第2話
遥と樹を組み合わせて、遥樹。いや、それじゃあ男の子の名前だ。
はるな、はるひ、はるこ。これもだめだ。パパの要素が全くない。
今日はよく晴れていたから、「晴」の字を使ってみようか。晴れた日の夜に産まれたから、晴夜。はるや、せいや、はるよ。まあ、読み方は後で決めよう。
そんな綺麗な月夜だから、星が見えた。「星夜」で、せいや、せいよ、ほしよ。語呂が悪くて嫌。
うん、自分の力だけで決めるのは無理だね。ケータイで調べよう。
四桁のパスコードを入力してロックを解除すると、二件の不在着信があった。両方とも発信者は優子先生。なんで?私は園を出て以来一度も先生には会ってないし、連絡も取ってない。先生に番号教えたっけ。
ちょっと怖いけど、折り返してみることにした。先生は普段は優しいけど、怒るとめちゃくちゃ怖い。そっと電話機のマークをタップする。プルル、プルルと二回のコールで先生は応答した。
「もしもし、遥ちゃん。よかった、繋がって」
「もしもし、優子先生、お久しぶりです。」
「挨拶なしでいきなりになっちゃうけど、さっきね、うちに樹くんが来たのよ。びっくりした。遥ちゃん、樹くんとの間に赤ちゃんができたって。しかも、もう産まれそうだって。ついに遥ちゃんがママになるなんてね、おめでとう。いいお母さんになってね。パパがあなたのこと心配してたよ。あ、普通に電話出れてるくらいだし、もう産まれたかな。」
ああ、樹がひまわり園に行ったんだ。今、先生はおめでとうって。なんでアホなことをしたんだって、怒らないんだ。私が赤ちゃんを産んで、先生は祝ってくれるんだ。
「こんなところにいないでさっさと病院に行きなさいって、樹くんを追い出しちゃった。それで大丈夫だったかな。」
「大丈夫です。まだ彼来てないですけど」
「あら、まだなの。遅いわね。どっかで道草食ってんじゃないの。」
ケータイの向こう側で、先生は場違いなジョークを言っているのか、それとも本気で心配しているのか。私はよく分からなかった。
「最近どうなの。仕事は?」
「大丈夫ですよ。産休もらえました。」
「そう、それなら安心ね。」
嘘です。クビになりました。
「じゃあ、お祝いできたしさっさと切るわ。樹パパと、幸せにね。」
「あ、あの!」
自然と呼び止めてしまった。ねえ優子先生、ちょっと聞いてよ。話したいことがあるわけじゃないけど、ちょっとだけ。私の話を聞いて欲しい。
「どうかしたの。」
自分から話題を作ろうしてるみたいだ。何も言わなかったら絶対おかしい。なにか、なにか言わないと。
「あの、その」
「早く言いや。」
「えっと、そうだ。私に遥って名付けた理由、ちゃんと聞いたことないなと思って。ほら、赤ちゃんの名前、どうやって決めようかなって考えてたから。先生、教えてください」
「遥の由来か。」
自分の名前の由来を聞いてくるという宿題がどこの小学校でも出されるんだとは知っている。施設があるからなのかは分からないけど、私が通っていた小学校は例外だった。
「うちにあなたが来たとき、ものすごく小さかったから。大きくなって欲しいと願って付けたの。お母さんがひまわり園にあなたを預けたのは、生まれてから数日、長くて一週間くらいの時だったと思うよ。」
「そんな早くに。なんで。」
「さあね。それは知らない。やむにやまれぬ事情があったんだよ。」
電話の向こうから子供たちの甲高い声か聞こえる。優子先生、寝かしつけなくていいのかな。
「久しぶりだし、もっと色々話せたらいいんだけど、ごめんね。もう本当に切るわ。」
やっぱり。いつでも先生は先生だ。
看護師さんが入れ替わり立ち替わりやって来て、私は今患者なんだ、と思った。普通に考えて、出産したばかりの女が子供を捨てて病院から消えるなんて、ヤバい話だ。でも、私はそれをやろうとしている。事の重大さは理解しているつもりだけど、たぶん私は分かってない。
だって仕方ないじゃない。何日もこんなところに泊まるお金なんてないんだから。一日でも早く仕事を見つけないと、一文無しは暮らしていけない。真冬の公園で寝るなんて、さすがの私も辛すぎる。
この子だけは、私みたいにならないで欲しい。それだけは絶対譲れない。
大きくなったら、この子にどうなって欲しい?
心優しくて、かわいくて、人を大事にできる人。自分の未来に希望をもって、明るく楽しく生きて欲しい。一つだけ確かなのは、私や私の産みの親みたいに、可哀想な子供を作らないで欲しいということ。そんな意味を名前に込めるなんて、なんだか気が引ける。やっぱり、私と樹の子供だから、二人の想いを詰め込みたい。
樹は、どう思うかな。
未来に希望。望未ちゃんなんてどうだろう。未希ちゃんなんかもかわいい。夢って漢字を使ってもいいかもな。夢が叶うって書いてゆめかちゃん、とか?
ドタドタドタドタ……
外から足音が聞こえてきた。
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