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Nora
01話.[動くことだろう]
両親が交通事故で他界した。
色々とお金はあったみたいだから誰かの家に住むのではなくひとり暮らしを始めさせてもらうことになった。
誰かといたい気分ではなかったのもあるし、気を使いたくなかったからというのもある。
「……なんであのとき付いて行かなかったんだろ」
両親だけに辛い思いをさせるぐらいなら自分もまとめて終わっていた方がよかった。
いや、両親は生き残って僕だけが消える方がよかった。
卑下するつもりはないが、両親は生きるべき人達だったからだ。
なんでこっちを消そうとしなかったんだろうか。
「独り言を言ってどうした?」
「……
「あー……まあ、残された側としてはそうかもな」
彼は頭を掻きつつ「俺は経験がないから分からないけど」と言った。
そんな経験、ない方がいいに決まっている。
「それよりこんなところに来てどうしたの? いつもは教室で寝ているところでしょ?」
「
「ごめん、昔からのあれで賑やかなところは得意じゃないんだよ」
そもそも明るくなかった人間がそれで余計に暗くなった。
中学時代の途中で転校することになったのも影響している。
それでもこのままじゃ駄目だ、両親に呆れられると思って高校からは少しだけ意識を変えた結果がこれだった。
彼はよく寝ていたから話しかけるには好都合だった、というところかな。
「本当は他県に住んでいたんだろ?」
「うん、あのまま問題なくあっちにいたら無難に近いところに通っていただろうね」
「なにがあるのかなんて分からないから怖いよな」
「楽しい、じゃなくて?」
「ああ、普通に怖えよ」
これはまた意外だった。
一応一年間は一緒に過ごしたから余計にそう思う。
僕と違って色々な人といて楽しそうにやっている彼がこんなことを言うのなら……。
「戻ろうか、君と話したい人は沢山いるだろうし」
「別にそんなのどうでもいいけどな、俺が翔太と会うために出てきたわけだし」
「君はそうでも周りはそうじゃないんだよ」
少しだけ後悔している点もあった。
それはこうして彼が結構な頻度で来てしまうことだ。
たまに会話できる程度の関係でよかったのだ。
「あと、僕とあんまり話さない方がいいよ、クラスメイトから嫌われているからね」
教室に留まっているとよく一成に対して僕といない方がいい的なそれが聞こえる。
そういうのから逃げるためでもあった。
でも、人といるのが苦手で逃げてきたここでも結局そういう風になるんだなって思うと少し悲しかった。
「そんなこと言うなよ」
僕だって進んで嫌われたくなんかない。
できればみんなと仲良くできた方がいいに決まっている。
「翔太」
「……分かったよ」
授業が始まるから急いで教室に戻る。
席に座ってから一成を見てみたけどやはり僕とは違かった。
いくら変わろうとしても結局これが現実だ。
輪に加われない人間は一部を除いてずっと同じ人生を歩むことになるのだと……。
それでも授業中だけは排除されることはない。
この点だけはずっといいことだと言えるかもしれない。
「翔太、飯食いに行こうぜ」
「うん」
最近は食堂で食べることが増えていた。
単純にお昼ご飯を用意するのが面倒くさいからというのが大きい。
両親が生きている状態でひとり暮らしをさせてもらっているのなら遠慮するところではあるが、そうではないからこういうところで遠慮をしたりはしていなかった。
だって色々なお金とかを僕を引き取った家族が受け取っている状態だからだ。
「……やっぱりいいや、今日は食欲もないし」
「は?」
「適当に過ごしているから一成もゆっくり過ごしてよ」
一成が優しいからこそ息苦しくなるんだ。
彼といることを周りは快く思っていない。
彼が来なければひとりぼっちの人間だからだろう。
「待てよ」
「お腹が減っちゃうでしょ? 早く行きなよ」
「翔太が食べないなら俺も食べない」
「え、なんでそんな馬鹿なことを……」
こちらにも意地があった。
食べないと決めた以上、食べることはしない。
彼が勝手に選択していることだから気にする必要もない。
「どうしたんだよ、出会った頃から元からそんな気弱さはあったけどさ」
「無駄に時間を使ってほしくないんだよ」
お世話になるだけなってなにも両親には返せなかった。
僕としては無難な高校に入学して、卒業して、それで一生懸命に働いてお金を返すつもりだったんだ。
だが、それもたったひとつの出来事でできなくなってしまった。
……どれだけ一緒にいても終わりはあっという間に訪れる。
人気者の彼であれば尚更なこと。
「生きていて言うのもなんだけどさ、やっぱりあそこで一緒にいるべきだったんだよ」
「そんなこと言うなよ。俺は翔太の両親は知らないけど、両親的には大切な息子を巻き込まずに済んでよかったって思っているだろうよ」
「間違った、両親は生きるべきだったんだよ。いい人達だった、こんな僕にも優しくしてくれたんだからね。親なんだから当たり前って言う人はいるかもしれないけどそうじゃないんだ」
優しくしてもらえている人ばかりじゃない。
中にはお金とかの関係でまともに一緒にいられていない人だっているかもしれない。
食事とか睡眠とか入浴とか、そういうのも当たり前にできることじゃないんだ。
「……僕が代わりになれたらよかったのに」
なのに自死を選ぼうとしないあたりがずるいけど。
そんな勇気はない、嫌われる勇気もない、好かれようと努力もできない。
ただ学生だからと学校へ通っているだけ、生きるために必要だからご飯を食べたりしているだけだった。
まるでそうプログラムされたロボットみたいだ。
それでも弱いからこそこうして弱音を吐くことになる。
「じゃあ死ね、って言われたらどうするんだ?」
「……言われてもそんな勇気がないからいまみたいにうじうじ生きていくだけだよ」
そんな行動力があるのなら転校した後すぐに死んでいる。
大切で大好きな両親が亡くなったんだから当たり前の話だ。
「翔太」
「なに――痛っ」
「馬鹿なことを言うな、そういうことばかり言うお前は嫌いだ」
あれだけ手強かった彼が簡単に離れてくれた。
自分を悪く言えばそれだけひとりでいられる時間が確保できるということか。
こんなところで突っ立っていても虚しいだけだから適当に移動を始めた。
実際、僕に必要なのは勇気だと思う。
他者に対して踏み込んでいく勇気が必要だ。
そうしないと表裏の差が果てしないものになる。
「島村君」
「え」
名字で呼ばれることなんてめったにないから固まる羽目になった。
もうここから輪に加われないことを証明してしまっている気がする。
名字を呼ばれた程度で、話しかけられた程度で固まっていては話にならない。
「島村くーん?」
「あ、……なに?」
「あ、反応した。それでなんだけど、君は一成のお友達だから少し気になっていたんだよね」
まあそんなことだろうと思った。
そこで初めて話しかけてきた相手を見たが、いつも一成の近くにいる女の子だって分かった。
よくふざけて一成に告白すればいいのにと何度も言ったことがある。
その度に一成は「一方通行じゃ駄目だろ」と言ってきていたが……。
「その一成はもう帰っちゃったけど……」
「自由だからね」
上手い躱し方が分からない。
それと、相手が異性という場合に限っては余計に上手くできなくなる。
同性以上に苦手なんだ。
だって容赦がないから、気に入らない相手であればなんとでも言えるんだからね。
「あ、用事を思い出したからもう帰るよ」
「それなら私も帰ろうかな」
「それじゃあね」
「え、途中まで島村君と帰るよ」
……こういうときだけは一成の力が必要だ。
僕からすれば便利屋ぐらいの扱いなのかもしれない。
あっちからすれば……どうなんだろうね。
「去年から一緒にいるのは知ってるよ」
「僕もきみが一成と一緒にいるのは知ってるよ」
「うん、だって私達は去年から同じクラスなわけだからね」
うるさすぎるわけでも、暗いわけでもない。
常ににこにこしていて多分一緒にいる側としては安心できるような人。
一成はうるさい人は嫌いだって言っていたからそれに合わせている可能性もある。
でも、それはあくまで一成の近くにいるときだけだ。
こういうタイプは表裏で差があって、裏では冷たいなんてこともありえる。
「離れてほしいってこと?」
「ん?」
「僕が一成といるのが気に入らないってことだよね?」
言われてしまう前に自分から切り出す。
相手は一成じゃないが、小学生のときも似たようなことを言われたことがあったから慣れているのだ。
「違うよ?」
「え、違うの……?」
「違うよ、それにそういうところの判断って本人がするべきことでしょ? 一成は島村君のことを気に入っているからこそあれだけ一緒にいるわけなんだからさ」
気に入ってくれているとかそういうことではないと思う。
なんというか、困っている人間を見たら放っておけない人だから無理やり合わせているだけなんだ。
本来であれば一週間、長くても一ヶ月程度で終わっている関係だった。
あのときの僕は高校からは変えなければならないという思いで勇気を出したわけだが、あれは間違いなく一成にとってよくないことだったと言える。
「あ、でも不満な点はあるよ」
「そりゃそうだろうね」
「ほら、島村君はすぐに教室から出ていっちゃうからそれを追って一成も消えちゃうでしょ? 私はなるべく一成といたいからさ」
「大丈夫だよ、明日からはそうならないから」
「そうなの? それならよかった」
だって明日から一成は来ないから。
長く一緒にいる相手から嫌いだって言われたのは地味に初めてでこっちも傷ついているぐらいだったし。
最後は構ってちゃんみたいになったからどんな顔をして一成と会えばいいのかもう分からないんだ。
「それに島村君に話しかけたいのにどこかに行かれていたら困るし」
「僕が嫌われているの、知らないの?」
「悪く言っている人は見たことあるよ」
「でしょ? そんな人間といたら困るんじゃない」
「そうかな? 別にそれで悪く言われてもどうでもいいよ」
自分のしたいことをできなくなることの方が問題らしかった。
これまでであれば嫌われないように離れていくのが常だったんだけど……。
「そもそもさ、あの一成の友達なんだよ? それだけで近づく理由になるでしょ」
友達の友達に近づこうとする人間はあまりいないと思う。
って、ほとんどひとりでいる僕基準のそれだから本当は違うのかもしれない。
「お、これはまた珍しい組み合わせだな」
「あ、一成!」
先に帰ったはずなのになんでこんなところにいるんだろう。
壁に背を預けて空を見上げているぐらいならさっさと帰ってしまった方が間違いなくいいのになにをしているのか。
「おいおい、変な顔してどうした?」
「は……?」
「翔太だよ」
変な顔にもなるわ。
嫌いって言ったくせに普通に話しかけてくるんだから。
僕だったら嫌いと言った人間に話しかけたりなんかしない。
視界にすら入れないよう動くことだろう。
「
「はーい」
うわぁ、こういうことをすぐにしちゃうんだよね。
あの人、というか、あの子の方がいたがっているのに馬鹿な選択ばかりをする。
よく優秀だとか偉いとか言われているけど僕からすれば全くそんなことないね。
「さてと、なんでここで待っていたか、分かるよな?」
「あの子といたかったから?」
告白されたことは多く聞いたことがあるものの、付き合ったことがあるのかどうかは知らないままだった。
自分がそこまで聞く必要はないと考えているのもあるし、そういう話を彼が嫌がっているというのもある。
人気者でも、いや、人気者だからこその自衛策なのかもしれない。
「馬鹿か、もしそうだったら直接佳代を誘ってるよ」
「……じゃあ直接僕を誘わない一成は馬鹿じゃん」
「は? はぁ、本当に可愛くない奴だな」
当たり前だ、女の子じゃないんだから。
可愛げのなさで言えば他の誰よりもすごいと言える。
あの日だって誘われていたのに漫画を読みたいとかわがまま言って付いて行かなかったぐらいなんだから。
「今日は俺の家に来い」
「え、それなら一成が来なよ、僕は……慣れない人といるのは苦手なんだよ」
「別に家族とか来ないぞ?」
「それでも一パーセントぐらいはあるわけだし……」
「情けない奴だな……」
自宅なら僕ひとりなんだから当然そっちに誘う。
顔ぐらいしか知らない引き取ったあの人達もいないんだから。
「とりあえず佳代と合流しよう」
「自分から行かせておいて?」
「まあな、行くぞ」
別道から帰ることは可能だが、そんなことをすれば余計に面倒くさくなる。
お昼みたいな自虐MAX状態でいれば勝手に離れてくれるかもしれないが、何度も叩かれたくない。
「あ、おかえりー」
「おう、待たせて悪いな」
「いいよ、それでいまから島村君のお家に行くんだよね?」
「ああ、佳代も来るか?」
「行くよっ」
えぇ、グルだったのか……。
放課後になって近づいてきたのもこれのためだったと。
なんか一気に苦手な対象になってしまった。
「ただいま」
「お邪魔します!」
そもそも異性=悪口を言ってくる人間達って感じになっているのも既にアレだ。
いやまあ男女どちらからも言われたことがあるから片方だけを敵視するのもアレだけど。
最低限の常識として飲み物ぐらいは出しておいた。
もちろんジュースなんて出さないけどね。
「ひとり暮らしかあ」
「佳代なんかはひとり暮らしを始めたら終わりだな」
「なんでさっ」
「家事とかできないだろ?」
「で、……きないです」
それなら一成にでも頼ればいい。
何気に
実は知り合ってすぐのときに結構教えてもらったぐらいだし。
……最低最悪の中学時代からいてくれればよかった――わけない。
話しかけたのが運の尽きだったんだ。
「それに早起きできないしな」
「目覚まし時計があれば起きれるもん」
「無理だろ、この前『十個アラームかけてたけど全部反応できなかったよー』って言っていたぐらいだしな」
ふたりだけの世界を構築なら別にここじゃなくてもいいよね、という話。
それに、何気にではなく普通に狭い家なのもあってベッドとかも同じ空間にあるからなんか恥ずかしい。
さらに言うと、ここの難点は調理をすると色々なところに臭いがつくということだ。
だから服の置き場所だけは気をつけている。
「し、島村君はどうなの?」
「僕? 家事をしないといけないから結構早起きするけど」
「うっ、男の子にも負けるって……」
まあでも見た目がよければ男子がちやほやしてくれることだろう。
明るいから多分勘違いして気に入られようとする人も出てくるはずで。
内はともかくとして、表しか分からないんだからそりゃ効果はある。
「少なくともそういうことでは翔太の方が上だな」
「わ、私は明るくて友達がいっぱいいるしっ」
「だからそれ以外ではってことだ」
やるしかなかっただけでやらなくていいならしていないことだった。
したくてしているわけじゃない。
だから別に偉ぶれることじゃないからどうでもいいことだと片付ければいいと思う。
「翔太は暗すぎるからそういう点がよくても問題だけどな」
「暗すぎる……?」
「佳代は知らないだけだ、口を開けばすぐにあのとき死んだ方がよかったとか言うからな」
何気に信用しているからでもあるんだ。
出会ってすぐの相手に言えるわけがない。
仮に言ったとしても「じゃあ死ね」って言われて終わるだけだ。
そんなこと言うなって言ってくれるのを望んでいるんじゃないだろうか。
だってそんなことを言っておきながらもひとりでいる自分に悔しさを感じているんだからね。
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