小説教室の課題 掌編小説
克全
第1話:裏切り
「田沼侍従、このままでは破滅してしまいますぞ」
「それは臣の不徳でございますから、しかたのない事でございます」
「本気で言っておられるのか、田沼侍従。
侍従がこれまでどれほど将軍家に忠誠を尽くしてきたかは、私が誰よりもよく知っておりますぞ」
「一橋中将にそう言って頂ければ、それだけで本望でございます。
それ以上の事は望みません」
「本気で言っておられるのか、田沼侍従。
それでは田安の子せがれの思い通りではないか。
八代様の頃から、三代に渡って忠誠を尽くしてきたことが全て無駄になりますぞ」
「それも将軍家の思し召しでございましょう。
当代様にはご信頼していただいておりますが、次代様には次代様のお考えがございます。
次代様が信頼する臣下と共に、新たな考えで幕府を導いてくださればよいのでございます。
某は孫でも抱いて楽隠居させていただきます」
「いや、いや、いや、そのような事は無理ですぞ。
田安の子せがれは蛇のように執念深い。
これまで以上に大納言様に侍従の悪口を吹き込み、きっと田沼家を取り潰してしまいますぞ」
「……一橋中将はそう申されますが、手の打ちようがございますまい。
田安の上総介様は白河に遠ざけることができても、次代様に信じていただけなくてはね」
「だからです、田沼侍従。
我が家の豊千代が次期将軍になれば、田沼家は安泰でございますぞ」
「それはどういう事でございますか」
「弑するのですよ、大納言様を、さすれば、ぎゃっ」
「愚かな、本当に愚かですね、一橋中将。
某に知らせず、黙ってやってくれれば、見逃す事もできたのに、このように話されては、貴男を殺すしかないではありませんか。
誰かある、直ぐに参れ、誰かある」
「やっ、殿、田沼様、これはなんたることか」
「ひかえよ、騒ぐと一橋家のためにならぬぞ。
中将は事もあろうに大納言様を弑逆すると言いだされたのだ。
恐らく子を思うあまり乱心されたのであろう。
上様と大納言様に内々に報告して、病死された事にしていただく、よいな」
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