使命感。
「クロエ……キミの言っている意味が全くよくわからないよ。だから私はその策を立てようと言っているのにキミはそれを否定し、だけど無策は駄目だとキミは提言する……支離滅裂じゃないか……すまないが、少し、時間をくれ……一度頭を整理したい……」
「そうだね、一度頭を整理して考えてみようか」
くろうさぎさんの言葉に頭を悩ませるアナスタシア。ですが、いくら考えてもその答えがわかりません。自身の選択・行動に何一つ間違ったところはない、自分はただ調停者としてやるべき使命を果たしたいと思っているだけだ。それなのに何か言えばその逆を言い自分を混乱させてくるくろうさぎさんにアナスタシアはやはり解せないといった表情を浮かべます。
「……クロエ、キミは何か私に勘違いをしているのではないだろうか……」
「勘違い?」
「ああ、そうだ。きっとキミは残された最後の一枚のクエスト依頼書を見て震える私に気づきこう思ったんだろう? 私が恐怖の感情に心引かれていると……だから、このままでは駄目だと思って考えるのをやめようと私に提案してくれた」
「…………」
「だけど、それは違うんだ。キミの思い違いだよ、クロエ。確かに私はその瞬間『違和感』を強く意識してしまったんだと思う。だけど、それはいっときの恐怖に過ぎない。現にその直後に私はこう思ったんだ……それならこの恐怖を……『違和感』という脅威を脅威と正しく認識してその対応策を考えなければいけない、と。それなのにキミはそうやって私を……」
「ううん。違うんだ、アナスタシア。それが違う。僕はね、キミのその『行為』に苦言を呈しているんじゃないよ。今のキミにはそれが『出来ない』とそう言っているんだ」
「……な、出来ない……?」
「そう、出来ない。今のキミには正しい答えを導き出す事が出来ない。いや、仮に出来たとしてもそんな作戦に意味なんてない。それならいっそそんな事を考えるのはよそうと僕はキミに言っているんだよ」
「……何故だ? 私は決して臆してなど……」
「あるんだよ、アナスタシア。気持ちは心に引かれ引き寄せられ引かれ合うもの。今のキミの心は『違和感』という存在を脅威としてはっきりと認識した。確かにそれは正しいよ、うん。間違いじゃない。だけどね、見えない恐怖を脅威として作り上げてしまったキミの心は、今では調停者としての使命感に燃えたぎっている。その先できっとキミの気持ちは引き寄せる。キミの心はその先でキミの枷となる答えと引かれ合うんだ」
その言葉にアナスタシアは遂に感情を爆発させるとその声を大きく荒げます。何一つ間違った選択をしていない自分に対してそれは間違いだと言うくろうさぎさんの言葉が全く腑に落ちなかったからです。
「何故だ、何故そうキミは言い切れる!? 私は必死に自分の使命を果たそうとしているだけだ!! その為にやらなければいけない事をしようとしている!! 私の心が恐怖を作り上げているのがそんなに悪い事か!? 調停者としてその使命を果たしたいと思うことはいけない事なのか!?」
「それだよ、アナスタシア。それが、今のキミの言動がその答えさ。『違和感』を強く認識してしまってからのキミの顔は酷く強張り、今ではとても見るに耐えない
「……なっ」
くろうさぎさんが彼女に伝えたかった事。
それは彼女の行為という外側にあるものにではなく。
それは彼女の気持ちという内側にあるもの。
正しい行為に沿って正しく行動したとして。
必ずしもその答えが正しいものになるとは限らない。
大切なのはその外側にある『方法』ではなく、その内側にある『状態』だと彼は言います。
「……アナスタシア、気負い過ぎるのはキミの悪い癖だ。時にキミのその強い正義感はキミの視野をとてつもなく狭いものに変えてしまう。まるでそれ以外の何も見えなくなってしまう程にね」
「…………」
「今のキミは使命に支配されてしまっているんだ。本当に大切なのはその行為じゃないよ。本当に大切なのはキミの心の状態の在り方だ。気持ちはね、持つべきものではあるけれど、決して振り翳すものなんかじゃない。かたちに出来ない作戦ならあってもなくても同じだろ? 正しい事が正しくない事も往々にしてありえるものだよアナスタシア」
「……クロエ……でも……それでも、何も考えないというのならそれはただの無謀だ」
「それで、キミがキミらしく戦えるならそれで良いんじゃないかな、無謀でも」
「いや、それではさすがに話に……」
「ならない?」
「ああ。それこそ戦う前から負けということに……」
「いや、ならないよ」
「え?」
「アナスタシア、大切なのはキミの心の状態の在り方だって言っただろ? 今この状況下で言うなら、キミがベストな状態で力を発揮出来るならそれで良い。それ以外は何もいらない。知らない相手の事についてあれこれ悩んで考えてもそれは想像の域を脱しない考えさ。勿論、用心はするけれどね、でも、それだけだ。それに、そうだなぁ。それを言うならこれは無策ではないと思うよ、僕達はキミの言うところの『無謀を取る』という立派な作戦を選択したんだ」
「……んなっ……そんなとってつけた言い方をしたところで……無謀な事には変わりはないだろう? そんな事で『違和感』に本当に勝てるのか? 私が無闇に飛び込んで行ったところで逆に返り討ちに……」
「させない……」
「え?」
「それは僕が絶対にさせない。約束するよ、アナスタシア。彼らモンスターを救えるのがキミだけなら、調停者のキミを救えるのは僕だけだ。キミはキミのやるべき事をする、僕は僕の出来る事をする。これまでだってそうだったろ? 僕達は一人と一匹で一人前なのさ」
その言葉についにアナスタシアは観念すると穏やかな声でこう言います。
「……はぁ。……クロエ……わかったよ。キミの言う通りにする……私は少々躍起になり過ぎてしまっていたということだな。ああ、もしもこのまま戦いに挑んでいたら我を見失ってしまっていたかもしれない。それでは仮に作戦を立てれたとしても逆にそれが私にとっての枷になる。確かにそれでは本末転倒、だな。……『無謀を取る』、か。何とも情けない作戦だが、キミとならそれも悪くない作戦だ。いつも通り、全力で頼るとするよ、私のパートナー」
「うん。勿論さ、一緒に頑張ろう。……と、あと最後に一つだけ。回りくどい言い方しちゃって、ごめん」
「ふふ。いや、それはいつものことだろ? お陰で頭が冷えたよ、ありがとう、クロエ。それに、回りくどいキミの事だ、『無謀を取る』と言ってもその真意は『無謀』にはないのだろう?」
「ふふふ。うん。そうだね。じゃあ、行こうか、アナスタシア」
「ああ、行こう」
そして一人と一匹はここに『無謀を取る』という作戦を掲げ最後のクエストへと出発します。
大切なのは自分の心の在り方。
一人じゃないから補いあえること。
一人と一匹は合わせて一人前。
そう、彼女と彼は最高のパートナーなのでした。
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