07話.[気楽だと言える]

「綺麗だったっ」

「そうだね、このお祭りの花火だけは何回見ても飽きないよ」


 花火自体が楽しめるそれだからこれ限定みたいな話し方をするのは違うけど。

 まあでも実際、このお祭りはずっと昔から開催されているから余計に印象に残るわけだ。

 両親と一緒に行ったことが何度もある。

 あまり可愛げのない自分だったが、このお祭りにだけは両親を誘って行っていたんだ。


「……もう終わりだね」

「そうだね、ちょっと疲れたからもう家に帰るよ――あ、送るから安心して」

「うん……」


 ちなみに一成を腕を組んで難しげな顔のまま黙っているだけだった。

 歩きだしたら約束もあるからなのか付いてきてくれたものの、少しだけ気になる。

 口数が少ない人間じゃないからだ。

 家以外にいるときはとにかく喋る、動く、こっちを引っ張ってくれる人だからね。


「今日はありがとう、楽しかったよ」

「それはこっちもだよ……」

「ならよかった、じゃあこれで」

「うん、あ、またお家に行っていい?」

「うん、朝とかなら普通に来てくれればいいから」


 今日は微妙な雰囲気になることもなく、そのうえでお祭りの楽しかった雰囲気を残したまま解散することができた。

 ただ、それはあくまで僕だけの話であって、佳代や一成からすればそうではないのかもしれないというところ。

 まずこうなっても黙ったままの一成は特にそうだろう。


「え、あの……」

「今日はこのまま座っておくわ」


 家に着いて飲み物を用意してさあ座ろう、そうしたところでこの前みたいに押し倒されたうえにお腹の上に座られるという謎の時間の開始となった。


「さっきはなんで黙ってたの?」

「……佳代の言動、行動が想定外だったからだよ」

「僕も驚いたよ、気になっているとか言われるとは思わなかったから」


 あと、一成にずるいとか言った心理とかもね。

 あの日まで家族みたいに過ごしていたのに彼だけが特別みたいに見えたらしい。

 彼に大して言うのであればだろうねって納得できるんだけど相手が僕じゃねえ……。


「……取られたくねえんだ」

「ん? 僕が?」

「当たり前だろ、そうじゃなきゃ翔太にやっと彼女候補ができたんだって喜んでるよ」


 彼はこちらから下りて横に座りつつ「間違いなくいい方に傾くからな」と。

 確かにこちらが向き合うことを決めれば幸せな時間を過ごせる可能性が高まる。

 ただ一緒にいられるだけでも十分に嬉しいけど、初めての彼女……になってくれるかもしれない子といられたら嬉しいだろうし。


「ん? というかそれって……」

「佳代だけじゃなく他の人間にも渡したくねえんだ」


 よく考えてみなくてもこれは佳代と同じような要求だと分かった。

 すぐに断った後でこれを言うって相当な勇気だと思う。

 断られるそれよりも黙って見ておくことの方が耐えられなかった、ということだろうか?


「今日からまた泊まってもいいか?」

「うん、それはいいよ。ただ、そのかわりにご飯をいっぱい食べてね」


 食べているところを見るのは好きだった。

 嬉しそうにしていてくれれば尚更そういう風に感じる。

 相手が同性だろうと異性だろうと関係ない。

 自分が作った物を嫌そうな顔をせずに食べてくれるだけで十分だ。


「あ、そういえば俺達のことを計算して食材を買ってきてくれていたんだよな」

「まあ、その食材はとっくの昔に食べきったからいいんだよ。でも、一成とか佳代が美味しいって言って食べてくれれば嬉しいからさ」

「なるほどな」


 でも、とりあえずいまは休むことを優先する。

 ある程度したらお風呂に入って、ある程度の時間になったら寝ればいい。


「俺のときはすぐに断らないんだな」

「ちょっと逸らしたかった部分もあるんだよ」

「つか、話題を変えたのはこっちだからな」


 流石にすぐに答えを出すことなんかできない。

 それに夏休みはまだまだあるんだから焦る必要もないだろう。

 今日からまた泊まるみたいだから一緒に居られる時間も増えるわけだし。


「一成、先にお風呂に入ってきなよ」

「そうだな、入らせてもらうわ」


 流石に一緒に入れはしないから順番制にするしかない。

 で、彼はお客さんなんだからなんでも先にさせておけばよかった。


「ふぅ、やっぱり風呂は気持ちいいな」

「一成って本当にいい体してるよね、部活もやっていないのにさ」

「本気でしている人達からすれば笑われてしまうレベルだけど筋トレをしているからな」


 筋トレかあ……僕もすればもうちょっとはメンタルもマシになるのかな?

 いまでさえ一成と佳代のおかげでよくなっているから最強になっちゃうかも。

 最強になったら僕が頼ってもらえる側になるかもしれない。

 そのことを考えるだけで……ふふ、なんかいいな。


「ちょっと触ってもいい?」

「別にいいけど」


 ふむ、腕立て伏せは無理でもお腹の筋肉を鍛えるぐらいは僕にもできそうだ。

 毎日十回ずつでもやれば何年後かには効果も見えるはず。


「ありがとう、僕のとは違ってバキバキだったよ」

「はは、流石にそこまでじゃねえよ」


 さて、こちらもお風呂に入ってしまおう。

 流石に弱々な体を晒すわけにはいかないから出たら着てから戻るつもりだけど。

 ……プールのときなんかも佳代といたからその差に笑われていたかもしれないし……。


「ただ――あれ、もう寝ちゃってるんだ」


 今日ももしかしたら色々と考えてしまっていたのかもしれない。

 まあこうなったら電気を消してもう寝てしまうことにしよう。

 夜ご飯は外で食べたから洗い物とかもないわけだし。


「……翔太」

「うん?」

「……この前は急に帰って悪かった」

「え、いいよ、自分の家の方が落ち着くのは当たり前のことなんだから」


 落ち着かせるためになら尚更なことだ。

 僕だってずっと友達の家に泊まっていたら遅かれ早かれその選択をしていた。

 なんというかありがたさが薄れるから。

 あとは単純にたまに泊まったりするぐらいがいいことだって分かったからかな。


「お……っと、僕を抱きしめてどうしたいの?」

「今日は枕も持ってきていないからな」

「そっか、じゃあちゃんと掛け布団をかけておかないとね」


 なんか僕のせいで色々と複雑な気持ちにさせてしまったみたいだからいいか。

 体温が高いから正直に言って暑い――と言いたいところだけど、そこは冷房効果で逆に丁度いいぐらいになっているというか……。


「あの花火、本当にいいよな」

「うん、去年も一成と一緒に見たからね」

「佳代もいたけどな」

「でも、あのときは全く話せなかったから」


 なんてことはないきっかけひとつで普通に仲良くなれることを知った。

 彼みたいに心配だからいてくれていたわけではないみたいだし、まあそれなりに悪くない関係を築けたと思う。

 もちろん、いまの彼も同じだとは言わないけど。


「だから家にいるのはもったいない気がしてあそこに行ったんだよ」

「なるほどな」


 反対側を向いて寝ることにした。

 なんだか落ち着かなくなってきたから仕方がないことだ。


「酷えな、そっち向くなんて」

「基本的にこう寝るから」


 仰向けだと寝られないからいつも横向きで寝ている。

 そして右側を向いて寝るのが普通だからこうなるのも自然だと言える。

 もちろん寝返りはするからずっとこちらを向いているわけではないけどね。


「翔太、こっち向いてくれよ」

「これでい――ち、近くない?」

「さっきと変わらないけどな」


 確かにそうだ、なんかもう全体的に駄目な気がする。

 佳代だって気になる云々をぶつけてきてからはこんなに近くなかった。

 その点、彼のそれは告白みたいなものだからこの距離感なのだろうか? ――って、だから僕が変に考えてしまっているだけで先程と変わらないのかと片付ける。


「一成は物好きだよね、いつも一緒にいたうえにこっちをそういう風に見るなんて」

「……物好きなんかじゃねえよ」

「そうかな? だって女の子からモテてるんだよ?」


 去年の春から関わるようになっただけだけどその間にも沢山の女の子が告白していた。

 が、彼はそれを全て断り、沢山の友達がいるにも関わらずこちらを優先してくれたわけだ。

 おまけ程度の扱いではなく、一番優先してくれていたと言っても過言ではない。


「モテてたって変わらねえよ、俺は全部断ってきたわけだからな」

「もしかして最初から同性が好きだったの?」

「いや……」


 過去の彼を知っているわけではないからいちいち気にする必要もないか。

 とにかく彼は冗談ではなく真剣に僕を取られたくないと言った。

 そもそも冗談でも気軽には言えないだろう。


「どうなるのかは分からないけど待ってて」

「おう」

「それじゃあ今日は寝よう、夜ふかししても弱るだけだから」

「そうだな」


 再度反対を向いて目を閉じる。

 彼はまた再度「酷えな」と言ってきたものの、今回ばかりは言うことを聞くことはしなかったのだった。




「いい天気だなあ」


 結構早い時間に起きれたのもあって自由に歩いていた。

 もちろん逃げたとか言われないように一成も連れてきてある。

 ただ、彼の方からはまだ寝ていたいという気持ちがひしひしと伝わってくるわけだけど、まあ歩けば眠気も覚めるだろうから問題もないだろう。

 歩いた後で朝ご飯を食べればもっと美味しく感じるはずで。


「……こんな早い時間に歩く必要はあるのか?」

「気持ちいいでしょ?」

「そりゃ確かに留まっているよりはいいけどさ……」


 ちょっとあれだけど歩いた後にジュースとかを飲んでも幸せな気分になる。

 べ、別にダイエットのために歩いているわけではないから問題はないはずだ。

 それに誰かに迷惑をかけるというわけでもないからこれぐらいの緩さでいい。


「よし、そろそろ戻ろうか」

「やっとか……」


 たった三十分程度歩いたぐらいで駄目だなあ一成は。

 完全に覚醒したら僕よりも動いていたい派なのにこれは面白い。


「おぉ、涼しい」

「敢えて汗をかきにいくとかおかしいよな」

「うるさい、ご飯を作るからそれまでゆっくりしてて」


 今日も簡単な白米とお味噌汁だけの朝ご飯。

 彼は海苔が大好きだからそれはちゃんとあげておいた。

 朝に海苔を食べられなかっただけで一日中ヘコんでいたことがあったから忘れてはならない。

 泊まっている状態でそれをされても困るからね。


「食べ終えたらキャッチボールしようぜ」

「敢えて汗をかきにいくとかおかしいよな」

「真似するなよ……」


 どこかに出かけたいとかそういうのもないから付き合おう。

 今年の夏の思い出はふたりが結構泊まっていたことや夏祭り、あとは彼とキャッチボールをしたことぐらいで終わりそうだ。

 それでも嫌なことがあったわけではないからこれでいい。


「あのさ」

「んー?」


 キャッチボールをしようとしているときに言うのはあれだけど聞いてみた。

 彼はこちらにボールを放ってから「もし無理でも友達に戻るだけだな」と答えてくれた。

 それならこちらも判断しやすいからありがたかった。

 間違いなく今後のそれに影響を与えるだろうけど完全に一緒にいられなくなるよりはよっぽどいいと言える。


「翔太、少し座ってみてくれないか」

「え、キャッチャーをやれって?」

「翔太なら捕れるからさ」


 まあ……この前だって速い球を捕球できたわけだから大丈夫……かあ?

 少しだけ怖いけどチャレンジしてみないと分からないから座ってグローブを構えた。

 彼が振りかぶっているところをなんかぼけっと眺めて。

 なんかただキャッチボールをしているのと違って真剣なように思えた。

 コントロールが異常にいいから構えているところに真っ直ぐきて僕でも普通に捕球することができた。

 後ろに逸らしてしまったら範囲的にかなり大変だったから結果に安堵する。


「やるな」

「一成が上手だからだよ、僕が投げたら変なところにいっているだろうからね」

「持ち上げるのも上手いな」

「お世辞とかじゃないよ」


 それから何球かはそれを繰り返して。

 休憩したいみたいだったからベンチに座って休むことにした。

 しかし、相変わらずこの公園は人がいないものだ。

 夏休みでこれだから普段なんて言うまでもないレベルな気がする。

 

「昔はここでよく遊んだんだ、鬼ごっことか隠れんぼとかをしてな」

「キャッチボールじゃないの?」

「俺はしたかったんだけど付き合ってくれる人間がいなくてな、仮にしたとしてもひとりで別の場所で壁当てをしていたぐらいだ」

「ここには壁と言える場所がないからね」

「ああ、トイレはあるけどその壁に当てるわけにはいかないからな」


 だからやっぱりキャッチボール程度でも相手をしてあげられたら彼のために動けていることになるわけだ。

 まあ……部活もやっていないからもう遅いかもしれないけどね。


「やっぱり動ける方が好きだな」

「じゃあ朝のお散歩にもいい顔で付き合ってよ」

「時間が早すぎだ、……しかもあの後ですぐに寝られるわけがないだろ」

「ははは、一成って結構繊細だよね」

「いや、翔太がおかしいだけだから」


 おお、ということは少しだけでも一成レベルの能力があるということか。

 いやもう本当にあのとき死ねばよかったとか言っていた自分はなんだろう。

 だって死ぬ気になんかなかったし、完全完璧にただの構ってちゃんだった。

 彼も嫌いだってぶつけてきたのにその後もよく関わろうとしてくれたものだ。


「つか、本当に佳代からのを断っていいのか?」

「あの子はいい子でしょ? だから余計なことで時間を無駄にしてほしくないんだよ」

「……俺にもそう言うのか?」

「うーん、一成はいいかな」

「なんでだよ……」


 なんでもなにも、一成は自分の意思で来ているからだ。

 佳代がそうじゃないなんて言うつもりはないけど、根底に女の子だからっていうのがあるんだと思う。

 可愛い子だからもっといい人と付き合える可能性ばかりがあるという状態で、敢えて僕なんかを選ぶ必要はないんだ。


「そろそろ戻ろうか」

「キャッチボールはともかくまだ外でいいだろ?」

「話すだけなら中の方がいいよ、汗をかくと洗濯物が増えるからね」


 男ふたりだけの生活に戻っているから洗濯物だって堂々と干せるからいい。


「優しいようで優しくないよな」

「なんで、こうして付き合ったじゃん」

「……ま、どうせ異性である佳代には勝てねえか」


 すぐにそう決めるから困るものだ。

 そもそもこの時点で彼を優先していることに気づかないのだろうか?


「はい、ちゃんと飲み物を飲んでね」

「ありがとな」


 同じことの繰り返しでも十分楽しめる。

 そもそも日常に飽きたことはないからこれでいいだろう。

 こっちに引っ越してきてからはマイナス思考多めであれだったけども。

 悪く言われていたのも間違いなくそれが影響を与えているかな? と。

 露骨に自信なさげな人間がいたら他者はなにかを言いたくなる。

 だって楽しいときでも変わらずにそんな雰囲気でいられたら嫌だろうし。


「よいしょっと」

「僕を持ち上げてどうするの?」

「父親ってどういう気持ちでこうするんだろうな」

「それは無事に健康のまま育ってくれて嬉しいって気持ちでしょ」


 僕も小さい頃はよくされていたことだ。

 嬉しそうにしてくれていたのにこちらは可愛げのない態度でいてしまった。

 後悔先に立たずって言葉があるけど本当にそうだとしか言いようがない。

 いやでもまさか自分がまだまだ若い頃に死んでしまうなんて思っていなかったから……。

 小中学生の子どもにそのつもりで動けって言ってもなに寝言を言っているのかレベルで相手にされないはずで。


「高い高い」

「確かに高くて怖いよ」

「このままこうしていればどこにも行かれずに済むな」

「腕が疲れちゃうでしょ、下ろしてよ」


 曖昧な態度を取り続けているわけではないし僕があとは決めるだけ。

 一成に向き合うだけでいいから気楽だと言える。

 この点はモテモテじゃなくてよかったと言えるのではないだろうか?

 ただまあ、中々に難しい問題だけどと、内で呟いたのだった。

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