02話.[勘弁してほしい]
「ここの牛丼って安価だし美味いよな」
「うん、そうだね」
お金の問題はないからたまにはこういうのもいい。
それでも外食とかは滅多にしないから普通に新鮮だった。
嫌いと言ってきていた一成とこうして一緒にいるのが不思議だが。
「つかよ、佳代と仲良くしろよ」
「無理だよ、女の子は苦手なんだ」
「男子は?」
「……一成以外は苦手だ」
悪く言われるイメージしかできない。
高校入学前に決めたあれは駄目になってしまうが、最悪いまのままでも普通に通えているわけだから問題はないと思う。
ただただ情けないことを証明していくことになるけどね。
「ふっ、俺だって悪く言うときはあるだろ?」
「でも、一成のそれは的を射ているから」
理不尽なそれじゃない。
気に入らないから言葉をぶつけて楽しんでいるわけではない。
多分、期待してくれているからこそだ。
「なんだかんだ一緒に行ってくれるもんな」
「……そりゃ武藤さんに比べれば一緒にいる時間も長いし」
彼がいてくれたからこそ乗り越えられたことも多いわけで。
この前はあんなことを言ってしまったり考えてしまったりしたものの、本当は僕のところにも来てくれることを感謝しているのだ。
「そうやってずっと可愛げのある状態でいてくれればいいんだけどな」
「学校に行くと駄目になるんだよ」
「じゃ、もっといてやらないとな」
残りを食べ終えてお店を出た。
先払い制のシステムだと食べ終えた後は快適でいい。
だって店員さんと会話しなければならないのは確実に僕にとって妨げになっているし……。
「気持ち悪いって言われるかもしれないけど」
「ん?」
「……たまに抱きつきたくなるときがあるよ」
それぐらいのことを彼はしてくれている。
両親に素直に甘えられなかった人間だからこそなのかもしれない。
「俺にか? 女子に抱きつけよ」
「で、できるわけないでしょうが」
そうでなくても嫌われているのにそんなことをしたら犯罪者になる。
近くにいるだけで悲鳴を上げられるような環境になるかもしれない。
「ちょっとそこの公園に寄っていこうぜ」
「分かった」
自宅近くにある公園とは違って周りがよく見える場所だった。
ただ、それはつまり人が来る可能性が高いということだからあっちの方が好きだ。
寂れた感じが最高に僕には似合うから。
公園としては多くの人が利用してくれる方がいいんだろうけどね。
「もう七月になるな」
「うん」
初めて彼に話しかけたのが一年生の四月二十日だった。
そこから不思議と関係が続いて、気づけば二年生の六月というところまできている。
両親が亡くなったときは全てがどうでもよくなったぐらいだからこうなっているのが本当に不思議だった。
「ほら来い」
「え?」
「抱きつきたいんだろ?」
いや、衝動的にしてしまうのならともかくとして、本人に言われてからできるわけがない。
それに最近は痛いところを突いてきてばっかりだからちょっとむかついているし。
「ま、まあ、それはたまにそうしたくなるときがあるというだけだから」
「いいのか?」
「うん」
それに武藤さんに嫉妬されても困る。
完全に来なくなること前提であの話をしていたから「嘘つき」と責められているんだ。
その結果、余計に教室から逃げるということになっている状態で。
「じゃあこれでどうだ?」
「武藤さんにしてあげなよ」
「いや、翔太ほど女々しい人間もいないからな」
確かに僕は構ってちゃんとかのレベルを超えてしまっている気がする。
所謂メンヘラというやつではないだろうか。
男版のメンヘラなんて誰得だよという話で。
「一成、今年こそは誰かと付き合ってね」
「は? なんで?」
「いやほら、武藤さんとかが求めているんだからさ」
……告白して振られたからって八つ当たりされたことがあったんだ。
ちなみにそれを本人は知らないからこういう反応なのも無理はない。
あと、前までと違って武藤さんのことだけはよく知っているみたいだからお似合いとしか言いようがないんだ。
「誰かに言われたからって変えるつもりはないぞ」
「そっか……」
「なんでそんな顔をするんだよ、それに付き合い始めたらそっちばかりを優先して翔太のところにはあんまり行けなくなるかもしれないんだぞ?」
「それならそれでいいよ、お世話になっている君に時間を無駄にしてほしくなくてこの前はああ言わせてもらったんだからさ」
関わらなければ悪く言われなくて済むという面も確かにある。
ひとりでいると寂しさを感じるときもあるが、ひとりでいるのもあまり嫌いではないのだ。
でも、その度にごちゃごちゃになるからやっぱり誰かといられた方がいいに決まっていて。
「俺は俺の意思で翔太のところに行ってるんだ、そんなこと言わないでくれよ」
「いや、ありがたいよっ? だって安定して来てくれるのなんて一成ぐらいだし……」
「はは、だったらいいだろ? その度に迎えてくれよ」
随分と簡単に言ってくれるものだ。
こっちだって一応彼のことを考えて動いているというのに。
……このままではなにも返せないまま甘えるだけ甘えてしまう。
「な、なんでも言うことを聞くからしてほしいことを言ってよ」
「それなら死んだ方がよかったとか言うのはやめてくれ」
「……どうせ死ねないから」
「だったら尚更だよ、もう親友なのに死なれたら嫌だろ」
彼は「仮に友達とか親友じゃなかったとしてもクラスメイトに死なれたくないだろ」と。
「理由があれだけどさ、引っ越してきてくれてよかったとすら思っているんだぜ?」
「え、なんで?」
「なんでってそりゃ翔太と会えたからだろ」
だけど話しかけたのは僕からだった。
それはつまり、それがなければお互いに関わることなく過ごしていたということ。
「嘘でしょ、だって話しかけられたせいで無駄に時間を使うことに――」
全部言い切ることができなかった。
なんの部活をしていたのかは分からないが、とにかく掴む力が強い。
冗談ではなく本気でうっと声を漏らしそうになるぐらいだ。
彼は真面目な顔で「言わないって約束だろ?」と言ってきた。
「い、いや、死ねばよかったとか言わなければいいんじゃ……?」
「駄目だ駄目だ、そういうネガティブなやつも駄目だ」
確かに楽しい感じにはならない。
相手がマイナス発言ばかりするような人間が相手だったら、自分だったら離れる。
実はお前と言われたのは先日のあれが初めてだった。
それはつまりこれまで我慢に我慢を重ねてきたというわけだから、彼からすれば離れることが一番自分のためになるというのに……。
「つかさ、毎日俺が行っているのにまだ足りないのか?」
足りないような、過剰なような、という感じ。
そのせいで確実に周りからは快く思われていない。
武藤さんみたいな行動派ばかりだったらの場合、安全地帯というのは無くなってしまう。
これまでは教室から逃げ出せばある程度は快適に過ごせてきたけど……。
「発言と実際の行動が矛盾しているんだよな、寂しがり屋のくせによ」
「だ、だからっ、僕は君のことを考えて――」
「それがいらないって言ってるだろ」
足を止めたら彼も少し歩いたところで足を止めた。
こちらを見て「どうした?」と聞いてくる。
「……一成はおかしいよ」
「なんでだよ、優しくできた方がいいに決まっているだろうが」
「武藤さんとか女の子にしてあげなよ、それかもしくは僕以上に困っている子とかさ」
隣まで歩いて腕を軽く殴る。
そうしたら頭の上に腕を置かれて思わず地面に座りそうになったぐらいだ。
重量の違いが果てしなさすぎる。
当たり前だが、貧弱な自分とは違うんだ。
「帰る」
「まあ、元々その予定だったからな」
「……今日はありがとう」
「いや、付き合ってくれてありがとよ」
今度は突っついてから歩き出した。
なにかお礼がしたくて仕方がなかった。
「島村君っ!」
「ぐはぁっ」
苦手意識はあんまりなくなったものの、とにかくパワーが強いから勘弁してほしかった。
僕みたいな弱さMAXの人間では必ず倒れる羽目になる。
「ご、ごめんっ」
「い、いや……。あ、それでなにか用でもあったの?」
「うんっ、ちょっと廊下で話そうよっ」
これは去年みたいに一成と仲良くしたいから手伝って、とかだろうか?
もしそうならそうでも相手が武藤さんであれば別にいいかな。
だって内はともかくとして、悪口を言ってきたりはしないからだ。
こちらにも一成のときと同じとまでは言えなくても普通に対応してくれるわけだから。
「今日ね、一成がちょっと不機嫌な状態なんだ」
「え、そうなの? 全くそのように見えないけど」
廊下から覗いてみても友達と仲良さそうに会話しているところが見えるだけだ。
突っ伏しているわけでもないし、怖い雰囲気を出しているわけでもないし。
彼女の目は大丈夫か? という気持ちで見つめていたら「なんでだと思う?」と聞いてきた。
「あれじゃない? 武藤さんがふらふらしているからじゃない?」
「ぶっぶー、島村君は勘違いしているところがあるよね」
「そういう気持ちはないの?」
「ないよ? 私だって去年から関わり始めただけだからね」
それでも一年と二ヶ月は経過しているわけなんだからいくらでもそういう感情を抱えることができるわけで。
まあ、本人がないと言っているんだから口にしたりはしないけど。
「正解はねー」
「うん」
が、彼女がなにかを言う前に本人が来たことによって強制的に終わりとなった。
そういう終わらせ方というのが一番気になるから勘弁してほしい。
もしかしたらそういうやり方で会話を増やしていく人なのかもしれないけど。
「ぐわ……重いよ」
「腕を置く場所があると楽なんだよ、俺は腕も足も長いからな」
「だからって僕の頭の上に置かないでよ……」
絶妙な身長差だからこういうことになる。
女の子だったら理想的な感じかもしれない。
なんかキスをするときに云々的な話があった気がするから。
「それよりみんなとはいいの? さっきまで楽しそうに話してたじゃん」
「ああ、ずっと喋り続けるわけじゃないからな、それに佳代が翔太を連れて行ったから気になったんだよ」
「武藤さんは君の話をしていただけだけどね」
いまは好意を抱いていなくてももう少し時間を重ねれば変わるかもしれない。
そうしたらこの前一成が言っていたように一緒にいられる時間は減ってしまうのだろうが、一成が楽しそうならそれでいいと思った。
どうなるのかなんて分からないからあくまで想像にすぎないけどと内で呟く。
あと、露骨に彼女の口数が減ってしまったのは気になるところかな。
だってどちらかと言えば話すのが大好きなタイプだからだ。
それは一週間でも一緒にいれば分かることで。
「武藤さん」
「うん? どうしたの?」
「いや、黙っちゃったから気になっただけだよ」
「それはあれだよ、私だって空気が読めるってことだよ」
彼女からすれば僕は友達の友達だからそうするのもおかしくはないか。
例えば一成といるときに一成の友達が来たら僕だって黙るわけだし。
色々と考えが足りないところがあるな。
「ね、翔太君って呼んでもいい?」
「別にいいけど……急にどうして?」
「私達はもう友達だからいいでしょ?」
「うん、だからそれは別にいいけどさ」
こうして関わっていくことで少しずついい方向に向かえている気がする。
こんなのでもまだまだ苦手だが、彼女をきっかけに少しずつでも前に進めればね。
それに彼女であれば先程も考えたように協力したいと思っているから。
ただまあ、恋に関しては一方通行では駄目だから難しいけど。
「佳代ってなんか翔太を気に入ってるよな」
「うん、だって相手のことを悪く言ったりしないから」
「確かにな、自分のことを悪く言うことはっても他者に悪口を言ったりしないな」
それは偉そうに言える立場ではないからだ。
嫌われがちな僕がそんなことを言ってみろ、あっという間に敵ばかりになる。
嫌われても構わないというメンタルをしていないからここは変わらなくていい。
「それに意外にもびくびくしたりしないからさ」
「びくびくはしないけど結構表に出すぞ?」
「でも、最初のとき以外はされたことがないから」
諦めている面も少しはあった。
あと、そういう反応を見せれば見せるほど彼女みたいなタイプは来るからだ。
だったらある程度は相手をしておいた方が自分的にはいい方に繋がるというもの。
小中学生時代と同じような感じでは駄目だからね。
「ふっ、翔太も男だったってことか、その内ではドキドキしているのかもな」
「よくぶっ飛ばしてくるからドキドキするよ、武藤さんは力が強いし」
「もう少し落ち着いてほしいよな」
接触していることになるから距離感を考えてほしい。
そういうのは一成とか他の男子にしてほしかった。
……プリントに触れるだけで嫌な顔をされていたのが僕だから。
でも、係の仕事とかでやるしかなかったからあれは流石に理不尽だったね……。
「多分それはないよ」
「「ん?」」
「翔太君が私にドキドキするとかありえないと思う」
そんなのは時間を重ねたら分からなくなる。
嫌われ者になりがちで、当然モテなかった僕の近くに来てくれる貴重な異性だし。
「あと、恋をするだけが全てではないでしょ?」
「そうだね、それが全てなら僕なんて存在価値がないしね」
「そんなことを言うつもりはないよ、ただ、それを選ばない人を馬鹿にしてほしくないなって言いたいだけかな」
馬鹿にしてくる人間は実際にいる。
なんに対してもそうだ、勉強面とか運動面とか挙げたらきりがない。
理想はそこでカッとならないことではあるが、これがまた難しい。
「ま、佳代も色々考えて行動しているということか」
「当たり前だよ、……たまにごちゃごちゃ考えすぎて駄目になるけど」
「え、意外だね」
「そう? 私って結構悪く考えちゃうときがあるからね……」
明るいそれも無理やり引き出しているということだろうか。
まあ、なんにも苦労しない人生なんかありえないからね。
僕とは全く違ってみんなといられるような人でもこうなるんだから、僕なんかそりゃそうなるよなって感じで。
「でも、すごいよ。だってそれを表には出さずに、相手を不快にさせることなくいられているんだからさ」
「……そうかな」
「うん、それに僕に優しくしてくれている時点で僕からしたらそうとしか言えないよ」
内側で馬鹿にされていたって構わない。
他者からすれば表面上だけで判断しなければならないんだからね。
思っていても言わないというのが大切なんだ。
「本当だぞ佳代」
「そ、そっか」
「ああ、普通に佳代といられているときは楽しいからな」
出た、こうやって意識してか無自覚かは分からないけど言ってしまうやつ。
それで告白してくる人が増えているって多分本人は気づいてない。
「それに、翔太に優しくしてくれる人間なんて少ないからな」
「そ、そんなことないでしょ、ねえ?」
「うーん、一成と武藤さんぐらいしかいまはいないかなあ」
家には来ないでと言っているから引き取ってくれた人達とも関わりはないし。
お買い物に行った先で接する店員さんとかは仕事だからああいう態度なわけだし。
「本当にこいつは暗いところだけ直せばいいんだけどな」
「そんなに暗い?」
「暗い、暗くなければ死んだ方がいいとか言わないだろ」
何回それを出すんだこの人は。
僕だって毎日毎時間そんなネガティブなことを吐いているわけではないぞ。
少なくとも武藤さん相手にはそんなことはしていない。
だって真っ直ぐに「じゃあ死ね」とか言われたら終わる。
「私達がいるからもう言わないよね?」
「言わないよ、どうせそんな勇気ないし」
「いらないよそんな勇気は、それに友達やクラスメイトの子に死なれたら嫌だよ」
そりゃまあそうだ。
なにも関わりがなくたって気になるものだ。
それを出してきたのは一成だから軽く腕を突いておいた。
「なんだよ?」と聞かれてしまったが、なんでもないと答えておいた。
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