08話.[急にこれだった]
「翔太君っ、私っ、諦めるよっ」
呼ばれたから公園に行ってみたら急にこれだった。
偉そうだけど彼女は賢い選択をしたと思う。
もったいないことは極力してはいけないんだ。
「でも、お友達ではいさせてね」
「それはこっちが頼む側でしょ? これからもよろしくね」
「うん」
起きていきなりだったから今日は一成はいないし、事情も話していない。
だから早く帰っておかないと怒られることになる。
そうしたらその空気を察知したのか「私も行っていい?」と聞いてきたから了承。
朝とかに来ればいいと言ったのは自分なんだから拒絶する必要は全くなかった。
そもそも彼女のことは唯一信用できる異性と言っても過言ではないわけだしね。
「ただいま」
「お邪魔します」
どうやらまだ寝ているようだった。
だからとりあえず佳代の分だけ飲み物を出した。
それにしても佳代がこの家に来るのはなんだか凄く久しぶりのことに感じる。
最後があんなのだからここでのそれはあんまりよくはないものになってしまっているんだろうけど、今日こうしてここに来ているわけだから予想とは違う可能性もある。
あれ、僕のことを諦めるということは他の子を多分探し始めるわけで。
僕を除けば彼女にとっていい人間は一成だけなわけで。
……これはまた面倒くさいことになりそうだ。
「はは、可愛い寝顔」
「起きたらすぐにキャッチボールに行きたがるけどね」
そういえば当たり前のように泊まっていることにはなにも言わないのだろうか?
仮に言われても彼が選んだことだからと真っ直ぐに返すことができるけど……。
「実はさ、全部一成から聞いたんだよね」
「あ、泊まっていること?」
「それもそうだし、翔太君のことが好きってこともね」
そういうのも吐けてしまうということはかなり信用しているということだ。
泊まること程度ならともかくとして、同性のことをそういう意味で好きだということを言えてしまうのはかなり勇気があると思う。
もしかしたら僕を取られたくなくて牽制するためにしたのかもしれないけど、仮にそれでもデメリットの方が多いわけだから僕にできることではなかった。
「受け入れてあげるの?」
「どうだろうね、とりあえずいまは待ってもらっているけど」
「その気がないなら私のときみたいにすぐに断るべきじゃない?」
「佳代の言う通りだよ、でも、まだ考えないと出せることじゃないから」
いまのままでいられるということは絶対にないと思う。
どちらを選んでもなんらかの変化はあるわけだから難しい。
「逆に言えばさ、すぐに断らなかったってことはあれなんじゃないの?」
「佳代には悪いけどそういうのもあるのかもしれないね」
「……だからやっぱり一成はずるいよね」
彼女はうつむいて「去年からいっぱい話しかけておけばよかった」と呟いた。
多分それでも変わっていなかった。
寧ろ一緒にいればいるほど他のいい人、一成とかを意識するべきって言っていたはず。
「佳代は本当にないの?」
「一成に対してだよね? ないよ」
「そっか」
ごちゃごちゃな状態になりすぎると僕程度では対応しきれなくなる。
でも、いまみたいにたったひとつのことに向き合うだけでいいのなら僕でもできる。
さて、いまも寝ている彼をどうしてくれようか。
僕は彼に対してどういう風に行動すればいいのだろうか。
「……来てたのか」
「うん、おはよ」
「おう」
五時や六時とは言わないけどせめて七時には起きるべきだと思う。
学校が始まればそれがまた当たり前に戻るんだから尚更なことだ。
それに早起きして損ということもないわけだし、無茶しろと言っているわけでもないんだし。
「一成、連絡したように諦めたから」
「……まあ、本人に断られたわけだからな」
「うん、でも、お友達のままではいさせてもらうからね」
「当たり前だ、飽きるまで一緒にいればいい」
こうなってくるといつまでいてくれるのかは分からないな。
だって要求を受け入れた人間の近くに残ってくれるか? という話。
「じゃ、言いたいことも言えたから」
「気をつけてね」
「え? 一成に帰ってもらいたいだけだけど」
「「えぇ……」」
言うことを聞いてくれなさそうだったからノーコメントを貫いた。
どちらに嫌われてもデメリットばかりだから仕方がない。
もう六月のときみたいな思考でいたら駄目なのだ。
玄関方向へと押そうとする佳代を一成が押さえているのを見てなんか面白かったけど。
「……こそこそ泊まってずるいよね」
「翔太の家に行くって祭りが終わった後に言ったと思うけどな」
「泊まるとは思ってなかったもん、翔太君だって私は簡単に家まで送っちゃうしさ」
「それは佳代が女子だからだ、遅い時間に出歩いていたら危ないだろ?」
「翔太君だって一成だっていたんだよ? 誰かが来ても余裕でしょ」
「いやいや、凶器を持って近づかれたら終わりだぞ」
いくら鍛えていても上手く躱すことは不可能だと思う。
護身術とかそういうのを習得している人ならともかくとして、僕みたいな弱々人間だったら確実におろおろするだけで終わるはずだ。
そうなったら佳代を、というか、自分の大切な友達を失うことと言っても過言ではないぐらいだからなるべく会うのは朝とかお昼とかに限定した方が絶対にいい。
「じゃあいまいっぱい味わっておくね、ぎゅー」
「はぁ……」
ちょっとあれだけどこれで佳代が満足してくれるなら構わなかった。
一成からすればはっきり言わなくて焦れったい時間を過ごすことになるかもしれないけど、まあこればかりはね。
得だとも考えたことはないから許してほしかった。
「げっ、お母さんから帰ってきなさいって言われちゃった」
「それなら早く帰った方がいいぞ」
「違うでしょ、翔太君とふたりきりになりたいだけでしょ」
彼女からすれば全てそういうことに見える、聞こえるみたいだ。
まあでも僕に対する好意を知っているわけだから無理はないのかもしれない。
僕が彼女の立場なら帰ってほしくてそう言われているような気分に――昔ならなっていたかもしれないわけだし。
「それもあるけど、親の言うことは聞いておいた方がいい」
「うっ……確かにそうだね、じゃあこれで」
「気をつけてね」
「ありがとう! ばいばい!」
小学生時代ではなく中学生のときまでいてくれてまだよかったかなと。
小学生時代にいなくなってしまっていたらどうなっていたのかは分からない。
中学一年生のときは悪口を小学生時代より言われていたことでなんか耐性みたいなのができていたと思うんだ。
もちろんすぐに割り切れたわけではないものの、悪く言われる経験があったからこそいままで普通に生きてこられたような気がする。
「痛っ、なにするの」
「……デレデレしてんじゃねえよ」
「してないでしょ」
自分の理想通りにならないからって暴力キャラになるのは勘弁してほしい。
嫌な気持ちを抱えながら一成と接したくないからだ。
いままで通り頼りになる存在でいてほしい。
あとはこちらに頼ってくれるようになればもっといいと言える。
「はい」
「は?」
「したいんじゃないの?」
自分だけできていなくて不公平だから文句を言ってきていたわけではないのか?
確かに好きだとぶつけたのに保留されたうえに違う人間から抱きしめられていたりなんかしたら気になるはずだ。
「……どういうつもりだよ」
「どういうつもりもなにも一成がしたいのかなって」
「……後で文句を言ったりするなよ」
文句を言うつもりなら元からこんなことを言わない。
もし言うこと前提でこんなことを許しているのなら弄んでいるのと同じだ。
「身長差があるから男女のカップルみたいだね」
本当に丁度いい感じの身長差だった。
僕が女の子だったら一成の優しさとか頼もしさとかにきゅんきゅんしていると思う。
ただ、僕は男だから優しさや頼もしさに感謝しているぐらいなもので。
……でも、スポーツとかで優勝したときとかならともかくとして、こういうときに許して不快な感じとかは一切ないんだからね。
「そうだ、一成はまだなにも食べていないからお腹空いたでしょ? ご飯作るよ」
「……飯より翔太の方が優先されることだ」
「焦らなくても大丈夫だよ」
背中をタップしたら離してくれたから朝ご飯を作る。
ちなみにこちらも起きてすぐに佳代のところに行ったからお腹が空いていたのもあったのだ。
やっぱり食事は大切だ、夏みたいな暑い環境であれば尚更なこと。
ご飯だけは朝に炊けるようにセットしてあるから正直海苔とかで食べればいいと言われればそれまでなんだけど、やっぱりお味噌汁とかを作る努力を忘れたくなかった。
楽をすればするほどそれが習慣となってしまうから。
「はい」
「おう」
ふぅ、中々上手い対応方法が分からなくて結構疲れる。
ただ、同性でも異性からでも求めてもらえるってこんな機会はないだろうから一生懸命向き合いたかった。
「ごちそうさま」
「うん、あ、食器は置いておいてくれればいいから」
「俺が洗うからいい」
最初に泊まっていたときもこうしてよく手伝ってくれた。
僕はしてもらってばっかりだったんだから別によかったんだけどね。
でも、任せてしまっている時点で口先だけということになってしまうと。
「よし、やることも終えたし続き、いいだろ?」
「どれだけ僕にくっついていたいのさ」
「好きなんだから仕方がないだろ、で、いいのか?」
これはまた大胆な人間だった。
佳代も同じだ、好きになったら大胆になれるのかもしれない。
僕だったら間違いなくぶつけられずに一緒にいられる時間を終えそうだけど。
「……まあしたければいいんじゃない?」
と許可をしたらすぐにくるのは分かりきっていたことだった。
よく僕みたいな可愛くも格好良くもない相手にそんな気になれるものだ。
なんとなくさせてあげているだけだと可哀想な気がしたからこちらからも抱きしめかえしてみることに。
前も言ったように抱きしめるというか抱きつきたくなるときはあったからこれもまた嫌な行為というわけではなかった。
「なんか不思議な気持ちになるよ、こうして真正面から一成を抱きしめていると」
「不思議な気持ち?」
「うん、あ、嫌じゃないからそこを勘違いしないでよ? ただ、過去に勢いで抱きついたことがあるのは一回だけだったからさ」
「あれは驚いたぞ、基本的にマイナス思考ばかりする翔太が大胆なことをしてきたんだからな」
父親を除けば彼が初めてだった。
そりゃまあそうだ、嬉々として同性に抱きついていたら多分やばい認定される。
「一年生の頃は酷かったよね、結局のところ勇気を出せたのは一成に話しかけられたときだけだからさ」
「いや、多分あのときの翔太からすればかなりの勇気を振り絞ったと思うぞ」
「その後は馬鹿で優しい一成がいてくれたおかげでいまに繋がっているわけだよね」
「馬鹿は余計だ、優しいは確かだけどな」
自分で言ってしまったらお終いだ。
でも、彼のすごいところは一年半の間愛想を尽かさずにいられたことだと思う。
何度も我慢してきたこともあったことだろう。
……同情というわけではないけどそれなら応える必要があるのではないだろうか。
そもそもの話、佳代のあれはすぐに断ったのに彼のからは断っていない時点で……。
「受け入れるよ」
「マジ?」
「うん、マジ。というか、ここまでさせておいて断るなんて屑じゃないからね」
受け入れることで一成がずっと近くにいてくれるならそれでいい。
別に公開しなければならないなんてルールはないからこうして家とかで静かにやればいいわけなんだからね。
「というわけでいまは終わりでいいかな? 喉乾いたし、力が強くて痛いんだよ」
「分かった」
なにがあるのかなんて分からないものだ。
両親が早い内にいなくなったり、転校することになったり、勇気を出して話しかけたのをきっかけに長くいられたり。
ただまあ、前者はともかく後者は間違いなくよかったわけだからいいんだけど。
一成に話しかけたことで佳代とも友達になれたし、まさかのまさか、こちらを求めてもらえるような関係にまでなれたように思う。
これまでのことを考えればそれも、今回のこれもありえないことだった。
被害妄想でもなんでもなく悪く言われることが当たり前で。
輪に加われないだけなのに強がってひとりでいいとか言って過ごしていた。
そんな人間が少ない人数ではあっても他者から求められるようになったことは前に進めたことを証明している気がする。
「言っておくけど学校で抱きしめるとかなしだからね? 手を繋いで登校とかもできるメンタルはしていないから」
「分かってるよ、そもそも俺が無理だよ」
「でも、家でならしてくれればいいから」
告白を受け入れておいてそこを拒む意味なんかない。
さっきも言ったように気持ちが悪いとかそういう風に感じたことはないし。
別にずっと引っ付いてきているとかではないから自由にさせておけばいいだろう。
で、ときどきはこちらからもするように意識すれば一成は近くにいてくれるはずだ。
「あと、キャッチボールは毎週日曜日だけね」
「いいのか?」
「うん、意外と楽しいから好きになったんだよ」
「そうか、ありがとな」
学校が始まれば泊まることも少なくなるだろうから少し寂しいな。
自分で作った美味しいご飯を誰かと食べれることが幸せだって気づいてしまったから……。
「あとは……」
「泊まる頻度だな」
「学校が始まったら難しくなるよね、ご両親だって不安になるだろうし」
「だな、流石に泊まり続けるのは食材的にも問題だからな」
まあそこはその都度考えていくのが一番か。
未来のことなんて想像することしかできないんだから一生懸命考えたところで疲れるばかりでメリットがない。
考えたところでその通りにいく可能性はかなり低いからだ。
「僕と一成の関係性だとほとんど変わることがないから楽だよね」
「確かにな。あと、俺的に気楽なのは翔太に佳代以外の友達がいないことだな」
「誰も僕を取ったりしないよ」
「そうか? その佳代にすら取られそうだったんだけどな」
それはまた例外中の例外みたいなものだ。
それにまだ好きではなかったみたいだから振ったとも言いづらい。
あれは佳代が冷静になったことで出された答えなわけだしね。
「それに翔太に友達が少なければ休み時間に拉致することもできるからな」
「一成といたい人が多いから無理でしょ」
「できる、それに翔太の方が優先されるのは当たり前だろ」
視野を狭めていそうで心配になる。
僕を優先しすぎていたら気に入らない人だって出てきそうだ。
そうなったらこちらが敵視される可能性も出てくるわけだから……。
「何回も言うけど俺は翔太が好きなんだ」
「うん、それは言わなくても伝わってくるけど」
「じゃあ一緒にいたいって思うのが普通だよな?」
「そうだね、でも、他の人も優先してあげないと」
「……確かにそうか、翔太とばかりいたら表に出すぎて邪推されてしまうかもしれないから気をつけないといけないな」
それはもう既に手遅れだと思う。
彼は僕に構いすぎた、あと距離が近すぎた。
だからまあいままでみたいに楽しくやっていけばいいだろう。
「自由に来てくれればいいよ」
「おう、頑張って抑えつつ行くわ」
「はは、分かった」
手を握って頷いてみせた。
一成が物凄く嬉しそうな顔で笑っていたからそれで満足できたのだった。
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