ドーピング人類VS人工知能の世界で何もかもがどうでもよくなっていく

YS

第1話 高高度決戦

 雨、濡れたアスファルトと夜。

 風はない。


 高高度決戦の前日である。

 既に戦争は形を変えていた。自律制御型無人機によってである。人工衛星への攻撃と破壊はとどまることを知らず、国際協定が締結される頃には、人類はすべての人工衛星を失っていた。自律航行を行いながら監視哨戒活動を行う高高度滞空ドローンにとって代わられていた。戦争を起こすのはまだ人間であるが、実際に戦闘を行うのは無人機である。

 そんななか、人的資源を損耗させながらかろうじて存続している国家があった、日本である。


 ここで一人の男が登場する。Aと呼ぼう。本来なら英雄として歴史に名を残したであろう一人の男は作戦を聞いて笑っていた。


「高射砲で打ち上げる?」


 都市の辺縁には天を支える柱かと見まがうほどの、巨大な高射砲が設置されていた。実際は虚仮威しのモニュメントに過ぎなかったのだが。


「心配には及びません、人形では成功しております」


 砲身の中に入るのかと考えていたが、入れるような口径ではない。細長い棒状の先端部に搭乗者が乗るスペースが用意されているという。例えると、長い槍を打ち上げ、その先端に人が乗るらしい。


「仮に上空に到達できたら、無人機を視認して大砲で撃つ。ということでしょうか」

「気絶されませんように」


 銃とは粒子焦熱束砲、いわゆるビーム砲のことである。弾速は光速の96%に達し非常に直進性が高い。


「以上となります。ご健闘を祈念いたします」


 そう言うと「上司」は、モーター音を残して去っていった。上半身は人型だが下半身はタイヤがついたロボットである。他国は人間が考え、AIが実行していたが、我が国ではAIが判断し、人間が働いていた。しかし実際には、官僚が立案したものを機械から通達しているだけであり、つまりAIではない。これは公然の秘密である。


 うどんを2玉食う。

 粒子焦熱束砲は戦車に搭載される兵器である。防壁や装甲を無力化できる破壊力があるが、人が携行できるサイズではない。

 目標の自律滞空ドローンは高度25,000mを遊弋中。高射砲で打ち上げられた後、自由落下しながら目標を破壊する。AIが得意とすることを人間がやらなければならない、ケミカルとCPUの補佐があったとしても、荷が重いことに変わりはなかった。


「拡張剤、第二助剤の投与時間です」


 一般的に「ケミカル」や「開眼剤」と呼ばれているが、身体能力を拡張する覚醒剤の一種である。AI開発に遅れをとった日本は人間の能力を化学的に向上させることで対抗しているのだ。


「投与しました」

「身体的負担を考え今回のトランス時間は約20分です。それではご武運を」


 与圧服を着ると高射砲に装填された長大な槍の先端に乗り込む。銃座には2基の粒子焦熱束砲が据えられている。目標が音速で飛行していると仮定すると、秒速94mになる。自由落下による相対速度を考えなければ、1秒で94mも動くことになる。2基あれば次弾装填にかかる時間で取り逃がすことも減る。


 (離昇120秒前)

 AIの回避行動が想定範囲内なら、目標を有効射程に捕捉することができる。



 (離昇60秒前)

 システムオールグリーン。オキナ機関稼動確認。



 (離昇3秒前)

 オキナ機関こそ日本が作り出した奇跡、人類の歴史を変える発明である。ごく僅かな時間であるが重力を制御するのだ。この機密が漏洩すれば終わりだろう。



 (離昇1秒前)

 そしてもう一つ、オキナ機関を秘匿するための偽情報とも、実際に見たものがいるとも噂されているのがカグヤ機関だ。数ピコ秒時間を止めたらしい。



 (離昇!)

 いまは攻撃側が有利な時代である。

 銃座がゆっくりと揺れている。

 快晴。

 地上気温30度、湿度70%。


 生まれてからの人生を振り返る、10代、20代、30代と順を追ってひとつずつ思い出していく。作戦の際は毎回人生を思い出すことにしている。ケミカルの影響で覚醒状態にあるため、あらゆるものがスローモーションのように感じ時間を持て余す。

 あらゆるものが失われたが、なにも変わっていない。


 保護シールドオフ!

 銃座が大気に晒された。


 目標捕捉

 距離3,058m





 パラシュートの膨らみを眺めながら、これがいつまで続くのかと自問する。

 作戦は成功した。自律滞空ドローンが空中で溶けるのを見た。

 AIが人類を超えると言われたシンギュラリティはいつ来るのか。

 なにも変わっていないのに、あらゆるものが失われていく。


 私は目を閉じた。

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