秋月国の日々交々

 秋月国岡豊市にある吉良学園にいわゆるトイレの怪異が出るそうである。

 それはトイレのドアを叩き

「誰ですか?」

 と、聞くと

「僕です。お願いがあるんですが」

「どんな事ですか?」

「僕と代わって貰えませんか」

 そこで断ると

「どうしてですか。僕がいけない事をしているから?」

 ドアを叩きながらそう言ってくるというのである。

 気味悪がって無視すると、何処かへ去っていった。


 柴田矢切はごく普通の女子高生である。少なくとも今日までは。

「な、なんでこうなってるの!?」

 ビックリしている彼女の眼前には、彼女をイジメていた同級生たちがボロボロになって倒れている。どうやら矢切がやってしまったらしい。しかし彼女はかれらにいつものようにされていた以降の記憶がない。

『やれやれ、わたしがいないとダメなようだな、キミは」

「あ、あなたは?」

 脳内に響く声に矢切は思わず尋ねる。

「わたしかね、わたしはイカ博士。訳あってきみの身体を間借りしてる」

「え、じゃ、あたしの身体今どうなって!? あたしの体返してよ!」

「返すわけがないだろう、バカめ」

 こうして、イカ博士との共生を余儀なくされた矢切であった。


「だからさ、もう辞めたいんだよ、この稼業」

 拷問者が舎弟にグチっている。目の前には車輪に括り付けられて頭だけ水に浸けられてる男。

「そうもいかないだろ。この間、大稼ぎしたろ? ボスに怒られなかったじゃん」

「ずっとこんなことばっかやるなんてウンザリだよ」

 拷問者のグチをきいて、舎弟は呆れたように言う。

「じゃあ、辞めろよ。他の仕事なんていくらでもあるだろ?」

「だから、それができたら苦労しないっての」

 水責めにてしてた男の頭を上げてやると、男は呻く。

「た、助けて……」

「おい、まだ生きてるぞ、戻しとけ」

「へい」


 少年がコケるのを見て少女は笑う。

「なにがオカシイんだよ?」

 少年が慌てて言うと、少女は笑いながら返す。

「だって、おかしいんだもん」

 2人は笑い合う。


 秋月国のある街に、謎があるという。

「へえ、どんなの?」

「うーんとね、なんかね、長いの」

「ふうん? 道路標識かなんかが? あ、学校へ行く道とかって書いてあんのかな?」

「でも夕方くらいしか使わない道ですよねえ。関係ないですよね、時間に。しかも別れてるなんていってもそんなに距離ないから」

「そうそう。うちの高校へは百メートルもないよ」

 少女は首をかしげて、トモダチに問う。

「そんで、その長いのがどうしたの?」

「そうそうそれがね、なんかね、巨人がね」

「ん。全長ニ十メートルとか? 怪力の大男だったり? フェイスペイントで口紅塗ってるの。どっちもなんだか歌謡曲にありそうじゃん」

 この気温じゃ不可能だろうけどさ、と二人はけらけらと笑う。トモダチは段々と恐縮したようにうなだれて、

「……違うの。あのね、えっとね、その、……人がね」

「あ、人間なんだ。じゃあ、長いってのは足のことかな。でも道だったら足じゃなくて胴体だよね。胴体が長いって、なんだろ?」

 少女はトモダチをからかうようにいう。しかしトモダチは首を振って、

「ううん、あのね、道じゃないの」

「……え? どういうこと?」

「えっとね、その道はね、街に入ってく道なの。で、道が曲がっててね、街の通りから見えないようになってるの」

「うん」

「でね、そこに看板があるの」

「どんな看板?」

 トモダチは言葉を探した。

「……字がいっぱい書いてあったけど、読めなかったの」


 あるカフェ。

「ふぁあ」

「ねえ聞いた?」

 アクビをする友だちに、少女は言う。

「なにが?」

「あの子の話」

「あの子って?」

「ほら、あの……なんて言ったっけ?」

「知らないわよ、思い出したら言ってよ」

「わかった、わかった」

 少女と友だちは、ヘラヘラ笑い合う。


「ああ……!」

「どうしたの、すーちゃん?」

 友だちに訊かれた少女は、こう答える。

「きょうが、たまごやきのひって、おもいだしたんだ!」

 そうして少女は、楽しみにしている公園での昼食に向けて、なく元気いっぱい駆け出していく。あまりの速さに友だちは笑いながら言う。

「ホント、ハヤテのように速いねえ」


「さて知識の泉、次の問題です。加賀アナどうぞ」

「問題です。間口がせまく……」

 ピン!

「はい、伊東さん」

 司会者に促された伊東さんという女性はこう答える。

「ウウナギの寝床?」

「正解!伊東さん1ポイント!」

 正解であると告げられ、巨乳を揺らしながら、伊東さんはバンザイした。


 少年がトボトボ歩いている。

「最近はろくなことないなあ……」

 少年がため息をついた。

 今日は先生にまで怒られてしまった。

 最近、とにかく運が悪い。

 しばらく歩くと、気配を感じる。

「誰?」

 物陰から、柄の悪そうな男たちが現れる。

「何だガキじゃねえか」

 男たちがニヤニヤ笑いながら近づいてくる。

 少年が後ずさりする。

「おうコラ! 痛い目にあいたくなかったら金出しな!」

 と、そのとき、女の子の声がする。

「目を閉じて」

 言われたようにする。

「なんだテメェ!」

 と、乱闘の音。やがて静寂の中

「もう、開けていいよ。このことは言わないでね」

 目を開けると、そこには誰もいなかった。


「さて、次の問題、詩や楽曲の最後を繰り……」

 ピーン

「はい、山田さん」

「リフレイン?」

 固唾を飲む山田は、正誤判定を待つ。

「正解!」

「よっしゃあ!」


 外交官山西氏は困惑していた。

 先方から招待されたのに、この2時間ずっと待ちぼうけ。

 さらにしばらく待つと、先方の秘書が慌ててやってきた。

「す、すいません」

「どうしたんです?」

 山西氏が聞くと

「あの~すみませんが・・・・今日はやることがあったんで・・・・」

 などと謝ってきたのだ。

 山西氏にとっては一方的な予定変更である。しかし

「あ、そうですか」

 と、物分かりの良い山西氏は帰ることにした。



 秋月国海軍を率いるにまで立身出世した木本又三郎は自身の経歴について、講演でこう語った。

「私は海軍軍人として、また一人の人間として、実に多くのことを学んだ。 その最たるものが、『何事も、自分の器量以上に望んではいけない』ということだ。

 私は今、この年になってようやくそのことが骨身に染みてわかってきた。若い頃の私は、自分の器量にあわぬことまで望みすぎた。

 しかしその結果はどうだった? 私の人生はまさに暗澹たるものとなってしまったではないか」

 なぜこんな述懐をしたのか?

 それというのも、彼はそのキャリアの頂点に、秘書お贈賄の監督責任によって引退せざるえなかったから、こう語ったということである。


 今の帝は20名もの子どもがいて、その中で荘慶という方は愛されなかったため、帝国に留学していた。援助はなく貧乏。

 しかし、安井の現地支配人であった蠣崎というものが

「奇貨居くべしともいう。これはチャンス」

 と考え、荘慶に

「わたしの資金であなたを皇太子にします」

 と、言った。

 かれは皇后に珍しい物を集めて献じた。そうして、しばらくすると皇太子は荘慶となった。


 ある男の肩にデキモノが出来ていた。

 痛くも痒くもないが、薬でも治らず。

 男が言うには

「むかし、いろんな男と付き合ってた女の誘いを断ったら、それがショックで死んじまった。それの祟りだろうか?」

 という、ことだった。


 秋月国のあるお屋敷に井戸がある。

 伊達のお姫様のお屋敷であったその井戸には、夜な夜な底へ引き摺り込もうとするナニモノカがいた。

 実際友だちが連れ去られたという少女はこう語る。

「でも井戸を覗き込んだとき、何かの影を見たの」

 ナニモノカは姿も形もないが、それは明らかに人ではない。

 ナニモノカは月の明るい晩には出てくることができなかったから。

 それに井戸に暮らすモノが町に出てきたという話など聞いたこともなかったから。


 清水仙介がある小さな温泉宿から遊んだ帰りに道に迷った。

 しばらく歩くと、洞窟を見つける。

 好奇心で潜ってみると、立派なお屋敷があり、家主らしき者が

「ようこそ!」

 と、満面の笑みで出迎えた。

 そのまま宴会に興じる仙介に、少女が心配そうに

「このままでは、あなたはここに永遠に囚われてしまいます。トイレと言ってこの場から脱出してください」

 と、小声で言う。

「そうかい? なら、逃げさせてもらうよ」

 仙介が逃げると、家主が叱責する声が遠くに聞こえた。

 数日後、仙介はそこに戻ってみた。

 あの豪華な屋敷は影一つなかった。仙介は落胆し、その場を後にした。


「たくよお、なんでうちに言うんだか」

「どうしたんですか、アニキ」

 舎弟にそう訊かれた男は、グチりながら言う。

「あのガキがよ、うちに金借りてやがったんだ。しかも利子付きでな」

「え、マジすか!」

「ああ、マジだ。でもって返せねえから肩代わりしてくれとさ」

「アニキのとこなら安心ですもんね! よかったじゃないっすか」

「馬鹿野郎。おれらがガキに金貸して、取り立てできねえでどうすんだ」

「そっすね! アニキならなんとかしてくれると思ってました!」

 調子のいい舎弟の頭をはたいて黙らせると、男はしばらく考えて、あるツテに連絡する。

『ああ、こっちは別件で忙しいのに、仕事増やすなよ』

「マジ、すいません!」


 秋月国我那覇島の砂浜。

 男がそこから海を見ている。

 空も海も碧く澄み渡っている。

 テロや強盗のだったかれは、結局追われる身となり、ここまで逃げてきた。島の何処かで女が蒸気馬車に乗って

「おっそいなあ?」

 と、待っている。

 不意に笑みが止まらなくなった。

 そしてかれは、拳銃をこめかみに突きつけて、引き金を引く。

 パァンッ

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秋月国文集 今村広樹 @yono

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