第3話 ”田中、モテモテの巻”

 今日の放課後は何も起きず、無事部活動へ参加することが出来そうだ。


 教室の扉を開けると、室内には2人の男女が席に座って話をしている。男の方は2年生の斎藤先輩、女の方は1年生の小森だ。美術部員は数が少なく、何時も来ているのはこの二人ぐらいか。後2人ほど幽霊部員がいるらしいが、あったことが無い。


「お、今日は来たな。昨日はどうした」

「す、すみません。自宅のトラブルで」

「あぁ、いいっていいって! 別に活動が激しい部活でもないからね」


 斎藤先輩は気安く僕の無断欠席を許してくれた。心優しく、気のいい先輩である。


「田中君、こんにちは」

「ど、どうも」


 小森は眼鏡を掛けた素朴な容姿をしている女性だ。柔らかい雰囲気を持っており、こんな僕にもよく話しかけてくれる。


 僕はスケッチブックを開いて筆箱を取り出した。


 筆箱から鉛筆を取り出そうとすると、一本抜けていることに気が付く。何処かで無くしたのだろうか。それとも家に忘れてきただけか。まぁ、濃い部分を描く時にだけ使う4Bの鉛筆なので、1日ぐらい無くても構わないだろう。


「今日は何を描くの?」

「え、っと……誰か芸能人の似顔絵でもか、描こうかと……」

「そっか……そうだ、其れならお互いに似顔絵を描き合おうよ! その方が絶対に楽しいと思う!」

「え……? あ、うん」


 なんだよこの女子。

 超可愛いかよ。

 惚れたわ。


「先輩はどうしますか?」

「俺はコンクールの作品を仕上げたいかな」

「わかりました! じゃ、2人で描こっか!」


 そこから、小森と睨めっこしながらの似顔絵制作が始まった。時々恥ずかしそうに此方を見ては、はにかんだ笑顔を見せる小森に心が揺れる。だ、ダメだ。集中できない。


「田中君、私の顔見すぎだよ!」

「に、にがおえだから。似顔絵だから!」


 小森の顔ばかり、目で追ってしまう。似顔絵なのだから不可抗力で済むが、視線が交差すると何だか気恥ずかしく、逸らしてばかりで筆が進まない。僕の顔は平静を保てているだろうか。それとも、天狗の様に真っ赤に染まっているのだろうか。春なのに、何故か夏場みたいに体は火照っていた。


 それでも、何とかペンを走らせ似顔絵を完成させる。我ながら可愛い顔に仕上がったと思う。これを見せて、小森はどんな反応を示すのだろうか。想像すれば、口元は自然と弧を描いていた。


「できたッ!」

「ぼ、僕も」


 似顔絵はずいぶん前に完成していたが、それでも小森の顔を見続けて描く振りをしていた。小森から完成の言葉があり、僕も同時に終了したと振舞う。


「それじゃ、みせっこしようか」

「う、ん」

「これが私の描いた田中君!」

「うわぁ……」


 思わず声が漏れた。少女漫画に出てくるキャラクターに似たタッチで描かれた僕は、少し可愛くデフォルメされて、何とも愛嬌を誘う見た目をしている。頬と耳には斜線が引かれていて、赤く染まっているのを表していた。


 やばい。


 恥ずかしいのに、心臓が飛び出るほど嬉しい。


「田中君のは?」

「こ、これ」

「おぉ!」


 僕の描いた似顔絵を両手で掲げ、興味深そうに見る。口角が上がっている様子から、満足してくれたのかと勝手に予想した。不満言われたら絶対死ねる。


「すごい! 全然リアルの私より可愛い!」


 は!!

 こ、これはチャンスでは!?


 言え!

 言うんだ僕!!

 気障なセリフで彼女を落とすのだ!!


「こ、小森さんの方が……か、可愛いよ……」

「え、今何て言ったの?」

「……なんでもない」


 なんてこと口走ってんだ僕―!!


 よかった、聞こえていなくて。

 本当に良かった、難聴系ヒロインで。


 正常な判断ができてなかったわ。

 急にイケメンになった気分だったわ。

 自嘲しないといけないわ。


「……そろそろ時間だな。お開きにするか」


 そこで、斎藤先輩より終了のチャイムが鳴らされる。楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、窓から覗く空も既にオレンジ色に変化し始めていた。……いや、終了時間には少し早い気もするが、まぁこんなものか。顧問も殆ど訪れない部活なので其処ら辺は何時も曖昧だ。


「分かりました先輩! 田中君、これ額縁に入れて飾るね!」

「そ、そそそそそそそそそ!」

「アハハ! やっぱり田中君面白い! 私のも飾ってね!」


 こ、これ完全に僕のこと好きじゃん。


 僕は使っていないクリアファイルに折れない様慎重を期して似顔絵を入れ、教科書の間に挟んで大切に鞄へしまう。決めた、家宝にしよう。


「俺は画材の片付けがあるから残るわ。二人は先に帰っていいぞ」

「あ、私も友達と待ち合わせしてるので残ります!」

「じゃ、じゃあ僕はこれで」

「気を付けて帰れよー」

「またね!」


 何という幸せな時間だったんだ。僕は学生と言う青春時代に感謝をしながら部室から退出した。頭を駆け回っている思考は小森のことばかりで、想像するだけで脈が上昇する。心臓の音が外まで漏れて、吹奏楽部のドラムを担当してしまえそうだ。


 そんな幸福の最中、突然に未来予知が入る。


 映し出されたのは部室内の光景だ。中には残った小森と斎藤先輩がおり、二人で肩を並べて地面に座っている。


 なんだこれ。


「やっと2人になれたな」

「ずっと、先輩とこうしたかったです……」


 腕を絡め、側頭部を突き合わせる。


 いや、なんだこれ。


「昨日は田中がいないから、2人だけで最高の時間だった」

「ほんと、なんで今日は来たんですかね。他の人みたいに幽霊部員でもいいのに」

「そういってやるな。真面目で良い子じゃないか、絵も上手いし」

「でも、正直私のことエロい目で見てきてキモかったですー」

「それはまぁ……。いやいや、しょうがないだろ。彼も男なんだ」

「聞きました? 私のこと可愛いって! 鳥肌が立って咄嗟に聞こえないふりしちゃいました……」

「……ぐ……あれは、確かに……」

「絶対に彼女いたことないですよ! 滅茶苦茶どもってたもん、そそそそそそそそそぉ!! って!」

「ッ……ちょ……やめ……笑わせんな……」


 映像の最後に、2つに折って丸められた僕制作であろう似顔絵が鞄へ無造作に突っ込まれ、そのまま放置されている様子が映し出された。そして、意識は現実世界に帰ってくる。


 僕は直ぐに鞄を下げて教科書の間からクリアファイルを取り出し、自身が描かれた似顔絵を抜き取った。その上部両端をそれぞれの手で持ち、手が離れる形で前後に引っ張る。


「ふんぬッー!! ふんぬふんぬッー!!」


 思い切り、破り捨てた。

 二つになった紙を、重ねて更に分割させる。

 それを何度も、粉々になるまで繰り返す。


 そして、獣の様に叫んだ。


「最悪だぁーー!!」





「あ、廊下でゴミを散らかさないでください!」

「……す、すいません」


 通りかかった先生に怒られた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る