輝く星空の下で

マーベリックは、馬車に乗り込むと、優しくイリスを下ろして、その横に腰掛けた。


イリスは、頬を染めながらマーベリックに頭を下げた。


「マーベリック様、私のことを見付けてくださって、そして助けてくださって、本当にありがとうございました」


マーベリックは、優しくイリスに微笑んだ。


「いや。君が無事でいてくれて、よかったよ。でも、怖い思いをしたね。

……俺も、もし君に何かあったらと思うと、生きた心地がしなかったよ」


マーベリックはイリスの頭を柔らかな手つきで撫でてから、言葉を続けた。


「ここにイリスがいることを見付けてくれたのは、レノなんだ」

「レノ様が……?

もしかしたら、レノ様のお友達の竜が……」

「君も、レノの言う友達が見えるのかい?」


驚いたように問い掛けたマーベリックに、イリスは首を横に振った。


「いいえ。私はレノ様とは違って、その姿を見ることはできませんが、レノ様に、お友達がどんな様子なのかを教えていただいたのですよ。

その中で、レノ様が金色の竜と呼んでいたお友達の竜ーー火を吐く小さな竜なのですがーーが、私の元に来てくださったようでした。

エヴェレット家の中庭で見たことがある、その竜が作り出したのとよく似た炎が、私のことを助けてくれたのですよ」


マーベリックは、イリスをじっと見つめた。


「実のところ、俺も、レノの周りで不思議な現象が起こることを見掛けたことはあったが、それがレノの言う通りのものなのか、完全には図りかねているところがあった。


……でも、今君が言ったことと、レノの言葉はぴったり符合する。レノに聞いたところによると、その金色の竜が、君の身に起こった異変に気付いて君を追い掛けたから、君の居場所が早く掴めたそうだ。実際、俺もさっき、君の前で、何もないところから炎が跳ねたのを見ているしね。

ヴィンセントも、今日の出来事があってから、レノの言うことが真実だと、ようやく信じられたそうだ。


……君は、レノのことをまるごと信じてくれているんだね」

「はい。レノ様の目は、とても澄んでいますもの。私の目には見えないことがあっても、レノ様が仰っていることが真実だということは、すぐに信じられましたわ」

「そうか。レノが、君を信頼する訳だな」


マーベリックは、イリスに心から嬉しそうに笑い掛けた。


がたごとと音を立てながら、馬車がだんだんと速度を落としてエヴェレット家の屋敷の前に止まると、馬車から降り立った2人の前に、すぐにレノが駆け寄って来た。

フードを被った小さな姿を、イリスはぎゅっと抱き締めた。


「イリス、無事だったんだね……!

怪我はない?心配してたんだよ、よかった……!!」

「レノ様、ありがとうございます。

レノ様が、そしてあのレノ様のお友達の金色の竜が、私を見付けてくださったのでしょう?ふふ、レノ様のお蔭ですね」

「僕、本当に心配してたんだから。イリスはすぐに戻るって言ってたのに、ちっとも戻って来ないんだもの。イリスに何かあったら、どうしようって……」


イリスは、フードの中を覗き込み、瞳に涙を浮かべたレノを見て、にっこり笑い掛けた。


「では、すっかりお待たせしてしまった分も、今からたくさん遊びましょうか」

「うん!」


馬車から降り立ったマーベリックとイリスの姿に、屋敷から出て来た使用人たちも、安堵の表情を浮かべていた。マーベリックは彼らに目で合図をしてから、イリスとレノに問い掛けた。


「俺も仲間に入れて貰っても?」

「もちろんだよ、兄さん!!」


マーベリックとイリスは、微笑んでその目を見交わした。


***

「すぐに眠りに落ちたな、レノは」

「ふふ、きっと遊び疲れたのでしょうね」


マーベリックとイリスは、レノとの遊びにその後夜まで付き合ってから、今しがたベッドの上で眠りについたレノの安らかな寝顔を眺めていた。


「……レノもよく眠っているようだし、少し中庭に出てみないか?」

「ええ」


マーベリックはイリスの手を引くと、2人は連れ立って中庭に出た。

月のない夜空には、埋め尽くすようなたくさんの星々が眩く輝いて、今にも地上に降り注いで来そうだった。

涼しい夜風が、心地よく2人の頬を撫でる。


「……今日は月明かりがない分、さらに星が明るく輝いていますね。綺麗……」


うっとりと夜空を見上げるイリスに、マーベリックがそっと寄り添った。


「……君は、窓の側で夜空を見上げては、膝を折って祈りを捧げていると、レノから聞いたのだが。

君は、どのようなことを祈っているんだい?」


イリスは、マーベリックを見つめて微笑んだ。


「レノ様とマーベリック様が、笑顔で幸せに過ごせるようにと、そうお祈りしておりますわ。


……レノ様はまだお小さいのに、人とは違う特徴や能力ゆえに、寂しさや辛さをその心に抱え、たくさんの困難に直面していらっしゃったと思います。

けれど、マーベリック様のレノ様に対する温かな気持ちが、レノ様を救っていらっしゃるのが、すぐ側でお2人を見ている私には、とてもよく伝わって来ます。レノ様の嬉しそうな表情や、マーベリック様の優しい微笑みを見る度、お2人の笑顔がこれからも守られますように、その幸せがどうか続きますようにと、そう心からお祈りしておりました。


レノ様の体調が優れない時には、レノ様のご回復と、そして早くレノ様の笑顔がまた見られるようにと。


マーベリック様が魔物討伐にいらした際には、マーベリック様のご無事と、そして1日でも早くそのお元気な姿を見せていただきたいと、そう祈っておりましたわ」

「そうか、ありがとう。

……ただ、これからは、もう一つ、君の祈りに加えて欲しいことがあるんだ」

「はい、何でしょうか?」


首を傾げたイリスに対して、マーベリックは愛おしそうに微笑み掛けた。


「イリスの幸せも、その祈りの中に加えて欲しいんだ。


今の君の祈りには、レノと俺の幸せだけしか入っていないようだけれど、その中に君も加えて、皆の幸せを、できれば皆が一緒に笑い合える未来を、祈っては貰えないだろうか。


俺は、これからもずっと、君と一緒に笑顔で過ごしていきたいと、そう心から願っている。君の存在なしには、レノや俺の幸せな未来は、俺にはもう想像がつかないんだ。君の温かな笑顔に、俺がどれほど救われてきたか、君は気付いていただろうか。君は、俺にとってかけがえのない存在なんだよ。


……俺と一緒に過ごすことが、君にとっても幸せだと感じられるなら、俺はとても嬉しく思う」


イリスは、その頬を恥ずかしそうに赤らめた。


「マーベリック様とレノ様と過ごせることが、私にとっていかに幸せなことか、どれほど言葉を尽くしても、説明しきれないくらいですわ。これほど幸せな毎日を過ごすことができるなんて、少し前の私には、想像することすら出来ませんでした」

「そうか、それは嬉しいな」


マーベリックはイリスの手を取り、その手の甲に優しく口付けてから、優雅な所作でイリスの足元に跪くと、その強く輝く瞳に熱を宿して、イリスを見上げた。


「マーベリック、様……?」

「俺が生涯を共にしたいと思う女性は、イリス、君以外には考えられないんだ。君との時間を過ごす中で、日を追うごとに、その確信は強まっていった。


俺の気持ちは、君への態度には表していたつもりだったが……君には伝わっていたかな。君のことを、心から愛しているよ。


君を生涯かけて守り、そして俺の力の限り、君を幸せにすると誓う。

だからどうか、俺と結婚してくれないか」


イリスの瞳が大きく見開かれ、驚きと喜びにじわりと涙が滲む。


(私が、マーベリック様と……?)


星明かりの下で、イリスの手を取り、そして目の前に跪いているマーベリックは、まるで神話から抜け出して来た神のような、幻想的な美しさを纏っていた。


(私がマーベリック様の隣に立つことなんて、望んではいけないと、心の中でお慕いするだけでも十分だと、そう思っていたのに。

ああ、それでも……)


イリスは、まるで夢を見ているようだと思いながらも、確かな温かさを感じる、マーベリックの優しい手をそっと握り返した。


「……ほんとうに、私でよろしいのですか?」

「ああ。イリス、俺にとって、妻にしたいと願うのは君だけだ」

「私でよろしければ……はい、喜んで。

私も、ずっと、マーベリック様のことをお慕いしておりました」


イリスの両目から溢れ出した涙を、立ち上がったマーベリックは微笑んで拭うと、イリスの唇に、まるで繊細な宝物に触れるかのように優しく口付け、イリスの身体を柔らかく抱き締めた。


まるで見えない何かが2人を祝福するかのように、星明かりの下をひゅうっと風が踊り、舞い上がった花弁が、ふわりと2人の周りを包んだ。

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