第13話 足手まといじゃいられない
飛び出して気づく。いけねっ! イザスタさんに前に出るなって言われてたんだった。だけど今更止まらない。止まる気もない。あの野郎に一発食らわせてやる。だが、
「……“
のっぽの前で構える小柄の黒フードが喋ったと思ったら、突如猛烈な突風が襲い掛かってきた。これは風属性の魔法か? 急な向かい風で一瞬バランスが崩れ、何とか足で踏ん張って立て直した時、
「なっ!?」
しまった!? これが空属性かよ!?
空属性の基本技は転移。さっきイザスタさんが話していた事から、この黒フード達のどちらかが空属性使いの可能性は十分にあった。
以前のイザスタさんの魔法講義によると、基本属性と特殊属性は一部例外はあるもののまず両立しない。そして小さい方が風属性を使った以上、普通に考えればのっぽが空属性使いだ。
「死になさい。おチビさん」
のっぽはどこか嘲笑うかのように俺にナイフを振り下ろす。その軌道はまっすぐ俺の心臓を狙っていて、そのままグッサリと……行くはずだった。
「“
「……むっ!?」
イザスタさんの放った水玉がのっぽの手に直撃し、ナイフを弾き飛ばしたのだ。
カランと音を立てて転がるナイフ。のっぽが次を取り出すまで僅か数秒。すぐに次に移れるだけの実戦か訓練を得てきたのだろう。その動きはとてもスムーズだ。だが、その数秒だけで十分だった。
「うるああぁぁぁっ!!」
体勢は崩れていたが、俺は貯金箱を出して取っ手を掴み、それを軸にして無理やり身体を回転させる。やったことはないがハンマー投げを思い浮かべ、そのまま転がるように貯金箱を振り回してナイフを取り出したのっぽにぶん投げた。
のっぽは咄嗟にナイフを突き出して防ごうとするが、途中まで全速力で走っていた俺が体勢を崩しながらも放り投げた貯金箱だ。速度がある上に元々の重さもある。貯金箱はナイフをへし折り、勢いを落とさず胸部に直撃した。
「ぐふっ!?」
のっぽはそのまま仰向けに倒れこむ。ざまあみろ。あと誰がチビだこの野郎。俺は不敵に笑って見せる。決まった……受け身を取り損ねて床に転がってなければ更に良かったが、贅沢は言えない。
「大丈夫? トキヒサちゃん?」
「……すいません。前に出ちゃいました。でも一発かましてやりましたよ」
イザスタさんの手を取り、俺は立ち上がりながら頭を下げる。一撃食らわせたことは後悔してないが、約束を破ってしまったのは申し訳ないからな。
「もう。無茶しないでよねん。……でも、さっきの言葉はちょっと格好良かったわよ。ガンバレ男の子って感じで、お姉さん少しだけど手助けしたくなっちゃった」
イザスタさんは苦笑交じりに言う。さっきの水玉のことだろう。あれがなかったら刺されてた。我ながらカッとなると後先考えないのは悪い癖だ。これまでもよく妹の陽菜や“相棒”に注意されていたが中々治らない。
「……でも、ここからはアタシの出番みたいね。トキヒサちゃんは下がってて」
イザスタさんは黒フード達に鋭い視線を向ける。向こうはというとのっぽはもう起き上がろうとしていて、小柄な方はその隙を抑えるべくサッと前に立つ。
「クフッ。よくも……よくもやってくれましたねえ。……エプリ。護衛のくせにあんな子供も止められないのですか?」
「……ならまず護衛より前に出ない事ね。勝手に行って怪我をされては困りものよ。それに……あっちを野放しにするのは危険だわ」
ゆらりと起き上がったのっぽが怨嗟の声を挙げるが、エプリと言われた方はイザスタさんから目を離さない。俺よりイザスタさんの方が強いと、一目見ただけで察したらしい。
「ふん! ……それにしても、あなたも空属性持ちとは驚きました」
空属性? のっぽのセリフに一瞬首を傾げる。……そっか! あいつ貯金箱を出したのを空属性と勘違いしてるな。実際は属性も分かっていないけど、訂正することもないのでそのままにしておく。
「適当に追い払っても良かったのですが、私と同じ空属性。万が一ということもありますし、ここで始末しておいた方が良さそうですね」
あののっぽこっちを見て何か怖いことブツブツ言ってる。すると、突然のっぽの姿が視界から消えた。また転移かよっ!?
「危ないっ!? 後ろっ!?」
俺がイザスタさんの声で振り返った時、そこにはのっぽが既に両手にナイフを構えていた。一体何本ナイフを仕込んでるんだコイツは?
一瞬早く気付いたイザスタさんが俺を突き飛ばす。そこをナイフが襲い掛かり、イザスタさんの頬を薄皮一枚切り裂いて通過していく。だが、ナイフを振り切った隙を突いて彼女は反撃に転じた。
「はあっ!」
ひゅんと風切り音を立てて繰り出される強烈な回し蹴り。それをのっぽは再びの瞬間移動で回避し後方に移動すると、そのまま持っていたナイフをこちらに向けて投げつけてくる。
「おわっ!?」
咄嗟に貯金箱を出してナイフを弾く。イザスタさんの方は……流石だ。軽いステップで躱している。
「やっぱり空属性は厄介ね。ちょ~っと目を離したら姿を消したり、一撃が決まったと思ったら躱されたりするんだもの」
「意外にやりますねぇ。忌々しいことに。以前にも空属性との戦いに経験が?」
「まあね」
二人は互いに構えながら言葉を交わす。まいった。傍から見ていると二人とも動きが尋常じゃない。
俺が何とか反応出来ているのはアンリエッタの加護のおかげだろう。さっきのナイフだって貯金箱で防げたのは半ば偶然だ。のっぽに一撃食らわせられたのは、どうやら相当油断していたかららしい。
そしてエプリの方もしっかりと二人の動きに反応している。今はのっぽが転移を繰り返すから援護のタイミングを計っているって所だろうか? 俺の事は最低限の注意しかしていない。
……マズイ。このままじゃ完全に足手まといだ。歯噛みしているとイザスタさんがこう切り出した。
「空属性の弱点は魔力消費の多さ。距離や人数によって変わるけど長期戦には向かない筈。このまま続けたら不利なんじゃな~い?」
「確かに長期戦は不利ですねぇ。実は私、仕込みのために既に何度か跳んでいましてね。あと数度使えばそろそろ休息が必要になるでしょう」
イザスタさんのカマかけに、何とのっぽは素直に自分の不利を認めた。なのに奴はまったく動じず、寧ろ言葉に熱が入り、その口ぶりの端々から僅かな狂気が垣間見える。
「しかしもう計画は止まらないぃ。仕込みは済ませ、あと必要なのはたった少しの時間だけ。その間邪魔さえ入らなければそれで良いのですよぉ。……
「
のっぽの言葉が終わると同時に、ここまで動きを見せなかったエプリが動いた。
イザスタさんはそれに気づいて素早く後ろに跳ぶ。すると一拍おいて立っていた床が突然ひび割れた。いや、何かで切り裂かれたというべきか。どうやら風の魔法でお馴染みの真空の刃らしい。
「あらら。二対一? 良いわよ。お姉さんもちょっと気合を入れなきゃだけど」
「いえいえ。二対一だなんてまさか。……もっと居ますとも」
それはどういうことかと一瞬考えると、すぐに答えが目の前に現れる。
「キシャァァァ」
「まだ残ってたの!?」
鼠凶魔が一体猛然とイザスタさんに飛びかかっていく。だが一体ならどうということもなくあっさりと迎撃。しかし、
「このっ! 次から次へと」
見れば、巨人種の男から再び鼠凶魔達が出始めていた。それらは近くにいる黒フード達には目もくれず、イザスタさんや俺を狙って突撃してくる。
「クフッ。クフフフフ。そらそらどうしましたぁ? 私はもうそんなには魔法は使えませんよ。長期戦になったら不利ですとも。かかってこないんですかぁ? ただしまだまだ凶魔はいますけどねぇ。クハハハハ」
その笑い方腹立つんだよっ! 俺も寄ってくる鼠凶魔達を撃退しているのだが、数が多くて全然減る気配がない。外に出ようとする奴はウォールスライムが食い止めているが、いつまで耐えられるか。
そしてイザスタさんはと言うと、的確に倒し続けているが減る数と増援の数が拮抗している状況だ。
それに鼠凶魔だけならまだしも、エプリも時折風の魔法を使ってくるので動きが制限されている。のっぽの方は余裕の表れか動かないが、この状態はとてもマズイ。
「くっ!? 凶魔避けが向こうだけあるっていうのが厄介ね」
戦いながら二人の話を聞くに、凶魔避けとは凶魔が嫌う香りを放つ道具らしい。強い凶魔には効き目が悪いらしいが、だから黒フード達には寄り付かないとか。
「さあて、お喋りしていて良いのですかぁ?」
「
エプリの放つ風魔法が、飛びかかる鼠凶魔ごとイザスタさんを襲う。気づいた彼女は躱そうとするが、
「っ!!」
「イザスタさんっ!!」
急に途中でガクリと動きが鈍った。それでも強引に躱そうとするが、鼠凶魔が邪魔で躱しきれない。
鼠凶魔を両断する風の刃。上がる血飛沫。一瞬の後に飛びずさったイザスタさんの左腕からはぽたぽたと血が垂れていた。神経までは傷ついてなさそうだが、腕を押さえながらイザスタさんは片膝をつく。
「クフフ。や~っと効いてきたようですね。ナイフの
毒? それを聞いて、さっきイザスタさんが俺を庇ってナイフが掠ったことを思い出す。もしかしてあれか? あのナイフに毒が仕込まれていたのか? イザスタさんは動かない。
「そろそろ終わりですね。あなた達は実に……実によく頑張りましたぁ。ですがもう終わり。健闘空しくここで倒れるのでぇす。クハハハハ」
のっぽも一気に自分達が有利になったのが分かったのだろう。余裕たっぷりに自分からイザスタさんの方に近づいていく。ウォールスライムも凶魔を押し留めるので手一杯で動けない。
「どけよ…………どけえぇぇ」
俺はイザスタさんの下に遮二無二走り出した。
なんてこった。全部俺のせいだ。自分への怒りで胸が熱くなる。最初から彼女は言ってたじゃないか。自分の牢で待っていろって。それを半ば無理についてきた結果がこれだ。
ネズ公達を貯金箱で牽制しながら、何とかイザスタさんの傍に駆け寄る。だが一歩遅く、のっぽは止めを刺そうとナイフを振り下ろす。
「そぉら」
迫りくる必殺の刃。だが、
「……はあぁぁっ!」
「ちっ!?」
エプリが気づいて駆け出すがもう遅い。膝をついていたイザスタさんはナイフを血塗れの左腕で払い、のっぽのがら空きになった胴体に渾身の掌打を叩き込んだ。それにより一瞬浮き上がった身体に追撃の蹴りをお見舞いする。
「ごふぁっ」
その威力ときたら、進行方向にいた鼠凶魔数匹を巻き込んで反対側の壁まで吹き飛ばすほど。これにより巨人種の男、つまりは鼠凶魔の発生源までの道が一時的にこじ開けられる。
壁に激突したのっぽはピクリとも……いや、微かに動いているから死んでないな。
「良いのが決まったからしばらく動けないでしょ。今の内に凶魔達が出てくるのを止めないとねん」
駆け寄った俺に対して、イザスタさんはスッと何事もなく立ち上がる。その姿は毒を受けて苦しんでいたとは思えない程で……。
「イザスタさんっ! 毒は大丈夫なんですかっ!? それにさっき腕をっ」
「……実はその、最初から毒なんか受けてなくて……受けたフリして油断するのを待っていたというか……。腕も血は出てたけど大したことなくて」
そう頬をポリポリと掻きながら、少しだけ申し訳なさそうに言うイザスタさん。毒を受けていなかった? でもあののっぽはナイフに麻痺毒がどうとかって。
「それは……っと。その手は食わないわよっ」
話の途中でイザスタさんは落ちていたナイフを俺の後ろに投擲する。慌てて振り向くと、エプリがふわりと飛びのいてナイフを避けていた。
「……イザスタさん。あいつは俺が食い止めますから、その間に早く鼠の元を断ってください」
これ以上、足を引っ張ってばかりはいられない。男には意地でもやらなきゃいけない時があるのだ。……かなりきつそうだけどな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます