05話.[今回は諦めよう]
「こんにちはー!」
「こんにちは」
タンクトップなうえに短パン姿の武藤さんがやって来た。
連絡が先にきていたから驚きはしないものの、日焼けとか気にしないのだろうか? と少しだけこちらが心配になってしまった。
だって凄く白くて綺麗な肌だからダメージとかも大きいだろうし……。
「翔太君翔太君! 課題をある程度やったらプールに行こうよっ」
「プール? 僕の弱々な体を晒すのはなあ……」
「いいからいいからっ、心配なら私にくっついていればいいからっ」
いやそれは不味いでしょう……。
プールということは水着姿だろうからそんな状態の彼女にくっついたら終わる。
「一成も呼んでいい?」
「駄目、一成を呼んだらふたりだけの世界を構築するから」
「……じゃあ揶揄してきたりしないならいいよ」
「しないよっ、じゃあ決まりねっ」
とにかくいまは課題をやることに専念する。
元々はこのために集まったんだからこれでいい。
「そういえばいつ求めてくれるの?」
「なんの話?」
とぼけてみたら「またまたー、とぼけちゃってー」と言われてしまった。
あの勝負、実は僕がふたりに勝ってしまったのだ。
僕としては二点差とかで負けてふたりの言うことを聞くのが一番だった。
なにかを求めろと言われても困ってしまう。
あのとき言っていたことをぶつけても弱いよとかなんとかで断られてしまったし。
「よし終わりっ、プールに行こ――」
「まだ駄目です、認められません」
「えー……」
彼女はよくも悪くも明るかった。
最近の印象としては幼い感じがする。
あ、別に馬鹿にしているわけではなく、ひとつひとつのことで盛り上がれるから少しだけ羨ましくなるときがある。
僕もこれぐらいはしゃげたら一成に言葉でちくりと刺されたり、叩かれたりすることもないんだけどなあと思った。
「よし行こう!」
「分かった、行こっか」
お金とか必要な物を持って外へ。
プールに着いてすらいないのにやたらと元気だった。
これは間違いなく帰るときにくたくたになって寝そうになるだろうと予想。
「あ、翔太君」
「うっ」
着いてから早速別れて着替えてきたわけだけどこれはまた……。
「どうしたの? 早く行こうよっ」
「う、うん、あ」
「なに?」
「……似合ってるね、可愛い」
「そっかっ、ありがとう!」
決してお世辞というわけではないが、なにも口にしないよりは問題にならない。
正直ここを乗り越えてしまえば僕だけでもなんとかなる――はずだったのだが。
「人が多いねえ……」
「そうだね……」
みんな考えていることは同じだからとてつもない人の数の前に早くも敗北しそうになってしまった形になる。
それでも彼女と今日来ているのは僕だけだ、一応は守ろうと動かなければならない。
全く言うことを聞いていなかったけど母もよく言っていたから。
相手が同性でも異性でも守れるような強さがあるといいねって。
「きゃっ、す、すみませんっ」
ここまでごちゃごちゃとしているとぶつかるのも仕方がないとしか言いようがない。
どうせ泳げるような状況じゃないんだ。
一応声をかけてから彼女の腕を掴ませてもらった。
これでも半身は水につかっているわけだから暑いわけではないのが幸いと言えるだろう。
「大丈夫?」
「うん、ありがとう」
「いや、今日は一成じゃなくて僕が武藤さんと来ているわけだからね」
これぐらいしかできないが、まあ、なにもしないで歩いているよりはマシだ。
……こっちにくっついてきていることは問題だけど……。
それでもなんとか休憩時間までは頑張ることができた。
「疲れたぁ……」
「疲れるよね、ここまで人が多いとさすがの私でもやばってなるよ」
これを繰り返さなければならないことを考えたら余計に疲れてしまった。
ただ、よく見てみればもうひとつプールがあるからそっちで休むのもいい気がする。
特定の時間にならなければこちらに集まってくることはないからゆっくりできるのもいい。
「ふぅ、なんか平和でいいね」
「確かにね」
普通の波みたいになっているからこれはこれで楽しい。
で、時間がくればちょっと強めな感じになるからそれはそれで楽しめると。
「翔太君って変わったよね」
「多分それは一成に叩かれたからかな」
「えっ、一成が君を叩いたっ?」
「うん、痛い口撃を仕掛けてくることもあるよ」
正論すぎても駄目なんだ。
あれでは向こうが気持ちいいだけでこちらにはなんにもメリットがない。
いい点を無理やり挙げるとすればそれを直せば多少はいい方に傾くかもしれない、ということだろうか。
「……私だったら叩かれたらその時点で離れるけどな」
「うーん、僕がうざ絡みをしていたからというのもあるからね」
「……君もするの?」
「まさか、するわけないよそんなこと」
ちょっと突っついたりするかもしれないが頬を叩いたりはしない、できない。
多分そんなことをしたらこちらの方が病む自信がある。
「あ、時間がきたよ」
「ほんとだっ」
彼女が楽しそうでよかった。
無理やりじゃない方がもちろんいいが無理やり出しているだけでもいい。
僕といるときにつまらなさそうな顔をしたりしないだけで僕からすれば幸せだった。
「うぅ」
結局、予想通りな展開になった。
はしゃぎすぎた彼女がおねむな状態になって背負って帰る羽目になった。
……全体的に柔らかいからどうしても触れている場所を意識してしまう。
「おいおい、流石に犯罪をするとは思わなかったぞ」
「さっきから黙っていると思ったら急にそんなことを言って馬鹿じゃないの?」
「うるさい、こそこそとデートなんてするからだ」
これはデートとは言えないだろう。
仮にこれがデートなら一成は何度も何度もそれをしてきたことになる。
「佳代を家に送ろう、その後はお仕置きだな」
「はいはい」
とにかくあまり触れていたくないから送るのは賛成だ。
このまま家に連れて行ったらその瞬間に信用されなくなる。
「……今日はありがとね」
「こちらこそありがとう、楽しかったよ」
「うん……ばいばい」
さあ家にと動きだそうとした前に一成に腕を掴まれて足を止める。
「随分とまあ普通になったものだな、女子が苦手とか言っていた翔太はどこに行ったんだ?」
「普通が一番でしょ、それに佳代限定のそれだからね。というか早く帰ろうよ」
「まあ……そうだな」
お昼ご飯はあそこで食べたけどその後も動いたからお腹が空いてしまったのだ。
構ってちゃんな彼もいることだからたまには作ってあげようと思う。
「今日はなにをしてたの?」
「ぼうっと考え事をしていたな」
「そうなんだ」
で、僕の家でも寝転んでぼけーっとすると。
調理を始めて少ししてから「まさか佳代と出かけているとは思わなかったからな」と小さく、だけど聞こえる声量で呟いていた。
「……誘ってくれてもよかっただろ」
「ごめん、次はちゃんと誘うよ」
いい気はしないだろうから佳代から言われたことは言わないでおいた。
だって僕もじゃあ……って行動してしまったんだから変わらないわけだし。
とにかくご飯を作って、できたての料理をふたりで食べた。
「今日からずっと泊まるわ」
「それなら着替えとか持ってこないと」
「付いてきてくれ、裏でこそこそされても困る」
「そんなことしないけどいいよ」
洗い物とかはまだまだ後でいいだろう。
まだ十七時にもなっていないからゆっくりできる。
それに一成といられる時間は好きだから増えたら嬉しい。
「なんか休みの日の夕方っていいよな」
「確かにそうだね、明日も休みだったりすると尚更そうだね」
「ああ、なんか歩いているだけでも落ち着けるよ」
動くのが大好きな少年にしてはなんか面白いけど。
荷物をまとめている間、僕は客間でのんびりとしていた。
僕の家と違って広いからちょっと羨ましい感じがする。
あとは両親と住んでいたあの家を思い出して少しだけうるっとなった。
「待たせたな」
「いや、行こうか」
ひとりぼっちだった自分が彼のおかげで変わることができた。
最近はネガティブなことも吐かなくなったし、間違いなくいい方に進んでいると言える。
発展するわけではないが佳代とも仲良くできているのは本当にいいことだ。
一成と喧嘩することがないわけではないからもうひとりぐらいいてくれないと困るし、単純に佳代のことを気に入っているのもある。
僕にも優しくしてくれるって本当に嬉しかった。
「そういえば敷布団とかないけどどうするの?」
「そのためにかけるやつを持ってきたぞ」
「そっか、また風邪を引かれても嫌だからちゃんとかけてね」
残念ながら床で寝てもらうしかないけどね。
いやまあこればかりは仕方がないことだ。
一応気にしてか家賃がそれなりに安いところを僕は選んだからなあ……。
そのせいで余裕がない家になってしまったわけだ。
「よし、キャッチボールするか」
「本当に好きだね……」
もうご飯は食べているから問題もないか。
ある程度は付き合ってあげないと可哀想だ。
あとは佳代ばかり優先しているとか言われても嫌だからグローブを持って公園へ。
毛布? を持ってきたりグローブを持ってきていたりするせいで大きい感じになっていたんだと一成が持っているバッグを見てそう思った。
「意外と捕れるんだよね」
「運動能力も普通レベルにあるってことだろ、投げるのも綺麗にできているしな」
「なんでだろうね」
球技全般苦手なのに不思議だ。
まあ一成が優しく投げてくれているというのはあるだろうが、それでも後ろに逸らしたりはしていないわけだから相手にはなれているはずだ。
壁に延々と投げるよりはまだ楽しくやれていると思いたい。
「苦手苦手って言ってるけどそこまで苦手じゃないだろ」
「そうかな……」
「そうだろ、もし無理な感じだったら躊躇なく言われていると思うわ」
でも、中学生のときは実際に使えねえとか言われていたわけだから……。
見る目がなかったとは思えない。
事実、自分も球技だけではなく運動するのは苦手だって考えていたぐらいだ。
足も遅いし、重い道具を運ぶのも一苦労だし、まあ言いたくなる気持ちはよく分かる。
自分ができる人間だったとしたら余計に理解できない感じになるだろう。
「それに付き合ってくれる翔太が好きだぜ」
「ほら、いつも一成にしてもらっているからさ、これぐらいはしなきゃなって」
暑いけど、できれば家の中にいたいけど、その度に文句を言いそうになるけど、まあ……キャッチボールぐらいは付き合おうと思う。
というか、こうして少しずつ返していかないと溜まってばかりになってしまうからだ。
一緒にいることが一成のためになっているわけではないから。
佳代が僕といてくれているのは間違いなく僕のためになっているんだけどね。
「よし、最後は本気で投げるぞっ」
「うん、いいよ」
ちゃんと構えて玉を待つ。
先程までと違って本当に本気って感じの玉だったけど怖がらずに捕球することができた。
「帰るか」
「そうだね」
まだまだ夏休みは始まったばかり。
急ぐ必要はない、ゆっくりやっていこうと決めた。
「翔太君、泊めて?」
「無理です」
「いやいやいやっ」
「いやいや無理だって、そうでなくても大きい人がいるんだからさ」
床で寝転がっている大きい人を指差して言う。
それでもと彼女は納得しようとしなかった。
褒められる点はまだ六時なのに起きて行動できているところだろうか。
逆に言えばそれ以外にないとも言えるけど。
「大丈夫、一成がいればふたりきりじゃないんだし気まずい感じにはならないでしょ?」
「佳代とふたりきりでも別に気まずい感じにはならないよ、ただ、やっぱり狭いからさ」
「気にしないでいいからっ。それに一成ばっかりずるいし、全然メッセージだって送ってきてくれないから寂しいんだよ」
交換しただけで満足してしまったのはある。
だって一成相手でもそれを使用することはほとんどないからだ。
用があれば勝手に一成が来るから余計に必要なかった。
あと、外ではぐれるといったことがないからね。
「こら、起きなさい」
「んー……? あれ……なんでいるんだよ……」
「今日から泊まらせてもらうからっ、家事もするから楽しく過ごそうよ!」
あれ、家事ができないんじゃなかったっけ?
調理ができないだけで掃除とか洗濯とかは得意ということなのだろうか?
それにしても一成は露骨に嫌そうな顔をするなあと。
なんで魅力的な子が側にいるのにもっと好かれようとしないんだろう。
僕では無理だけど彼なら上手くやれるだろうに。
「じゃあ佳代は玄関前な」
「いいよ、泊まれるなら」
「どんだけ泊まりたいんだよ」
彼の言う通りだ。
例え僕らといたいんだとしたらその都度来ればいい、それか朝とかに呼べばいい。
わざわざ窮屈な思いをしにここに来る必要はない。
「……だってさ、私にとって本当の友達ってふたりだけだし」
「そうなの? 女の子とかとよくいるでしょ?」
「うーん、なんか微妙なんだよね。それにこの前……」
「この前になにかあったの?」
「ちょっと外に来て」
付いて行ったらすぐに教えてくれた。
陰でこそこそと佳代の悪口を言っていたらしい。
一成とか僕――よく異性といるからみたいだ。
「それに男の子の中で気軽に近づけるのは一成とか翔太君だけだし」
「無理してるってこと? 話しかけられたらにこにこ相手をしているよね?」
「それは人として最低限の対応をしなくちゃって考えているだけだよ……」
苦労はあるってことなんだろう。
寧ろ人が多く来るからこそ基本ひとりぼっちだった僕よりも大変だと。
変な対応をすればそれこそ悪く言われかねないし、確かに信用できる相手とだけいられた方がいい気がした。
「分かった、だけど泊まるのは駄目だよ」
「なんでっ」
「駄目なものは駄目、泊まりたいなら一成の家にした方がいい」
中に戻ってその話をした。
だが、一成の方も戻りたくないとわがままを言ってくれた。
折れるときばかりじゃないということか、人間なんだから当然か。
「あと、お祭りにも一緒に行ってよね」
「一成もいるけどいい?」
「うん、それはいいよ」
「分かった、じゃあそういうことで」
いやあ、悪くばかり言われていた人間に対してこういう態度はねえ。
なんか自分が別人になったような気分になってくる。
現金な話だけど、あのとき勇気を出して一成に話しかけてよかったと思う。
あとは一年の最初からずっと居続けてくれた彼に感謝、というところか。
「よし、じゃあ着替えを持ってくるねっ」
「駄目」
「無理っ、取ってくるー!」
そもそもコントロールできるわけがなかった。
自分でさえあれなんだから他人のなんてできるわけがない。
「翔太」
「ん? あ、あれ……? な、なんで僕は押し倒されてるの?」
いやでも少し考えなしなところは直した方がいい。
断じてなにもするつもりはないけどみんながみんなそうではないからだ。
例えばいまの一成みたいにがばっとこられたら力の関係でなにもできなくなる。
大丈夫とか、撃退できるとかよく言うけど、実際のところは余程強い人でもない限り固まることが唯一できることだろうし……。
「……佳代に甘すぎだろ」
「いやいや、何回も駄目って言っているんだけど……」
「……勘違いして好きになっても届かないぞ」
「ないよ、それに僕は友達としていられればいいんだし」
こっちを悪く言わないでくれているだけで本来は十分なんだ。
それなのに優しくしてくれるから嬉しさとかよりも驚くことの方が多い。
相手が異性だからこう言っているわけじゃない。
一成にも何度も言っているわけだから分かっていると思うんだけどな。
「悪い……」
「え、いいよ、謝らなくて」
「ただ、寝るときとかは離れた方がいいぞ」
「うん、もちろんだよ」
変な空気とかにしたくないから気をつける。
というか、僕はベッドだから接触したりする可能性はないから気楽かな?
本来なら泊めたりしない方がいいんだけど今回は諦めようと決めたのだった。
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