03話.[余計にそう思う]

「翔太、キャッチボールしようぜ」

「は?」


 いきなりやって来たと思ったら変なことを言ってきた。

 もう七月だというのに運動をしようとか馬鹿ではないだろうか。


「いいからいいから、翔太は明らかに運動不足だからな」

「太ってないけど」

「太ってないけど運動しないせいで食べもしないから問題だしな」


 腕を掴まれて「行こうぜ?」と。

 言うことを聞いてくれなさそうだったから仕方がなく言うことを聞くことにした。

 これをお世話になっているお礼ということにしてしまえばいい。

 だってそうでしょ?

 壁当てなんかでも楽しめるだろうけど相手がいてくれたらもっといいはずなんだ。


「暑いぃ……」

「おいおい、こんな程度でそんな反応をしているとこれから死ぬぞ」


 ゆっくりとボールを投げあっていく。

 一応キャッチボールぐらいなら僕にもできる。

 とにかくゆっくりと投げれば暴投することもない。


「この後、銭湯に行こうぜ」

「えぇ、裸を見られるとか恥ずかしいんだけど……」

「相手は同性なんだから堂々としていればいいんだよ」


 彼はこちらに放ってきてから「女子の方に行きたいなら止めないが」と言ってきた。

 そんなことをしたら友達が犯罪者になるというのに馬鹿だろうか。


「ねえ、本当に武藤さんに興味はないの?」

「逆だろ、佳代が興味ないんだろ?」

「武藤さんの気持ちじゃなくて一成の正直なところを知りたいんだけど」


 あれからも相変わらず楽しそうにやっている。

 少し観察してみた限りでは、一成と一番親しいのは武藤さんだったと分かった。

 他の子との距離感とは確実に違っている状態で、そのうえで一成も嫌がってはいないという感じだった。

 去年一年間の感じでは本当に珍しいことだと言えるから聞かせてもらったのだが、


「くどいぞ」


 と、言われてしまい黙る羽目になった。

 僕はどちらの友達でもあるから応援したい気持ちがあったのだ。

 でも、どうやら逆効果にしかならなさそうだったからやめておく。


「それこそ翔太はどうなんだよ、佳代はそういう対象の内に入らないのか?」

「あの子は君の友達だからこそ優しくしてくれているだけだよ」


 友達扱いしているがそういう前提がなければ一生関わることのない相手だった。

 別に相手が悪いわけではない、自分が悪いわけでもない。

 一生の内で関わらない人間なんて沢山いるから仕方がないのだ。


「お風呂に行くならそろそろ行こう」

「早すぎだろ……」

「いいから行こう、恥ずかしい時間はなるべく短い方がいいんだから」


 僕は高校の体育のときだけ運動しておけばいい。

 それ以外では必要ない、食べることが趣味ということもないし。

 で、約束通り学校近くの銭湯まで来ていた。

 時間は中途半端ではあったが、お客さんは休日だからか結構いた。

 恥ずかしいからタオルで隠しながら洗う羽目になった。


「翔太もこれぐらい鍛えないとな」

「なんでそんなバキバキなの……」


 そこだけは本当に気になる。

 疲れるから部活をやめたって言っていたのにこれなんだから。


「つか、ちっせえなあ」

「う、うるさいっ」


 例え同性であろうともデリカシーがなさすぎる。

 恥ずかしいからさっさと浴槽につかってしまうことにした。

 タオルは残念ながら使用禁止だから落ち着かないけども……。


「よっこらしょっ……と」

「なんかおじさんみたいだね」

「歳を重ねてるからな」


 にしても、同級生と一緒にお風呂に入ってるって不思議だ。

 あ、緑の学校のときは一緒に入ったかと思い出した。


「実はさ、ここまで翔太と関係が続くとは思っていなかったんだよな」

「あ、やっぱり?」


 まあ完全な聖人なんていないからそんなものだ。

 人気者でも所詮こんな感じだから所詮僕みたいな人間はこうなるよなで片付けられる。


「おう、俺って結構我慢できない人間だからネガティブな発言をされる度に切ろうって考えることもあったんだよな」

「なんで切らなかったの?」

「知らん」


 えぇ……。

 じゃあまあ馬鹿だったということで片付けておこう。


「一成は馬鹿だね」

「そうかもな」


 自宅のお風呂と違って熱いからここら辺りで撤退。

 拭いて服を着られたときは当たり前なことなのに嬉しく感じたね。


「おー、しっとり翔太君っ」

「そっちこそしっとりしてるね」


 遅れて一成が出てきてしっとり武藤さんと楽しそうに話をしていた。

 こちらは十分付き合ったからひとり帰路に就くことにする。


「待ってよー」

「うわっ、な、なにやってるのっ」

「なにってただ手を掴んだだけだけど、ふふふ、もしかしてドキドキしてるのかな?」

「い、いいから離して」


 揶揄してきてもすぐに言うことを聞いてくれるところはマシだと言える。

 だけど本当にこの子は他者との距離感をきちんと考えた方がいいと思う。

 どうやったらここまで無防備な感じに仕上るのだろうか?


「ふぅ、武藤さんはひとりで来ていたの?」

「うん、あそこを利用するの好きなんだ」

「そうなんだ、確かに気持ちがいいよね」

「うんっ、安いし気持ちいいしで最高だよっ」


 とはいえ、最後に利用したのは小学生の頃だったから少し緊張したけど。

 こればかりはどうしようもない、寧ろ堂々とできる人の方がおかしい。


「先に行くなよ」

「一成が遅いだけだよ、ねえ?」

「うん、一成が遅いのが悪い」


 僕の中では武藤さん=一成が気になっているという風になっているから空気を読んであげたのにこれだ。

 まあ本人がこの前直接否定していたから言うだけ無駄なのかもしれないけど。


「この後はどうするの?」

「特になにも予定はないな」

「じゃあ翔太君のお家に行こう!」

「いいよ、外にいるとせっかくお風呂に入ったのに汗をかいちゃうからね」


 今回はジュースを出してあげようと決めた。

 向こうがどうであれこちらは友達だと思っているんだから。

 ……なにかがある度に扱いが変わるという複雑さがそこにあった。


「はい」

「ありがとう!」

「ありがとな」


 もうすぐに二度目の夏休みがやってくる。

 去年は夏祭りとかに一成と行けたが、今年はどうなるのだろうか。

 そういうイベントを彼と楽しみたいと考える人は多いだろうから……。


「あ゛~……涼しいよ~」

「仮にも異性の家なのに寛ぎすぎだろ」

「翔太君なら許してくれるよ」


 自由にしていてくれればいい。

 相変わらず狭い家だからなんでここに来たがるのかは分からないけど。

 しかも思い切りベッドとかが設置してあるわけだからね。

 ……ここの家賃って何円なんだろう?


「エアコンを使わせてもらえないからここは天国だよ」

「え、こんなに暑いのに?」

「うん、電気代が高くなるから駄目っ、扇風機があれば十分っ、って考えの人達なんだ」

「それなら友達の家か一成の家に避難した方がいいね」

「うんっ、だからこれからは毎日来るよっ」


 これはサポートしようとしたわけではなくて単純に自分が暑さに弱いからだ。

 そのため、エアコンが点いていそうな彼の家か友達の家と言わせてもらったわけ。

 恋云々はともかくとして、一緒にいれば仲良くなれるだろうからね。

 ただ単に仲を深める程度であれば嫌な感じはせずにいられることだろう。


「馬鹿だな」

「え? な、なにが?」

「ふっ、まあいいさ」


 こういうのが一番困る。

 察する能力が低いからえ……と固まる羽目になる。

 固まっている僕を余所に寛いでいる武藤さんと、壁に背を預けて休んでいる彼。


「私、地味に翔太君みたいな子といるのは初めてかもしれない」

「それは武藤さんが明るいからじゃない? 常に輪の中心にいるような人が敢えてそこから出て僕みたいな人間と話すことなんて少ないからだよ」


 中心にいればいるほど色々噂されたりとかもしそうだし。

 これは決して卑下しているわけではないものの、僕と彼女達の間にはかなり距離がある。

 僕はそれを見ていることしかできなくて、彼女達もそれを見ているだけに普通は留める。

 みんな自分が信用できる相手とだけいたがるから仕方がないことだ。


「まあ、ここにいる一成は馬鹿なんだけどね」

「なんで俺だけ馬鹿なんだよ」

「だってこっちを優先しちゃうときがあるからだよ、その点、武藤さんはそちらを優先して動けているから賢いかなって」


 彼がいるとき限定で来ているようなものだから賢い。

 だからこちらとしては楽なんだ。

 彼目的で来ていると分かるから。


「でも、一成が行ったときは翔太君、凄く嬉しそうにしているよ?」

「そっ、それは……いや、そんなことないよ」


 寧ろ教室でも堂々と来るから困るときがある。

 被害妄想でもなんでもなくその前まで話していた人達が嫌そうな顔で見てくるからだ。

 もちろんそんなことを続けていれば表に出やすいらしい僕が表に出して一成が気にするわけだからすぐにやめるけどね。


「いやいや、翔太君は分かりやすいからね? ひとりでいるときはあからさまにしょんぼりとしているような感じがするし、一成が他の子と盛り上がっているときはそれを羨ましそうな目で見ているときがあるし」

「ね、捏造だっ」

「私は結構周りを見ているから分かるんだよーん」


 視線を感じて横を見てみたらにやにやとしている一成が。

 叩こうとしたら腕を掴まれて終わった。


「ま、だから俺が相手をしてやらないと駄目なんだよな」

「うん、一成にしか翔太君は全てをぶつけられないしね」

「ああ、そうだな」


 なんか同性に依存しているみたいでかなり恥ずかしい。

 一成以外の男友達もいてそのうえでならまだいいのかもしれないけど……。


「でもまあ、最近は佳代ともいられているから少し安心してるよ」

「なんで?」

「ひとりでいてほしくないからだ、すぐにマイナス思考及び発言を始めるからな」

「私といるときは言ったりしないけどなー」

「それはまあ翔太が抑えているんだろ」


 ずっと自分のスタンスを貫けるわけではない。

 心から信用している人相手じゃなければあんなのはぶつけられない。

 それに過去のことを知らないんだから武藤さん相手に言っても仕方がない。

 じゃあ一成はってなってしまうが、一成だったら迷惑をかけてもいいと思っている。

 だってこっちの気持ちなんて一切考えずに来てしまうときがあるからだ。

 なので、一成に対してだけは同じような感じで居続けようと決めた。




「翔太……」


 なんか今日は弱々しい一成だった。

 心配になるから寄りかからせていたのだが、身長差や体重差から倒れそうになる。


「調子が悪いの?」

「……ちょっとな」

「それなら保健室に行こうよ」


 個人で使用したことはないものの、今日の理由は彼のためなんだから気にならない。

 が、歩こうとしたらいつものように腕を掴まれて足を止める羽目になった。


「いい……空き教室に行こう」

「分かったよ」


 教室は賑やかだから体調が悪い時にいたくはないか。

 でも、それこそ武藤さんに近くにいてもらえばいいのにとしか言いようがない。

 何度も言うが、恋愛云々を除いてもふたりが一番仲がいいからだ。


「なんで無理して来たの?」

「朝は休むほどじゃなかったんだよ……」

「まあいいや、とりあえず座って」


 水筒を持ってきているのと、まだ飲んでいないこともあってそれをあげておいた。

 体調が悪いときはとにかく水分を摂るのが一番だ。


「……結構最悪な感じなんだよな」

「吐きそうとか?」

「いや……頭が痛くてな、だから廊下にいる翔太のところに来たんだ」


 異常なほど大きいというわけでもないから責められない。

 だからそれを避けたいのであれば今回みたいに出るしかないと。

 体調管理も本人がしなければならないことだからね。


「僕はどうすればいい?」

「近くにいてくれればいい」


 じゃあと頭を撫でてみた。

 頭が痛いと言っていたから嫌がられると思ったけどなにも言われなかった。


「……自分でしておいてなんだけど、痛くない?」

「ああ、別に痛くないぞ」

「それにしても一成がそんな状態になるなんて珍しいね」


 去年なんて元気いっぱいで追いついていけないときもあったのに。


「……実は昨日寝られなかったんだよ」

「暑くて?」

「いや……」


 大事なところを教えてくれないのは彼も同じだ。

 武藤さんが帰った後も僕の家でゆっくりしていたのにどうしたのだろうか。

 これまた自分が聞いておいてなんだけど一成は暑さ、寒さ耐性がある。

 僕みたいな軟弱な人間が弱るならなにもおかしなことではないんだけどさ。


「翔太のせいかもな」

「仮に徹夜になったんだとしてもそこまで弱るなんて本当に珍しいね」

「暑いのもやっぱり影響しているかもな……」


 当たり前のように僕のせいにされても困る。

 とりあえず休み時間もまだあることだから寝させておくことにした。

 僕の腕を枕にしたいとか言ってきたから仕方がなく使わせておくことに。


「翔太くーん――あ、ここにいたんだ」

「うん、一成の調子が悪くてね」


 武藤さんが来ても反応しないということは本当に重症なんだなあと。

 あと、ここで普段の明るさを出さないところがいいのではないだろうか。

 彼女はともかく一成的には好印象だろうし。


「重くない?」


 かなり小声で話しかけてきたからこちらも小声で反応していく。

 流石に無言で見つめておくのもなんだから少しの会話ぐらいは許してほしい。


「今年は暑いから気をつけないとね」

「そうだね、熱中症とかになってしまう可能性だってあるわけだし」


 もしそうなったら迷惑をかけることになってしまう。

 多分というか願望だけど一成は来ようとするだろうし。

 返せないまま終わる方が不味いからとにかく体調管理をしっかりしようと決めた。


「ん……」

「大丈夫?」

「ああ……心配してくれてありがとよ」


 腕を引っ込めようとしたが掴まれて敗北。

 僕は何回こういう風に止められればいいのだろうか。


「佳代も気をつけろよ」

「うん、気をつけるよ」

「じゃあ……ちょっと翔太と話があるから……」

「分かった、無理そうだったら保健室に行ってね」

「おう、ありがとな」


 相変わらずこちらの腕を掴んだままだった。

 逃げるつもりはないから離してくれても構わないと思う。


「悪いな、付き合ってもらって」

「別にいいよ、いつもはこっちがお世話になっているんだから」


 これで少しでも返せていることになれば幸いだ。

 あと、どんな理由からであれ頼ってもらえるのは普通に嬉しかった。

 いつもこちらが支えてもらう側だったから余計にそう思う。


「今日、翔太の家に泊まってもいいか?」

「え、家で寝た方がいいんじゃ……」


 一成がこんな感じになるぐらいだから帰った方がいいはずなんだけどな。

 彼は「いや、静かな翔太の家の方が絶対に治る、いいか?」と再度頼んできた。


「うん、いいよ」


 不都合なことはないからどんどん来てくれればいい。

 狭いあの家にいてもひとりだと寂しいから助かる。

 あとは単純にお世話をしてあげられるのがいいと言えた。


「あと、今日は佳代を呼ぶのはなしな」

「え、昨日も呼んでないよ?」


 自然な流れで参加してきただけで。

 でも、別に誘いたくないとかそういうのではない。

 寧ろ武藤さんであれば一緒にいたいと思う。

 優しくて明るいところが人として好きだ。


「まあな」

「うん、じゃあまあ今日はいつも通り一成と僕だけってことで」

「ああ、そもそも異性を家に泊まらせるのなんてアレだしな」


 異性を家に入れるのもうーんという感じだ。

 一成と武藤さんレベルの関係であれば問題もおきないだろうけど。

 本当にどういう風に考えて行動しているのかが分からなくなるときはある。

 分かっているのはやはり一成がいるときは来る、ということだった。


「それに翔太が作った飯を食べたかったんだ」

「うん、それぐらい作るけど」

「ああ、楽しみにしてる」


 だからいまは休むと言わんばかりにまた僕の腕を使って寝始めた。

 結構重いから今度逆になにかしてもらおうと悪い自分が考えたものの、なにを考えているのかとすぐに捨てたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る