第1話

 私はひまわり子ども園で育った。それは川と山が近いという以外何もない、ごく普通の田舎街にある。この辺りの住民の平均年齢は、もし園がなければ、きっと六十歳を越えるだろう。

 両親の顔は全く知らない。施設で一番お世話になった優子先生は「とても優しいご両親よ」と言っていたけど、まさか卒業する子どもに向かって「あなたの親は悪い人だったのよ」と言うとも思えない。私の親はどういう神経をしていたんだろう。「優しい両親」なら、腹を痛めて産んだ娘に名前くらいはくれたっていいじゃない。私に遥と名付けたのは他でもない、優子先生だから。私は両親のことを、何があっても好きになれないと思う。

 なんて、さんざん貶しておいてこのザマだ。血は争えない。きっと私もこの子から嫌われると思うと辛くなる。私はなんて馬鹿なことをしたんだろう。

「遥、卒業おめでとう」

「ありがとう。来てくれたんだね」

「もちろん。来ないわけがないだろ。遥の大切な旅立ちの日なんだから。」

 樹は高校のひとつ上の先輩で、その後子供の父親になる人だ。彼も高校を卒業するまでひまわり園に住んでいた。みんなと別れた後、私は二人きりで会うつもりだったのに、樹は式にも参加してくれた。

 もう着ることのない制服。落ち着いた大人っぽい赤色の、珍しい色合いのブレザーで、私は気に入っていた。

「仕事は?抜け出して怒られないの。」

「大丈夫。班長にはうまく言ってきた。」

 門出の日だから、一回くらいならいいだろうと思ったのが間違いだった。あの日のあの一回きりで、可哀想な子供が可哀想な子供を産むことになってしまった。この罪は重い。

 樹は工事の仕事をしていた。身体の細さのわりに体力はあって、彼にはぴったりの職業だ。就職先が決まったときの樹の喜ぶ顔を、私ははっきりと覚えている。

 住むところがなかったり一人ぼっちでさみしいという作業員のために、会社は寮を用意していた。樹はもちろん、そこに入った。独身寮だから、部屋は狭い。

 親のいない子供どうしが付き合って妊娠して、無事に産めたとしても育てられるはずがない。収入は、二人合わせても世の中の夫婦の平均の半分より少ないと思う。何せ出産のための入院費用すら用意するのに苦労したんだ。たかだかたいして頭の良くない高卒の男の子一人が工事の仕事をしたって、稼げる金額はたかが知れている。身重の十代の女子が働ける場所などあるわけがない。この世は不平等だと、私はつねづね思っている。

 どうせ、私はこの子の成長を見届けてあげることなんて出来ない。だったら、何か一つだけ、私と樹の子供に最高のプレゼントを。

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