04話.[絶対に負けない]

「ほら、転びなよ」


 敷布団とかそういうのはないからベッドで我慢してもらうしかない。

 今日のお昼頃から余計に悪くなっていたからよく放課後まで残ることができたものだ、というのが正直な感想だった。

 ジェルシートとかも買ってきたから色々してあげれば明日は無理でも明後日ぐらいには元気に学校に通えるはずだ。


「少し寝る……」

「うん、ゆっくり寝てくれればいいから」


 ご飯作りは少し後回し。

 今日は課題を出されていたから先にしてしまうことにした。

 明るい内に課題もご飯作りも済ませておきたい。

 夜になったら電気を点けないようにしたいからだ。

 というわけで余裕はあるはずなのに少しだけ忙しない時間となった。


「……暗いな」

「眩しいだろうからね」


 買ってきたのはうどんだから先に作るわけにもいかなかった。

 そのため、彼が起きるのをただただ待つという無能っぷりを晒したことになる。

 それでもいい加減お腹が空いたから電気を点けさせてもらった。

 ちゃちゃっと作ってとにかくご飯を食べてもらう。


「どう?」

「美味いぞ」

「それならよかった」


 体調の方も授業を受けなければならなかったお昼頃よりはマシになったようだ。

 ご飯を食べ終えたらいつものように壁に背を預けて座っていた。

 連続して寝るとそれこそ頭が痛くなるからなのかもしれない。


「……横に来いよ」

「うん、それはいいけど」


 今日はふりかけだけで済ますことにした。

 何時になろうと構わないから食べることを後回しにして横に座る。

 いや嘘だ、ふりかけご飯でもなんでもいいからご飯を食べたかった……。


「ありがとな」

「うん」

「ただ、翔太の腕を借りていたときが一番よく寝られたよ」

「僕の腕は筋肉質というわけじゃないからね」


 ぐにゃぐにゃしているわけでもないが、筋肉質というわけでもない。

 だから利用する側としては丁度いい感じなのかもしれないとまで考えて、それだけはありえないなと内で片付けた。

 彼が彼女であったのなら精神的な面で満足できたかもしれないが、普通に男なわけだしそういうことにはならない。


「というわけで今日はずっと枕として貸してくれ」

「その前にお風呂、いいよね?」

「おう、行ってこい」


 ……残念だけどご飯は明日食べることにしよう。

 自分の空腹具合より一成が元気になってくれることの方が重要だから。

 長風呂派というわけではないからささっと洗って出てきた。

 電気を消してベッドの側面に座る。


「……やっぱりいい、だって寝られないだろ?」

「いいよ、座ってでも寝られるからね」


 さっさと転ばせておいた。

 学校のときよりも重いが諦めるしかない。

 早く治してって三回言ってから目を閉じた。




「……まだ夜か」


 スマホを確認してみたらまだ一時だった。

 通知がきていたからそれも確認してみたら佳代からで。

 時間も時間だけど気にせずに返していく。


「大丈夫ですかー!」

「耳が……」

「あ、ごめん」


 夜中だろうと変わらずに明るかった。

 翔太を起こしてもあれだから一旦家から出る。

 実に生温い風が迎えてくれて微妙な気持ちになったが我慢。


「悪いな、ずっと寝ていたから気づかなかった」

「ううん、体調が悪いことは知っていたから気にしなくていいよ。それに翔太君が色々と教えてくれたからね」

「翔太が?」

「うん、翔太君のお家に泊まっていることとか全部ね」


 色々と説明しなくて済んだのは楽でいいか。

 ただ、翔太は馬鹿だな。

 飯とかだって食ってなかったし、電気だって点けていなかったし。

 本当に座って寝ているし、こういうときに限って文句を言ってこないし。


「翔太君は?」

「寝てるよ」

「そういえば一成はどこで寝たの?」

「床、だな」

「そっか、そりゃそうだよね」


 なんかしょうもない嘘をついてしまった。

 まだまだ本調子じゃないってことだなこれは。


「いまから行くよ」

「は? 待て待て、それなら迎えに行くから待ってろ」

「いやいや、体調が悪い人に来てもらったらあれでしょ」

「いいから待ってろ……」


 なんで翔太の家にはこんなに来たがるのか。

 別に翔太を好きになろうがそんなのは自由だが、真夜中に襲来とか本当に勘弁してほしい。

 仕方がないからまあゆっくりと佳代の家に向けて歩き始めた。


「あ、おーい」

「馬鹿だな……」


 テストの結果がよくてもこういうところは駄目だ。

 痛い目に遭わないと恐らくここは変わらない。


「お邪魔しまーす」


 翔太が起きたときには多分俺のせいにされるんだろうな……。

 そのことを考えるだけでも微妙な気持ちになってくる。


「ん? なんで翔太君は床に座って寝てるの?」

「さっき起きたんだろ」

「んー? なんか怪しいなあー」


 つか、俺は風呂に入りたかった。

 冷や汗とかもかきまくったからその状態で寝ることになってしまって申し訳ない。

 しかも家主を床で寝かせるとかありえないだろ……。


「翔太君起きて」

「んー……」


 ……躊躇なく起こしやがって、ある意味そのメンタルは見習いたいぐらいだ。


「……あれ、これは夢……かな」

「夢じゃないよー、私だよー」

「……なんでここにいるの?」

「ちょっと気になってね」


 面倒くさいことにならないようにと願うことしかいまの俺にはできなかった。


「翔太君はなんで床で寝ていたの?」


 どうしてもそれを聞かなければ気が済まないらしい。

 翔太は少しだけこちらを見てから「ベッドだとシーツが暑くてね」と答えた。

 佳代も割とあっさりとそれで納得して笑っていた。


「電気は点けなくてもいいよね」

「うん、十分見えるし」

「それにしてもこんな時間に出歩いたら危ないよ」


 全くだ、常識がないと言ってもいい。

 その点は連絡した俺もそうだから口にはしないでおくが。


「一成に来てもらったから」

「まあ、一成の体調が悪くない状態ならいいんだけどいまはそうじゃないから」

「うん、今度からは気をつけるよ」


 佳代がどういうつもりで翔太といるのかが分からなかった。

 勘違いさせて遊ぶような人間ではないものの、こういうことは珍しいから気になる。

 明るくて距離感も近いくせにガードが硬いからだ。

 だから何度も告白されては断っていることを知っている。


「今日はどうしたの?」

「ちょっと一成の様子が気になってね――あ、邪推するようなことじゃないからね?」

「あ、うん、そのことはもう片付けているけど」

「友達の体調が悪かったら気になるでしょ? だからいま来た感じかな」


 俺が勝手に迎えに行っただけだから悪くも言えない。

 そういう点でも質が悪い存在だと言える面もある。


「でも、よかったよ、一成が元気そうで」

「うん、一成が元気じゃないと調子が狂うから」

「これも全部翔太君のおかげだね」

「うーん、それはどうだろうね、別にこれといって特別なことをできたわけじゃないからさ」


 素直に受け取らないところが翔太らしい。

 実はこういうところは気に入らなかったりする。

 だってそんなところで謙虚になっても仕方がないからだ。

 それに誰も特別なことなんて望んでいない。

 弱っていたから近くにいてほしかった、それで健太は近くにいてくれた。

 俺からしたらそれで十分だと言えるのに……。


「翔太君は謙虚だねー」

「違うよ、これまで一成がしてきてくれたことに比べれば大したことないだけだよ」


 いますぐにでも佳代を家まで送り返したかった。

 そうでもなければ言いたいことをぶつけることもできない。

 恐らくいま言っても味方をされるだけだから。

 だが、明らかに空気が読めていないし、体調もいまいちだったからやめた。

 元気になってからいくらでもすればいいと考えて無視を決め込んだのだった。




「あの……」

「なんだ?」


 すっかり体調がよくなったようで結構だ。

 だが、今日も僕の家に来て睨みつけてきてくれていた。


「俺はな、翔太の態度が気に入らないんだ」

「じゃ、じゃあ、離れればいいのでは?」

「はあっ?」


 今日はどうしたんだろうか。

 ここまで情緒不安定な人間ではなかったと思う。

 たまに言葉で刺してくるときはあったものの、あくまでいつもは柔らかい感じだったからこそこちらも信じていられたわけなんだけどな。


「はぁ、もういいよ」

「そっか」


 もう少しで夏休みになる。

 夏祭りとか一緒に行きたいから喧嘩なんかしたくない。

 言わなければ伝わらないからそのことをしっかりぶつけておいた。


「えー、俺には友達が沢山いるからなー」

「無理なら無理でいいけどさ」

「分からねえなー、もしかしたら翔太はひとりかもなー」


 それならひとりで涼しい家で過ごすからいい。

 美味しいご飯を食べたりできれば十分楽しめる。

 誰かと出かけることだけが全てはないのだから。


「一成のせいでお腹空いちゃったよ」


 今日は午前中から変な絡み方をされていた。

 弱っているときは弱気な態度だったから恥ずかしかったのだろうか。

 彼みたいに誰かが周りにいてくれている人であればそうなのかもしれない。

 だってそれを見せたくなくて武藤さんではなくこちらを頼ってきていたんだろうし。

 なので、意地悪をされたから一成の分までご飯を作ったりしなかった。


「俺にはないのかよ」

「ないよ、僕にだけ意地悪するし」

「まあいいけどさ」


 だが、そこで大人しく引いた意味を知る。

 食べている最中にじーっと見られてとてもじゃないが落ち着かなかった。


「翔太、食べ終えたら少し歩こうぜ」

「無理してない?」

「無理してないよ、まだ悪かったら流石に今日は家で寝てる」

「そっか、じゃあ行こうか」


 何気に食後にお散歩をするのは好きだ。

 ひとりでじゃなく大抵は彼や武藤さんがいるからだが。

 ひとりで出ると通行人とすれ違ったときになにか言われそうで怖い。

 その点、彼がいてくれれば兄弟みたいに見てもらえる可能性があるし、武藤さんがいてくれれば兄妹だと見てもらえる可能性があるし、というところ。

 まあ、武藤さんの方が大きいから姉弟と言う方が正しいかもしれないけどね。


「とりあえず、期末テストを乗り越えないとな」

「それは全く問題ないよ、困ったら一成を利用すればいいし」

「……ネガティブな発言をしなくなったのはいいけどなんか調子に乗るようになったな」

「僕は本来こういう人間なのかもね」


 そういう細かいところは仕方がないと諦めてほしい。

 それすらもしたくないということなら寂しいけど離れるのが一番だ。


「おらっ」

「こ、怖いよ」


 持ち上げられると本当に怖い。

 もしここで彼が一気に力を抜いたときのことを考えると本当に震える。

 そして、去年の夏にプールでされたことがあったから大袈裟な思考でもなかった。


「あんまり調子に乗らない方がいいぞ、前みたいに落とすぞ」

「って、なんでそんないい顔で言うの?」

「そりゃしないからに決まっているだろ、ただ、言葉にしておく必要があったんだよ」


 彼はこちらを下ろして「とにかく気をつけてくれ」と言ってきた。

 何度も切りたかったって言っていたからいまだって我慢してくれているんだろうなあというところまで考えて、最近は出していなかった弱気な発言をしてしまう。


「また叩かれたいのか?」

「そんなわけないよ」

「じゃあ言うな、それにいまのはただの冗談みたいなものだぞ」


 どうしてまだ一緒にいられているのかが分かっていない。

 彼はどうしてこちらを切らなかったのだろうか。

 いくらひとりでいる人間が放っておけないとはいっても、僕なんて可愛げのないただの野郎だったというのに。


「仕方がないから夏祭り、一緒に行ってやるよ」

「あ、でも、他に優先したい人ができたら気軽に言ってくれればいいからね」


 我慢させることになっても嫌だった。

 だが、色々言ったけど相手をしてもらえないのも嫌だった。

 普通に面倒臭すぎる、どうしてこんな感じになったんだろう。


「前も言ったけど俺が相手をしてやらないと翔太はひとりだからな」

「もしかしたら今年は武藤さんが誘ってくれるかもしれないけどね」

「あー、その可能性は確かに否定できないな。でも、俺を誘ったんだからやっぱり他の人間とだけ過ごすとか言ってくれるなよ」

「当たり前だよ、いまでも翔太とだけいるのが一番落ち着くからね」


 大して時間を重ねていないのにあの距離感は危険だ。

 彼女を狙っている人に敵視される可能性がある。

 ただ、一成と一緒にいることで女の子から敵視される場合と、武藤さんと一緒にいて同性から敵視される場合では後者の方がいいかもしれない。

 何故なら女の子は怖いからだ。


「これからもよろしく」

「おう」


 手を握って上下に振る。

 とにかく続けられるだけ続けられたらいいなと思った。




「おーわりっと」


 テストが終わってHRも終わって解散となった。

 夏休みが始まるまでもう授業はないから気楽でいい。

 ただ、学校が一旦終わってしまうと一成はともかくとして、翔太君とはいられなくなってしまうからそこは困る。

 いまはただただ仲を深めたかった。

 一成がいるから来てくれているっていう思考を一緒にいることで変えてほしかった。


「翔太くーん!」

「お疲れ様」

「翔太君もねっ」


 一成が来る前にまだできていないことをしなければならない。

 警戒されるだろうけどとにかく廊下まで彼を連れて行った。


「翔太君、嫌じゃなければ連絡先を交換してほしいんだけど」

「え、いいよ?」

「いいの?」

「うん、あ、寧ろ僕となんか交換しちゃっていいの?」

「もちろんだよっ」


 よしよし、連絡先をゲットすることができた。

 そこで一成もやって来たから三人で帰ることに。


「翔太、勝ったらなんでも言うことを聞くって勝負をしようぜ」

「いいよ、ただ、数学でお願い」

「分かった」


 む、それはまた結構大胆な勝負だ。

 でも、同性同士であればそこまででもないのかもしれない。


「私もっ、私も勝負するよっ」

「うん、もちろん僕が武藤さんに勝ってもなにも要求しないから安心してね」

「俺もそうだな」


 むぅ、それはそれで複雑だ。

 ふたりは求めないのに私だけが求めてしまったらずるしているみたいじゃないか。

 あと、女だからみたいな理由が含まれている気がする。


「……それじゃあ不公平だから私にも求めてよ」

「んー、と言われてもなあ」


 翔太君の方を見てみたら困ったような顔で見られてしまった。

 別に不健全なことでなければいいじゃないか。

 ご飯を作ってほしいとか、膝枕をしてほしいとか、泊まってほしいとか。

 そういう踏み込みすぎない感じの要求であればお互いに引っかからなくて済む。


「翔太君っ」

「わ、分かったから、……武藤さんは近すぎだよ」

「うんっ、私だけ安心安全なのはおかしいからねっ」


 これでよし。

 女だからって甘く見られたら困る。

 私から参加しようとしているんだから同条件でいいはずなんだ。


「つかよ、別に不健全なことは望まないからな?」

「だったら余計に普通に受け入れてくれたらよかったよね?」

「分かったよ。じゃあ俺が佳代に勝ったら飯を作れるようになってもらう」

「うぇっ!?」

「翔太はどうする?」


 違う意味でドキドキしながら翔太君を見たら頬を掻きつつ「僕が武藤さんに勝ったら友達でいてくれるように望むかな」と答えた。

 うーん、そういう賭けみたいなそれで続く関係というのも正直微妙だ。

 それになにかが起きない限りは彼といようと決めているのだから。


「なんでも言うこと聞くよっ?」

「あ、じゃあもう少し離れてほしいかな、武藤さんは近いから」

「いやっ」

「えぇ……」


 ……誰にだってしているわけじゃない。

 本当に信用できる相手にしかしない。

 一成にもそうだから嫌ってことなのかな……?


「まあ、それはまた今度でいいだろ? これ以上外にいたら干からびちまうよ」

「そうだね」

「確かにっ」


 話し合うのは結果を知ってからでいい。

 ……一成だけには絶対に負けたくなかった。

 何故なら本当に調理とかは無理だからだ!

 翔太君と話しながら楽しそうにしている一成を見て絶対に負けないと呟いたのだった。

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