不思議な力
「お帰りなさい、兄さん!!」
レノが満面の笑みを浮かべて、マーベリックに勢いよく抱き付いた。
「ただいま、レノ。いい子にしていたかい?
……イリス、レノのことをありがとう」
レノを笑顔で抱き締めてから、イリスにも優美な笑みを向けたマーベリックに、イリスもにっこりと微笑みながら駆け寄った。
「お帰りなさいませ、マーベリック様。本当に、ご無事でよかった……!」
ほっとした様子で、マーベリックを見つめて嬉しそうに頬を染めるイリスの頭を、マーベリックは優しく撫でた。
「思ったよりも早く片付いて、帰って来ることができてよかったよ」
「……長期の遠征と伺っていましたが、順調だったようで何よりです。マーベリック様のお元気そうなお姿を見ることができて、安心いたしました」
安堵の表情を浮かべ、少し瞳を潤ませたイリスを、マーベリックは軽く抱き締めた。途端、イリスの頬はかあっと熱を帯びる。
「イリスが、俺の無事を祈ってくれたお蔭かもしれないな。君はきっと、俺の幸運の女神だ。何故か、今回は信じられないほどに調子が良かったんだ」
「マーベリック様、お世辞がお上手ですね。……天才との呼び声の高いマーベリック様ですもの、実力を発揮なさっただけですわ。
目覚ましいご活躍をなさったと聞き及んでいます。マーベリック様のご活躍のお蔭で、魔物討伐が短期で終わったのですよね」
マーベリックの温かな腕の中で、まるで芸術品のように整った顔をイリスが恥ずかしげに見上げると、横でレノがぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねた。
「兄さん、すごいね!魔物たちをすぐに倒しちゃうなんて。さすがは、兄さんだ」
「いや。レノの熱が下がったのを見届けてから出発できたから、安心して遠征に臨めたしな」
「兄さんのいない間、もう熱は出なかったよ!イリスと一緒に、ちゃんといい子で待ってたよ」
「はは、そうか。それなら良かった。
……ところで、イリス」
「はい?」
なかなか解かれないマーベリックの腕を不思議に思いながら、イリスはマーベリックの顔を見つめた。
「君には、その……人とは違う能力があると言われたことは?」
きょとんとしてマーベリックの瞳を見てから、イリスは首を傾げて横に振った。
「いいえ。
私は、マーベリック様もご存知のように、単なる一介の侍女にすぎませんわ。当然魔法も使えませんし、そのような能力があると言われたこともありません」
「そう、か……」
少し思案顔になったマーベリックだったけれど、イリスにふわりと微笑んで頷くと、ようやく腕を解いてイリスの身体を解放してくれた。
「レノ、街に行く準備はできているかい?
俺は、これからヴィンセントのところに顔を出す予定だが、近いうちに、レノとイリスと3人で出掛けようか」
「まあ。まだ遠征帰りですし、きっとお疲れのことでしょう。
少しはお休みになられた方がよろしいのでは……?」
「いや、それほどは疲れも出てはいないんだ。
あと少し、片付けたいことがあるが、そう遠くないうちに3人で出掛けよう」
「わーい、やったあ!
兄さんとイリスと街に行けるの、楽しみだなあ」
顔中でくしゃりと笑うレノを見て、マーベリックとイリスは、思わず顔を見合わせてにこりと笑った。
***
「おや、兄さん。私たちの拠点にいらっしゃるとは、珍しいですね。
……今回の魔物討伐では、また随分と派手に活躍なさったそうですね?もはや、風魔法が神業の域だったとか。私も、兄さんへの数知れない賛辞を耳にしていますよ」
「いや……」
「騎士団と魔術師団が束になってかかっても苦戦していた魔物たちを、ほんの一瞬で葬り去ったのでしょう?
並の人間では、とても出来ることではありませんよ。私も兄さんの弟として、誇らしく思います」
「ちょっと待て。俺はそんな言葉を聞きにここに来た訳じゃない。
お前に確認したいことがあるんだ、ヴィンス」
マーベリックは軽く苦笑した。
「……以前に、お前は怪我をしたところをクルムロフ家に拾われて、治療を受けたことがあったな。その時、身体の内側から湧いてくるような不思議な力を感じたと、そう言ってはいなかったか?」
ヴィンセントは、マーベリックの言葉に、ぱちぱちと目を瞬いた。
「ええ、確かに、そうでした。
……身体の奥から湧き上がるような、温かな力でしたね。身体がその力に呼応して、凄い速さで回復しているような、不思議な感覚があったものです。
しかし、どうして今になって、唐突にそれを?」
「今回の魔物討伐の遠征で、俺も似たような感覚があったんだ。何というか、身体の奥底から不思議と力が漲ってくるような感じだ。
あれほどの風魔法を放てたのは、俺も初めてだったし、しかも疲れすらほとんど感じなかった。あれくらい威力のある魔法を放ったなら、俺でも、しばらく動けなくなったとしてもおかしくはないのにだ。
……それが不思議でならなくてな。お前に、もう一度その時のことを聞けば、何か解決の糸口が見つかるかもしれないと思ったんだ」
「そうですねえ。
……以前にもお伝えしたかと思いますが。これは私の直感にすぎないのですが、クルムロフ家のご令嬢に助けられてからなのですよ、その不思議な力を感じたのは。
今まで忙しさにかまけて後回しになっていましたが、改めてお礼に伺わなければとは思っていたところです。兄さんも、私と同席して、件のご令嬢に話を聞いてみますか?」
マーベリックは思案げに口を噤んだ後で頷いた。
「……そうだな、頼む。
この力の源がいったい何なのか、知りたいと思っているんだ」
「兄さんは、レノにも何か能力があるようだと仰っていましたね。
今回兄さんが感じた力は、レノからのもののように思われたのですか?」
「いや、違う。
……お前が言っていたのと同じように、これは俺の直感だが。
比較的最近、レノ付きの侍女になった少女がいてな。お前も知っての通り、今まで、レノ専属の侍女は皆続かずに辞めてしまっていたんだが、彼女は違っていた。レノをありのまま受け入れて、大切に可愛がってくれているのが伝わってくるし、レノもすっかり彼女を慕い、懐いている。
うまくは言えないのだが……魔物討伐に行く俺の無事を願ってくれた彼女が、その力の源になっているような気がするんだ」
ヴィンセントはしばらくマーベリックの顔を見つめてから、ふっと笑みを溢した。
「兄さんでも、女性のことを話す時に、それほど優しい表情になることがあるのですね。いや、驚きましたよ。
彼女に、もし本当にその力があるとして。彼女はそれを自覚しているのでしょうか?」
「いや、聞いてはみたが、まったく自覚はないようで、俺の言葉に首を傾げていたよ」
「そうですか。それも、私がクルムロフ家のご令嬢に助けられた時と同じですね。
彼女も同様に、そんな力についてはさっぱりといった様子でした」
「レノの力とはまた種類が違うのかもしれないが、少なくとも、この国では一般に認められていない特殊な力という意味では、共通するところがあるのかもしれない。
そのご令嬢から話を聞く機会を待っているよ」
「では、訪問を告げる手紙を私から出しておきましょう。
……私が誰か知ったら、もしかしたら驚かせてしまうかもしれませんが……」
「お前、助けられたのに、そのご令嬢に名乗ってはいないのか?」
マーベリックが、あきれたようにヴィンセントの顔を見た。
「いえ、呼称のヴィンスは名乗りましたが、当時、身分までは明かしませんでした。
……兄さんも経験があるでしょう?私たちの外観や肩書きに目の色を変えて、擦り寄るように近付いて来る女性たちに、悪寒を感じたことが。そういうのが御免だったので、咄嗟に、ヴィンスとだけ名乗ってしまったのです。私がもし魔術師団長だと知れれば、色々面倒になるかもしれないと思いましてね。
けれど、今から思えば、彼女になら名乗ればよかったですね。何せ、当時、私は化け物のような傷だらけの酷い顔をしていたのに、彼女は微塵もそれを気にすることなく、必死になって、親切に私の怪我の治療に当たってくれたのですから。
……またお会いできるのが楽しみですよ」
少し頬を染めたヴィンセントを見て、マーベリックも、くすりと楽しそうに笑った。
「お前のそんな顔も、初めて見たよ。
……また、訪問の日が決まったら教えてくれ」
「わかりました。またご連絡しますね」
(不思議だな。
ヴィンセントが助けられたという令嬢も、どこかイリスに似たところがある。こういう偶然もあるものなのだろうか……)
マーベリックはヴィンセントの言葉を思い返しながら、魔術師団の拠点を後にした。
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