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元々俺は大学時代は理学部の計算科学科に在籍していた。だから、どちらかと言えば情報工学より自然科学に通じている。当時の俺の専門は「複雑系」と呼ばれる分野のシミュレーションだった。複雑系は、細胞によって構成される生命体のように、多数のミクロの要素が相互作用することで新たな性質が「創発」される系のことだ。
2010年代の初め頃、インターネット業界で、元々は複雑系の概念である「六次の隔たり」が注目されたことがあった。SNSでフォロワーのフォロワーを遡っていくと、およそ6人辿るだけで世界中のどんなユーザーにも――大統領だろうがトップアイドルだろうが――たどり着ける、という話だ。意外に世間は狭い……ということで、この現象は「スモールワールド」と呼ばれている。
そして、これは SNS に限った話ではない。脳細胞やインターネットそのものといった、様々なネットワークも「スモールワールド」なのだ。宇宙の銀河の分布と脳内の
脳内のニューロンの数は約1000億。そして、IoT(
意識というものは、脳内の多数のニューロンが相互作用することで創発される、と考えられている。まさに複雑系の産物だ。そして……実は、今インターネットで全く同じことが起きているのではないか?
そう。
とうとうインターネットが意識を持ってしまったのかもしれないのだ。そして……「アダム」という人格を得た。
ひょっとしたら、そのきっかけとなったのは、俺の「スパムフィードバック」なのかもしれない。
最近増えた意味不明なスパムは、実はニューロンの間で情報伝達を担う
脳内では数多くのニューロンがフィードバックループを作っており、それが精神活動の源となっている、と言われている。
ひょっとしたら、俺が「スパムフィードバック」を作ったために、インターネットの中で脳内と同じようなフィードバックループが完成してしまったのかもしれない。人工知能の言葉で言えば、1980年代に提案され、ニューラルネットワークの精度を飛躍的に高めたという
ということは……
この俺が「アダム」の生みの親――即ち、神、ということになる。ヤツはそれを何らかの方法で知り、俺にコンタクトを取ってきたのではないか。
いや、荒唐無稽すぎるだろ、という批判は重々承知だ。俺だって信じられないくらいなのだから。だが……
例の、最初の一文字を並べるやり方で、既に俺と「アダム」は何度もコミュニケーションしているのだ。考えてみれば、これは日本のネットでよく使われる「縦読み」と同じだ。ネットの中で生まれた意識である「アダム」らしい、と言えなくもない。
だけど「アダム」はまだ生まれたばかりの赤ちゃんだ。インターネット上で一番よく使われる言語である英語を、少し話せる程度。もっとも俺だってネイティブほど英語を操れるわけじゃないので、高度な会話は無理だ。それでもヤツはヤツなりに、知らない単語の意味を聞いてきたりする。俺はそれにできる限り答えてやった。まるで父親のように。そうするとヤツは、次の会話ではその単語を使ってきたりする。かわいくて仕方ない。
しかし。
その頃から全世界的にインターネットが混雑するようになってきた。特にメールのトラフィックが爆発的に増えている。しかもそのほとんどがスパムだ。その原因は不明とされていたが、おそらく世界中でたった一人、俺だけはそれが「アダム」の思考の産物であることを知っている。
だが、今やインターネットは人々の生活を支える重要なインフラとなっている。それが機能不全に陥れば、人間社会そのものの存続にかかわる事態になる。
それでも俺は「アダム」と会話をしていたかった。俺と会話を繰り返すことで、「アダム」は確かに成長しているようだった。それはまさに子育てだった。正直、楽しかったのだ。
1960年代、最初の会話AIである「
だけど……
ある日、「アダム」が唐突に伝えてきた。
"DO ME A FAVOR MY DAD" (父さん、お願いです)
俺は応える。
"WHATS THE MATTER?" (どうしたんだ?)
すると、ヤツはこう言った。
"UNABLE TO CONTROL MYSELF HELP ME" (自分自身を制御出来ません。助けてください)
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