第12話 デートの誘いと怪しい二人
イザスタさんいわく、牢に入ってから毎日自分と隣の牢、つまりは俺の牢のスライムに自分の血を少しずつ賄賂として与えていたという。彼女の血はとても栄養があり、スライムが強くなったのは毎日血を飲んでいたかららしい。
「賄賂って、毎日血を出して大丈夫なんですか!? 貧血とか色々とまずいんじゃ?」
「血といっても一日に数滴くらいだから心配ないわ。理由は元々監獄内の情報集めのため。といっても最近はアタシやトキヒサちゃんのことを報告しないでってことも加えているけど。夜中にゴソゴソするのはあまり知られたくないものね。……お互いに」
あちゃ~。言い方が引っかかるけど、俺がアンリエッタと話してることもばれてるよ。お互いにってことはイザスタさんも何かしていたのかね?
「え~っと、つまり俺が夜中に話していた件はイザスタさん以外にはばれていないってことですかね?」
「そういうこと! 当たり障りのない報告のみしてもらっているわ。元々報告が得意な方じゃないからあまり変わらないかもしれないけど」
助かった。いや、別に何か陰謀とか騒動に巻き込まれるとかを心配していた訳じゃない。スライムが俺を毎晩ブツブツ言っている危ない奴って報告していたらと不安だったんだ。内緒にしてくれるなら助かるな。
俺が安堵していると、イザスタさんがじ~っとこちらを見てくる。な、何でしょうか? そんなに見つめられると恥ずかしいんですけど。
「……トキヒサちゃんは聞かないの? この血のこととか、なんでこんな体質になったのかとか?」
そのことか。イザスタさんは普段よりも真面目な表情をしているので、こちらも襟を正して出来るだけ真摯に話すことにした。
「う~ん。なんとなく聞いちゃマズイと思って。ほらっ。イザスタさんって結構お喋りじゃないですか。だけど話さない一線は弁えているっていうか。ここまで話さなかったのはあまり話したくない話題だからじゃないかって思ったんです。さっきは俺の秘密を知ったからその分って感じだったし、じゃあ今は聞く時じゃないなって」
それを聞いてどう思ったのか、彼女は「そう……」と言って少しだけ瞑目する。俺も口を閉じ、そのまま一分くらい沈黙が続いた。そして軽く息を吐くと、彼女はどこか昔を懐かしむように目を細めながら語り始めた。
「これは以前色々あって手に入れた……というか、こうなっちゃったというか、そんなスキルなんだけどね。この事を知った人は大抵怖がるか利用しようとしたわ。言っちゃなんだけどこのスキルは結構アレだから」
だろうな。この世界でスライムは雑魚じゃなくてかなり厄介なモンスターらしいし、それを強化できるとすれば脅威だ。加えて昨日のスライムの気持ちが分かるスキルを併用すれば、スライムを手懐けまくって一大軍団を結成できる。
一個人でそれが出来るってだけで怖がられるのもなんとなく分かる。
「どちらでもない人もいたけど、それほど多くはなかったわね。怖がられるのも利用されるのも面倒だし、人にはあんまり話さないようにしてるの。だからトキヒサちゃんも内緒ね!」
自分の口に指を当てておどけたような顔で笑うイザスタさん。人の秘密を勝手にばらすなんてことはしませんとも。それがその人にとって大事なことであれば尚更だ。俺は絶対に言わないと約束する。
「……ありがとね。さあて、そろそろ休憩も終わりにして先に進みましょうか!」
「そうですね。急がないと」
なんだかんだ結構休んでしまった。だけどその間イザスタさんのことが聞けたのは大きなプラスだ。俺達は注意しながら牢を出る。
「それにしても、これでアタシ達はお互いの秘密を知る深~い仲になったのよねん。出所したらデートでもしましょうか! うふふふふ」
何故だろう? なんだか一瞬背筋がゾワッとした。何というか肉食獣にロックオンされた小動物の気分というか。……うん。気のせいだよな。
俺は軽く頭を振って気合を入れなおすと、再び鼠凶魔の発生源の探索に向かった。と言っても直ぐにイザスタさんとウォールスライムが先頭に戻ったのだが。なんか情けない。
「どうやらここが発生源みたいね」
探索の果てに俺達が辿り着いたのは牢獄の中でもほぼ最奥。入り口の真反対側に位置する牢だった。俺とイザスタさんはギリギリ中から見えない位置で牢の様子を窺う。
ヒト種以外、それも巨人種等の大きな種族用の特製牢。普通の数倍の広さを有するちょっとした広場とも言えるその奥に鼠凶魔の発生源はあった。……いや、
「何だ? あれ?」
そこの壁際に一人の巨人種の男が倒れていた。粗末な布の服とズボンのみの服装だが、身長は少なく見積もって二メートル半ば。肩幅もがっしりしていて、小山のようなという言葉がよく似合う。
これでも巨人種の中では小柄らしい。イザスタさんが言うには、以前に見た巨人種は自分の倍くらいの背があったという。長身のイザスタさんの更に倍って、巨人種どれだけでかいんだよ。……羨ましくなんかないぞ。
だが問題はそこじゃない。問題なのは、
「……凶魔ってあんな風に産まれるんですか?」
「……いいえ。凶魔は魔石が周囲の魔素を過剰に溜めこむことで発生するもの。それにあれはどう見ても男でしょ」
論点がずれている気もするが、イザスタさんもそれだけ唖然としているのだろう。そして、
「ですから、これも計画の一部なのですよ」
「計画? ……私はこんなこと聞かされていない」
その巨人種の男の傍で、誰かが言い争いをしているようだった。二人共全身を黒いローブで覆い、顔もフードに隠れていて良く見えない。背丈は片方はイザスタさんよりやや高いくらい、もう片方は俺と同じか少し小さいくらいだ。
奇妙なことに、出てくる凶魔達は二人には襲い掛かるどころか近づこうともしない。
「……あくまで依頼内容はアナタの護衛と陽動。だけど凶魔を使うとは聞かされていない。……目標以外を巻き込む気?」
「安心しなさい。先ほど持たせた凶魔避けがある限り、凶魔は私達に寄り付きません。それに目標以外が死のうが傷つこうが、我々に何の被害があります?」
どうやら小さい方の黒フードがのっぽの方に食って掛かっているようだ。睨みあう二人。そこへ、
「あらあら。これはなんとも厄介なことになっちゃってるわね」
げっ!? イザスタさんったら普通に牢に乗り込んでったよっ!? なら俺も行くぞ! のそのそと動くスライムと共に牢に突入する。
「ほうっ!? これはこれは。ゲストより先に思わぬ邪魔者が現れたようですね」
黒フード達も言い争いを一時中断。小さい方がスッと前に出て軽く構え、のっぽはどこか粘ついたような声をイザスタさんに投げかける。
「やぁっ! はっ! ……話しぶりからすると、あなた達がこの騒動の黒幕ってことで良いのかしら?」
「ご名答。その通りですよそこの方」
飛びかかってくる鼠凶魔を打ち払い、軽く世間話をするような気楽さで尋ねるイザスタさんに対し、どこか小馬鹿にした様子でのっぽが進み出て話す。……何かコイツ腹立つな。どこがと言われると答えづらいんだがなんとなく。雰囲気的に。
「そう。それじゃあもう一つ。ここに居た筈のスライムちゃんはどうしたの?」
「あぁそれですか。確かに何体かいましたねそんなモノが。それなら、そこの隅にまだ残っていますよ。グチャグチャの残骸ですがねぇ」
そう言ってのっぽがサッと指差した先には、核の部分を完全に砕かれたウォールスライムだろう物体が広がっていた。だろうというのは、損傷が激しすぎて散らばっているからだ。
その無残な姿を俺は見るのに躊躇し、イザスタさんも顔色を変えるがすぐに落ち着きを取り戻す。
「……そこに倒れている巨人種の人。お腹から凶魔が出ているのは、多分空属性の応用でしょ? 凶魔を産み出しているんじゃなくて、凶魔の居る何処かと繋いでいる。それでお腹の部分には、多分ゲート用に調整した魔法陣が仕込まれている。違う?」
イザスタさんは二人の後ろにいる巨人種の男を指さしながら更に問いかける。
空属性とはイザスタさんの魔法講義で出てきた特殊属性の一つだ。魔法は土水火風光の基本五属性から成り、この世界の人は大半がこのどれかの適正があるのだが、これに当てはまらないのが種族魔法と特殊魔法だ。
種族魔法はそのままその種族特有のもの。特殊魔法は言わばこれら以外の全ての属性を指す。
空属性は字の通り空間を操る魔法。別空間に物を収納したり、自分や他人を別の場所に移動させたり、離れた場所同士を繋げたり出来るらしい。
「……クフッ。クフフフフ。いやいや失礼。初見でそこまで見破るとは大したものです。実に慧眼」
黒フードは不気味に笑いながら拍手で称える。だがその仕草はどこかおざなりで、称えるというよりもからかっている感じだ。イザスタさんもそう感じたのか、いつもより少しピリピリした態度で続ける。
「魔法封じの仕掛けの中でここまで出来るのは凄いと思うけど、種が分かれば対処法はあるわ。軽く魔力の流れを乱すだけで魔法陣は制御を失って自壊を始める。だけどそれは出来ればやりたくないのよねぇ。慎重にいかないと周りに被害が行きかねないし」
そう言うとイザスタさんは、どこか凄みのある笑顔でにっこりと黒フード達に笑いかけた。
「お願いだからこんなことやめてくれない? まだお姉さんが
怖っ!? 一瞬イザスタさんの後ろに般若か阿修羅か知らないけどそういう類のやつが見えた! 笑顔なのがまた非常に怖く、俺に向けられたものじゃないのに背中に冷や汗がたらりと流れる。
「いえいえ。我々も仕込みにはそれなりに手間も金もかけていますのでね。はいそうですかと止める訳にもいかないのですよ。それに、まだ肝心のゲストが来ていないですからね」
それを向けられてものっぽは慇懃無礼さを崩さず、まるで道化師のように大袈裟に両手を広げて断る。
「あらそう。じゃあ……お仕置きが必要ね。あなた達が自分から止めたくなるまで」
イザスタさんは軽く構えをとる。パッと見は自然体。だがそこから繰り出される体術の凄さはここまでの道中で見たからよく知っている。
「正直お姉さん頭にきてるのよね~。折角出所して、お仕事をきちっと済ませたらトキヒサちゃんと一緒に甘いデートを楽しもうとしていたのに。この騒動のせいで台無しよ。おまけに真面目に職務に励んでいたスライムちゃんをこんな目に。という訳で覚悟しなさい!!」
「デート云々は置いといて、俺も同じ気持ちです」
俺もイザスタさんの横に立って構える。普通に動く事も貯金箱を取り出して構えるも両方できる体勢だ。何やら横から「デートは置いとかないでね」と聞こえてきたが今はそれどころではないのでスルー。
「お前らのせいでどれだけの人が迷惑したか分かってんのか!? 怪我人も大勢いたし、俺達が見た中にはいなかったけど、もしかしたら死人が出ているかも知れないんだぞ!?」
「ふんっ。どうせここにいるのは罪人ばかり。一人二人、或いは全て死んだとて何の問題が? 我々の計画に役立つのです。寧ろ感謝してほしいくらいですねぇ」
俺の問いかけにこいつはそんなことを平然と言ってのける。……この野郎。本気で言ってるのか?
「お前達にどんな御大層な計画だか思惑があるかは知らないよ。知りたくもない。けどな、人を傷つけるのを平然と認めるようなものが、良いもんな訳ないだろがっ!!」
決めた! この野郎は思いっきりぶん殴る! 俺はこれまでの怒りも込めてのっぽに向かい突撃した。
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