第5話 帰る場所
蒸し暑い夏の夜。
時折吹く風が南国のような甘い匂いをさせている。
二両編成の電車が煌々と光を放ちながらプラットホームに滑り込んでくる。
私はこの瞬間を愛していた。
学生の頃から何度となく繰り返してきた、家路に向かうこのひとときを愛おしく思う。
穏やかにこの景色を眺めることは、おそらく今日が最後だろう、そう思うとより一層美しく見るのだった。
ケミカルが効かなくなって、私は「焼き切れた」のだ。
これからケミカルを求め続け、麻薬患者として正気を失っていくだろう。
穏やかな日常はもうこない。
今日の戦闘は記録に残るだろう、いつの日か教官が教材として使うのかもしれない。
無人機が主流の時代に、いまだに有人機で立ち向かっている、それが私たちの国である。そのパイロットとして働いてきた。汎用機「アマツバメ」は遅れてきた傑作機と呼ばれていた。確かによく戦える、重力加速度いわゆるGがかかる飛行を行っても、負荷がほとんどなかった。重力を制御するオキナ機関のおかげだといわれているが、本当なのだろうか。
戦果は200機以上。
ひととき今日の迎撃戦を思い出す。発進から帰投までひとつひとつ。
有人機は弧を描くように飛ぶが、無人機は軌道が自由だ。その動きに対処することができるのは、卓越した機体を覚醒した人間が操縦するからこそだった。
正式に国防軍となった初年に入隊し、難関を乗り越え、ついに戦闘機パイロットになれた。
小さな時から飛ぶことが好きだったし、空港に旅客機を見にいくのが好きだった。好きだったことに憧れて手を伸ばしそれを手に入れた、けどそれももう終わりだ。
この感情はどこにいくのだろうか。私が死ねば消えてしまうのだろうか。
好きだったことや愛したことを手放すことになる。
仕事をまっとうすることが、大事なことを奪っていくのだろうか。ではなぜ、私たちは仕事をするのだろう。
電車が駅に着いた。
こじんまりとした商店街を抜けると、数日ぶりの自宅だ、少なくとも帰る場所はある、いまのところは。
ドーピング人類VS人工知能の世界で何もかもがどうでもよくなっていく YS @ystm
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