第4話 首都警備員
「うっせーな、部屋の前に置いとけつってんだろ」
はいはい、わかりました。冷めないうちに食べてね。
息子が引きこもりになって十年以上経ちます。私立の進学校に入ったのが悪かったのか、高校一年の夏には学校に行かなくなってしまいました。いろいろと心配して、引きこもりを卒業させると謳うNPOの方にも相談しましたが、却って状況は悪くなるばかりでした。
でも、いまではちゃんと働いています。
きっかけとなったのは「貢献促進法」の施行でした。法律に基づいて全国民にケミカルの適性があるか調べる、あの法律です。
担当者の方がどのように息子を説得したのかはわかりませんが、ケミカルの適性検査を受けると言いだしまして、え? もちろん主人も私も検査など受けていません。あんなものを打つなんて……
様々な考えがあるのは承知しておりますが、あんな政府の実験に付き合う必要なんかありませんでしょう、当然あなたもそう思われますよね。
検査の結果、適合しまして、いまでは政府からお給料をもらう臨時協力員として働いております。引きこもっていることには変わりありませんが。
「首都を警備してるのは誰かってことw」
「オマエら誰のおかげで暮らせているかわかってんのw」
SNSに素早く書き込む。
だれが自宅警備員だ、俺がこうやって見張っているから、安心して眠れるんだろうが。敵から守られてるくせに礼儀をしらないヤツが多すぎる。社畜どもはバカしかいねぇ。
さっき開眼剤のパッケージが届いた。今日のシフトは深夜二時から朝六時まで、だけどもう打ちたくて仕方がない。はやく目醒めてぇのに、最近は時間直前にならないと鍵が開かないようになってやがる、まったく無駄金使いやがって。
開眼剤を使うと本来の俺になる。
感覚が研ぎ澄まされ、半径20km内の様子が皮膚で感じるようになる。
俺の家は埼玉の某所にあんだけど、朝霞の方から地下トンネルがこっちに向かって来ているのも知ってるぜ。政府に教えてやったら、それは秘密裏に進めている計画なので口外しないようにとか言いやがった。まじ草はえるわ、俺にはバレバレだってぇのw
ただ最近、同じ能力のヤツが入ってきたみたいで、5kmほど俺の範囲と被ってんだよね。なんかキモチワリィんだよ。シフト組んでるヤツぜってーバカじゃねw
まーた緊急メンテかよ。
詫び石くれんだろうな。
「ファイクエはオワコン」
「運営をリセマラすべき」
SNSに書き込む、すぐにイイネ通知が入ってくる。な、みんな分かってんだよ。無能どもがのさばってるから共和国に舐められんだよ。みーなーさーん、早く目醒めてくーだーさーいーよーw
目覚ましのアラームが鳴り響く。やっべ五分前。
すかさず開眼剤をぶち込む。
キタキタ、キター、俺 様 覚 醒。
うーん、バイクの集団が国道を南下、と。橋で車両火災か、もう消防きてるからこれはいいか。上は監視気球がいつものところにあって、と。
俺は超高速回線につながった端末で状況を報告する。
今日も特段異常はないようですねぇ。貨物列車が移動中、と。あとは……
ん? なんだ? 新人のヤツの感知範囲が膨らんでる、いや、移動してる?
この速度は車か? 本体はどこだ、まだ遠すぎるな。なにやってんだろうな、一応報告しておくか。あ、止まった。
止まってはいなかった、徒歩で移動し続けていた。余りにもゆっくりだったので分からなかったんだ。
空が白みはじめた頃、纏わりつく気持ち悪さに気付く。
新人がとても近づいている、感知範囲が半分ほど重なっている。
こんなに移動したら感知網に穴が空くじゃないか、なにやってんだ。
端末で報告する。ゆっくりとだが近づいている、歩くより遅い、なんだ、どうしたんだ。
やがて本体を感知した。
女? そして怪我をしている、のか?
おいおいおいおい、何が起こっているんだ。
「これが正確な座標位置です。なにか変です。怪我をしているかもしれません」
端末からアラートを送信した。久しぶりの異常事態だ。
車が高速で近づいている! いまこの状況を把握しているのは俺しかいない。どうにかしなければ、あいつを救えるのは俺だけなんだ。
新たな状況をすぐさま送信すると、音声通信が入った。
「拉致されたということですか?」
そうだよ、そういっただろう。早くなんとかしてやれよ。
「正確な座標を連続して報告してください」
わかった。
「ナンバーはわかりますか?」
わかるわけねぇだろ! 見えてんじゃねえ、感じてんだよ。
「車種や色などは」
だからそんな詳細まではわからないんだよ、バスよりは小さい、普通車よりちょっと大きめ、たぶん小型トラックかワンボックスだと思う。
「了解しました」
おいおい、高速で接近する車両が複数あるぞ。
「目標確認しました。警察が急行中です」
(しまった開眼剤の効果が切れてきた)
「引き続き報告をお願いします」
集中するんだ、もっと細かく判別できるように、集中だ、無能どもの好きにさせるな。
人の動きからして銃撃戦になったんだと思う。しばらくすると静かになった。あいつは無事だ、警官に支えられて移動しているようだ。
「どうなったか教えてくれ」
端末に入力すると音声で返事が返ってきた。
「彼女は保護されました。足に怪我をしていますが命の危険はありません。お手柄ですね、お疲れ様でした」
時間は午前四時を過ぎている。次のシフトのヤツの反応が現れている。だが俺はしばらく観察を続けた、時間的に交通量が増えはじめた。彼女を乗せた車が走り去っていく。
停車していた車両が動き始める、彼女を乗せた車を追跡し始めた。
「追跡している不審な車があります、座標を送ります」
「了解しました、しかし業務から抜けてください、過重労働は危険です」
「わかりました、あとは頼みます」
俺はその後、表彰を受けた。
潜入していた工作員が彼女を拉致しようとしたらしく、俺の報告が元になってアジトを突き止めたらしい。この件は全国ニュースにもなった、俺の活躍は知られることはなかったが、それは仕方ない、本当に有能な奴は目立たないものだ。
今日もシフトが入っている。
俺が首都を守っている、いや国を守って、うっせーな、飯は部屋の前に置いとけって言ってんだろ!
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