“Я”

ゆかり

第1話

事の発端は確か、3ヶ月前だった気がする。あまり詳しい日付は覚えていないので、断言は出来ないが、まあだいたいそのくらいだろう。その日は特に変わったことも新しいことも何も無い、平凡な1日だった。俺がそれを発端だと理解したのはつい最近のことで、その時はただの日常に過ぎないという認識をしていた、ような気がする。自転車で駅まで15分、そこから電車で30分。近いんだか遠いんだかよく分からない距離の高校に通い、クラスの中心人物ではないがそこそこの人数の友達もいて、人並みに彼女が欲しい、至って普通の高校生。今、俺の隣にいるやつも同じ。同じクラスで、そこそこに仲が良い、と俺は思う。名前は佐々木虎太郎。虎、とかいう漢字が入っている割にはひょろひょろでもやしみたいで弱そうなやつ。

「ひぃらぎ!!おまえ、いま俺のこと弱そうって思っただろ!」

脳みそも身長も器もちっちゃいくせに、態度だけはでかいやつ。

「思ってないよ。こた、それよりこの状況をどうにかしなきゃ」

「おう。ってか、ここ、ガッコだろ?」

俺はキョロキョロと周りを見渡しながらこたの問に答える。

「たぶんね。なんか、ゲームの世界みたいだね」

俺がやっていたスマホゲームはとある学校を舞台にした戦闘ゲーム。薄暗く染まった学校に閉じ込められたプレイヤーがネット回線で4人パーティを組み、屋上のフラッグを取りに行くという簡単な設定。様々なトラップが面白いのとゲーム映像がリアルすぎると話題になり、最近中高生に大流行中のゲームだ。

「でも、俺たちの高校じゃない。例えるなら、そうだね、それこそゲームの世界」

「それも“Я”(リバース)の、だろ?」

「うん。」

Rを鏡に映したような文字で、読み方はリバース。まあ言うなれば俺たちはゲームの世界にやってきたってところだろう。だけど、ゲームのスタート地点は1階にある調理室で、俺たちがいるのは屋上。“Я”だったらゴール地点だ。

「ゲームの世界にまんま来たってわけでもねぇな。いやぁ、なんかいいな!映画でも体験してるみてぇだ」

楽しそうなこたに少しだけうなづいて同意を示しながら、俺は屋上の端っこにフラッグを見つけた。

「あった!フラッグ!あれだ!」

俺のそんな声と同時に走り出したこたがそのフラッグを持って素早く帰ってきた。手に握られた黒と青のシンプルなフラッグを空に掲げるようにこたは俺に見せつける。

「本物ってやっぱすげぇのな!思ってたよりも重いぜ?持つ?」

「遠慮する。」

生憎ながら俺は頭脳派だ。こたみたいに運動はできない。

「ゲームならここでクリアなんだけど…。」

フェンスからグラウンドを覗いてみると、ぐちゃぐちゃと砂嵐が混じったなにかがたくさんいるのが見えた。キィキィと甲高い声をあげているそいつらはどこか楽しそうだ。

「ん?あれ、待機中のアバター、か?」

こたの言葉で思い出す。そうだ、ゲームが始まる前の待機場はグラウンドだった。ゲームが始まるときに、チャイムが鳴って、画面が暗くなる。すると次の時には調理室に移動しているのだ。最初の場所である調理室にはアイテムとして包丁やまな板などが入手出来る。それらを上手く使い、屋上を目指す。

「あ、チャイムだ。ゲームが始まる…?」

チャイムと同時にアバターたちが消えた。多分、調理室に転送されたんだ。それを見ていると、目の前に砂嵐が現れた。縦が15センチ、横が30センチくらいの長方形に広がる砂嵐はこたの方にもあるらしい。大袈裟すぎるほど上がった悲鳴がそれを示してくれた。

「なんだ、コレ…」

「ぅおっ!?なんか書いてあるっ!?」

はん、ビビりめ。こたの言葉で砂嵐を凝視すると微かに浮かび上がってくる文字。

《。スマキダタイテケカシヲプッラトハニタナアラカマイ。ヘ”R”⸝ ソコウヨ》

頭が痛くなるほどカタカナが羅列していて、気味が悪い。拒否したくなるのを抑えて、必死で文章を見ていると、“Я”のロゴが逆になっていることが気になった。

「これ、反対から読む…?」

「ぉあ!おっまえ!天才か!?さすが柊!」

分かりやすく喜んだこたが声に出して文章を読み始める。

「『ようこそ、“Я”へ。いまからあなたにはトラップをしかけていただきます。』か?」

「そうだね、たぶん。トラップをしかけるってことは、俺たち、運営側にいるのか…?」

脳の回転が、いつもよりもずっとはやいのを感じる。楽しい。こういうのは、大好きなんだよ。

「それで、さっきのアバターたちのクリアを阻止すればいいってことだな!」

意気揚々と言うこたの声を右から左へと聞き流し、砂嵐をじっと見つめる。いくらなんでも、4階分のトラップを2人では無理だ。それに、ゲームはもう始まっていて、あと3分もすればあのアバターたちは狭い調理室を飛び出すだろう。

「こた!誰か、仲間はいないか?」

「仲間?誰のだよ!」

なんで分からないんだ!叫びたくなるのを必死で押え、こたに言う。

「俺たちのだ!もともと4人パーティのゲームなんだ、あと2人いてもおかしくない」

「なんだ、そういうことか。早く言えよな」

いや、あの流れだったら、分かるだろう。フラッグを元の場所に戻し、屋上を走り回り出したこたを見ながら、さらに考える。

運営側に俺たちを持ってくるメリットはなんだ?俺たちは、確かに“Я”内ではウィークリーランキングでいつも30位以内には入っている世界で戦えるプレーヤーだ。でも、上には上がいるし、わざわざ俺たちを呼ぶ理由がわからない。

「ぅ、うわああああっ!!」

大きな悲鳴とともに、ふたりの男が階段の裏から飛び出してきた。その後ろから、不思議そうな顔をしながらこたがでてくる。

「こた、何してんの?」

「なにって、仲間探しだろ?ほら、いたぞ」

仲間?あの叫んでいる2人が?今は2人でお互いを抱き合って震えているのに?

「砂嵐を見てたんだよ。だから、仲間じゃねぇかなって」

脳筋なこたにしてはいい考え。2人に近づいてみると2人は怯えた目でこちらを見ながら言った。

「だっ、誰だよ!」

「誰って…。添田柊。プレーヤー名は柊」

安直な名前だということは自負している。決して、決めるのが面倒くさかったからとかじゃない。こたが決めたんだ。

「俺は佐々木虎太郎!こたって名前でプレイしてる!」

こたの名前は俺が決めた。こちらは決めるのが面倒くさかったから、あだ名をそのまま取った。

「なっ、なんでおまえらそんなに平気なんだよ!?!!」

青い目の男が叫んだ。言っている意味がわからなくて、俺はこたをみるが、こたも不思議そうにしている。

「普通、こんなところ怖くて仕方がないだろっ!?なんでそんなに…っ!!」

どうやら、彼らからすると俺たちは普通じゃないらしい。いつも通りに過ごしているだけなのに、普通じゃないと否定されるとは。心外だな。

「怖がったって仕方が無いし、楽しいとすら思ってるな。早く、おまえらも名前を言え」

「ひっ…!!」

俺の言葉で謎にびびった赤い目の男。後ろを見れば、瞳孔ガン開き、ギラギラの瞳で男たちを睨むこたがいた。

「こた、睨むな」

「だってこいつらめんどくせぇもん!!」

「ほんと、器ちっちぇな、おまえ」

「うるせぇ!!」

俺たちがこうして言い合いをしている間に2人は自己紹介をすることに決めたらしい。先に口を開いたのは青い目の男。

「…橘光輝。プレーヤー名はコーキ」

コーキと言えば、俺たちとおなじ、30位以内に入る有名なプレーヤーだ。調理室にあるナイフを投げてトラップを躱すプレイで有名。

「榊原芽衣だ。サカキメイラっていう名前でプレイしてる。」

サカキメイラって、プレーヤーランキングでトップ5に入る超有名プレーヤーだ。パーティにいたら、絶対そのパーティは勝てると言われている。もはや都市伝説みたいなものだと思っていたけれど、本当にいたのか。

「メイラ、でいい。」

先程まで震えて、怯えていたのが嘘みたいにメイラはしゃんと挨拶をした。それをコーキは信じられないと言わんばかりに首を横に振りながら眺める。

「ところで、トラップを仕掛けるんだろう?どうすれば俺たちの勝ちになるんだ」

「そんなの知ってるわけないだろう!なあ、さっきまで怖がってたのに、なんでそんな…!!」

「彼らは敵じゃないんだ。だから、まだいい。どうやら彼らは、肝が座りすぎてしまっているのかもしれない」

メイラの言葉はどこか不思議な日本語だ。丁寧、って言われてしまえばそれで終わるけれども。

「ま、そういうことだ!」

こたの声が静かな敷地内に木霊して、俺は気づく。

「なぁ…。もう、3分は経ってるんじゃないか…?」

なんで、こんなに静かなんだ。そこまで考えると目の前に、さっきの砂嵐がまた広がった。

《。ンセマキゴウトイナサオヲンタボウョリンカ,リワオケカシヲプッラトガタナアハーヤーレプ》

どうやら、俺がこの4人パーティのリーダーらしい。ザザっと音がして、砂嵐が晴れる。晴れた先には“Я”内で見るステータス確認画面があった。でも、それは正規のものと違っていて、白ではなく黒が背景に使われている。

「完全に運営陣営のようだね。綺麗な黒だ」

うっとりと見蕩れるかのように画面を見つめるメイラ。彼の普通は、これなのか。

「とっ、とりあえず、ここから出るにはトラップを仕掛けなくちゃいけないんだろ?」

早く出たいんだ、と顔がうるさく言っているコーキは俺に言う。多分そうだろうという意味を込めて頷けばコーキはすぐに屋上を出ようとする。するとメイラが彼を引き止めた。

「まあ待ちたまえよ。画面を見てご覧。トラップはどうやら、屋上で仕掛けられるみたいだよ」

メイラが画面をスクロールするように指を動かした。それを見たこたは同じように画面を指でいじる。

「まじじゃん!時間の無駄になるところだったぜ!」

脳筋らしい発言だ。大いに結構。まあ確かに時間の無駄にはなるな。黙ってその場に座り込んで、俺も画面をいじる。

トラップの他にもアイテムの配置も変えられるようだ。

「とりあえず、トラップを仕掛けよう」

「おうよ!」

「ああ。」

「い、言われなくてもそのつもりだ!」

三者三様の返事が響いたのを合図に俺たちはトラップを仕掛けだした。

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