的に金融業の男性社員は9割方顧客管理だそうだ。つまり取り立て。今は法律等で難しくなってるが、昔はなかなかバイオレンスだったらしい。回収の為には殴る蹴るは当たり前。少々の違法行為はやってたらしい。今はそんなことしてたら捕まりますけど。残業つかないし定時に帰れることもないけど、やればやっただけ給料くれるから、この仕事を続けていると言うが。3ヶ月は給料手取り18万って言ってたな。そこからどこまで上がるかは自分次第ってトコか。


お昼になり昼休み。昼休みは1時間あるから、外に食べにいってもいいし、弁当買ってきて会社で食べてもいいらしい。弁当買ってきてモグモグと食べて、事務員さんと交代。午後の業務も滞りなく終わり、17時になった。やっと終わったかと思い一服しながら、今日は終わりっすか?と聞くと、何を言ってるんだ。コレからが本番やで。その言葉に俺はマジ?って顔になった。延滞者リストを出し、顧客のファイルをロッカーから引っ張り出し、怒涛のごとく催促の電話。明日まで待ってくれ、18時には持っていく、今お金借りに走ってる、様々な言い訳をしてくるが、とりあえず19時までには全員持ってくると確約が取れた。店長にそのことを報告すると、浮かぬ顔しながら何か思案中。一人連絡が取れないらしい。入金の客が全員来たら出掛けるから、関係書類を鞄に詰めとけとの指示を受け、いよいよ取り立てかぁとちょっとワクワクしてる俺だった。やっぱ某闇金マンガみたいなことするんかなぁ?などとアホなことを考えつつ、入金に来る客を待った。



予定より10分ほど遅れて最後の客が来た。客を帰した後、準備をして店長と2人で会社を出た。いよいよ初めての取り立てである。


連絡取れない客。その名を厚子という。厚子は俗に言う多重債務者である。推定だが月払い日払い含めて約1000万くらいはあると思う。喫茶店を娘と二人で切り盛りしてるんだが、内情はかなりの火の車らしい。あくまで概算だが、1日に5万くらい払っているだろうとのこと。店長はまず娘を抑えようと言い出した。娘は厚子の連帯保証人だ。車で娘の住んでいる市営住宅まで行ってみると、ナント!6台くらい軽四が停まっていた。コレ全部業者だということだ。この異様な情景にチョット引いてしまった俺だが、そんなことも言ってられない。この業界早い者勝ちなんで。つまり俺たちは7番目という説明を受けた。先に着いた業者がどうするか、ハッキリするまで待つしかないのである。


小一時間経っただろうか。まだ最初に入った業者は出てこない。玄関の前まで行って聞き耳を立ててみたが、話の内容までは聞こえないものの、ワイワイと誰かが喚いてるってのはなんとなくわかった。先に着いてた業者がここにいても仕方無いということで、チラホラ帰り始めた。ついに俺達より早く来て待ってた業者は全部帰ってしまった。玄関の中に入っている業者が帰れば俺達の番だ。ドキドキしてきた。



車に戻り、店長から厚子に関する情報を聞きながら待ってると、先に入って話をしてた業者が何か叫びながら、玄関から飛び出てきた。何事だ?と玄関先に目をやると、そこには怒り狂った娘の旦那が、何かを叫びながら包丁を振り回していた。マジかよぉ。こっちはデビュー戦だよ。いきなりバイオレンスな展開やないか。あたふたしてる俺を横目に、店長が車を降りながらいくぞと言う。マジですかい!とビビリつつも、怖気づいて車に引き篭もってるわけにもいかず、腹を決めてついていった。玄関先で娘の旦那と対峙。右手に包丁。目は血走ってる。怖ぇ。店長は落ち着いて


「金子(娘の苗字)さん、どうしたの?」


娘の旦那は鼻息も荒く


「なんや、お前も業者か!」


こんな時でも落ち着き払ってる店長ってすげぇなと感心しつつ、2人の会話を見守った。


「そうや。さっき来てたの業者さんやろ?何かあったの?」


娘の旦那は包丁をこちらに突き出し威嚇しながら、


「嫁が保証人になっとるから払え払えとうるさいんじゃ。払えんかったらお前が保証人になれとワシに言うんじゃ」


そういうもんなのか?という疑問を俺は持ったが、まぁまだ初日。わからんことも多い。しかし店長は包丁突き付けられてもこの態度は凄いな。やはり場数が違うんだろうな。


「そうかぁ。そりゃいかんね。とりあえず家の中に入らんかね?このまま包丁振り回しとったら、警察来るで」


「家入って、何の話があるんじゃ!どうせお前も払えって言うんやろ?」


「そうや。アンタの嫁さんは保証人やからな。たださっきの業者ほど話のわからん男じゃないから、とりあえず話だけ聞いてみんかね?」


「そうか。ほいたら話だけは聞いたる」


「じょにー、お前はちょっと外で待っとけ」


と、二人は家の中に入っていった。玄関先で待つしかないが、ついつい聞き耳を立ててみたくなる。聞こえなかったけど。2、30分くらい経ったかな。店長と娘の旦那が出てきた。二人共なぜかスッキリした顔してる。帰り際握手なんかしちゃって、いったい中でどんな話をしたんだ?車に戻り、どんな話になったかを聞いたんだけど、結果的には娘の旦那が保証人になった。ただお金は払えないと言ってるらしい。払えないのに保証人?店長に聞くと、もしもの時に何かの役に立つかもしれんということで保証人にしたらしい。あれほど前の業者にはキレてた娘の旦那が、何故保証人になったのか?店長曰く「企業秘密」だそうだ。明日もう一つの手を使うから、今日はこれで終わりということで、店長に車で送ってもらい家でメシ作って食べた。あの家の中で何があったのか?何故、金も払えない人間を保証人にしたのか?もう一つの手?あれこれ考えているうちに、初日の疲れもあったのか、そのまま眠ってしまった。


翌日出社してしばらくすると社長が来た。なにやら店長と話している。おもむろに店長が行くぞと言う。用意してたファイルを鞄に詰めてついていく。道中、昨日言ってたもう一つの手ってのを聞いてみた。3年ほど前に厚子の保証人になった山崎という人物がいる。保証人になる時、借用書の連帯保証人の欄に住所と名前を書き押印するのだが、それとは別に「連帯保証契約書」(以下、保証書)なるものにも同じように住所名前を書き押印する。この「連帯保証契約書」なかなかのもので、簡単にいえば債務者と連帯保証人は連帯して債務を履行する。と、ここまでは借用書と一緒なのだが、そこからが知らなければエライ目にあう代物である。そこには、この債権者が限度額内であれば連帯保証人は保証しなければならない。根保証とも言うな。その期間は5年である。つまり5年間はその書面に書いた限度額内であれば、承諾がなくても連帯保証しなければならない。実際裁判になれば、どっちに転ぶかわからん代物ではあるものの、こういった書類があるのと無いのでは雲泥の差が出てくる。今日はその山崎なる人物を尋ねて、保証書をタテに返済を迫ろうというわけである。相手が承服するのだろうかと当然のように疑問はわいてきたのだが、返済してもらわないことにはオマンマの食い上げである。なんとかしたいものだね。


そううこうしてるうちに山崎宅に着いた。自宅で託児所をしてるみたいだが、呼び出して店長が話した。厚子がトンだこと、保証書があり、お前はこの借金に対して責任を取らなければならないこと。山崎は当然のように知らない、関係ないと言ってくる。しかし店長は相手の話を聞きつつ、時には脅し、時にはなだめ、口八丁手八丁で口説いていった。そんな時に俺の携帯が鳴った。取ってみると社長からだった。厚子と娘が破産の手続きに入ると弁護士から通知が来たとのこと。店長にそのことを伝えると、そうだろうなとボソっと一言。店長がボチボチと山崎を追い込みにかかった。やっとのことで山崎を説き伏せ、どうやって払っていくかに話が移った。この店長、昨日の娘の旦那の件といい、今日の件といい、すげぇっすわ。


一括が理想だが、山崎はムリだという。ただ店長は一括に拘った。じゃあどこかから借りて返すということで話がついた。準備して車に乗せ、消費者金融のあるビル前まで連れて行ったんだけど、まぁツケウマってやつだね。しばし待つ事小一時間。車に戻ってきた山崎は40万借りれたとバックから封筒を見せてくれて、会社に戻り清算をしたら、36万くらいだった。帰りの足がないみたいなので、社長から送っていくようにと言われ、車に山崎を乗せて走り出した。道中話をしたが、やはり悔しいらしい。昨日入ったばかりの俺が、俺達も探してあげるから。探したらきっと知らせるからね。と、心にもない事を言えることに、俺自身少々驚いた。たぶん山崎に同情してるんだろな。家に着くと山崎は、どうかお願いします。探し出してください。見つけたら殺してやる!おいおい、なかなか物騒なことを言うなぁ。40万ぽっちで人生棒に振ったらアホらしいで。きっと見つけてあげるから、それまで待っててな。そう伝えると山崎は涙目になりながら、お願いしますお願いしますと何度も俺に頭を下げてきた。任しといてと言ったものの、たぶん探しもしないだろうし、よしんば見つけても知らせないだろうけど。


会社に帰ると、もう17時。催促の電話をしながら集金の段取りをつけた。とりあえず全員と連絡取れたので、今日は取り立てに行くほどの案件はないという店長の言葉に、ちょっとだけホッとした。持ってくる客は全部来て、あとは集金だけ。結局終わったのが22時。その日はなかなかハードコアなデビュー戦だったなぁと思いにふけりながら、就寝。さすがに疲れたわ・・・



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