第2話 飽和攻撃
夕暮れ、河川敷を吹き抜ける風。
鉄橋と列車。
大量の小型ドローンによる編隊行動によって、従来の迎撃方法が無力化されることが多くなっている。防衛側の対処能力を大きく超える数量で攻撃をかける、いわゆる飽和攻撃である。
九州北部、遠賀川河口。
河川敷に佇む彼女は九州税圏の地方公務員である。齢二十八。婚約者はいない。
地方政府の財務担当省庁を税圏と呼ぶ。九州7県と山口県、沖縄県を管轄圏域としている九州税圏は、地方自治体が税を管掌できるように試験的に設置されたが、実質的に統治機関へと移行、議会が設置されることで、当初の目論見とは異なった形で地方分権を実現させた。議会によって消費税が廃止されたため、税圏外への「輸出」が極めて大きい。道州制の最初の成功例と言われている。
「結婚が決まったんだ」
彼はそう言った。いや、ほとんど政略結婚だよ。本当ありえないよな今時、それも市長の娘とだぜ。いや、本当に申し訳ない。だけど俺たちの関係は続けよう、だって君と別れるのは無理だからさ。
今日の話ってそれなの? 私はそう応えると後はもう話を聞いていなかった。
明日は大事な仕事があるっていったじゃない。先週は父親が脳出血で入院したし、いまも意識不明なのに。弟は急に仕事を辞め演劇で食べていくと宣言して首都へ旅立っていった。昨日は前髪を切りすぎた。
いろいろなことを詰め込みすぎなのよ、イベントはもっとゆっくりひとつずつ起きてほしいし、あれもこれもやるのは疲れてしまうから、適度に休みもほしい。
「今日は帰るわ」
彼は何かいっていたように思うけど、雑音にかき消されて届いてこなかった。
対空砲に対空ミサイル、対空レーダー、粒子焦熱砲戦車、ミリ波共鳴装置、バルカン・ファランクス、誘導電流防空装置、あと、色々。
河川敷に集結した兵器はさながら見本市のようだった。
「拡張剤、第二助剤の投与時間です」
もう打ちました。カルテの情報が古すぎます、更新をお願いいたします。
「上司」は四本脚をせわしなく動かしながらその場に立っている。
「あの、カルテ修正お願いしますね。あと、もうどこか行ってください、気が散りますので」
常に足踏みしている音で、声が届いているのかわからない。
「あの、もう」
大きな声でもう一度話かける。
「それではご武運を」
私は指揮台に登る。ケミカルの効果が出始めている。草の匂いに水の匂い、僅かに潮の香りもする。12時の方角、仰角30度、100、200、随分多い、多分500以上。小型ドローンの群れが飛んでいる。距離5km。
対空レーダーが警告音を発した。仕方ない、と思う。高度が低すぎるのだから。母船までは感知できない。だけどドローンはまっすぐこちらに来ている。
ちょっとした演奏会よね。
指揮台の上に立ち上がり指揮を始めた。河川敷の兵器がオーケストラのように火を噴く。
ドローンが落ち、対空砲が吹き飛ぶ。分散し集まり、また分散する。
燃えながら飛んでいるムクドリの群れみたい。
演奏時間は10分といったところだった。
ブラウスが汗でべっとりと張り付いている。トランス状態はまだ続いているので、感覚が研ぎ澄まされている。なにもかもが一度に起こるのよ、そして訳がわからないまま終わってしまう。この仕事も同じだったわ。
はるか遠くの海上で4つの爆発があった。おそらく母船を破壊できたのだろう。
明日から始まる2週間の休暇という名の療養を思う。私は回復するのに1ヶ月はかかるのだが、AIが2週間で良いと判断したらしい。日本にはAIなど存在せず、中央の職員が決めているという噂は本当かもしれない。段々と知覚が衰えていくのがわかる、いつもこの瞬間は焦燥感に襲われる、ケミカルによって向上していたものが、もとに戻るだけなのに自分が何も出来ずに終わっていくような感覚。不快な感覚を追い出そうと、未来に想いを馳せる。
そうだ、休暇が終わったらすべて片付けよう。出来ることからひとつずつ。
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