第21話 桜舞う丘の少女
「天啓」とは、本当は天からの授かりものなどではなく、自分自身が積み重ねてきた努力が花開いた瞬間を言うのだと思います。
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風が吹いていた……
花びらが舞っていた……
満開の桜の下で、少女が笑っていた……
目が醒めた時、永倉浩司は全身に汗をかいていることに気付いた。
なんだ今の夢は……、あんな夢は初めて……。
いや、どんな夢だったのかはっきりとは思い出せない。ただ、桜の木の下で少女が笑っていた。
あの女の子は……。そうか!
永倉は布団から飛び出すと、寝巻のまま、すぐ脇に置いた座卓に向かった。
全てを思い出すんだ、記憶の中の情景が失われてしまわないうちに。あの少女こそが全ての鍵に違いない。
永倉は紙を広げ、たった今見たばかりの夢の内容を、そこに書き留めようとした。
会ったこともない少女。見たこともない景色。
だが、けっして忘れてはならない。
思い出せ、彼女はどんな顔をしていた。どんな格好を……、場所は……。
桜……。そうだ、満開の桜だ。小高い丘の上に一本だけ、周りには田んぼが広がっていた。
遠くには緑の山なみと、そして青い空。
俺は、桜の木を下から見上げていたんだ。
永倉は鉛筆を走らせ、必死で記憶を探りながら、次第に蘇ってくる夢の断片を紙上に写し取って行った。
これは神の啓示か、あるいは悪魔の囁きか。どちらでもいい、この難題に取り組んで既に一か月、いや、もう何年も、俺は暗いトンネルの中を歩き続けているんだ。
桜の下に、ひとり立つ少女。歳は十歳前後だ。金色の長い髪が陽の光に明るく煌き、風に柔らかにそよいでいた。
一筆ごとに、更なる情景が蘇る。蘇るごとに、筆先が新たな線を描く。永倉は次第に鮮明になっていくその姿に、確かな手ごたえを……。
「ちがう! これではたどり着けない!」
永倉は書きかけの紙を投げ捨てると、白い紙面にまた初めから筆を走らせ始めた。
ちくしょう、今度こそ逃すものか。
白い肌と、僅かに乱れた前髪の隙間から覗く、健康そうな額。幼さの残るあどけない瞳は空色に輝き、桜の花との鮮やかなコントラストを描く。
そうだ、色が肝心だ。永倉は色鉛筆を取り出し、夢の絵画に色彩を与えた。
ノースリーブの白いワンピース。むき出しの華奢な両肩に、そこから伸びる細い腕。
靴は履かず、素足で草の上に立っている。
スカートの裾がひらめいて膝小僧が露わになるのを、俺は下から見上げる。
少女は片足を上げ、こちらを見降ろしながら笑みを浮かべる。
蔑むような、邪悪な笑みを。
ああ……これだ、この顔が欲しかったんだ。
彼女の足の裏が、俺の顔を踏みつけようと間近に迫って来る。丸く可愛らしい親指が瞼の上に、細い土踏まずは鼻面に触れんばかりに。
薄いピンク色に染まった指先が、土と草で微かに汚れているのが見える。そして舞い散る花びら……。
いつしか永倉は、時の経つのも忘れて、紙片と色鉛筆の僕となっていた。
二時間後。
「よし……」
ようやく納得のいくものを得られた永倉は、汗を拭きながら顔を上げた。
これが正解……。いや、まだだ。
出来上がったそれをスキャナでデータ化し、メールに添付。祈るような気持ちで送信ボタンを押した。
返信はすぐに戻って来た。永倉はその文面を何度も読み返し、それから大きく息を吐いて、畳の上に仰向けになった。
部屋の中には、書き損じた無数の紙片が絨毯のように散らばっている。
永倉は溢れ出る涙をこらえようともせず、長かった苦難の日々と、開かれた未来に思いを馳せた。
「とうとうやった。これでやっと……」
―― ヌル亀SAY MEN 先生 ――
いつも大変お世話になっております。
弊社微少女マロン文庫新刊『さくらんぼサマの前にひれ伏せ!』の表紙絵デッサン、拝領いたしました。
期待以上の素晴らしい出来ばえに、私も一目見て思わず椅子から立ち上がり「これだ!」と叫んでしまいました。編集長も、デスクに飛び乗って踊り出すほどの大絶賛であります。
全く問題ありませんので、このまま完成に向けて作業を進めていただきたいと思います。
既にご案内の通り『さくらんぼサマの前にひれ伏せ!』は書籍化と同時にアニメ企画も開始する予定です。
その際には当然のことながらヌル亀先生にキャラデザをお願いすることになりますが、このさくらんぼサマの愛らしくも小憎らしいロリエロなお姿を拝見して、大ヒット間違いなしの確信を得ました。
全国の大きなお友達がこぞってさくらんぼサマの前にひれ伏すことになるでしょう。
素晴らしいキャラを生み出していただき、心より御礼申し上げます。
引き続き第一話「チェリーだけどチェリーじゃない!」、第二話「ホラホラ欲しいんだろアーンてしてみろ!」、第三話「豚よ、豚よ!」の挿絵につきましても、宜しくお願い致します。
なお、今回のメジャーデビューにあたり一つお願いがあります。
ヌル亀SAY MEN というペンネームは大変素晴らしく非の打ちどころのない美名であると私は確信しているのですが、慮外千万にも法務部より商標上やや問題ありとの指摘を受けてしまいました。
つきましては大変ご無礼とは存じますが何卒ご理解のうえ早急に新しいペンネームをお考えいただき弊社編集部まで……
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