06話.[なにもないんだ]

「朝か……」


 生活リズムが崩れないように寝る時間と起きる時間は一定化している。

 だから今日も問題なく起きられたことを喜んでから数秒後、


「……本当に無防備すぎる」


 お腹を出してぐーすかと寝ている佳代を見てため息が溢れた。

 側にまるで放置されていたみたいなぐしゃぐしゃの小さな毛布があったからかけて見なかったことにした。

 ふたりは夜遅くまで盛り上がっていたから恐らく起こさない限りは十時ぐらいまで起きてこないはず。

 起きてくれないと家事もやりづらいが、だからといって自分の起床時間に無理やり合わせてもらうというのも微妙だ。


「よし」


 一成の方は起こしてしまうことにした。

 佳代は朝があまり得意じゃないらしいから声をかけても起きてくれなさそうだしね。


「……はよ」

「おはよう」


 これでとりあえずご飯を作れるようになったから助かる。

 何故なら一成に佳代をこちら側まで運んでもらうという力技を使えるからだ。

 普通に言うことを聞いてくれてお姫様抱っこをしたりなんかもしていた。

 本当にお似合いなふたりなんだけどなあ、などと考えつつ調理を開始。


「……あれ」

「起きたか?」

「……私の寝相ってこんなやばかったの?」

「違う、俺がこっちまで運んだんだ、翔太が朝飯を作りたかったみたいでな」

「そ、そっか、それならよかった」


 ふたりは顔を洗ったり歯を磨いたりするために洗面所兼お風呂場に入っていく。

 いまさらだけど寝顔を見られたくないとかそういうのはないのだろうか?

 可愛いけどよくも悪くも自分が女の子って意識じゃない気がする。


「翔太、俺は海苔も欲しいぞ」

「あるよ」


 朝も昼も夜もパリパリの海苔が食べたい人だから用意してある。

 ……お買い物とかにも勝手に付いてきて勝手にかごに入れていく人だからね。

 朝ご飯はご飯とお味噌汁という簡単なものになった。


「佳代、卵とか使っていいからね」

「納豆ってあるかな……?」

「うん、いま出すね」


 ベタベタするけど納豆は美味しいからいい。

 洗い物をするときはうわあ……となる確率が高いのが難点かな。

 食べ終えたら再度みんなで歯磨きをしてゆっくり、僕以外はゆっくりしていた。

 この狭い家だと洗濯物を干すのも結構大変だ。

 洗い物も食器の置き場所があんまりないから工夫する必要がある。

 ……とりあえず下着以外は干してしまうことに。

 ふたりの洗濯物は出されていないからその点は気楽かなと。


「よし、課題をやろうか」

「えぇ……」

「楽しいことばかりじゃないよ、やらなきゃいけないことはやらなくちゃ」


 前半の内にやっておけば後半の自分が楽になる。

 それこそいっぱい詰め込んだってやっていることをやっている状態であれば文句だって言われることはない。

 それに残したままではそれが気になって楽しめないだろう。


「終わったらスーパーに行ってくるよ、食材が結構必要そうだし」

「手伝うぞ」

「私もっ」

「いや、ふたりはお客さんなわけだからゆっくりしててよ」


 あと、課題を既に八割ぐらい終わらせていたというのもあった。

 そういうことで埋めておかないと流石にふたりがいるとはいっても暇になってしまう。

 というわけで僕はある程度のところでお財布とか必要な物を持って家を出た。

 午前七時からでもやってくれているお店があるから本当に助かる。


「よし、こんなものかな」


 いくらふたりがいるといっても買いすぎると駄目にしてしまうから程々にした。

 それで帰りも重すぎて辛い~なんて展開にならなくて済んだ。

 なにをするにしてもとりあえずは食材をしまわなければならない。

 しまったら少し歩こうと決めて家へと入った。


「おかえり」

「ただいま――ん? 佳代は?」

「なんか呼ばれたとかで出ていったぞ」

「そうなんだ」


 やっぱりご両親から反対されたのだろうか?

 それかもしくは、女の子の友達と会っているのかもしれない。

 昨日言っていたことが本当ならそれはそれで心配になる展開だけど……。


「まあいいだろ、元々俺だけが泊まっていたんだから」

「僕はいいけど怒られないの?」

「怒られねえよ、翔太のことを俺の母さんは気に入っているからな」


 話すのが好きな人で彼の家に行く度に話すことになったことを思い出す。

 その頃はまだ安定していなかったから少し困ったかな。

 いまなら楽しく話せる自信があった。

 僕も楽しくいられるから長く生きてほしいと思う。


「……大体さ、佳代を泊めるのは違うだろ」

「何回も言うけど僕は止めたからね?」

「でも、泊めてるだろ?」

「上手」


 そう、結局泊めてしまっている時点で説得力がないんだ。

 だから本当に彼がいてくれてよかったとしか言いようがない。

 夜はよくても朝なんかに家事などができなくなった可能性があるから。


「翔太」

「ご、ごめんごめん」


 ただ、僕にはあれ以上の対応は無理だ。

 なにがあっても自己責任論で片付けるしかない。

 というかはっきり言えるならひとりぼっちではいないだろう。

 そのため、そういう面は彼に頑張ってもらおうと決めたのだった。




 八月。

 もうふたりが家にいすぎてお客さんという意識が薄れてきた。

 ふたりもよくこんな狭い家で飽きないと思う。


「一成、肩を揉んでー」

「別にいいけど」


 ふたりの距離感が近くなるわけでも遠くなるわけでもなくなんか中途半端な感じだった。

 こうして触れさせるくせに抱きしめたりとかはしない。

 僕がトイレに行っているときなんかにはしているのかもしれないけど……。


「あ、いま異性に気軽に触れさせやがってビ○チやろうとか思ったでしょ?」

「思ってないよ、ただ、触れさせるのに抱きしめたりはしないんだなって不思議に思っているけどね」

「当たり前だよ、私達はそういう関係じゃないからね」


 彼女がそう言った瞬間に一成が微妙な表情を浮かべる、なんてこともなかった。

 本当にこのふたりの中には多分なにもないんだ。

 そうでもなければがばっといっているところだろう、同性にだってできるんだし。


「それに翔太君を抱きしめたいからね」

「なんで?」

「それは翔太君のことが気になっているからだよ」

「なんで?」

「優しくしてくれるところとか、悪く言わないところとか、身長が自分より低くて可愛いところとか、反応がいちいちオーバーで可愛いところとかがあるからかな」


 それって気になっているのではなく気に入っているだけではないだろうか。

 ぶすっとしていなくて面白い反応を見せてくれる人間であれば確かに面白いし。


「抱きしめていい?」

「いいわけないでしょ、考え直した方がいいよ」


 こういう態度を貫いておけば勝手に諦めてくれる。

 それどころか完全に離れられてしまうかもしれないが、少なくとも変なそれから佳代を守れるんだから問題ない。

 佳代がいなくなっても一成はいてくれると考えてしまっている時点で願望だけど。


「正直に言ってこれまで女の子からは悪く言われたことばかりだったから信じられないよ、罠とすら思えてくるレベルだし」

「……それは酷くない? だってその子達と同レベルだって思われているわけだよね?」

「……こればかりは仕方がないよ、そういう風に考えることしかできない僕が嫌ならそれこそ離れればいいわけなんだからね」


 別に怒鳴るわけでも、発狂するわけでもなく、あっさりと荷物を持って佳代は出ていった。

 最初からこういうスタンスでいればよかったのかな。

 まあいいだろう、話すようになってから楽しい毎日を過ごすことができたから感謝している。

 恋をすることだけが全てはないんだ。

 いいこともあれば悪いことも必ずある。

 僕の悪い点は悪く考えすぎてしまうところにあることも分かっていた。


「よかったのか?」

「うん、だって佳代のためにならないし」

「……そんなの分からねえだろ」

「分かるよ、いまだって無理して合わせてくれている感はたまに感じるからね」


 ちょっとだらだらとしすぎていたのもあった。

 だからこのタイミングでよかったかもしれない。

 まだまだ休日は続くわけだから十分変な考えを捨てることができるだろう。


「……俺も帰るわ」

「うん、気をつけて」


 久しぶりにひとりになった気がした。

 ひとりになったのをいいことにお散歩に出かけたり、実は持っていたグローブとボールを使って壁当てを楽しんだりもした。

 こうなって問題点を挙げるとすれば多く買った食材を頑張って消費しないと腐らせてしまうということだった。

 まさか……ではないけど一成も帰っちゃうとは思っていなかったからね。

 それでも間違った選択を選んだとは思えない。

 この短期間で気になってしまうって不味いと思う。

 佳代はもう少し考えて行動した方がいいと呟いて、さっき食べたばかりなのに調理を始めたのだった。




「夏祭りの日だ」


 あれから連絡は一切きていないから今年はこのまま、会わないまま終わるのかもしれない。

 まあでも行きたくないなら仕方がないからひとりで行こうと思う。

 今年のメンタル力ならひとりで楽しめる余裕がある。

 焼きそばや綿あめなどを買って、食べて、過ごそうじゃないか。

 というわけで、なるべく早めに移動を開始した。

 ささっと食べたいものを買って、場所を確保して食べていた。

 花火も見たいから後はこの人があまり来ない場所でじっとしていればいい。

 実は今日も朝朝昼昼みたいな感じで食材を消化したから全くお腹が減っていないのだ。

 それでもこのお祭りの雰囲気に包まれながらなにかを食べたかった。

 こうして楽しむ余裕ができているのは本当にいいことだろう。

 少なくともあのときみたいに一緒に死ねばよかったとかはもう言ってないし、思ってもいないわけなんだからね。


「「あ……」」


 何故か変な場所から佳代が出てきた。

 友達と一緒にいるわけでもなく、単独での謎の行動だった。

 会場の範囲が広いからこういうことが起きるのかもしれない。

 だが、佳代はこちらに話しかけてきたりはせずに屋台がある方へ歩いていった。


「美味しいな」


 ちょっと高いけど価値がある。

 賑やかな声や音楽を聴きながらだから効果があるのかもしれない。

 もしこれがなかったらスーパーで袋麺を買った方が遥かに安いわけだし。


「んっ」

「ちょちょ、な、なに?」

「どいて、ここは毎年私の場所なんだから」


 どいたらどかっと座って食べ始める彼女。

 なんか面倒くさいことになりそうだから五メートルぐらい距離を空けて座ることにした。


「……一成は?」

「知らないかな、今日はひとりで来ているわけだし」

「ふーん」


 多分、ぼーっとしているか寝ているかだと思う。

 外では明るいけど家にいるときは途端に変わるからだ。

 すぐにキャッチボールをしたがるところは明るいことを証明しているんだろうけどね。


「お、やっぱりここにいたのか」

「「一成」」

「なんとなく翔太はここにいると思ったんだよな、佳代がいたのは意外だけど」

「そう? 友達と来たときもよくここで休んでいたけど」

「へえ、常に明るさMAXの佳代が珍しいな」


 無理して出している可能性は普通にある。

 悪口を言われているところを見て、聞いてしまったのなら尚更なことだ。

 少しでも言われないように動こうとするのが人間と言えるだろう。


「というか、僕が来ていなかったらどうしてたの?」

「そうしたら焼きそばでも買って帰ってたな、花火をひとりで見ても寂しいし」

「そっか、じゃあ来ておいてよかったよ」


 僕もできれば誰かと見たかったからこれでよかったと言える。

 美味しいご飯だって誰かと一緒に食べられた方がいいに決まっている。

 ふたりがいてくれたからこそ家でも楽しく過ごせたわけなんだから余計に。


「よいしょっ……と」

「佳代の横じゃなくていいの?」

「ああ、なんか攻撃されそうだからな」


 そんな暴力的な子ではないから大丈夫だ。

 さっきだって不満はあっただろうに座るだけで終わらせたんだから。


「佳代、ちょっとくれよ」

「やだ、買ってきなさい」

「まあそうだな、行ってくるわ」


 こうしてなにも約束とかをしていないのに集まれるのはいいことかなと。

 まあ、約束はしていたからちょっとずるいかもしれないけど。

 たまたまという見方もできてしまうからあんまり喜ぶべきではないかと片付ける。

 そもそもいまは微妙な状態だからね……。


「翔太君、あーん」

「え?」

「いいから」

「あ、うん、あむ……美味しいね」


 いま食べたばかりだからそうとしか言えなかった。

 それから彼女はなにもなかったと言わんばかりに買ってきていた食べ物を食べていた。

 ん? となっていたから一成が戻ってきてくれて感謝しかない。


「美味いな」

「安定しているよね」

「ああ。ただ、翔太が作ってくれた焼きそばの方が好きだな」

「流石にそれと比べるのはちょっと……」

「別に屋台の人がプロってわけでもないしな」


 そんなこといったら僕はプロには当然及ばないし、彼のお母さんよりも絶対に下手だ。

 もちろんそう言ってもらえるのは嬉しいものの、比べる相手が間違っている。


「今日この後翔太の家に行くわ」

「いいけど」

「その前に花火だな、佳代も好きだよな」

「うん、綺麗で好きだよ。それに今年はふたりがいてくれているからもっといいよ」

「去年も一緒に見ただろ?」


 確かにそうだ。

 去年、一成と見て回っていたときに自然と佳代も加わっていた。

 そのときは全く喋りかけてこなかったけど、なにかきっかけができるとここまで変わるんだなって。


「あれだって本当は他の友達と来ていたんだからね?」

「え、そうなのか? 思いきり俺らといたけどな」

「みんな彼氏が~とか言い始めて解散になったんだよ」


 彼氏や彼女がいるならそっちを優先したいと考えるのはおかしくない。

 僕だって彼女がいたら間違いなくそちらを優先している。

 ただまあ、こんな人間だからこれまで求められてこなかったわけで。


「……今年はひとりになると思っていたから翔太君がいてくれてよかったよ」

「いまのメンタルならひとりで楽しめると思ったんだ」

「変わったよね、翔太君は強くなったと思うよ」

「それはふたりのおかげだけどね」


 この感じだと佳代が一成を呼んだわけではないようだ。

 いや、仮に呼んでいたとしても構わないわけだけどね。


「……やっぱり私じゃ駄目なの?」

「佳代だからじゃないよ、僕はただもったいないことをやめた方がいいって言ってるの」

「もったいないって……私が決めて動いているだけなのに?」

「うん、それに最近話し始めたばかりなんだからおかしいよ」


 大切な人が側からいなくなるという経験をしているからかもしれない。

 しかも同時にふたりだったから余計にダメージを負っているという感じで。

 そこに悪口を言われる毎日とかも加わって自分は駄目だからって考えがまだ根本的なところにある気がする。


「まだ気になってるところなんだろ?」

「まあ……」

「それなら気持ちの整理も楽だろ、結局一方通行じゃ駄目なわけだからな」


 そういう意味で向き合おうと思えばすぐに変えられる。

 でも、それをすることは絶対にない。


「……一成はずるい」

「「え?」」

「だって……ずっと翔太君の側にいられるし」


 まさかそんなことを言うとは思わなくてふたりで固まってしまった。


「あの後俺も帰ったけどな」

「え、そうなの?」

「ああ、なんかちょっと自分を落ち着かせたくてな」


 そのせいで食材を頑張って消費しなければならないことになったんだ。

 だから責任をとってほしいぐらいだった。

 食べることは好きでも多くなりすぎると作業になってしまうから。


「それに最近だけで言うなら佳代も俺と同じぐらい翔太といただろ?」

「もっといたい」

「帰ったのは佳代だろ」

「だって……翔太君が酷いことを言うから」


 お祭りのときにする話でもないから終わらせた。

 美味しい食べ物を食べることでリセットを狙う。

 そのおかげか、すぐに楽しそうないつもの佳代に戻ってくれたからよかった。

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